最後の戦士
行軍速度は弓の国の持ち味の一つであり、それはバクスケークが弓の国の動きを察知するために放った偵察兵より遥かに速い。
偵察兵が弓の国の軍の接近をバクスケークに知らせる頃には、ソリルとグラスの軍は既にアブリスを出発しており、サンサルの軍は山を駆け下りていつでも攻撃できるようになっていた。さらに、バクスケークは東の砂漠から敵が向かってくるとは思っておらず、その方面には偵察兵を出していないため、タタールとエルスの軍に関しては感知すらできていない。
報告を聞いたバクスケークは取り乱したが、
「平民が住む地域に火を放ちつつ、平民達の家族を攫って人質にしろ。平民に蛮族と戦わなければ人質を殺すと言って無理矢理戦わせることとする」
と指示を出し、自らも王家秘蔵の剣と鎧兜を纏うべく城の武器庫へと向かった。無論、彼は今までそれらを身につけた事はなく、それどころか、かなり昔に父からそれらの存在を聞いていただけで実物を見たことはないという始末だった。彼は鎧兜が納められている櫃を開けてそれを着けようとしたが、贅沢三昧で太った体にはどうやっても入らず、剣もやたらと大きくてとても振れるような代物ではない。仕方がないので適当な剣と、唯一身体にあったボロボロの鎧を身につけると彼は王の間へと戻った。
王の間へと戻ると、先程報告をして来た私兵が戻って来ており
「既にかなりの人数の敵兵が町に潜伏していたらしく平民が住む地域に近寄れません」
と言った。
バクスケークや支配者層が住んでいる地域はオヅロッグの北東部に集中しており、そこから平民の住む地域に行くには水堀にかかっている木製の橋を渡る必要がある。この水堀は上からの命令に素直に従っていた頃のレナードが作成したもので、平民が反乱を起こしても城に攻めて来れないようにするものであった。
バクスケークの私兵が仲間を集めて堀にかかる橋へと向かったところ、対岸から雨のように矢が放たれてきた上に、橋は焼き落とされてしまったというのである。
唯一の橋が無くなり、対岸に渡れなくなってしまったため平民を戦わせる案はもう使えない。
(レナードめ、こんな形で邪魔をしてくるとは)
バクスケークは歯嚙みした。
なかなか代案を出して来ない王に痺れを切らし、
「もう山の上にいる敵将に降参する旨を伝えてくるしかないのではありませんか?」
と、兵が進言したが、弓の国が自分を完全に滅ぼすつもりだということはバクスケークも理解していたので、その意見を受け入れるわけにはいかない。代わりに
「レッドフォードを連れて参れ」
と指示を出した。大臣アール・レッドフォードの息子ローランドはレナードを尊敬しており、行く末は彼のように将軍になる事を目指していたということを思い出したのである。
しばらくしてアールが来ると、バクスケークは
「貴様の息子に儂の私兵を預ける。それを率いて奴等と戦うよう言い聞かせろ」
と彼に言った。
「しかしながら…」
とアールは反論しようとしたが、
「見事奴等を退けることができたら貴様に玉座を譲ると約束する。宣誓書を書いてもよい」
と重ねて言われたため、欲に負けて彼は承諾してしまった。
無論、王を譲るなどという話は嘘であり、万が一本当に退けた場合はアールとローランドを暗殺して契約をなかった事にするつもりであった。
(これで少しは時間を稼ぐ事ができる。しばらくは城で様子を見るとするか。いよいよ敗戦が濃厚になった場合は脱出する必要があるが、万が一押し返すようであれば脱出するよりはここにいた方が安全だろう)
彼はアールを下がらせた後、どちらに転んでもすぐに動けるようにするために自室に戻って脱出の準備を始めた。
アールが城から戻ると、ローランドは屋敷の庭の畑で鍬を振るっていた。
軍に入る事を父から猛反対されていた彼が、屋敷の中で唯一身体を動かせる事がこの畑仕事だったため、彼はいつもここにいることが多い。もっとも、畑仕事など大臣の息子が行う仕事ではないと言われ、あまりいい顔はされていなかったが、畑でできた作物は父も口にしていたためかとりあえずは認められていた。
アールはローランドの着替えを持って畑に入り、
「お前に話がある、一旦作業を中止して屋敷の中に入りなさい」
と彼に言うと、先に屋敷へ入って行った。
ローランドも弓の国の軍がオヅロッグを取り囲み始めている事は噂で知っている。
(どうやら私に白羽の矢が立ったようだな、アブリスに逃げ出さず待っていた甲斐があったというものだ。しかし、初陣の相手が弓の国で、さらにここまで包囲が完成してしまっては最早作戦の立てようがない、軍を率いてみたいという目標は達成できそうだが流石に勝てはしないな)
