敗北
溶二は山に戻ると仲間と共に周囲の木を切り倒し始めた。場合によっては城にいる敵に自分達がいる場所を晒す事になりかねないが、魔法を撃つ前には必要な作業である。最大火力の熱線は彼が今いる山からでも充分に当てる事が可能なほど攻撃範囲が広いが、外してしまう可能性も充分に考えられる。そのため、視界はなるべく確保しておきたかった。
支城を狙撃するために充分な視界が確保できると、溶二はまず、
〈熱線よ 全てを壊し 突き進め〉
と詠唱して魔法を放った。この魔法もかなり大きな赤い熱線を放つ事が出来るものだったが、最大火力には程遠い。殊更頑丈な城の国が造った城壁を破壊する事も不可能である。しかし、敵の出方を探るには丁度良く、何発か試し撃ちする事によって魔法の着弾点を微調整する事ができる。魔法を確実に当てるにはこれもやはり必要だった。
熱線は真っ直ぐ進んで城壁を掠めたが、傷をつけるには至らない。さらに、熱線の光と掠めた際の轟音を城の中でも確認出来たはずだが、敵に動きは無い。
(本当にあの中に兵がいるのだろうか?)
溶二は疑問に思ったが、事前に敵軍が支城に入ったという情報は諜報で得ている。
疑問を振り払い、彼は同じ魔法をさらに三発放った。二発目は外れて地面に着弾し、三、四発目は狙った場所に着弾した。今日通常撃てるだけの魔法はこれで全弾使ってしまった。あとは一カ月魔法が使えなくなる代わりに放つ事ができる奥の手の一発だけである。
少し自分から離れているよう仲間に言うと、溶二は
〈君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも〉
と、唱えた。先程とは比べ物にならない程に巨大な青い熱線は城壁に直撃すると、それを粉々に破壊した。
その後しばらく燃え盛る城の様子を観察していたが、中から敵が出てくる様子は無い。
(こっちは終わったが、向こうはどうだろうか)
そう思っていると、ヨセフからの使者が溶二の元にやって来て、
「西側に向かった軍は敵の挟撃を受けて壊滅状態です。魔法使い殿は残りの兵を引き連れて撤退するよう将軍殿が申しておりました」
と報告してきた。
「どういうことですか!?西側の敵は千人程、多くても二千程だと聞いているんですけど」
「地響きと明かりによって完全に敵軍だと錯覚していましたが、西側に現れたのは兵ではなく松明を括り付けた牛だったんです。将軍殿がそれに気づいた時には既に隊列が伸びきった後でして、そこを南北から一気に攻撃を受けました」
溶二は牛を使った似たような戦法を元いた世界の知識で既に知っていた。それにも関わらず、報告されるまでその戦法に気づかなかったことを悔しく思った。
「敵の数はどれくらいです?」
「必死に抜け出して来たので確認している余裕がなく、正確には分かりませんが、我々より少し多いくらいだったと思います」
「それなら我々が向かえば兵数で上回る事が可能かも知れません、すぐに向かいましょう」
そう言って、溶二は号令を出すべく自軍の兵の元へと向おうとした。すると、
「取り乱すのも分かりますが落ち着いてください、何の作戦も無しに突撃したらどうなるか分かりませんよ」
と言って使者が引き留めながら、水の入った皮袋を差し出してきた。
「すみません、ありがとうございます」
溶二はそれを受け取り、皮袋の水を半分くらい胃に流し込むと、途端に凄まじい眠気に襲われた。
「どう言うことです…」
薄れ行く意識の中必死に使者に問いかける。
使者は、
「将軍殿の言った通りでした。魔法使い殿は我々を助けようとするはずだから、と言ってこの彼秘伝の眠り薬を混ぜた水を私に持たせたんですよ。彼からの伝言をお伝えします」
と言って一息置いた後、
「貴方が死ぬべき場所はここでは無い、追撃は我々が何としても食い止めるので撤退致せ。そして向こうが受諾するかどうかは自信はないが、撤退した後に城の国へと使者を送って停戦を持ちかけろ、サンドラにはどうやっても勝てない。奴は今までずっと手を抜いて戦っていたようだからな。それと、話は変わるが貴方の力を私は頼もしく思っているし他の兵や王も同じ気持ちだろうが、そのうちそうは思わない者も出てくるかも知れないから用心した方がいい。もう一つ言いたい事があるが、そっちは生きて帰れたら言うことにする、溶二殿はどうか無事に撤退してくれ」
と言ったが、溶二は停戦を持ちかける旨を聞いたあたりで意識を失った。
使者は溶二を彼の率いている兵達に預け、撤退の旨を伝えるとヨセフの軍へと戻って行った。
使者は敵の攻撃を躱しながらヨセフのところへとたどり着いた。
