車輪の国へ 1
先日送った兵士が利の国に到着し、アプトックで噂が流れ始めた頃ようやくバクスケークが派遣した使者がレナードを処刑したという報告を持って来た。
随分と遅かったのでサンサルが
「つかぬ事をお聞き致しますが、いつ利の国を出立なされたのですか?」
とその使者に尋ねたところ処刑が行われてすぐとのことであった。
(こちらの情報網の方が利の国より上だから、多少遅れるのはまぁわかるが流石に遅すぎる気がするな。時間を稼いで何かしていたのか?)
そう考えるとサンサルは利の国に追加の偵察隊を送り、さらに利の国と以前敵対していた車輪の国へも偵察隊を送った。
バクスケークが送って来た使者には
(停戦協定は貴方や利の国と結んだ訳ではなく、将軍殿との間で締結したものである。彼が我々に友好的だったから我々も停戦に応じたが、その将軍殿が処刑されてしまっては我々は彼の仇を討つべく貴国へと進軍する所存である)
という宣戦布告めいた書簡を持たせて返した。
しばらくして戻って来た偵察隊の話によると、軍が消滅し、王の私兵程度しか戦える者がいなくなった利の国は急遽車輪の国へと使者を派遣して共同戦線を張ろうと持ち掛けているが、車輪の国は弓の国にも利の国にも協力しないという方針を固めているという事である。
サンサルは報告された事柄をとりあえずタタールに報告しに行った。
「車輪の国はどちらにも協力しない様だが、利の国が消滅した後、俺達の国と隣り合わせになる事は嫌がる筈だ、向こうでは俺達は恐怖の象徴というような印象を持たれているらしいからな。ただ、ついこの前まで敵として戦っていた利の国の印象は俺達に対するそれよりも遥かに悪いという報告を受けている。誤解を解いて上手くやれば車輪の国を味方につける事が出来るんじゃねぇか?弓の国の無敵神話も崩れ始めているから相手国の恐怖を煽って味方に引き込むという方法の他にも異国との関係を築く方法を模索し始めてもいいと思うんだが」
「確かに下手に恐怖を煽ったら最悪戦う事になるかもしれないしそっちの方がいいかもね。僕達は既に二国を相手に戦っているから、その後に疲弊した兵で車輪の国と戦うなんて事になったら下手したら負ける。問題は誰が車輪の国へと向かうかと、どうやって向こうの王との会合を設定するかだね。ちょっと前であれば港町に向こうのお偉いさんがいた筈だけど魔法使いが襲撃して来た時に帰ったんじゃなかったかな」
サンサルは
「今は剣の国と戦っている最中だし、元々あまり行きたい所ではないが城の国にも車輪の国のお偉いさんはいる。サンドラ曰く城の国と剣の国のいざこざは向こうでなんとかするから弓の国は関わってくるなとの事だが、今回の事は弓の国と利の国、車輪の国の事だから行っても問題ないだろう」
と言った後、重ねて
「城の国にも車輪の国にも俺が行く。お前は利の国攻撃の準備をしないとだし、他の族長も手は空いていないだろうからな」
と言った。
「それじゃあ君に任せるよ、ところで期間はどれぐらいかかりそう?君が帰って来る頃を目処に利の国に向けて軍を進めようと思うんだけど」
「三週間もあれば問題ないだろう」
サンサルはそう言うと、タタールの館を後にした。館を出て行く彼の後ろ姿を見てタタールは少し悪い予感がしたため自分の部下で腕の立つ者を五十人程彼に同行させる事にした。
その後、準備を終えたサンサルは百人程を引き連れて城の国へと向かった。今回城の国へと行く目的は車輪の国の役人と会う事であるため、彼が苦手としている城の国の女王サンドラと直接会う事はないと思われるが、彼にとっては彼女が治めている国へと入国するという事だけでプレッシャーを感じるため、行く前から気が滅入っている。
城の国の都は本格的に雪が降り始めているにも関わらず活気付いており、国境近くで剣の国との戦闘が行われているとは思えない様相である。