そう思いながら身体についた汗を布で拭った。支配者層ではかなり珍しい筋骨隆々とした身体で、上半身全体が浅黒く日焼けをしている。
その身体に父が持ってきた新しい服を纏うと、彼も屋敷へと入って行った。
アールの目の前にローランドが座ると彼は早速、
「王がお前に兵を率いて戦ってもらいたいと申しておられる、引き受けて貰えるか?」
と切り出した。彼は、
「散々反対しておいて今更戦えとはどういう了見だ」
などと言われる事を覚悟していたが、ローランドは
「この国はさほどいい国ではないし、将軍殿が兵士達を他国に亡命させた理由も分かる気がする。王なんぞ本当は見捨てた方がいいのかもしれん。しかし、弓の国が攻めてくるという事は、必然オヅロッグに住んでいる民からも多かれ少なかれ死傷者がでるだろう。それについては見過ごしてはおけない。父上が王のためではなく民のために戦ってくれと申してくだされば私はいくらでも戦いましょう」
と言った。彼は軍を率いて戦えればなんでも良かったが、今言った事は一応本心であり、嘘偽りはない。
「分かった、民を守るために戦ってくれ」
「承知仕りました。それでこれからどう致しましょう。一旦城へと向かえばよろしいのですかな?」
「王の私兵をお前に渡すと申しておられた、一旦城へと行け。城内は城にいる者が案内してくれるはずだ」
そう言うと、アールは城へ入るための手形を渡した。ローランドは今まで城内には入った事がなく、当然手形も持っていない。
「では早速支度致します」
ローランドは馬を用意して城へと向かった。
町には人が全くいなかったためローランドは比較的早く城に到着した。
城にはバクスケークの私兵も待機しており、これを自分が動かす事になるのか、と考えるとローランドは気分が高揚した。
彼は心が昂ったまま、広間を抜け、階段を登り、王のいる部屋へと入って行く。
しかし、王の出で立ちを見て少し気持ちが萎えてしまった。
(あそこまで鎧が様にならない王もいるものだろうか、新兵の方がまだ強そうではないか)
そう思ったが口には出さず、
「アール・レッドフォードの息子でローランド・レッドフォードと申します。只今参上仕りました」
と言った。
「父から話は聞いておるな、貴様には町を囲んでいる蛮族と戦ってもらう、どう戦うか言ってみろ」
「北西のアブリス方面から来ている敵は橋がなくなってしまったため今は対策の施しようがございません。そのためまずは山にいる敵と戦おうと考えています。彼らは山の上からいつでも攻撃できるように準備しているので勝つ事はかなり難しいでしょうけれど、他に戦いようがございません。そこで勝てれば、そのまま剣の国へと使者を出して増援を要請しつつ、アプトック方面へと軍を進め、敵を挟撃しようと考えております」
とりあえず提案してみたものの、ローランドはこの作戦が成功するとは微塵も思えなかった。そこで勝てればなどと言ってはみたものの、兵の質や数を考えると勝てる見込みなど最早無いに等しく、仮にサンサルの軍に勝って増援を要請できたとしても、到着する頃にはとっくに落城している。
しかし、バクスケークは作戦の良し悪しなど分からないので、
「分かった、貴様に全て任せる。城にいる儂の兵を連れて行け」
と承諾した。
穴だらけながら作戦はでき、数も質も悪いながら兵も用意できたが、ローランド自身は武具を持っていない。そこで彼は駄目元で、
「私は軍に入っておりませんでしたので、武具を持っておりません。大変恐縮ですが、用意していただけませんでしょうか」
とバクスケークに言ってみた。
バクスケークはケチで有名だったため、彼は断られるものと思っていたが、
「倉庫にある好きなものを持って行け」
と承諾された。もっとも、バクスケークは武具をくれてやるつもりなど毛頭なかったが、使わないまま敵に奪われるよりはローランドに一時的に渡しておいた方がマシだと判断したのである。
早速ローランドは武器庫へと向かうと、迷う事なく王家秘蔵の剣と鎧兜を身につけた。鎧兜はオーダーメイドで作られたかのように彼にぴったりと合い、大きく重い剣も彼は普段使っている鍬と同じように振る事ができた。
(王家の武具がまさかこれ程しっくりくるとは…)
彼自身も驚いていたが、彼が率いる事になった王の私兵達にその姿を見せると、
(国王以上に国王のようだ)
と全員が思った。
ローランドは
「弓の国はこの大陸で最も他国を征服してきた国だ、敵兵は貴重な物を身につけている可能性も高かろう。奪って自分の物としてしまうがいい」
と利の国らしいことを言って兵の士気を向上させると、そこよりさらに北東にある山へと勢いよく軍を進めて行った。




