夜襲
弓の国と利の国の戦いは終結したが、剣の国と城の国の戦いは続いていた。
現在の戦況は剣の国の軍によっておよそ月一のペースで支城を落とされている城の国が劣勢である。しかし、支城を落とすには浅間溶二が全力で魔法を放つ必要があり、彼はそれを一発放つとその後一カ月程魔法が使えなくなる。自軍の兵の死傷者数も驚くほど少なかったため、城の国は劣勢ではあったが圧倒的に負けているという程でもなかった。
それでも、劣勢という事には変わりないため、兵士や民間人の間ではサンドラはそれ程戦いは上手くないのではないかという噂が拡がり始めている。
実際、彼女が戦場に顔を出したのは一度だけで、それ以降は前線から指示を求められても現地の判断に任せているので評価が下がるのも無理はない。密林を防御に使うという作戦も中途半端なところで取りやめており、兵士達も都へ撤退させている。
この日も、指揮官から送られて来た使者が彼女の城にやって来て、
「そろそろ魔法使いの力が回復する頃です。五つ目の城も突破されてしまいます」
と報告して来た。彼女は過去四回の戦いで溶二の魔法が回復する周期を把握するに至っているため、このような報告を受けるまでもなく分かっているが
「あと一つだ」
と言うだけで、特に何をするでもなかった。溶二の魔法が回復するまであと十日である。
ところが、残り八日となったところで彼女は突然、都にいる兵士を集め始め、さらに牛を千頭程用意し始めた。彼女はようやく、守りから攻撃に転じる事に決めたのである。
そもそも、サンドラの狙いは弓の国に自分達の戦禍の傷を過大に見せ、今後の協力をやんわりと拒否する事の他にも、溶二にわざといくつかの支城を落とさせるというものも増えていた。大きな戦乱は少なくなり、今やっている戦いもそれほど長くは続かないであろうにも関わらず、城の国では余分な支城が多い。その支城の整備と維持に毎年多額の費用がかかっているが、取り壊すにしても頑丈すぎるので莫大な手間と費用がかかる。魔法使いに壊させれば撤去の手間と費用を抑える事ができる上に、苦戦しているようにも見えるため彼女の目的を果たすには一石二鳥であった。今まで防戦一方だったのはそのためであり、あと一つというのは魔法で壊させる城の数である。
サンドラは兵達の中からレスターとサイラスという二人の指揮官を会議室に呼ぶと、レスターの軍には五つ目の支城のやや北西へと向かうように、サイラスの軍には弓の国の領土を通って支城のやや南西へと向かい、サンドラが合図を出し次第剣の国の軍を攻撃するように作戦を伝えた。
しかし、サンドラ自身はまだ何をするか言っていない。
「王は如何されるのですか?」
サイラスが尋ねる。
「私は支城の中に入る」
(炎の直撃を受ける事になる支城に王を向かわせて良いものだろうか)
そう思ったサイラスは、
「我が国の城は頑丈ではありますが、それでも敵の魔法が直撃すれば死者や怪我人が出ます。王がそこに陣を構えるのは危険ではありませんか?」
と尋ねた。
「その危険な場所で戦えば私の失墜した評判を取り戻すいい機会になるだろう。お前達の兵の士気を高める事に繋がるかもしれんしな」
そう言ったサンドラは微笑を浮かべていた。彼女は自身が負けることや討死することなどは微塵も考えていない。
「それで、いつ出撃するのですか?」
「明日出発する、それまで準備はできるか?」
彼女は既に都の兵士達がなかなか命令を出さないサンドラに焦れて、各々準備を進めていた事を知っており、明日という急な時間設定も焦れて溜まりきった勢いをそのまま使うためであったが、素知らぬ顔をして二人に尋ねた。
「今か今かと待ち焦がれていました。いつでも戦えますよ」
とレスターが言い、サイラスもそれに首肯した。
翌日、レスターとサイラスの軍が出発するのを見届けると、牛を牛飼いに任せ、サンドラの軍は支城に向けて出発した。
各軍が所定の位置に到着したのはその一週間後である。
剣の国の溶二、ヨセフ、エリックの軍は五つ目の支城を攻略するべく軍を進めていた。