ヨセフは軍を指揮しながら、自らもいつでも戦えるよう槍を用意していたが、今のところ彼のところまでは敵の侵攻は到達していない。
使者は水袋をヨセフに渡しながら
「撤退をするよう伝えて参りました」
と報告した。ヨセフは渡された水袋の重さの変化を感じながら、
「ご苦労だった」
と満足そうに言った。イレギュラーな力ではあるが、溶二は剣の国の国王に匹敵するであろう程の強さを持っているというのがヨセフの見立てである。それ程の男を相手に間接的且つ絡め手とはいえ意識を失わせたという事実は、現在劣勢に立たされているヨセフの自信を少しだけ取り戻させた。
それから少しずつヨセフの軍は勢いを取り戻し始め、それに同調するようにエリックの軍も奮闘した。すると次第に少しずつ東側に退路が出来始めた。
(撤退くらいはいけるかもしれない)
ヨセフとエリックがそう考え始めた直後、東の未だに炎が消えていない城の方から砂塵を巻き上げて何かが二人の軍の方向へと向かって来ていた。それが、サンドラが自ら率いている部隊だということは斥候によってすぐに二人の耳に入った。
王が自ら出て来たことによって城の国の兵達の士気がこれ以上にないほど高まっていく。
(これは、ここで戦い続けていたら全滅も考えられるかもな)
と判断したエリックは、突破口は自分が開くからそこを一点突破で脱出してくれという旨をヨセフに伝えるべく部下を一人派遣すると、少し広がり気味の自軍をまとめ上げ、サンドラが来ている方向へと突撃して行った。この際、兵達の士気を少しでも上昇させるためにエリック自らが先頭に立って槍を振るっている。
サンドラはそれに動じることなく、まず投石と大量の矢でエリック軍の隊列を乱れさせ、そこに燃やした藁を大量に積載した荷車を突撃させ、最後に長槍部隊にとどめを刺させた。荷車に関しては敵軍を混乱させる目的もあっただろうが、火を使うあたりエリックにはどう見ても当てつけにしか見えなかった。
(大臣め、城の国が弓の国程強いとは思えないなんてとんだ検討違いではないか。まず、飛び交う矢と石で敵を混乱させつつ、火で煽って無用に怒りを引き出して正常な判断力を失わせる。そこをこちらの物よりも遥かに長い槍で一気に畳み掛ける作戦か、包囲された状況でなければまだなんとかなったかもしれないが、最早どうにもならないな)
次第にばらけていく自軍の兵士を見ながらエリックはそう思っていた。結局彼は僅かな退路を確保することはできたものの、それはヨセフ軍を逃し得るには程遠いものであり、彼自身も投石で足をやられて動けなくなったところをサンドラの槍で突かれて死亡した。
エリックが討死したことはすぐにヨセフの耳に入った。彼が死亡したということは作戦も上手くいかなかったということを意味している。
この情報が入った際、降伏の二文字がヨセフの頭をよぎったがすぐに振り払った。サンドラの戦い方はどう考えても敵を全滅させることを考えた戦い方であり、この時点で降伏を申し入れても受諾しない可能性がある。実際、サンドラは剣の国の軍をもう少し疲弊させることと、ついでに城の国国内で拡がりつつある彼女が戦下手だという風潮を払拭しておくことを考えていたため、この時点で降伏を申し入れられても拒否するつもりであった。
(エリック殿の奮闘で少しだが東側に退路が出来た、そこから各々逃げさせるか)
少々雑な作戦だがそう考えたヨセフは自軍の兵とエリック軍の生き残りにそれを伝え、東側に突撃を仕掛けた。
ある程度戦うと剣の国の兵達は各自の判断で撤退して行ったが、後方で指示を出していたヨセフは逃げ遅れたため最後まで残って戦う事にした。
ヨセフは槍で上から殴りつけるようにして敵の注意を頭上へと向けさせ、胴体が空いたところを槍で突くという戦い方で敵を倒して行く。しかし、周りで戦っている味方は撤退するなり、やられるなりして次第に数が減って行き、ついには周りは全て敵という状況になった。最終的にヨセフは敵兵の槍で転ばされた後、無名の兵士に短剣で喉を突かれて死亡した。
将を二人倒したことで決着がついたためサンドラは戦闘を中止させ、残った敵兵士達を捕縛し始めた。ただ、彼女が密かに捕縛する事を目論んでいた魔法使いらしき人物はその中にはいない。
(魔法使いの軍は城を落とした後、西へ救援に向かうと踏んでいたのだが、思ったようにはいかぬものだな)
そう思いつつサンドラは軍を引き揚げさせた。
この戦いで九千人程いたヨセフとエリックの軍は約六千人が討ち取られ、約二千人が捕縛され、剣の国に戻ったのは千人程であった。




