落城
その日の朝にはグラスとソリルの軍がオヅロッグに到着し、グラスは平民達を避難させ、ソリルは支配者層が住む地域を包囲した。この時点で充分城を攻め落とせる戦力が揃っているが、水堀が行く手を阻んでおり、さらにグラスとソリルは昨夜サンサルから使者を通してローランドの事を知らされている。そのため無理に攻撃はせず、二人はそれぞれの役割を果たしながらタタールとエルスの軍が到着するのを待つ事にした。
昼頃にタタールとエルスの軍はオヅロッグに到着した。
到着すると彼らはすぐに分かれタタール達はソリルの軍と、エルス達はグラスの軍と合流した。しかし、この数時間で粗方平民の避難は完了しているためエルス達がする事はほとんど残っていなかった。
タタールの軍が配置についた頃、ソリルが
「住民は大体逃し終わったぞ」
と報告をしにタタールの元へやって来た。
「随分と早く終わったね」
「君達が来るのが遅いだけだよ。それで、次はどうする?流石に俺達に水堀を泳いで渡れなんて言うわけじゃないだろう」
「まさか。次はこの水堀を埋めようか、ここの住民には悪いが家を使わせてもらう。どんどん壊して残骸を堀に投げ入れるんだ」
「分かった、これはエルスにはもう伝えてあるのか?」
「いや、砂漠からだと偵察兵がちょっと出し難くてここの様子がいまいち分からなかったんだ。だから、彼女には避難の進捗具合をみて采配の振り方を決めるから上手く対応してくれとしか言っていないよ」
「分かった、彼女には俺が伝えておく。後から来た分君とエルスも手を動かせよな」
「言っておくけど、砂漠を進むのも楽じゃなかったんだよ」
二人は分かれ、タタールはグラスに、ソリルはエルスに作戦を伝えると、弓の国の軍は近くにある家屋やその辺に置いてあった甕、工事の際に盛られたらしき土など、その辺にあったものを手当たり次第に掘に投げ込んでいった。
水堀は昔にレナードが作った物で、予算の関係でそれほど深くはできなかったものの、そこそこ広く作られている上に、敵を溺れやすくするために所々高低差を設けたなかなかの物だったが、埋められてしまってはそれも効力を発揮せず、あっという間に大軍が通れるだけの道ができた。その際、ローランドが水堀付近を監視するために事前に置いていた兵達がクロスボウや投石などで埋め立てを阻止しようと必死に抵抗したが、二十人程の人数では十数万人の動きを止めることはどうしてもできなかった。
弓の国の軍は完成した道を突き進んだ。すると、先程抵抗してきた兵が剣や槍を振り上げて突撃してきたが、弓の国の軍は今日は攻める側であり、兵数も圧倒的に増しているため昨日とは違って勢いがある。まず、軍の先頭を行く二百人程が矢を放って接近してきた敵兵を攻撃した。敵兵は身体に夥しい数の矢が刺さりながらも弓の国の軍への突撃を止めないが、それでもかなり勢いが落ちた。それを見計らって弓の国の兵達は剣を抜き、一気に敵兵に斬りかかる。敵兵は全員すでに気力だけで立っている状態だったのでなす術なく全滅した。
利の国の戦士達を倒し終わると、弓の国の軍は支配者層が住む地域への攻撃を開始した。
その際、七海がタタールの元へやって来て
「松明ってすぐに用意できますでしょうか?」
と聞いてきた。
「昼間に何に使うんです?」
「襲撃した屋敷数軒に火を放って下されば、私が火の竜巻を起こして町を焼け野原にして差し上げますが」
この提案は流石に受け入れる訳にはいかなかった。弓の国の軍は平民を逃しはしたものの、結構な数彼らの家を破壊してしまっているため、戦いが集結した後かなりのヘイトを買うことを予想している。そのため、火災旋風で町を焼いてそれをより強くすることは避けたかった。
「いえ、戦闘力のない地域なので我々だけで充分です。その代わり、貴女には地図を渡すので城の地下通路の出口へと向かって頂きたく思います。軍が無い今、王の防御の要はおそらく先程の水堀と城とこの町の構造の三つです。出口を見張らせている者からの報告がないのでまだ城にいるでしょうが、水堀が突破され、町も壊されかけている今、彼はそろそろ逃げるはずです。どうぞ本懐を遂げて下さい」
