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異界の炎

旧槍の国領の北西にある現地で駿馬の遊び場と呼ばれている盆地を囲む、低い丘陵の上に溶二達は布陣した。この盆地は、北の道を行けば剣の国に、東の道を行けば槍の国の都に、南の道を行けば鉄の国に、南西の道を行けば弓の国に繋がっている交通の要所なので、弓の国の軍はここを通るはずである。彼等はそこを迎え撃つつもりだった。

彼は自分達に微塵も勝算がない事を既に察しているが、無論タダで負けるつもりはない。タタールへと送った手紙は返事が返って来ていないので、まだ剣の国へと侵攻される可能性は否定できない上に、ある程度善戦しなければわざと負けたのではという疑惑が剣の国国内で拡がるかもしれないため、全力で戦う必要がある。

この一見弓の国勢に有利に見える盆地に布陣した理由も、周りを囲む低い丘陵によってある程度弓の国軍の動きを制限して、熱線を命中させ易くするためであった。

彼等は北側にある比較的高い丘の上で南西の道を監視していたが、弓の国の軍は未だに現れない。

「敵軍は三日前に槍の国の国境を越えたとの報告がありました、しかし、半年あればこの星を一周できると言われている集団にしては遅いですね」

と、斥候が溶二に報告した。

「勝てる事が確定しているのにわざわざ急ぐ必要がないからでは?」

と溶二は言いかけたが、咄嗟にこれでは士気が下がると思い直し、

「こちらの士気を削ぐためでしょうね。我々が最後の戦いに臨むべくこうして陣を敷いていますが、時の経過と共にこちらも集中力も途切れてくるかもしれない。そこを狙っているんじゃありませんか?」

と答えた。ただ、剣の国の兵士達も出征前の時点で勝ち目がない事に既に勘付き始めており、今は士気を無理矢理絞り出している状況である。

そのボロが出始めているのか、

「なんか申し訳ないですね、魔法使い殿は他所の国出身だというのにうちの国のいざこざに巻き込んでしまって」

と斥候が戦いとは関係ない話をし始めた。

「今更何言ってんですか、確かに元の世界にいる友人や家族に会いたいと思う事もありますけど、俺は既に自分はこの国の国民だと思っていますよ。こちらこそ、魔法に散々期待を持たせておいたにもかかわらず、結果的に城の国すら攻略できないなんて事になってしまって面目無い限りです」

「気を落とす事はないですよ、あれは向こうの防御力がおかしいんです。不落の城と云われていた城の国の支城をあれほど破壊できただけでも魔法使い殿は充分頑張ったと自分は思います」

「…」

褒められていたのかもしれないが、溶二は喜べなかった。本来炎の魔法など、かまどに火を入れる程度の物で充分であり、敵を壊滅させる熱線など不要な代物である。

話をしている最中に風向きが南からに変わり始めた。風は土と草が混じったような匂いを運んでいるが、僅かながら獣の臭いも含んでいる。

その時、

「弓の国の軍が現れました、南西の道だけでなく西側の丘陵を越えて来ている部隊もかなりの数見受けられます」

という見張りに立たせていた兵士の叫ぶ声が聞こえた。

溶二が西側の丘陵を見てみると確かに松明の明かりが無数に見えた。

あれだけの数がいれば自然、魔法を命中させ易くなる。

溶二は

〈熱線よ 全てを壊し 突き進め〉

と唱え、自陣に一番近い丘陵の上の敵部隊目掛けて魔法を放った。

先の戦いのように囮ということも考えられたが、先制攻撃を決めることで少しでも味方の士気を絞り出すことを優先したわけである。

熱線は敵の部隊のほぼ中心に直撃し、固まっていた松明の明かりをばらけさせたが、すぐに丘陵の向こう側から新たな松明の明かりが現れて再度集まり始める。

松明の動きが牛などの動物ではなく、人の動きだったので、敵部隊に命中させることができたと判断した溶二は

「命中はしたけど、今の一撃でこの場はおそらく気づかれた。別の丘へと移ります」

と指示を出すと、兵をまとめて移動を開始した。弓の国の軍がいくら速いとはいえ、一番近い部隊は体勢を立て直しきれておらず、他の部隊からもかなりの距離があるのでまだ追いつかれないはずである。

