進軍開始
サンサルは弓の国に帰って屋敷に荷物を下ろすとすぐにタタールの屋敷に向かったが、彼はいなかった。そこで、タタールが天守に行ったものだと思って登城道の前に立つ兵に尋ねてみたところ案の定サンサルが帰って来る少し前に彼は登城道を登って行ったとのことなので、自身もすぐに天守へと登った。
そこにはタタールの他にソリル、エルス、グラスと七海がいた。彼らはオヅロッグの城を陥落させる手筈を伝えるため事前にタタールが呼んでいたらしい。ただ、車輪の国との交渉の結果如何によって攻め方が変わる可能性があるため、打ち合わせを既に行ってはいたもののまだ確定はしていない。
交渉の結果を反映させた打ち合わせを行うべく、彼らはサンサルの到着を待っていた。
サンサルを待っている間も彼らは手持ち無沙汰だったわけではなく七海の記憶や利の国から流出した資料などを頼りにオヅロッグの城の構造について調べていたが、利の国国王バクスケーク・ゴールデンイエローは保身に関してだけは長けているらしく流出した資料からは情報を得られなかったのであまり進んではいない。
サンサルが腰を下ろすとタタールが茶を運んで来た。
「お疲れ様、早速で悪いんだけど車輪の国へと行った成果のほどを聞かせて貰えるかい?」
「ああ、兵を出す事は出来ないが資金を用立ててくれるとのことだ。その資金も利の国を倒した後、そこを我々の領土にせず体制を変えて残しておけば返済は不要だそうだ。獲得しても大して旨みもない土地だから承諾してしまったが問題なかったか?」
「元々増えた土地は分割してソリルとエルスに渡そうかと考えていたんだけど、別の物になっても二人は大丈夫かな?」
タタールはその場に居た二人に尋ねた。
その問いに対し、ソリルは
「まぁ、草原じゃない土地だから俺は要らないよ。その代わり利の国、剣の国との戦いが終わった後に羊を多めにくれよな」
と答え、エルスも首肯した。
「分かった。ただ、今年は城周辺から移動できなかったからか羊の成長もあまり良くない。結果、僕が渡す羊は君達が育てた羊よりもちょっと状態が悪いかもしれないからそこは了承してくれ」
「いいだろう、了解した」
北西部の長ソリルと西部の長エルスはそれで納得したが、グラスが長を担当している港町の住人は馬を持っていこそすれ現在は牧草地を移動するような生活を送っていない。そのため、兵を出す対価として羊を渡しても仕方がないので別の物にする必要がある。
「港町には車輪の国から貰った資金を回してはどうかしら」
エルスが提案した。彼女は重ねて
「まだ、完全に立ち直ってはいないのでしょう」
と言いかけたが、その場にいた七海が気を悪くするのではないかと思ってやめた。
タタールはエルスの出した案と似たような事を考えていたが、
「僕もそう考えていた」
とは言わず、彼女が提案したこと自体を評価しようと
「それがいいかもしれないな、グラスはそれでいいかな」
と言った。
「それでいい」
とグラスが了承したため報酬については決まったが、オヅロッグを攻撃するための作戦の打ち合わせはまだ行われていない。本題に入るべく
「ところで、俺が戻って来るまで何の話をしていたんだ?利の国に関することなんだろう」
とサンサルは尋ねた。
「オヅロッグの城について調べていたんだよ。まぁ資料に記載されている情報が全部バラバラで全然進んでないんだけどね」
タタールはサンサルに資料を渡しながら答えた。
「以前将軍様と行った際には建物や壁で迷路のようになっていたようが気が致しますので、最悪私の魔法でそれらを崩してしまえばよろしいかと思うのですが、そうした場合瓦礫に紛れてあの野郎が逃げてしまうかもしれませんね」
この中で唯一、城に行った事のある七海も答える。
(なんだ、その事か)
