騎兵達の王
タタールとサンサルの軍は旧槍の国領へと向かう途中、南東のマナンと港町のグラスの軍、さらに船の国から派遣されて来た兵士達と合流した。
この一行だけで二十万近くの兵士達がいるが、別のルートから東のハルの軍が槍の国に向けて進んでおり、さらにまた別のルートで北東のバシレイオスの軍が進行しているので、全て合わせると弓の国軍の兵数は五十万近くになる。
中でも兵数が多いのはバシレイオスの軍であり、彼の部隊だけで三十万近くの兵士がいた。ハルの軍も兵数自体は四千程と他と比べるとかなり少なかったが、彼が最も信頼していた仲間が剣の国の追撃を振り切れなかった事によって死亡しているので、弓の国の軍の中では最も士気が高かった。
これだけの兵士がいれば、策を弄さずとも押し切る事は可能だろうが、折角ルークとチェスターが危険を犯してまで弓の国まで来てくれていたので彼等にも何か役割を持たせたいと考えたタタールは、槍の国の城、鉄の国のチェスターの屋敷へとそれぞれ使者を向かわせた。無論、彼等にも兵士を出してもらうつもりだが、チェスターは以前魔法使いとは戦えないと言っていたので、ただ出兵して丘の上に待機してもらうだけでいいという事を伝えていた。
「ルークもチェスターも監視がついているだろうから、上手く兵なんて出せないんじゃねぇか?」
と、タタールの隣で馬を進めていたサンサルが尋ねる。
「どうだろう、剣の国の救援に向かうとか言えば案外大丈夫なんじゃない?少なくとも彼等は一度監視の目を欺いて僕のところに来てるわけだし」
「まぁ、あいつらなら上手いことやってくれるとは思うがな」
「断られたなら断られたで別の作戦は考えているから大丈夫だよ。彼等が協力してくれれば包囲がより上手くいくけどね」
そうタタールが答えると、それ以降の二人の会話はしばらくなかった。二人とも勝てるとは思っていたが、溶二と実際に戦った事がないため多少不安を感じていたので、集中力を途切れさせないようにするためである。炎の魔法は、港町を壊滅させた風谷七海の風の魔法以上に殺傷力が高い事が予想されるので気を抜くわけにはいかない。
国境を越え旧槍の国領に入ったあたりで、ルークとチェスターに送っていた使者が戻って来た。曰く、どちらも協力するとの事である。
「敵は駿馬の遊び場と呼ばれている衢地にいるが、チェスターやルークの軍がそこに着くのはたぶん三日後くらいだぞ、このままだと俺たちが先に着く事になる」
と、久しぶりにサンサルがタタールに話しかけた。
「ルークも三日かかると言っていたぞ。曰く準備に一日、移動に二日かかるらしい。同じ国内だが」
「元々こちら側の人間で監視が厳しめだからかチェスターは逆だ、準備に二日、移動に一日だそうだ」
と二人の使者が補足説明をする。
タタールは
「それなら、我々の進行速度を遅らせようか。二人はそのままハルとバシレイオスに二日後に駿馬の遊び場だと伝えに向かってくれ」
と言い、使者をそのまま別ルートを進んでいる軍に向かわせた。
三日後、彼等は駿馬の遊び場と呼ばれる盆地に辿りついた。タタール達は南西の道からそこに入ったが、バシレイオスとハルの軍は丘を越えて侵入した。
侵入してすぐに弓の国の軍は周辺の丘陵を占拠して敵を包囲するため軍を展開させた。本来なら、包囲などしなくても勝つ事は可能であったが、軍を丘に点在させる事によって熱線の被害を抑える事ができる上に、敵は全方位を警戒しなければならなくなるので戦いを有利に進める事ができる。
南西から侵入した軍は素早く南の丘陵を占拠し始めたが、バシレイオスの軍の展開速度はそれとは比べ物にならないくらいに早く、侵入して十分も経たないうちに西側の丘をほぼ全て彼の軍で埋め尽くしていた。剣の国勢からしたら悪夢にしか見えないであろう速さである。
敵が布陣している丘から一番近い位置にいるのも彼が率いていた部隊であった。しかし、部隊を展開し終わっても彼はすぐには攻撃せず、
「ここは一番敵陣に近く、狙われやすくなるだろう。地面に松明を突き刺したら一度、丘の裏に隠れて様子を見よう」
と指示を出した。
「地面に松明を突き刺す必要ってあるのか?」
兵の一人が聞く。
「今は夜だから敵からこちらの様子が分かりにくくなっている。だから、こちらの様子は松明の動きで判断することになるんだ。松明を持ったまま丘の裏に隠れたら退いたように見えるが、突き刺しておけば留まっているように見えるだろう。ただ、斥候が来た場合にはバレるから、丘の麓には数人待機させておこう」
