サンサルvsローランド
オヅロッグ北東にある山という山にはサンサルの軍がすでに待機しており、彼自身がいる山にも千人程の兵がいた。しかし、他の族長の軍は翌日に到着するというとのことであり、彼らはそれまで特にやることがない。利の国の軍はレナードの要望でほぼ全ての者が船の国へと移ったため今更攻撃を仕掛けてくるという事は考え難く、サンサルは気を張って敵を観察する必要はもうなさそうだと考えていた。そのため、兵には敵を警戒させることよりもむしろ休む事を重視させている。
しかし、突然歩哨に立たせていた兵がサンサルの元へと来て、
「サンサル、敵が押し寄せて来ている」
と報告した。
「どういう事だ、タタールやエルスの軍についてはともかくグラスとソリルの軍については連中もそろそろ気づいているはずだ、今更出てきても奴等に勝ち目はないぞ。まさか、俺たちに勝つつもりでいるのか?」
「分からん。ただ、敵は三百人程度だからこの山だけで充分に対処できるはずだ」
「そうか、ならすぐに終わらせよう」
そう言うとサンサルは弓と矢の入った袋を手に取り敵を迎え撃つ準備をした。
ローランドの軍はすでに麓まで来ている。
ローランドが率いている軍はサンサル達が待機している山を駆け上がって来た。サンサル達がいる山はかなり急峻であるため多かれ少なかれ勢いが落ちるはずであるが、山を登っているとは思えない程凄まじい勢いである。
しかし、山の上にいるサンサル達からは矢が射かけ易くなっているため、彼らが有利である事に変わりはない。そこでサンサルはその事を利用して矢を大量に放ってより勢いを落とし、敵の動きが鈍くなったところに槍や剣を持って突撃をかけるという戦い方をする事にした。
放たれた矢は次々にローランドの軍の兵士達に刺さって行く。しかし、彼らの勢いは一向に落ちる気配が無い。彼らは矢が身体に刺さろうが、仲間が倒れようが気にかけずサンサルの軍に突撃を仕掛けて来た。特に軍を先導している大剣を持った大男ローランドの気迫は凄まじく、弓の国の兵は次々と薙ぎ倒されていった。
「何だこいつは…」
サンサルは戸惑った。
彼はレナードやフィラーナ、忍びこませていた兵士達からローランドの情報は伝えられていない。この後に及んでこれ程手強い敵が出てくるとは想定していなかった。
(この山を一旦放棄して別の山まで後退しても弓の国の勝利に揺るぎはない。ここは後退するべきか…)
そう考えると
「退け」
と指示を出し、背面騎射で敵を牽制しながら別の山まで退却した。
ローランド達もしばらくは追撃したが、弓の国の騎兵が全力で退却するスピードには流石に追いつけず、さらに次第に陽が傾いて来たこともあって、追撃を中断して町へと戻って行った。
結果的にこの戦闘で弓の国からは二百人近くの死傷者が出たが、利の国側の死傷者は三十人程だった。この事でサンサルは
(まさか退却する事になるとは…)
と気を落としたが、
(あれだけの戦いができるのであればレナードと何か関わりがある人物なのかもしれんな。だとしたらレナードが我々に協力してくれたように、奴もこちら側に引き込めるかもしれん)
と気を取り直して、早速ローランドについて調べるため町に斥候を向かわせた。
深夜、ローランドはレッドフォード家の屋敷の門を誰かが叩く音で目を覚ました。
気づいたのは気配に敏感な彼一人であり、彼の父やバクスケークから貸し出されている私兵達は眠ったままである。
彼は王家の大剣を手に取ると、忍び足で門へと向かった。
門を開けると、男が立っていた。見覚えは無かったが、男の服装が弓の国のものだったため、昼間戦った敵軍の戦士だという事はすぐに分かった。
「弓の国の者だな、私に何のようだ」
「お前に話がある、武器は持っていないので屋敷の中に入れて貰えるか?」
その男、サンサルは丁寧とは言い難い口調で言った。本来彼は他国の人間と話す際は丁寧な言葉使いをするようにしていたが、ローランドのような戦士はやたらと勘が働き、普段とは違う話し方をしているということが見破られる事があるので、あえて普段通り話している。
「昼間敵だった相手を屋敷に入れる訳ないだろう、それに仮に父上にお前と話しているところを見られてしまった場合弁解の仕様がない。ついて来い、誰にも気付かれずに話ができる所に心当たりがある」
「屋敷を離れていいのか?俺はお前をおびき出した後、潜ませている仲間に屋敷を攻撃させるなんて事を考えているかもしれんぞ」