彼等は当初東側の丘に陣取ることを考えていたが、どう言う訳か東側からも松明の明かりが見え始めたため止む無く方向転換し、元いた丘の少し南東にある丘へと向かった。

別の丘に移動し終わる頃には元いた丘は制圧されていた。それどころか、西側と南側のほぼ全て、東側の一部の丘の上に松明の明かりが無数に見える。

(なんて速さだ、ほぼ囲まれてしまった。唯一、北と北東は手薄だけどそこへ向かうとなればさっき陣を敷いていた丘から敵が出てくる)

そう考えている間にも、敵は次第に溶二達がいる丘を目指して(せま)って来ており、徐々に北東の丘へ向かっている敵部隊も見受けられる。

(こうなってしまっては、剣の国に続く道を死守するために北へと向かうか、タタール王がいる場所を探し出してそこを狙って攻撃を仕掛けるかのどちらかだな)

資金難で手入れは行き届いてはいないので堅固とはいえないが剣の国の都は城郭で守られており、一人で数千人の兵と戦う事ができ、軍を動かす事にも長けていると云われている国王がいるため、前者を選ばなくとも剣の国の都は自己での防御がある程度可能である。さらに後者ならほんの少しだけ勝つ可能性が生まれるので、どちらかと言えば後者を選んだ方がいい。しかし、前者を選ばなければトラトスの町が壊滅する可能性があるため溶二は迷っていた。

彼が色々と考えている内に、何故か弓の国の軍の動きが止まった。

(どういう事だ)

戸惑っていると、彼の元に兵士が一人駆け寄って来て

「敵の使者から魔法使い殿にこれを渡すように言われました」

と報告し、書簡を渡した。

書簡はタタールからのもので、自分は南の丘の上にいるので降伏する気があるなら単騎で来い、しないのであればこの書を破いて先程の使者に持たせろ。使者を捕縛、殺害した場合は剣の国を滅ぼすというものであった。

弓の国の使者は返事を持ち帰るために待機しているとの事である。

「使者から情報を引き出せるかもしれませんけど、捕縛しますか?」

と兵士が尋ねた。彼は書簡を読んでいないので、捕縛していいものかどうか分からなかった。

溶二は

「使者をもし捕縛、殺害したら貴国を二度と再興できないほど破壊し尽くすと書かれているのでそのまま返事を持ち帰らせましょう」

と言って書簡を兵士に見せた。

「どう返事をするつもりですか?」

とそれを見た兵士が溶二へ尋ねる。

勝てる可能性が発生するとはいえ、ここまで取り囲まれてしまってはそれも望み薄だろう。

「たぶん、彼等にとってこれは俺を殺す戦いなんで俺が死ななければ終わらない。なので、このまま戦いますよ。もし俺が負けたら残った兵士には逃げるように言ってください」

と取り繕わずに言い、彼は書簡を破った。

書簡の空いているところに、二時間後そちらへの攻撃を開始するという一文を書き加えると、弓の国の使者にそれを持たせて帰した。

攻撃を仕掛けるまでの二時間の間、溶二は自分に付いてくる者と丘に残る者を選ぶ事にした。先程の書簡を読んで、彼が出撃前にタタールへ頼んだ事は受け入れられた事を確信したため、無駄な犠牲をなるべく出したくないと考えたからである。しかし、単騎で突っ込んで簡単に殺されてしまっては、溶二の魔法を万能だと思い込んでいる人間の中では最大限に効果を発揮できないまま死んだ事にされてしまうかもしれないので、跡を濁さず負けるためには全員が残るわけにはいかない。そこで、若い者と既婚の者、老親を抱えている者は強制的に丘に残らせ、さらに、それ以外の者の中でも戦いたい者だけを連れて行く事にした。