サンサルは諜報で利の国と剣の国の町の様子を聞いており、利の国では町行く人の顔は生気が無くなっている事、剣の国ではまだ多くの人々が炎の魔法使いの力を信じているが弓の国や城の国と講和した方がいいと主張する人々も増えている事を知っている。そのため、彼は今回の戦いに参戦している国は多かれ少なかれ余裕が無くなって来ているものと思っていたが、今来ている町からはそのような様子は見受けられないため、改めてサンドラに対して畏怖の念を抱いた。
サンサルは町を進み、ようやく車輪の国の役人がいる屋敷近くに辿り着いた。町自体が守るに易く攻めるに難い要塞のような造りになっているため此処まで来るのにかなりの時間を要したが、都の入り口から此処までの直線距離はそれ程離れてはいない。
屋敷に入る前に一行は二手に分かれ、一方は屋敷の門へ、もう一方は屋敷の横の小路へと向かった。
門前には門番が立っており、
「此処に何の用だ」
と聞いて止めてきたが門に向かった一行は、
「俺は弓の国中央城下町の長と国王タタールの補佐をしているサンサルという者だ、事前にそちらに連絡を入れてはいないが早急の用件があるので屋敷に入れて頂きたい」
と言って中に入ろうとした。
門番は利の国にも弓の国にも協力しないという国の方針を既に聞いているため、この一行を屋敷に入れるわけにはいかない。当然一行を押し返そうとし、さらに騒ぎを聞きつけた屋敷の警備兵が門に集まってくる。ちなみに、門に向かった一行の中にサンサル本人はおらず、この騒ぎを起こしているのは全員サンサルの部下である。
彼自身は小路に向かった一行に紛れていた。
門に兵が集中している隙にサンサルは見張りを数人残すと、部下数人と共に塀を飛び越え屋敷に侵入し車輪の国の役人がいる部屋を探した。
彼は役人を脅して交渉を取り付けるつもりである。
それは、彼自身がタタールに提案した事に反する方法であり、車輪の国からの印象を落とす事に繋がりかねないが、その方法以外では取り合ってもらえない気がしていた。
サンサルが役人の部屋を探し当てると、その役人の女は
「侵入者ですわ」
と叫び仲間を呼ぼうとした。
しかし、サンサルは彼女が叫ぶ前に毒の矢を彼女の肩に向けて放ち、彼女に
「その矢には毒が塗ってあり、解毒をしなければ貴女はあと三十分くらいで死に至る。俺の話を聞いてくれれば解毒薬を渡しますが如何致しますか?」
と言った。
矢は肩を掠めただけだが毒殺するには充分である。
サンサルはその役人がさらに取り乱すものと思っていたが、彼の顔を確認すると彼女は急に冷静になり
「毒の矢…という事は貴方は弓の国の人間で御座いますね、話を聞くだけでいいかしら?話を聞くだけ聞いて差し上げるだけで頼まれるか頼まれないかは保証致しませんけれど」
と反応した。
「それで構いません」
サンサルは解毒剤を彼女に渡した。
それを彼女は飲み干すと、部屋の外にいつの間にか来ていた部下らしき男に
「門の前で騒いでおられる方々を私の部屋にお通しして下さる?」
と言った。
「そういえばまだ名乗っておりませんでしたね、私は弓の国中央城下町の長でサンサルと申します。先程の無礼な振る舞い申し訳ございません」
「私はフィラーナ・ブラックストンといい、車輪の国から領事として城の国へと来ております。先程の事については新型の毒でなければ自分で解毒出来ていたので別に気にしておりませんが、何か理由があるのであればお聞かせ頂けるかしら。弓の国は敵でも味方でもない国の人間にこのような手荒な真似をするとは思えませんわね、今までもなるべく戦わずして国を広げてきた方々ですし」
(これは一筋縄ではいかないな、この女、俺達の侵攻のカラクリも理解してるようだ)
そう思ったサンサルは本題に入るのは部下達がこの部屋に来てからにすることにして、それまでは当たり障りのない話をする事にした。毒矢でも動じなかったので無駄だとは思うが、大勢の人間に囲まれればフィラーナも多少威圧され彼が話しやすい環境を作る事が出来るかもしれないと考えたからである。
一方でフィラーナも
(部屋に味方が大勢いれば、この人の心にも隙が生じ易くなるかしら?)
