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悪意

溶二は退却した翌日、以前落とした城の国の支城跡で意識を取り戻した。その支城跡にはそこまで損壊が酷くない建物がいくつか残っており、彼はその中の一つに寝かされていた。

覚醒してすぐ、

(戦場で倒れているわけでも敵城の牢に入れられているわけでもないところをみると負けて撤退している途中みたいだな)

と状況を察し起き上がろうとした。

が、眠り薬の効果はとうに切れ、意識ははっきりしていたにもかかわらず、どういうわけか身体が微塵も動かない。しかし、溶二は狼狽える事はなかった。元いた世界でも似たような経験をしていたためである。以前同じような状態に陥ったのは彼が嫌っていた同級生と同じ学校に通うことになった時であるが、今回はその時よりも身体が重かった。

(ああ、俺は絶望しているのか)

と、溶二はすぐに結論を導き出す事が出来た。彼は戦争に勝っても負けても自身はどうしても死ななければならない事に気がつき始めていた。

まず、今回の戦闘で城の国に勝てなかったことで、それ以上に強いとされている弓の国には到底勝てないという事を彼は察していた。彼の魔法は見た目は派手だったが、おそらく通常の熱線で千人、最大火力でも二万人焼き払うのが限界であり、とても機動力に長じた十万人以上の兵を相手に戦えるものではない。さらに、もし万が一勝てたとしても、特異な能力を持っている以上、自分は元の世界に帰るわけにはいかず、剣の国は疎かこちらの世界のどの国でも邪魔な存在になってしまう事にも最近になって気づき始めていた。だからと言って全てを捨てて誰もいないところへ逃げ出してしまっては、今後国を纏めなければならない王が自分の代わりに批判を受ける事になってしまうため結局戦う以外の選択肢がない。

(俺の魔法はチートとは言っても神のような力には程遠く、精々インサイダー取引程度のチートのような気がするな、有利ではあるが代償もある)

溶二は気を紛らわすためそんな事を考えながら必死に身体を起こすと、外へ出て行き最初に会った兵に

「すぐに撤退の準備をするよう他の兵士達に伝えてください」

と言った。

本来なら、正確な情報を知るためにこの兵士に現在の状況を聞くべきであろうが、溶二は聞いたところでもうどうしようもないと思い込んでいる。

そんなことより、敗北したとはいえ敵の拠点を一つ灰燼にした事に変わりはなく、すぐに追撃されるということはないはずなので、これを機になるべく距離を取ることしか頭になかった。

「直ちに準備致します。魔法使い殿はもう少し休んでいてください、準備できましたら呼びますので」

と兵が答えてくれたので溶二は再び元いた建物に戻り、横になった。

しばらくして先程の兵が溶二を呼びに来た。兵に支えられながら外に出ると、そこには戦車が用意されていた。他の兵士達は既に出発し始めており彼等は最後の出発である。

「私が馬を操作するので、魔法使い殿は回復するまで休んでいてください。まだ充分に動けないのでしょう」

「一応俺は将軍なのにこんな状態で申し訳ないですね」

と申し訳なさげに溶二は戦車に乗り込んだ。

その後半月かけて溶二の軍は逃げて来たヨセフ、エリック軍の兵と合流しながら一度剣の国王都に戻ったが、城の国の追撃はとうとう無かった。


溶二は王都に帰ってもしばらくは碌に動けそうに無かったので、彼のために用意された城の部屋で休んでいた。彼はヨセフから城の国と休戦した方がいいと言われていたが、王にはまだこの事を言っていない。

彼には、

(休戦したいという気持ちはあるが、将軍二人とやられた兵達の事を考えると戦いを続行したいという気持ちもある)

という思いがあるため、言うべきかどうか迷っていた。

そこへ、彼の部屋に果物を携えたセーラが入って来て、

「悩みがあるような顔をしているね」

と言った。彼女は溶二の心中を看破しているようであった。

(彼女に戦いの事に関しての話はあまりしたくは無いが、隠し通す事はできそうに無いな。俺以外にもヨセフ殿の提案について知っている兵はいるからセーラが彼等に聞けば分かってしまう)

そう考えた溶二は王より先に彼女に休戦の事について話す事にした。

「実はヨセフ殿に城の国と休戦するように言われたんだ、この事を王に報告した方がいいのかどうか俺には分からない」

「負けているの?」

「いや、今もこちらが優勢であることには変わらないだろう。今回で兵士がかなりやられたけど、国内にいる兵士を城の国攻略に回せばまだまだ戦える。しかし、サンドラは全力で戦っていないみたいなんだ、彼女はやろうと思えばいつでも形勢を覆す事が出来るのかもしれない」

「とりあえず王に言ってみれば?最終的に休戦するかどうか決めるのは王なんだし」

「だが、王に言ってしまったらおそらく彼は休戦するよう俺に指示を出す。対城の国との戦いは対弓の国との戦いと違って国民もさほど関心が無いから休戦させやすいだろうし、それを機に弓の国との休戦を模索する事が出来るかもしれないしな。しかし、それでは戦死した将軍二人と兵士達の命を無駄に使ってしまった気がしてならなくなる。城の国そのものに勝つ事は難しくてもせめてサンドラを倒すくらいなら…」

と溶二が話しているとそれを遮るように、

「溶二は戦いと平和のどっちを望んでいるの?私は平和な方がいいけど。将軍もそっちを望んで休戦するように言い遺したんじゃないの?」

とセーラが言った。彼女のこの一言で溶二はハッとさせられた。当初、自分は王の国民の生活を改善したいという考えに同調して長年続いていた槍、棍の国との戦争を速攻で終結させた事を思い出したのである。それから、鉄の国が攻めて来た事を皮切りに別の国とも戦い始めてしまっているが、戦火が拡大するにつれ自分の目的がいつの間にか戦いを終結させる事から戦いに勝つ事にシフトしてしまっていた気がした。弓の国には勝てない、勝てたとしても自分の居場所は無いという事で絶望していたのはその事も影響していたようである。

