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車輪の国へ 2

車輪の国へと向かう道中、サンサルはフィラーナから剣の国の様々な情報を聞く事が出来た。その内容は、国王が誰にも明かしていないという彼の本名や、浅間溶ニが使う魔法についての詳細な情報と彼の弱点、城の国への侵攻具合など多岐にわたる。中でも魔法の詳細な情報はサンサルとしてはかなり有り難く、魔法の規模や弾数、溶ニの戦い方など今まで知らなかった情報を次々と得る事が出来た。

しかし、これらの情報を提供するに当たってフィラーナは何も見返りを求めて来なかったので、不思議に思ったサンサルは

「これ程多くの情報を話して頂けるのは助かるのですが、何故まだ協力して頂けるか決まっていないにも関わらず我々に情報を?貴女にメリットがあるとは思えないのですが」

と彼女に尋ねた。

「そうですね、強いて言うなら弓の国に勝って頂けないと私の目的を果たせなくなる可能性が出てくるからかしら。あとは、しばらく城の国にいたのであの国に感情移入したのかもしれませんわね、城の国も剣の国と戦っていますので」

「そうでしたか、しかし剣の国の国王の名前と魔法使いの弱点については折角教えて頂いたのですが使わないかもしれません。王の名前を知ったところで使い所が今の所思いつきませんし、セーラという少女を拘束して人質にしてしまえば確かに魔法使いの弱点と成り得るかもしれませんが荒っぽい方法を今後使わないと約束した手前そのような方法を私は取れませんし、国王タタールに進言したとしても彼も行わないと思います」

彼の言葉をフィラーナは意外に思った。

彼女が入手しているサンサルの情報というのは、彼はそこまで悪い人物ではないというものも多少あったが、悪い印象についての情報が圧倒的に多く、彼女自身も出会い頭に毒矢を射られているので彼のことを善人だとは思っていない。

その彼が人質を取らない、自分との約束を守るなどと言っている事を彼女は少々妙に思った。

(情報とは少し違う人柄のようね、この人は思ったよりは律義かもしれないわ)

心の片隅で彼女はそう思った。

その後もサンサルは剣の国の情報をフィラーナからしきりに聞いていたが、これ以降は特に必要ない情報ばかりであり、聞いているうちに一行は車輪の国に到着した。

到着すると一行は一度別れ、サンサル達はフィラーナが用意した宿へ、フィラーナは城へと向かって行った。


数時間後にフィラーナが交渉の結果を報告する為にサンサル達のいる宿へと訪ねてきた。

サンサルのいる部屋に入ってきた彼女は酷く困った様な表情をしている。

「取り付けて来ましたよ、明日の昼頃に城までお越しくださいとのことです」

会合を断られて弓の国へ返される可能性も考慮に入れていたサンサルは少しホッとしたが、安心すると今度は彼女の表情が少し気に掛かったので、

「そうですか、有難うございます。ところで酷く浮かない顔をされておりますが体調でも崩されましたか?」

と、聞いた。

「…」

フィラーナはどう説明すべきか悩み、少し言葉に詰まった。

先刻、彼女は車輪の国国王ユーグ・エブラールから、この弓の国から来た客人に料理を振る舞い、宿で盛大にもてなす様に頼まれている。その王の言葉には、宿でサンサル達の動きを視察しろという様な含みは無く、完全に善意によるものである事を彼女は知っている。しかし、王の言葉は彼女にとって都合の悪いものだった。料理の腕が悪いからではない。むしろ、彼女が収集した他国の情報の中には食文化に関する事も多分にあり、それによって彼女の料理の腕は車輪の国でも五本の指に入る程となっているので適任と言えよう。

彼女は町の入り口から城へ向かうまでの短い間で、利の国国王バクスケークが雇った殺し屋がこの町に既に入っているという情報を得ていた。殺し屋の狙いはどう考えてもサンサルであり、宿の周囲の様子を見る限り襲撃は今夜であろう。王の頼みを断れば宿に襲撃があった際に彼女が殺し屋を手引きしたなどと疑いが掛かる可能性があり、頼みを聞いて彼女も宿に泊まれば彼女自身も殺し屋の襲撃を受ける事になる。どちらがマシか考えて彼女は後者を選択したが、彼女自身は戦う術を持たない為不安を感じていた。

