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車輪の国へ 3

翌朝、サンサルはユーグの城へと行くまでの間、昨夜の戦いの片付けをしつつ宿の中を見て廻っていた。元が古城だっただけにサンサル達が宿泊している宿は外敵が侵入し難いように造られており、短時間で入るには防御設備が撤去されている正門から入る必要がある。しかし、昨夜は正門を固く閉ざしていたため侵入は困難なはずであった。そのため、敵が何処から侵入したのか気になり調査していたのである。

正門のところまで来るとそこには彼の部下がおり、

「サンサル、これを見てみろ」

と声を掛けられた。

部下が指し示す方向を見てみると昨晩帰った筈の楽師と宿の関係者の死体が転がっていた。

「こいつらの懐を探ってみたところ比較的多額の金が入っていた。おそらく、門を開けたら金を渡すと殺し屋達に言われて言われた通り開けたが、口封じのために始末されたんだろうな」

部下が言う。サンサルも同意見だった。

手引きした者が分かったためサンサルは

「こいつらが手引きした事は分かったし死体を片付けるぞ、他国の領地で戦った痕跡を残さない方が良いからな」

と言って楽師の死体を持ち上げた。

「宿の支配人とフィラーナには既にバレているがどうするんだ?」

もう一方の死体を持ち上げながら部下が聞く。

「フィラーナはこの一件が終われば城の国へ戻る事になっているし、この事を広めるメリットがないから多分問題ない。ここの支配人のおっさんは元兵士で利の国嫌いだったらしいし、さっき修繕費という建前で口止め料を渡しておいたが人心なんざどう動くか分からんしまだ安心は出来ねぇな」

「支配人が昨日の連中と繋がっているって事はないか?」

「昨日の連中のリーダーらしき男の生首を見せてこいつに見覚えはねぇかって聞いてみたんだが本当に知らねぇようだった。仲間なら俺に対して怒りを向けて来るだろうが、単純に驚いていただけだったしな。フィラーナに関しても昨日連中に殺されかけていたのを俺が目撃しているから奴も暗殺者とは関わりはねぇだろう」

そうこうしてるうちに宿の敷地の外れ、死体を埋めるために掘られた深い穴まで到着した。

彼等が到着した頃には既に殆どの殺し屋がその穴の中入れられていた。その数十体の死体はある者は悪鬼でも見たかの様な表情を浮かべ、ある者は歯をくいしばったまま死んでおり、一人として安らかな表情をしている者はいない。

(これが敵から見た俺達なのか)

土をかけられる死体を見ながらサンサルは一人そう考えていた。


数時間後、サンサルとフィラーナはユーグの待つ城へと向かった。大勢で行くと市井の人々に怖がられる可能性があるので十人だけ部下を共に連れて行き、残りの者は宿で待機させている。

ユーグの城は弓の国の王城と同じで山城であった。しかし、町を囲む城郭は所々に塔を設置した石造りの巨大なものであったにも関わらず、縄張りを囲んでいる壁は高さもそれほどない築地塀のようなものであり、居城自体も外壁が荒壁という質素っぷりである。そのため、サンサルは登城道を登る前は、

(あれ程の城壁を作る技術がありながら何故だろうか、市民に攻撃される可能性も充分考えられるだろうに)

と思っていたが、実際に城に登ってみて理解できた。まず城が建てられている山自体が急峻であり、登っているだけでかなり疲れる。さらに、登城道も横矢が掛けやすいように直角に何度も折れ曲がっており、曲輪毎に門が設けられている為侵入者は容易に主郭には接近出来ない。その主郭の手前には土塁が設置された角馬出が構えられており、敵を迎え撃てるようになっている。この様に縄張りだけで充分な防御力を有している事も城の見た目が貧相な事の理由の一つなのだが、実際には彼がまだ気づいていないもう一つ理由ある。

彼等が主郭の門をくぐると、そこには一見男性か女性か判別できないような顔立ちをした長髪の若者が一人で立っており、

「よくぞ参られましたな。ささ、少々無骨な建物ですがどうぞ入って下され」

と城の中へと案内された。武装はしていないので兵士ではなさそうだが、着ている服は立派なものなので単なる使用人の類でもない。そのため、最初サンサルはその若者をユーグの側近か何かかと思っていたが、

「彼が車輪の国国王ユーグ・エブラール様ですわ」

と、隣を歩いていたフィラーナが耳打ちしてきたため彼の正体を知ることとなった。

「王だって?護衛を付けていない様だが」

サンサルは小声で聞き返す。

「彼は普段から護衛など付けておりませんわよ。彼は国民をどんな財宝よりも貴重な宝だと考えているらしく、もし反逆されるのであればそれは自分が国民にとって不要な存在となった証、不要なものなど消されても仕方がないので暗殺し易いようにしておこうという事でわざと付けていないそうです。まぁ、国民からの支持は絶大なものなので反逆されるような事は今までありませんでしたけれどね」