(一つ戦いが収まる可能性があるならそっちを選ぶべきか)

と考え直し、

「君の言う通りだ、ヨセフ殿に言われた事を王に伝える事にするよ」

と溶二が答えると、

「話は外で聞いていた。しかし、城の国との戦いはこちらから仕掛けたものだ、そう簡単に向こうは休戦を受け入れるだろうか」

と言いながら王が部屋に入って来た。

「やるだけやってみますよ」

と言って溶二は自軍の兵十数人に同行するよう頼み、自身も旅支度を始めた。

そして、支度を終えると先程まで寝込んでいたとは思えない程しっかりした足取りで城の国へと向かって行った。


城の国の女王サンドラは一カ月前の戦いの後、追撃しようとはせずそのまま都に戻って来ていた。ヨセフとエリックを撃破した事によって準備を整えて追撃すれば勝てる状況になったため、レスターとサイラスは追撃するべきだと何度か彼女に進言したが、彼女はその度に

「追撃の必要はない」

と、短く返すだけだった。彼女は剣の国が休戦を申し入れてくる事に既に気づいている。しかし、休戦するにあたってどのような条件を出すかはまだ決めかねていた。

(使い潰すか研究するか)

と、この日も悩んでいたところにレスターが訪ねて来て

「剣の国からの使者が参りました」

と彼女を呼びに来た。

「あと半月はかかると思っていたが結構早かったな、すぐに行く」

と答えると彼女は会議室へと向かった。結局、休戦するための条件は廊下を歩いている最中に決めた。

会議室には既に剣の国からの使者とその仲間がいた。

「剣の国から参りました浅間溶二と申します」

と、その中の一人が名乗る。

(剣の国の人間らしからぬ名前だな、魔法使いは異国から剣の国に来たという話だがこいつがそうか?)

と思いつつサンドラは、

「私はこの国の王を務めておりますサンドラと申します」

と自分も名乗り、重ねて

「それで、どのような御用で城の国へ参られたのですか?」

と、溶二がここに来た理由を察してはいたがとりあえず尋ねた。

「剣の国と城の国の戦いを休戦したく参上致した次第でございます」

「そうですか、それでは休戦するにあたってこちらから条件を出しておきたく思いますがよろしいでしょうか?」

「…はい」

溶二の返事を聞いたサンドラは不敵な笑みを浮かべて、

「旧鉄、槍、棍の領土と剣の国の領土の半分を弓の国へと譲渡するというのは如何ですか?」

と言った。この発言は、とりあえず弓の国へ協力するという体裁を作っただけであって、発言した彼女も受諾されるとは思っていない。溶二も国内の土地が戦前よりも一層貧しくなり、過激な連中が暴動を起こしかねなくなるこの案を受け入れるわけにはいかなかった。しかし、城の中へ入り込んでいるであろう弓の国の間者には効果があるはずであった。本来、城内に他国の人間を侵入させるなどザル警備にも程があるが、こういう時のためにサンドラは弓の国の密偵だけは今までずっとわざと侵入させている。

「それ以外の条件では駄目でしょうか?」

と溶二は尋ねる。

「そうですね、でしたら私達があの戦場から連れ帰った貴国の兵士達の滞在を認めて頂くというので如何でしょうか。貴国に戻りたいと言っている者が大半ですが、中にはこちらで生活したいと言っている者もおりましたので」

(どうも引っかかる言い回しだな)

と溶二は疑問に思ったが、先程よりは軽い条件だったので

「分かりました、それでお願いします」

と了承し、休戦が締結されるとすぐに帰っていった。

サンドラが会議室から自室に戻り、しばらく茶を嗜んでいるとレスターが入って来た。

彼女は快く彼を迎え入れ、自ら彼に茶を淹れてやった。その茶を飲みながら

「先程の条件ですが、魔法使いの身柄をこちらに引き渡す等他にも色々あったと思いますが」

と、レスターが言う。

「まあ、それは私も考えたさ、魔法使いを研究したいという気持ちもあったしな。それよりも、私は奴の魔法を利用して弓の国の力を少しでも削るほうがいいと感じたんだ。魔法使いは弓の国には勝てないだろうが、あの火力なら少しは戦力を削る事が出来るかもしれん。弓の国は強すぎる、情けないがこういうイレギュラーなものを利用しなければ我々の国はなかなか大陸一にはなれん」

「それならやはり魔法使いを捕らえて研究すれば、同じような能力を持った者を増やす事が出来たのでは?」

「そんな分かりやすい方法では不穏な動きがあると弓の国に気づかれてしまうさ。それに、魔法の研究に関しては他にも当てがあるぞ。車輪の国の領事から聞いた話だが、東の大陸に大昔に魔の国と呼ばれていた地域があったらしく、そこが魔法発祥の地と云われているとのことだ。そこへ行く手段は今の所ないが、弓の国の不凍港を利用できるようになればいずれ調査することもできるだろう」

(同盟国の弱体化を狙っているとはひどい人だ…強すぎると言ってはいるものの、もし戦うとなったら負けはしないのだろうな)

レスターはそう思いながら再びロベリアの絵が描かれたカップを手に取った。茶はまだ半分程入っている。

その後、捕虜となった約二千人の兵のうち、三割程の兵が剣の国に戻ったが、残りは城の国に残ったままであった。

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