~初日~
衝撃的な出来事は、エドガーとレンフィールが戻るまでに終わり…これからは、本格的に入学試験に向けての勉強が始まる事になるだろう。
「さて、今後の予定を決めましょう。ミューレンにも立ち会って欲しいのですが…彼女には私から伝えますので…」
いつも笑顔絶やさないメルリだが、やはり彼女自身も気分は浮かない様だ。俺も、本当ならもう少し落ち着いてから打ち合わせをしたい。
「本日は、明日以降の予定を決めて終わりにしましょう。初めての聖堂ですし、エドガーとレンフィールと顔を合わせたのも今日が初めてですので、ライト自身も酷くお疲れになっていますので」
「そうですね、何事も初めての事が続きますと、心身ともに疲労が溜まりますから」
メルリは遠回しに俺に気を使ってくれている。言葉を変えてはいるけれども、気分が沈んでいる俺の気持ちは少なくても理解してもらってらしい。
「では、エドガー、剣術の訓練にはどれくらい時間は必要なのでしょう?」
「そうですね、ライトは東区生まれです。従って剣に触れる事、剣を見る事は兵士の職についている親でもいない限り初めての事と思います。訓練となれば、基本中の基本から始める事になりますので、せめて朝の刻から昼の刻くらいの時間は頂きたいですね」
少し考えながらエドガーは必要な時間を述べる。東区生まれって説明いるか!?と、ツッコミそうになった。それに今更だが、朝の刻から昼の刻とはどれくらいなのだろう。試験日も聞かされていない。
「わかりました。それでは、エドガーの意見を踏まえて、予定は…朝の刻から昼の刻までは、魔力関連を含めた座学。昼食は一刻。昼食後から夕涼の刻まで剣術。夕涼の刻から夕の刻までを音楽とします。質問は!?」
「あのぅ、まず朝の刻とかなんとか時間がわかりません。それと試験日はいつなのか聞いてません」
俺の質問に三人がキョトンとする。静寂の中、答えてくれたのはレンフィールだった。
「ライト君、ごめんなさいね。東区や南区では、また違う呼び方なのかしら?」
レンフィール可愛いから許す。
このアウンティナルーがある世界と、俺が生まれ育った、日本を含めた世界とは時間の流れは同じだが、キッチリされている訳では無いようだ。
日本の春を基準にした場合、五時から六時が夜明けと仮定するとこうなる。
日昇の刻、五時から七時くらい。
朝の刻、七時から十一時くらい。
昼の刻、十一時から十三時くらい。
夕涼の刻、十三時から十六時くらい。
夕の刻、十六時から十九時くらい。
夜の刻、十九時から二十四時くらい。
漆黒の刻、二十四時から五時くらい。
大体こんな感じだろう。レンフィールの説明をおおよそで噛み砕いてみた。
ちなみに、一刻とは大体一時間くらいだ。そして、日昇の刻から夜の刻までは、都度、合図の金が鳴る。気にした事は無いが、鳴ってたらしい。
「それに試験日ですが…約一月から一月半後くらいです」
「一月!?」
まさかそれしか時間が無いとは思わなかった。入学自体は年明けと言っていたが、入学試験まで一月くらいとは…。いや、よくよく考えればそうなのだ。
入学より先に入学試験があるのは当然で、今年の残り日数も二月だった。
「レンフィール、僕どうしよう…」
「ライト、レンフィールに言ってもダメです」
冷静にメルリからツッコミを入れられ、エドガーはクスクスと笑い、レンフィールには頭を撫でられ…。
「余裕です!座学は慣れてるし、エドガーと訓練すれば、問題ないわけでしょ?疲れた時はレンフィールに癒してもらえばいいんだし」