そう言うと自らも松明を地面へと立てた。
その後、バシレイオスは近くにいた仲間と丘の中腹から頂上を目指している最中、ふと剣の国軍が布陣しているはずの丘が目に入った。微かに何か怪しげな光が見える。
すると、突然悪寒が走り今までに感じた事がない様な恐怖を感じた。
(魔法が来るのか)
と思った次の瞬間、目の前の丘から熱線が発射され自分達がいる丘目掛けて突き進んで来た。角度を見るにおそらく着弾地点は丘の中腹周辺、今自分がいる辺りであり、着弾までの時間は二秒と少しである。
「散れ」
と叫んだが、とても常人に避けられるようなものではない。
バシレイオスは近くにいる仲間を手当たり次第に掴んで丘の上に向かって投げ飛ばした。投げられた者は中腹から一気に頂上まで到達し、中には頂上よりも十メートル以上余計に飛んで着地時に骨折した者もいたが、全員助かった。
しかし、仲間を助けた事によってバシレイオス自身が避けている余裕がなくなり、周辺にいた逃げ切れなかった仲間と供に熱線を浴びる事になった。
熱線に巻き込まれた者の中でバシレイオスと彼が咄嗟に背後に隠した兵は生き残ったが、他の者は焼け死に、彼自身も戦闘を続行できるような状態ではなくなってしまった。
「おい…なんでみんなを纏める役のお前が真っ先にやられてるんだよ…俺なんか放っておけば脱出できただろうが!」
と彼が守った兵が戸惑いながら彼に言う。
「…その、様子なら…軽傷のよう…だな。悪いが…頼まれてくれ…。おそらく敵は…場所が割れた以上…あの丘を捨てる事になる。丘の向こうに…いた…連中を…連れてあそこを取りに…行くんだ」
「お前はどうするんだよ、その怪我じゃここから動けないだろうが!」
「…下で…斥…候が来た…時のために…置いていた連中に…任せるさ、それに、近くに…ハルの…部隊がいる…から…問題ない。…早く行け」
「分かった、死ぬなよ」
そう言うと兵士は丘の上へと駆け上がり、バシレイオスから言われた事を仲間に伝えた。
別の丘にいた兵をこちらの丘に回し、空いた分の人員を補充するよう手配すると彼等は熱線の発生元となっていた丘目掛けて突き進んで行った。
(俺自身はこの戦いで活躍する事は出来そうにないが、俺の指示がなくとも王であるタタールや、サンサル、マナン達他の族長の指示があれば俺の軍はそれで動くし、軍の展開だけやれば問題なかろう)
そう考えながらバシレイオスは突き進んで行く自軍の兵士達を見送り、しばらくすると気絶した。
溶二達がバシレイオスの部隊から逃げている間に南側の丘陵ではタタールとサンサルの軍が、東側の一部の丘陵ではマナンとグラスの軍が展開し終わり、さらに東の丘にルークの部隊が、南の丘にチェスターの部隊が到着していた。さらに、船の国から派遣されている兵士達はグラス軍の一部と供に北東へと進んでいる。
「いいタイミングだったな、特にルークが来た事によって魔法使い達は方向転換を余儀なくされたみたいだぞ、奴は元いた丘よりやや南東、この盆地の中央に近い丘にいる」
とタタールの横にいたサンサルが彼に報告する。
「それなら、彼等がいる丘に徐々に軍を接近させて、徐々に出てこざるを得ない状況を作ろうか」
と言って西側のバシレイオスの軍と東側のマナン、グラスの軍に連絡を入れつつ、自身とサンサルも軍を溶二の軍がいる丘へと接近させた。が、剣の国軍に動きはない。
「動じないな、この前の手紙の返事を書いてみたらどうだ。国を襲撃しない事を事前に伝えてしまったら安心して奴は本気で戦わないかもしれないとか言ってお前は返事を出さなかったが、案外ローランドの時みたく不安を取り除いてやれば心置き無く戦うかもしれんぞ」
とサンサルはタタールに提案した。
「いいかもしれない、やってみようか。ただ、書く内容はこの前の返信ではないよ」
タタールは早速、
(私は今、南にある篝火が一際多い丘の上におります。もし、貴方に降伏する気がお有りでしたら単騎で私のところへと来て頂けますでしょうか。無い場合はこの手紙を破り捨てて我々がそちらに向かわせた使者に持たせて返してください。もし、使者に対して捕縛または殺害、それに準ずるような行為を行なった場合は貴方の軍を全滅させた後、そのまま貴国へと侵入し、二度と再興できないほどに破壊し尽くす所存でございます)
というような書簡を使者に持たせ、溶二達がいる丘へと向かわせた。
使者を待っている間は特に何をするでもなかったからか、