「ありがとうございます。こちらに協力できない代わりになるかどうかわかりませんがこれを渡しておきます。受け取って下さい」
そう言うと七海はタタールにライターを渡した。
「これは?」
「点火するための道具です。まだしばらくは使えると思います」
七海は簡単に使い方を教えると
「御武運を」
と言ってこの戦線から離脱した。
その後弓の国の軍は一通り残った支配者層の人間を殺し、財産を奪い、屋敷を破壊し尽くすといよいよ城を取り囲んだ。
この時点で城を取り囲んでいるのはタタール、グラス、ソリル、エルスの軍であり、サンサルの軍もほとんど到着していたが、まだサンサル本人と彼の率いている兵士百人程が到着していない。しかし、落城させることができるだけの戦力は既に集まっているためタタールは城へと攻撃を開始した。
一方、ローランドは監視役として二十人程水堀の近くに見張りを置くと、自身は残りの七十人を連れて北東にある山へと向かっていた。しかし、こちらへ進んで来ても彼に勝てる見込みはない。だからといって、水堀を監視するために町に残っても勝てる見込みはないため、単純にタタールとサンサル、どちらと戦いたいかで進む先を決めていた。結果、彼はサンサルと戦う事を決めた。昨夜、自分に会うためにたった一人で敵の本陣へと訪ねて来たサンサルの勇気をローランドは高く評価しており、彼の勇気をさらに上回りたいと考えたためである。
サンサルは山ではなく、その麓に百人程の兵士と共にローランドを待っていた。そこには既にその百人以外に弓の国の兵士はおらず、他の兵士達は既に進軍してくるローランドと鉢合わせにならないようにしながらバクスケークの城へと向かわせている。サンサルもまた、昨日の敗北を悔しく思っており、ローランドに実力で勝ちたいと考えていたためこのような形をとっていた。
両軍は、ローランド達は足で駆けながら、サンサル達は馬を駆って接近して行く。
先に攻撃を仕掛けたのはサンサル達であった。彼らは矢を射かけながら徐々に接近して行く。
ローランド達は昨日と同じく矢を受けながらも突撃を止めないが、今日の戦場は騎兵が自由に動ける平原であるため、サンサル達が接近するのを止めて背面騎射に徹し始めるとなかなか追いつけない。
(何もしないうちに負けるものか)
そう思ったローランドは討たれた仲間の槍を拾い上げると敵へ向かって全力で投擲した。
槍は見事命中して、弓の国の兵士が一人落馬する。
ローランドはその馬を奪うと、王家の大剣を抜き放ち、味方が彼に倣って投擲し始めた槍に注意を払いながら敵軍に接近した。
(これは、実質奴の部隊を倒す戦いというよりは奴自身を倒す戦いだな)
と考えたサンサルは自軍の兵にローランド一人に矢を射るように指示を出した。しかし、この時点のローランドはサヨ、剣の国の国王、バシレイオスに次いで武人では世界で四番目に強く、攻撃を彼に集中したくらいでは倒せない。唯一の弱点であるスピードの遅さも馬に乗る事でカバーされている。そこで、サンサルは兵士達を引き連れて彼に接近しつつ、彼自身ではなく彼の乗った馬に向けて矢を放った。彼はローランドの弱点や実力について知っていたわけではないが、落馬させる事で動きを封じ、そこに雨のように矢を射かければ流石に倒せるだろうと考えたのである。
矢は馬の前脚に命中し、ローランドは落馬した。
そこへすかさず、五人の兵が落馬した彼に接近する。
ローランドは向かって来た兵のうち一気に三人を大剣を薙いで斬り殺したが、その後ろから接近して来た二人には対応が追い付かず、槍で両足を貫かれた。
そこからサンサルは兵の半数を接近してくる敵兵を止めるために向かわせ、自身と残りの半数で一斉にローランドへと矢を射かけた。王家秘蔵の防具と言えども雨のように放たれる矢を全て受け切る事はできず、数本が貫通しているが彼は倒れない。
(矢では倒し切れんか)
サンサルはとどめを刺すべくローランドの元へと一気に兵を殺到させるが、彼は剣や槍を受けながらも大剣を振り回し続ける。最終的に兵士の一人が彼の腕を斬りつけて大剣を落とさせ、別の兵士が鈍器で鎧を砕いたところをサンサルが槍で突いてとどめを刺した。
「…血湧き肉躍るとはまさにこのことだな、楽しかった」
そう言いながら微笑するとローランドは事切れた。