結果三千人程いた溶二の軍は実質二百人程まで減少した。

二時間後、その二百人を引き連れて溶二は南のタタールがいるという丘目掛けて突撃を仕掛けた。当然それを阻むべく、弓の国の軍が東側と西側から挟み撃ちを仕掛けてくる。

熱線はあと三発しか撃てず、彼が今いる場所からではタタールがいる丘に撃っても遠すぎて当たらないため、溶二は迫り来る敵に対して

〈我が炎 扇のように 放射する〉

と呪文を唱え、中距離から火炎放射で戦う戦法に切り替え応戦した。これなら飛来する矢を焼き尽くす事もでき、まだあと十五発は撃てる。火炎放射によって一度に二、三百人を同時に攻撃していたが、敵の数が減る様子がなく、それどころか次第に増えている様にも感じていた。無論、南の丘に近づいているとも思えない。

とうとう溶二は奥の手の一発以外の魔法を全弾撃ち尽くしてしまった。呪文を唱えても熱線や火炎放射どころか、対個人でよく使っていた火球すら発生しない。一ヶ月魔法が使えなくなる事と引き換えに放てる最大火力の熱線がまだ残ってはいたが、この魔法は上手く制御ができず仲間を巻き込んでしまう可能性があるので、使うには仲間と距離を取るなり物陰に避難させるなりの事をしなければならない。その様な余裕が今はないので仕方なく剣を抜いて戦う事にした。が、弓矢と馬を巧みに操る騎馬集団に魔法無しでは到底歯が立たない。

火勢がなくなった事により弓の国軍の勢いはさらに増していき、剣の国の兵士達は次々に倒されていく。奥の手の魔法を警戒して溶二はあまり攻撃されなかったものの、炎を防御に使えなくなったため矢が身体に数本刺さりまともに剣を振れる状態ではなくなっていた。

気がつくと周りの味方は全員倒されており、周りは全て弓の国の兵士という状況になっていた。味方が全員やられてしまったが、見方を変えれば最後の一撃を心置き無く撃てる事ができる様になったという事である。

溶二は早速、

〈君が行く 道の長手を…〉

と唱え始めたが、何故かそれ以上言葉を発する事ができなかった。ふと、身体を見ると喉に矢が刺さっている。

もう魔法を使う事はできないと判断したのか、次の瞬間、彼を囲んでいる騎兵達が一斉に矢を放った。

放たれた大量の矢は次々と溶二の身体に突き刺さり彼は倒れた。

(まあいい、ちょうどこの場にはふさわしくない歌だったしな)

薄れゆく意識のなか溶二はそう考える。

ただ、まだ彼は力を出し切っておらず最後の一撃を撃たないまま死ぬわけにはいかない。そのため、彼は必死に意識を保っていた。

意識を保ってはいたものの彼は倒れており、このままでは地面に向かって熱線を放つ事になるので別の呪文を使う必要がある。

そこで、即興で

不如帰(ほととぎす) 撃って落とせぬ 火勢なら 柱に使おう 異界の炎〉

という呪文を作り、最後の力を振り絞って地面に書いた。

柱という一文字は人柱の意味を込めて使っている。

ゆえに、この魔法の代償はしばらく魔法を撃てなくなる事ではなく、自らの命だという事が溶二の脳裏に浮かんでいたが、どうせ失血して死ぬ身なので関係ない。

溶二の放った魔法は彼自身と味方の亡骸、彼の周囲にいた敵の兵士達を巻き込み、巨大な渦となって天へと昇り、しばらくして消滅した。

その後、炎の渦に巻き込まれなかった弓の国の兵士が溶二の死亡をタタールに伝えると、彼は剣の国に使者を出し、降伏するよう剣の国国王に促した。

王は一週間待って欲しいと言って、魔法使いの完全敗北という情報が国内に拡がるのを待ったが、二日とかからず国中に拡がり、その事によって魔法が騎兵軍団に通用すると信じていた勢力も静まったので、剣の国は降伏した。

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