「随分といい奴なんだな、利の国に何度も攻撃をかけた国の長とは思えん」

「あれは元々向こうが仕掛けてきたものですし、そもそも王は軍とはあまり関係ありませんわよ。まぁ、戦死者の追悼をするイベントを開いたり、しょっちゅう人目を忍んで慰霊碑を訪ねては一人で泣いたりしていますけれど。ただ、それほど関わりが無いと言っても町を囲む壁とこの城の設計は将軍ではなく彼がしておりますわ。その証拠に城には彼の性格が織り込まれている箇所がいくつかありますの。例えば、城を囲む塀も低かったでしょう、あれはもし城郭が破られた際に国民が城へと逃げ込み易い様に低くしてあるんですのよ」

フィラーナが出した城のこの情報は部外者に話しても問題ない様などうでもいいことで、国民を守る為に設置されているであろう他の仕掛けについて彼女が話さないところを見ると彼が本当に信頼されているのがサンサルには分かった。

(国民の信頼が城になっているとは…)

王と国民の距離感が近い弓の国や、王が国民の生活を全力で支援しようとする船の国でも流石に城内に無差別に国民を迎え入れるという事はない。

彼は城の縄張りの無駄の無さにも驚いたが、それ以上に王と国民の繋がりが弓の国のそれより強い事に驚いた。


ユーグの居城は井楼櫓(せいろうやぐら)程度の規模のもので、外観も無骨だったが中も板張りという簡素さである。調理場などは当然設けられておらず食事は用意できなかったため、三人は茶を飲みながら話す事となった。

ユーグは利の国からも似たような誘いを受けていたからか、既にサンサルが車輪の国へと来た理由を察しており、

「貴殿がここに来た理由は大体察しがついておりますぞ。利の国を倒す為、同盟を組もうと来たのでござるな」

と言ったが、重ねて

「申し訳ござらんが、余計な出兵をして兵士を危険に晒すわけにはいきませぬ」

と言った。

「しかし、弓の国が利の国を倒した場合あそこは我々の土地となる。私が言うのもどうかと思いますが、貴国の国民は我々の国と隣接した場合安心できないのではありませんか?同盟を組んで共に戦えば貴国も利の国の土地を得る事ができる。それを緩衝材にすれば国民の不安も多少抑えられると思いますが」

「いかにも、貴国が無駄な戦いを避ける国だという事は某はフィラーナから聞いて知っておりますが、多くの領民はそうではなく弓の国に対し恐怖心を抱いております。しかし、だからと言って我々を攻撃して来た利の国と共同戦線を張ることも拒むでしょう。そこで提案なのですが、兵力ではなく金銭面での支援では如何ですかな。貴国がいくら強いと言えども二国を相手に戦っていれば資金繰りも楽ではありますまい。聞けば、港町も手痛くやられたようですしな」

弓の国は二国を相手にしているだけでなく、先代以前の国王とはかなり異なる戦い方をしているため実際のところかなり金がかかっている。なので、サンサルは

「それならばそれで構いません」

と快諾した。

「ただし、返済は不要ですが利の国を完全に滅ぼさず、共和国として残しておいていただきたい。近頃は比較的温暖な気候故、貴国も他国を侵略して物を略奪せずとも今ある領土で充分間に合っていると聞いておりますし、むしろ広すぎる領土を管理しきれなくなってきているという情報も入っておりますので悪い話では無いと思われますが」

ユーグが持つ情報量に少し驚きながらサンサルは

「分かりました、協力感謝いたします」

と言ってフィラーナと共に城を後にした。

弓の国への帰路、サンサルはユーグが出した案について考えていた。

彼の案によって弓の国は何の代償も払わずに資金を得る事ができ、不要な土地を抱え込まずに済む事になったが、対して車輪の国はほとんど得るもののない出資をしただけである。弓の国が損をするような事がなかったのでサンサルは快諾したが、ユーグが何か深い考えがあってあの案を出してきたような気がしてならなかった。

その様子を見ていたフィラーナは

「王には国民を不安にさせないために利の国を緩衝材として残す以外の考えは無いと思いますわよ。まあ、他にあるとしたら弓の国と少しでも仲良くなりたかったというのが考えられるわね、損得関係なく心から」

とユーグの考えているであろう事を代弁した。

(会って分かったがユーグは確かにいい奴だった。しかし、それだけの奴でもなかったから何か他に意図がありそうなものだがな)

彼女の話を聞いても疑いを払拭できず、彼は再び考え始めたがやはり思い浮かばなかった。

サンサルはそれからしばらくフィラーナと同行したが、彼女は城の国へと向かうということなので護衛として自分の部下を数人付けてやり、彼自身は残りの仲間を引き連れて弓の国へと馬首を向けた。

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