「いえ、体調不良ではありませんわ、何を作ろうかと考えておりましたの。私が貴方方の今晩の料理の担当になりましたので」

結局フィラーナはそう言った。悩み事を隠しはしたが嘘を話した訳では無い。

料理と聞いてサンサルは一瞬毒を盛られる可能性を考えたが、フィラーナが毒を盛るメリットが無いと考え、

「それは楽しみですな」

と返した。


その日の夕食は盛り上がった。腕の良い料理人でもあるフィラーナが指揮をしただけに出された料理は豪勢な物ばかりであり、楽師による演奏はサンサル達を楽しませた。しかし、彼等はそれらのもてなしを楽しみはしたが、同時に常に周りを警戒していた。彼等は利の国の殺し屋が既に車輪の国に入り自分達を狙っているという事はまだ知らないが、宴会中は攻撃も防御も疎かになり易いという事は知っている。そのため、前後不覚とならぬよう振る舞われた物の中で地酒だけには誰も手をつけず、夕食会自体もフィラーナが予想していたよりは早めに終了し、サンサル達は部屋に入って行った。

部屋に向かう一行にフィラーナは

「この宿は古城を改造して作られておりますのでいくつか巨大な部屋がございます。百人が同じ部屋で宿泊する事も可能ですわ」

と声をかけたがその中の一人が

「お心遣い感謝いたしますが個室で構いませんよ。代わりにと言っては何ですが、今晩は我々の部屋には立ち入らない様にお願いできますか、仲間内でも今夜は他の部屋に行かない様に取り決めておりますので」

と答えたため少し不安になった。弓の国の兵は基本的に弓と馬で戦うが、宿では弓は威力を発揮できず、馬はそもそも使えない。その上、それぞれ個室に泊まって隊をバラバラにしてしまっては敵が襲撃して来た場合に守りが弱くなるはずである。極め付けに、彼女は弓の国の兵の強さに期待して王の頼みを断らなかったが、彼等の部屋には出入り禁止と言われてしまったためいざ襲撃されたとなっても彼等の部屋に逃げ込む事が出来ない。

(これ以降は機会が無いので襲撃は間違いなく今夜ですがどうしましょう。私は三階にある元々王子が使っていた部屋に泊まる事になっていますけれどそんなところにいれば殺されますわね、かと言ってこの宿から逃げる訳にも行きませんし)

そう考えてフィラーナは結局、二階のサンサルがいる部屋の向かいの部屋に泊まる事にした。助けて貰えるか分からないが、それでも戦う事が出来る者の近くにいた方が良いと考えたからである。

一時的に雇われただけで、もう既に帰っている手伝いの料理人や楽師達が羨ましい。

そんな事を考えながら彼女も眠りについた。

が、約二時間後に起きることとなった。何処からともなく物音がしたためである。物音は次第に彼女の部屋へと近づいて来る。

(これはいけませんわね)

彼女は飛び起きつつナイフを取り出した。窓から差し込む月の光が部屋の中と彼女を照らしている。そこで彼女は初めて気が付いた。ナイフを持つ手が震えている。城の国でサンサルから毒矢を受けた時は解毒薬をすぐに用意できた上にサンサルが善人では無いがそこまで悪い人間でもない様に思えたため平静を保てていたが、今回の殺し屋は事情を知っている者は全て消す心づもりであるため事情が違う。

とうとう向かいの部屋で音が聞こえ、さらにフィラーナの部屋の扉も開けられた。

部屋に入って来た黒装束の男はナイフを構えたフィラーナを警戒しつつ接近して来るが、実際には戦えない彼女に打つ手はない。

(謝る、窓から飛び降りる、戦う、情報収集能力をアピールして殺すよりも利用価値を見出して貰う、ろくな作戦を思いつきませんわね。最後のはもしかしたらいけるかも知れませんけれど、その場合弓の国を敵にすることになってしまいますわ)