「ちなみにライト、私やレンフィールは固い事は言わないが…自分の立場を弁えて話をしないと、首が飛ぶぞ。いくら子供でも許されない言葉使いだからな」
しまった。忘れてた。丁寧に話をしなくてはならないんだった。俺は最下層、これから相手するのは、少なくても自分より立場が上の人達。…気を付けなければ。
「はい、気をつけます、エドガー様」
「そんなに気を落とさなくていいですよ?」
以外とエドガーは厳しく、レンフィールは甘やかしてくれるかも。
「では、今日はここまでにしましょう。ライト、明日も今日と同じくらいに聖堂に来るように。…解散です」
解散と言われた瞬間に、エドガーとレンフィールはまた片ヒザをつき、メルリを見送る。ふぅっと息をついたのがわかった。
「ライト~、お前、寿命が縮む様な態度と言葉使い気を付けろよ~!」
「エドガー様の顔色がどんどん悪くなっていきましたね」
クスクスとレンフィールが笑い、エドガーを指摘する。エドガーの顔は笑い事じゃないと言いたげ。
「少なくても、領主様の娘なんだから、下手な事して首が飛ぶのは俺達なんだから」
「あぁ、それに関しては大丈夫です。僕には聖堂長と修道院長が味方ですから」
「あら、私も味方ですよ?」
「何を根拠に…」
心配するエドガーを横目に、俺はレンフィールと戯れる。うーん、やはり、レンフィール可愛い。
「とにかく、エドガー様、剣術に関しては期待してます。約束したんです、聖堂長と修道院長に…」
「何をだ…?」
「成績一位で卒業する事!」
レンフィールと手を繋いで、聖堂の門まで送られる。明日から音楽…楽器が触れる。何ヵ月振りなのか…それを考えただけでも、涙が溢れそうになる。
今日一日だけで様々な事が起きた。ショックな事、嬉しい事、新しい出会い、新しい目標…毎日これでは体が持たないな。レンフィールは可愛いし優しいから、出会いだけは良かったと思う。
聖堂から自宅に向けトボトボと歩き、昨日まで通っていた学び舎が見えてきた。今朝、聖堂に行く前に立ち寄ったんだけどな…。今日は半日で終わったんだけど、色々ありすぎて長かった…。寄り道して行くか。
「こんにちはー」
まだ、学び舎にはリリはいるはず。もちろんフォスター先生も。特に用があるわけではないけれど、ライトは時間がある限りリリに会いに来ると約束していた。せめて、その約束くらいは果たしておかなくては、ライトとして生きていく上での面目が保てない。リリにもライトにも。
「あら、ライト。今日はもう終わったの?」
「おかえりライト」
声を聞いて出てきたのは、やはりフォスター先生とリリだった。
「うん、今日は明日からの予定を立てて終わりました」
「ライト、それ聖堂の服?」
あっ、着替えるのを忘れてた。大丈夫かな?とりあえず、ここで脱いで明日聖堂に着いたらまた着れば問題ないか。
「忘れてたよ。流石にこのまま行動するのは、まずいよね?」
「そうね、あんまり良くないわ」
「ライトは忘れんぼうだね」
その場で聖堂の衣装を脱ぎ、元の服に戻る。脱ぐって言っても、上から羽織っていただけだから着替えた分に入らない。明日は忘れず聖堂の勉強部屋に置いて来た方がいいな。
「ライト、講師は誰がついたの?メルリとミューレンだけ?」
事の始まりは、正直フォスター先生。実際は、メルリとミューレンは俺の事を知っていた訳で、フォスター先生が起点にならなくても、結果的にあの双子に取り込まれていたのは避けられない未来だったのは言うまでもない。
「エドガー様とレンフィール様ですが…」
「エドガー様とレンフィール!?」
何か凄い驚いてますが…。フォスター先生の正体が知りたいよ。エドガー様とレンフィール?どういう事?