サンサルは簡単に捉えたが彼もバクスケークの城の構造を知っている訳ではない。しかし、城の構造を知っているであろう人物に心当たりがあった。
「その事については問題ない、情報を持っている奴に心当たりがある。それより、その他の事は既に決まっているのか」
「大体決まっているよ。ソリルとグラスの軍はオヅロッグの北西側から、僕とエルスの軍はオヅロッグ東側の砂漠から、君の軍はオヅロッグの北東の山の方から攻めて敵の逃げ場を無くす。オヅロッグに入ったらグラスとエルスの軍は町を包囲しつつ平民を避難させ、僕とソリル、君の軍で町に残った支配者層を片付けつつ城を包囲する。この時、町に残っている支配者層は全て倒してしまって構わないよ。支配者層の中でも人望のある者や、優秀な者は既にアブリスへと移動しているという情報を諜報で得ているからね。そして、支配者層を粗方片付け終わったら全軍を城の周囲に集中させて一気に叩くという作戦だよ。車輪の国が兵を出してくれるのであればそれを考慮したものに調整するつもりだったけど、出さないらしいからこれで決定かな」
一通り話を聞いて、サンサルはタタールとエルスが砂漠から進行するという事が気にかかった。
弓の国の砂漠は砂漠と言ってもほとんどが砂漠ステップのような環境であり、所々川が流れ、所々イネ科の植物も生えているため他国の砂漠ほど不毛ではない。むしろ、そこに生えている植物は数は多くはないものの、栄養価が草原の草よりも高くなりやすい傾向にあるので一部の動物の育成については草原よりも行い易くなっているまである。さらに、エルスが統治している部族が所々に点在しているため砂漠にしては進軍し易いといえる。しかし、普段暮らしている草原より過酷な環境である事には変わりはないため別ルートよりも圧倒的に進みにくいはずである。
「季節が冬に移りかけているとはいえ、砂漠はまだ日中は暑いはずだ。あの周辺に住んでいるエルス達はまだしもタタール達はあまりあっちの方には行かないから砂漠を渡るのには慣れていないだろう。本当に大丈夫なのか?」
彼はタタールに問いかけたが
「私が同行すれば進行し易くなるかもしれません。軟禁を解いて貰ってからは外出する事も増えてきていたのですが、燕雀之志の呪いの所為か私が外出する度に雨が降るようになりましてね。いくら何でも砂漠では降らないだろうと思って試しに港町から城に来る途中にグラスさんに言って寄ってもらったのですが、やはり雨は降りました。この特性を使えば砂漠でもそれほど暑くはならないのではありませんか?」
と七海が答え、重ねて
「私についてくれば一週間もかからず突破できるし大丈夫じゃないかしら?」
と、普段砂漠の周辺で暮らしているエルスが言ったので彼は納得した。
「なるほど、後は本当に城の構造だけだな。まぁ、構造なんか気にしなくても兵数だけで押さえ込めそうなもんだけどな」
「そうだけど用心するに越した事はないよ。大陸一保身に長けている王の城を攻める訳だからね」
話し合う事は今のところもうないので、後は行動するだけである。
サンサルは茶を一気に飲み干すと立ち上がり、
「俺はその情報を知っているかもしれない奴に使いを送る。城の情報が届き次第軍を進めるぞ」
と言って山麓の自分の屋敷へと戻ると、城の国にいるフィラーナへと使者を出した。
他の族長達も一旦解散し、ソリルとエルスは自分の治めている地域へと戻って戦いの準備を進めた。グラスは港町へと戻って準備をし、またそこから北西のソリルと合流するとなると手間がかかるため、城まで軍を進めてきてくれという内容の書簡を書き、使者に持たせて港町へと送った。
数日後、フィラーナからオヅロッグの城の構造と弱点、武器やバクスケークの私兵が普段配置されている場所、脱出用の地下通路の情報など様々な事が記載された資料がタタールと各族長の元へと届いたので、彼等の軍は計画通りの進路で進軍を開始した。