フィラーナの首を落とすべく殺し屋が剣を振りかぶったその時、その殺し屋は背後から胸部を槍で貫かれ絶命した。

「無事か?フィラーナ殿」

彼女にそう話しかけたのはサンサルであった。彼の口調が普段のものに戻っているが、フィラーナは気が動転していて気がついていない。

「…ええ、問題ありませんわ。しかし、何故貴方がここに?別の部屋には行かない事になっていたのでしょう」

「物音が聞こえただろう、あれは別の部屋で敵が金属線に引っかかってすっ転んだ音だ。俺達が広い部屋ではなく個室を選んだのは敵が攻めて来た場合に同士討ちを避ける為なんだが、個室では一人もしくは二人くらいの少人数で戦わなければならなくなるので多勢に弱くなる。そこで、俺達は寝る前に部屋に色々と罠を仕掛けていたんだが、あんたの部屋ではそれが発動しなかった様なので様子を見に来たんだ。今いるこの部屋は空き部屋だったはずだが人がいる気配がしたしな、そういえば何故あんたがここにいるんだ?確か三階にいるはずだと思ったが」

「そうでしたか、助けて頂き有難うございます」

彼女は何故二階にいるかについては答えなかったが、サンサルはその事についてそれ程興味がなかったためそれ以上追及しなかった。

「さて、宿に火を掛けられでもしたら敵を個室で迎え撃つ作戦は成り立たなくなるから俺はこれから数人を引き連れて暗殺者達を暗殺しに行くがあんたはどうする?」

「私も同行しますわ。敵がこの宿の何処から侵入して、何処を攻撃して来るか見当がつきますので案内いたします」

サンサルに同行すれば危険が伴い、部屋を貸して貰えば身の安全はある程度確保できるが、フィラーナはそう答えた。

その後、サンサルは十五人程仲間を集めて廊下を駆け、殺し屋達へと向かって行った。

一方、数人が罠に引っかり逆に殺害されたため、このまま戦っても勝てない事を悟った殺し屋達は数人が中で戦って時間を稼ぎ、その隙に他の者が宿に火を掛ける作戦へと戦法を切り替える事にした。彼等は一度集合して作戦を確認した後、数人が玄関方面へと駆け出し、残りの者は突撃して来るサンサル達を阻むべく槍と盾を構えて密集した。

廊下はそれ程広くはないためこの方法であれば封鎖でき、充分な時間を稼げると判断したためである。しかし、弱点もいくつかあった。本来なら投擲物から身を守るため頭上にも盾を展開した方が良いのだが、彼等の雇い主バクスケークがケチだったため盾をそれ程用意できておらず、材質も木製の物しかない。急遽作戦を変更したため彼等はその弱点に気が回らなかった。

殺し屋達の作戦の穴を見つけたサンサル達はその集団へと接近しつつ一斉に槍を投げつけた。結果、殺し屋達のうち数人が盾を破壊され、さらに数人が飛来した槍を受けて死亡した。その守りが崩れた箇所目掛けてサンサル達は一気に押し掛け、殺し屋達の懐に入った。ここまで接近してしまえば殺し屋達も槍のリーチの長さを活用できない。そのため、殺し屋達は弓の国の兵達の剣の錆びにならざるを得なかった。

廊下でサンサル達を足止めしていた殺し屋達はせいぜい二分程しか時間稼ぎができなかったため、まだ火の手は上がっていない。すかさず追撃して、火を起こそうとしている残りの殺し屋を探しだすと全員殺した。

結果として殺し屋は全部で四十人程いたが、弓の国の戦士達には手も足も出ず十分程で全滅した。

戦い終わるとサンサル達は甲冑や武器をさっさとはずして部屋に帰って眠ってしまった。

一方、フィラーナも部屋に帰って床についたがどういうわけか全く眠れないでいた。利の国から送られて来た殺し屋はさっき襲撃して来た者で全員という情報も彼女は得ており、もう襲撃される事はない為本来なら安心して眠れるはずである。結局彼女は朝になるまでずっと眠れない理由を考え続け、自分が本当に殺されそうになって動揺しているという結論を導き出したがどうもしっくりきていなかった。

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