と考えていた。サンサルがどの様な人物であるかという情報も彼女はとうの昔に入手していたが流石に彼の心までは分からない。
しばらく二人は世間話をしていると、先程の男がサンサルの部下を二十人程連れて入って来た。残りの部下は外で待機しているとのことである。
サンサルは
「実は我々は車輪の国の王と話をする機会を設けて頂きたく貴女の元を訪ねて来ました」
と世間話を切り上げ、本題に入った。
「申し上げ難いのですけれども、私の国では弓の国は悪魔の様な印象を持たれておりますの。王がお決めになったどちらにも協力しないという方針はおそらくその様な事を反映しての事ですので、それを覆す事は難しいと思われますわよ。弓の国に協力するということになれば車輪の国の民衆は祖国は貴国に屈したと勘違いされることでしょう」
「ですからその印象を払拭するべく…」
とサンサルが言うと食い気味に
「でしたら私に毒矢で脅しをかけるなどということはおよしになれば良かったのに、役人が私ではなかったらきっと腰を抜かしておりましたわよ」
と言った。食い気味だった上に話している内容は先程の事を咎める様な事であったが、フィラーナの声には抑揚がなく、口調はゆっくり目であり、表情の変化も特に無いので少々不気味である。
「申し訳ございません、あれが一番慣れた方法でしたのでつい、信頼を得る方法は車輪の国の王と話し合って模索する事を考えておりました」
「今後あのような方法を使わないということと、私の頼みを聞いて下さるのでしたら王と会う事を掛け合ってみましょう」
サンサルは頼みというのが気になったので
「頼みというのは何でしょうか?」
と聞いた。
「私は将来港町で商売をしようと考えておりますので、一度グラス様に合わせて頂ければ幸甚で御座います。車輪の国は海には面しておりませんので他所の大陸との取り引きをするにはどうしても他国に行く必要がありますの。弓の国の港町は大陸一の大きさだと言われておりますでしょう」
フィラーナはそう言ったが、彼女は商売などするつもりは毛頭無い。彼女の最終的な目標は大陸の覇者となることであり、弓の国の港町をその足掛かりにしようと考えていた。弓の国自体が大陸の中心にあり、陸路、海路の中心となる事ができるためここを抑えればこの大陸の物流をコントロールし易くなり、この大陸にある国のものであればかなり多くの情報を入手出来る彼女がまだ疎かった別の大陸や島国の情報も入手し易くなるため足掛かりとするのであればこれ以上ない場所である。外から弓の国を攻撃してもとても勝つ事はできないが、港町に入り、そこの族長グラスを自由自在に操作するぐらいの自信は彼女にはあった。
サンサルも彼女が良からぬ事を考えているということは何となく分かったが、その意図を完全に読み取ることはできなかったため
(港町にも既に車輪の国の商人はいる。ただ、俺達がダライが死亡したという情報をなるべく隠しているにも関わらず、既にダライではなくグラスが港町の長だと知っている様な奴だ。条件を飲んでいいものだろうか)
と少々悩んだ。
フィラーナは
(流石に長と合わせろというのは早すぎたかしら)
と思い直し、
「その条件が難しいのであればグラス様と会うという条件はお取り消ししますが、代わりに港町で商売をする際には私のサポートして下さるというのは如何で御座いますか?」
と改めた。
(まぁ、こいつに頼るほか無いか、港町も魔法使いの一件があるから監視を強化するし問題ねぇだろう)
そう考えたサンサルは
「分かりました、貴女が港町へと来る事になった際には協力致しましょう」
と言った。
「有難う御座います、早速貴方方に同行する準備を致しますわ」
「貴女自身が同行するのですか?」
「ええ、私がいなくても一応仕事が回る様にシステムを組んでおりますので問題ありませんの。まぁ、私にしか出来ない作業というものもありますけれど、貴方方の移動の速さなら仕事に支障が出ない内に戻って来れると思われますので問題ありませんわ」
そう言うと彼女は旅の支度を始めた。
(俺達のスピードについても熟知している様だな、大陸一の女王、要塞の様な街を壊滅させた魔法使いと来て今度はやたらと情報収集能力がやたらと高い役人か…今迄ほとんど男としか関わって来なかったから気付かなかったが凄まじい能力を持った女が増えている様な気がするな)
サンサルは屋敷の外で彼女を待っている間その様な事を考えていた。
準備を終えたフィラーナが屋敷から出て来たため、サンサル達は一行に彼女を加え車輪の国へと向かって行った。