「しかし、船、城、槍、鉄と交渉してきて、今度は敵である剣の国の魔法使いに書状を出しているんだからなぁ。お前たまに改名しようかなとか言っているけどそのままでいいんじゃねぇの?」
とサンサルが藪から棒にタタールに言った。タタールというのはこちらの世界でも他の人々という意味があり、様々な人の協力を得て今に至っているので彼には合った名前だとサンサルは考えていたのである。
「この手紙は協力を得るものじゃないと思うんだけど…」
「どうかな、敵に自爆するように協力を求めているとも取れるぜ。お前は降伏する気がお有りでしたらとか書いてたけどこの前の手紙を見た限り向こうにその気は無いだろうしな」
「そう考えると僕はなんかすごく嫌な奴みたいだね」
タタールは苦笑した。
それからしばらくして使者が戻ってきた。
書簡は破られており、二時間後にそちらに攻撃を仕掛けるという旨が書き足されていた。
「ここで待っている必要もなくなった、僕はこちら側の軍の士気を上げるため出撃するよ」
「まぁ、こんなところにいても狙い撃ちにされるだけだしな」
二人は出撃準備を始めた。
二時間とは書かれていたものの、使者が溶二達の丘からタタール達の所まで戻って来るまで既に一時間半程かかっており、早く出撃しなければ戦場には間に合わなくなる。
二人は準備を整えると、兵を率いて溶二の軍へと向かって行った。
二時間後、突撃して来る剣の国軍をバシレイオスの軍とマナン、グラスの軍が挟撃した。
敵の隊列は伸びきっており、挟撃はし易い筈だったが溶二の火炎放射に阻まれていまいち攻めきれていない。ただ、何もしていないわけではなく、矢を射かけたり、槍で突いたりなどして、徐々に兵数を削っていった。
火炎放射によって弓の国軍からは二千人以上の死傷者が出たが、しばらくすると溶二が魔法を使ってこなくなったため、敵兵を一気に畳み掛けた。ただ、溶二はまだ情報にあった最大火力の魔法を使っていなかったため、彼には近寄らないようにしつつ遠距離から矢を放って攻撃する事しかできなかった。そのため矢が数本刺さってはいたものの、致命傷には至らず彼はまだ生きている。
とうとう敵は彼一人になった。すると、溶二は今の今まで振るっていた剣をその場に投げ捨て、呪文を詠唱し始めた。
この時マナンが溶二から少し離れたところにいた。
彼は、溶二が唱えている呪文の内容は聞き取れなかったが、彼の様子が変わったことにその場にいた誰よりも早く気がついた。
(まずいな、敵が魔法使い一人になったという事は最大火力を躊躇わずに使えるようになったということになる)
マナンはそう判断すると、馬を駆けさせて溶二に急接近しつつ、袋から矢を取り出し、彼の喉目掛けて射った。
矢は溶二が魔法を詠唱し終わる前に狙った箇所に命中した。
(もう魔法は使えない)
そう判断した騎兵達は一斉に溶二目掛けて矢を放ち、ついに彼を倒すに至った。
マナンは溶二を倒した事を報告するべくタタールに使者を出そうとしたが、報告事項を使者に伝えている最中に溶二の身体が微かに光っているのを目撃した。
(この状況でまだ魔法を)
と考えると同時に、溶二の近くにいた味方に
「そこから離れろ」
と叫んだが、言い終わる前に溶二の身体から巨大な炎の渦が発生し、その周囲にいた者を巻き込みながら空へと昇っていった。
しばらく渦は燃え続けていたが、やがて消えた。
炎の渦が消えた頃にタタールとサンサルの軍が到着したので、事の顛末を先ほどマナンが使者として出そうとしていた兵士が二人に伝えた。
報告を聞き終わると、タタールは
「後は僕に任せてくれ、悪いようにはしない。ただ、少々気に障る方法を取ることになるかもしれないけどね」
と既に灰燼となった溶二や剣の国の兵士達に言葉をかけた。結局タタールは一度も溶二と会うことはなかったが、手紙から国を守りたいという思いは伝わってきていたので、その意をなるべく汲もうと考えていたのである。
そこで、一度丘に残っていた剣の国の兵士を捕縛して、それを剣の国へと向かわせる使者に引かせた。引き回す事によって剣の国が敗北したという印象を強めるという狙いがあったためである。
使者が降伏するよう剣の国国王に言うと、彼は国内の様子を見るために降伏か否かを伝えるのは一週間待ってほしいと答えたが、継戦を支持していた集団は魔法使いという旗が無くなった事や、兵が引き回される様子を見た事によって雲散霧消してしまったため、決着から二日後に弓の国に降伏した。