「本当にそんな作戦があるのであれば私に話したりはしないはずだ。それにお前と屋敷にいる者を除けばこの周囲に馬や人の気配はない。仲間なぞ連れて来ていないだろう」
二人は現在廃墟となっている屋敷へと移動した。この屋敷はオヅロッグはもうすぐ攻撃を受けると察知した家主が国を抜け出す際に破棄したものである。その際に、様々な人からの恨みと借金を抱え込んでいた家主は、抜け出すついでに自分が死んだと偽装するべく背格好がよく似た使用人を屋敷に閉じ込めて火を放っていた。そのため、建物が崩れ易くなっており今は誰も近づかなくなっている。
二人は焼け残っていた椅子に座った。
「こんな物がよく撤去されずに残っていたな」
「撤去をするのは結局のところ平民なんだが、将軍殿が王を裏切ってからというもののこの地域に住んでいる連中は平民を堀の向こうから、こちらの地域に入れる事に抵抗を感じているようだ。軍は平民と我々を結ぶ橋を警備していただけでなく、平民がこちらに押し寄せて来た時には仲裁もしていたから、おそらくそれが無くなって不安なんだろう。今まで軍を軽視していた連中が無くなった途端それを欲するようになるとかバカみたいだろう」
ローランドの話を聞いて、サンサルは
(これは仲間に引き込める)
と、確信した。この男は恐ろしく強かった上に軍を擁護するような発言をしている。つまり、ずっと戦いたいと思っていたにも関わらず、軍を軽視する環境に産まれたが故に今までそのような機会が持てなかったから、今この機会を利用して戦っているのではないかと考えたからである。
(こちら側で勝ち戦をしてみないかと誘ってみるか)
そう考えると、
「お前も知っていると思うがこの町には北西から大部隊が向かって来ている上に、昼間戦った俺達の軍はほんの一部だ。このままではお前に勝ち目はない。しかし、こちらに加担すれば勝利を味わう事ができるぞ、勝ってみたくはないか?」
と言った。
「なるほど私を戦闘狂だと判断したのか、確かに間違ってはいないかもしれん。しかし、それ以外にも戦う理由はあるさ。私は王や支配者などのためではなく民を守るために戦っているんだ、お前達の軍が町に侵入すれば戦いとは関係ない人間からも死傷者が出るだろう。それを放っておくわけにはいかん。無駄な抵抗だと分かってはいるができる限りの戦いをして必ず追い返してくれる」
「それならば心配はいらんぞ、平民は避難させる手筈になっている。知っているかもしれんが、今現在弓の国はここと剣の国の両方を相手に戦っている。どちらにも勝つ自信はあるが、こちらも痛手を受けるかもしれん。そんな中、恨みを募らせたここの国の連中が蜂起した場合三度目の戦いをしなければならなくなる。それを抑えるために平民からは反感をなるべく買わないようにするという算段だ」
「信用できるのか?」
「レナードの軍を逃したのは俺達だ、王から兵達を救ってくれと彼に頼まれたからな」
(約束した事は守るという事か)
ローランドはサンサルの話を信用してしまい、それと同時に戦う理由の半分を失ってしまった。民が傷付かないのであれば弓の国と戦う必要はない。しかし、強い奴と戦いたいという闘志までは消えず、むしろ、抑えていた半分の理由が消えたためさらに燃え上がった。
「さっきお前は勝ってみたくはないかと言ったな。しかし、私は勝利が欲しいわけではなく、強い相手と戦う場が欲しいだけだ。お前達には加担しない。しかし、私が指揮している兵達は王が傭兵や山賊を金で雇って私兵とした者が多いので私とは違い利や勝敗の如何で動くかもしれん。そこで、私が彼らに私と共に戦うか、お前達に加担するかを問うので、そちらに加わると言ったものは快く迎えてもらいたい。そうすれば私と志を共にする者だけが残るので、私は心置き無く戦え、お前達は戦わずして敵の兵数を削ぐ事ができる。お互いに悪い話ではなかろう」
「しかし、それではお前は…」
命を落とす事になると、サンサルは言おうとしたが
「これ以外の条件は受け付けない」
と食い気味に言われた。
「分かった、俺達に付くという奴等には夜が明ける頃に俺達と戦った山の麓に来るように伝えろ」
そう言うとサンサルは布陣している山へと戻って行った。
翌朝、ローランドが兵達にサンサルと話した事を説明すると、人望と金払いが悪いバクスケークに愛想を尽かした兵や、勝つ方に付きたいと考える兵が次々と離反し、バクスケークの私兵は百人程まで減った。
残った兵も昨日のローランドの鬼神のような奮闘っぷりに魅せられたから残ったのであり、王のために戦おうという者は一人もいなかった。