その後、彼を失った兵士達は驚く程脆くなり、五分もかからずに全滅してしまった。
(こっちの王は倒した、そっちの王は任せたぞ)
サンサルはそう思いながら、この戦闘の事を報告するべくタタールの元に使者を出した。
タタールは軍を城に侵入させたが中には誰もいなかった。
王は既に地下通路を通って逃げたらしい。
その事を報告するため、玉座の前にいるタタールの元にグラスがやって来て
「俺の仲間が地下通路の入り口が空いているのを確認した、追いかけるか?」
と尋ねてきた。
「いや、僕達が追いかけなくても問題ないよ」
タタールはそう言いながら七海から渡されたライターをグラスに見せた。
「なるほど、そういうことか。それなら俺は撤退の準備を始めるわ」
「彼女はどうするんだい?」
「船の準備をするんで先に戻ってるわ、って言っておいてくれ」
そう言うとグラスは去って行った。
その頃、バクスケークは四人の側近と共に地下通路を歩いていた。彼は水堀が埋め立てられ始めたあたりで地下通路を進み始めたが、運動不足の体では歩く事さえ重労働だったため、まだそこを抜け出せてはいない。
敵軍が城に侵入するのも時間の問題なので休憩は取らずに歩いてはいたが、次第にスピードが落ちてきており、何よりバクスケークがあまりにも辛そうに歩くため、側近の一人が
「少し休憩致しませんか?その方が効率よく進めると思うのですが」
と提案した。
休憩を取らずに歩くというのはバクスケークの提案であり、それを覆すとなると本来なら激怒されるはずだったが彼の意見は
「分かった」
と承認された。
休憩中もバクスケークは今後の事が心配になって、
「これからどうする予定なのだ」
と側近に尋ねた。
「はい、この通路を抜けた後近くの小国に身を隠す事になります。そして、王が忘れられ始めた頃を見計らってアプトックへと赴き、別の大陸へと密航致します」
側近が答えると、
「そんなんで大丈夫ですか?それより私が案内した方がもっといい所へと行けると思いますけど」
という声が跫音と共に暗闇から響いてきた。無論、バクスケークや側近が発言したわけではない。
側近が声がした方向へと明かりを向けてみると若い女がそこにいた。
側近達には見覚えがない人物だったが、バクスケークは彼女の事を知っている。
「魔法使い、確か七海とかいう名だったな。生きていたのか」
「王様がお困りかと思いまして、抜け出して参りました。宜しければ私が逃げるお手伝いをいたしましょうか?」
本来なら協力者の出現を喜ぶべきだったが、バクスケークは不審に思った。この地下通路の事は王家の者以外は誰も知らず、共にいる側近も脱出の直前まで知らされていない。そのため、彼女が出口の側から侵入してここまで来るなどという事は本来ないはずである。
そこで、
「貴様は儂をどこに連れて行くつもりだ」
と彼は尋ねた。
「もちろん地獄ですよ」
その一言を聞くと側近は剣を抜き、七海に飛びかかった。
が、彼女は魔法で強風を発生させ、側近達を壁に叩きつけると、彼等が起き上がるのを風で阻害しつつ愛刀の呪いの剣で全員突き殺した。
(なんとか隙を作って逃げなければ儂も殺される)
そう悟ったバクスケークは情に訴えかけるべく怯えた振りをしながら尻餅をつき、さらに七海に気づかれないように近くにあった石を掴みつつ
「財産ならくれてやる、だから儂には何もするな」
と利で懐柔しようとしてみた。
しかし返答は、
「そんなもの、必要ならてめぇを殺してから奪えばよくないですか?まぁ、どっちにしろいらねぇけど」
とのことだった。
どうやらこの女には利も情も効かないと諦めたバクスケークは一か八か、手に持った石を彼女に投げつけると、それに気を取られている隙に彼女の横をすり抜けて逃げるべく駆け出した。しかし、落ちきった筋力では石を投げるも彼女には届かず、走るスピードも遅い。結局、蹴り倒された挙句に剣でめった刺しにされて彼は殺された。
彼女は死体に唾を吐きかけると、剣を納めてそのまま地下通路からタタール達と合流するべく城へと向かった。
その後、タタールはサンサルからの使者と七海から報告を受けた後、すぐに全軍を引き上げさせた。