例のごとく夜の内になるべく有利な地形に陣を構えておき、翌朝早朝に攻撃を仕掛ける手筈である。この作戦を彼等は何度も使い回しているが再度同じ作戦をとる事にした。当初三人は城の国相手に何度も同じ手段が通じるとは思っていなかったため、二つ目の支城を突破する際には、朝まで待たずに夜襲をかける作戦や、溶二が近隣の住民に成りすまし、単独で城へ接近して破壊する作戦など様々な作戦を試していたが、結果として前者では逆に敵軍に包囲されて危く退路を断たれかけ、後者では溶二が後方に待機させていた軍が敵軍の奇襲を受けてしまっている。しかし、何故か早朝に奇襲する作戦だけは成功し、二つ目の城を突破して以降も面白いように成功したため自然とこの作戦を採用するに至っている。
この日は支城のすぐ南東の山の山麓に溶二が、南の山にヨセフが、北の山にエリックが布陣した。既に辺りは暗くなっており、星が輝き始めている。
布陣後に三人は早速、それぞれ斥候を使って支城の様子だけでなく周囲の山々の様子を観察したが、山々に敵影は確認できなかった。ただ、支城では篝火が轟々と焚かれており、据置の大型弩砲がいくつも設置されている事が確認できたため、城の国の軍は既に戦闘準備が出来ていることは間違いない。できれば弩砲あたりは破壊しておきたかったが、工作員が跡をつけられ敵に自分達がいる場所がバレてしまう可能性があるので、今夜は観察に徹する事にした。
三人の軍が支城の様子を観察しながら朝を待っていたところ、突然支城の篝火が消え始めた。三人は敵が自分達に気づいて急遽出撃したのではと考えたが、城門付近からは何の物音も聞こえない。より詳細に様子を探るために斥候を向かわせるも、篝火以外城の様子に変化はないとのことであった。
(明かりが消えただけとはいえ変化には変わりはない。敵の様子が変化した以上何か行動した方がいい気がするな)
と考えた溶二は、とりあえずヨセフがいる南の山の山麓へと向かった。作戦を立てて兵達を動かしているのは将としての経験が浅い自分や、あまり意見を出さないエリックではなく、実質ヨセフだったためである。
溶二が到着すると、そこには既にエリックが送り出した使者が到着しており、ヨセフと話していた。話は今始まったばかりのようで
「どうしますか?夜中に篝火が消えるのは今回が初めてですけど」
と尋ねているところだった。溶二も
「ただ、それ以外は特に変化が無いんですよね」
と言いその中に混ざって行く。
「城が無防備になったと見せかけておびき寄せるつもりかもしれませんな。周りへの警戒を強化しつつ、もう少し様子を見ましょうか」
とヨセフが今後の方針を提案すると、突然見張りに立たせていた兵士が慌てながら三人のところへと駆け寄って来て
「西側から敵襲です、こちらに迫って来ております」
と報告した。
溶二とエリックの使者は少し動揺したが、ヨセフは落ち着いた声で
「敵の数は分かるかね?」
と聞き返した。
「正確な数は分かりませんが松明の数と地響きの大きさから考えると千は超えると思われます、もしかしたら二千に達するかもしれません」
「分かった、出撃の準備をするよう皆に伝えてくだされ」
と、見張りの兵士に言うと、その場にいた溶二とエリックの使者に
「二人とも聞いておられたな、少々作戦を変更致しますぞ。敵が向かって来ているという事はこちらの事が既に向こうにバレている可能性があります。私とエリック殿は西側の敵を叩くので、溶二殿は我々が挟み撃ちにならないように城を攻撃してくだされ」
と言って自らも準備を始めた。エリックの使者も決まった事を伝えるべく自分の陣地へと戻って行く。溶二も戻ろうと思ったが、その前に
「貴方は先程、敵は我々を城へと引き付けるつもりかもしれないと言って慎重に攻める方針を提案しましたが、急襲に変えて大丈夫ですかね」
とヨセフに尋ねた。今まで通用していた作戦がまた上手くいくとは限らないので、作戦の変更については悪いとは思わなかったが、何とも言えない不安が湧き上がってきたためである。
「分かりません。ただ、貴方のスピードと魔法の破壊力なら敵の小賢しい戦略ごと焼き尽くす事ができると思います。それでもまずいと思ったら迷わず退いてくだされ、その際は我々と合流して撤退致しましょう」
「分かりました、城は俺が何とかしますんで西側の方よろしくお願いします」
溶二はそう言うと自陣に戻って行った。ヨセフに再確認はしたが相変わらず不安は解消されていない。