「リリ、もう少しで終わるでしょ?フォスター先生と話ししたら一緒に帰ろう」
「うん、わかった!片付けして帰りの支度してくるね。」
強引にリリをその場から引放し、フォスター先生に警戒しながら視線を向ける。
「ねぇ、先生。誰にも言わないし、言いたくないなら言わなくてもいいんだけど…先生って中流階級?」
「なんで…?そ、そんな事ないよ?」
「誤魔化したって無駄。今日の半日だけで最下層の僕が、四人もの中流以上の人達に囲まれて来たんだよ?話し方聞いただけで気づくよ?」
驚いた顔をして、困った顔をする。明らかにバレたねって感じ。
「ライト凄いね。見抜かれちゃった。東区の学び舎に先生として来ているのにも訳があるんだけど…私、レンフィールの姉なのよ」
「えーっ!先生今すぐレンフィールの暴走止めて!」
まさかのレンフィールのお姉さんとはっ!?全然似てない!フォスター先生もキレイな人だけど、可愛いらしさは圧倒的にレンフィールが格段に上…。
「なによライトっ!?文句を言いたそうな顔ね!?」
「だって、だって、レンフィールのお姉さんが、フォスター先生って…それに先生は中流以上には見えない!」
ブーブー批判の声をぶつけるが、フォスター先生は先程とは全く違う自信に満ちた顔で、言い返してきた。
「今回の件は…私が余計な事をしてしまったと反省はしてますが…、思いの外上手く行ったから安心してました。でも、無礼極まりない事を発しますと、レンフィールを外しますよ?」
「くっ、ここに来てズルい…!ん?どういう事?」
偉そうな態度で威嚇してきたと思ったら、レンフィールを外す?何かしらの決定権持ってるの?
「先生はさぁ、どれくらいの立場なの?」
「メルリ達の従兄弟だね」
「従兄弟ってかなり近いじゃん。メルリ姉妹にも驚かされたけど、先生姉妹にも驚かされた」
そんな人が何故、東区の学び舎に勉強を教えに来ているのかは不明だが、レンフィールにでも聞けばすぐ教えてくれる。俺には甘いから。フォスター先生と違って。
意外な所で思わね情報を入手してしまった。上流階級だって事だけ喋らなければ、誰も驚く事はない情報。でも、誰にも言わないってフォスター先生に言ったからには、誰にも喋らない。そっとレンフィールに質問するだけ。
「お待たせ。お話し終わった?」
「うん、終わったよ。帰ろうか?じゃぁ、先生また」
「はい、ごきげんよう」
ドキッとさせられる挨拶を飛ばして来て、顔を引きつる俺。それを確認して、笑いを堪える先生。いつか仕返ししてやる。
聖堂での今日の出来事や、試験に向けての予定等を話しているうちにリリ宅前まで来てた。安心する、慣れた街、慣れた道。ただそれだけなのに…たった一日聖堂に行ってきただけなのに、酷く懐かしく、時間が早く流れてる感じがする。学び舎からリリの家まで、あっという間だった。学び舎とリリの家が近いから余計にそう感じるのかもしれない。
「じゃ、またね。早く終わったり、時間がある…」
「来てくれるんでしょ?わかってる、ライトは約束守るからね!」
こくんと頷き、俺はリリと別れ自宅を目指す。
「ただいま…。」
まだ誰も帰って来てなかった。父さんは確か今日は夜勤。母さんとミラはもうじき帰るかな?
聖堂の衣装を汚さない様、衣紋掛けに。そのままベッドへ寝そべった。
天井を見つめ、今日一日を振り替えってみた。初めて聖堂へ行って、ライト本人と完全に融合(?)して、明日からの予定を立てて、フォスター先生とレンフィールが姉妹だったし。なんかとんでもない一日だったなぁ。そんな事を考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
「リュウイチ…」
うっすら声が聞こえ気がついた。しばらく一緒に生活していた訳で声を忘れる筈がない。
「ライトか!?」
声は聞こえるが、やはり姿は見えない…。
「ごめん、俺のせいで…」
「大丈夫、リュウイチのせいじゃない。本来の僕になっただけ。この体、心の中に僕は存在しているから」
今までの様なやり取りはもう出来ない。恐らく本当にこれが最後の会話だろう。あの惨劇の中、偽りと思いながら、ただの作り話しと思いながら、迷信と思いながら、彼は俺を呼んだ。すがるものが何も無かったから。小さい抵抗だったのかもしれない。それが天に、神に通じた…。そう捉えるしかないだろう。それならば…
「任せておけ!俺はライトだから!奇跡を起こしてみせる!」
「ライト!いつまでも寝てないで!夕飯だよ!」
ミラの怒鳴り声で起こされた。うっすら涙が流れていたのを拭い何も無かったように起きる。
「何泣いてるのよ!?」
「ううん、なんでもないし、泣いてない!」
うつむいてる場合じゃない。この小さい抵抗を奇跡に変えてやる!




