港町の攻防 七海の戦い
厩舎は練兵場の近くにあり、そこは七海達が上陸した港からそれほど離れていない位置にある。
嵐の中襲撃をかけているためすぐに動ける港町の兵は詰所にいる者くらいであり、その兵は七海が今向かっている厩舎まで馬を取りに来る。馬自体は港町のほぼ全ての建物にいるが、その馬は戦う為の準備が何も施されていないため厩舎を攻撃することで戦力を削ぐ事は可能であろうと七海は考えていた。
厩舎に到着すると、扉を蹴破り中に入った。外にも中にも見張りは誰もいない。
厩舎には飼料となるらしい稲藁が豊富にあったので
(竜巻でも起こそうかと思ったけど、これならあれが使えるか)
と思い、持って来ていた煙草に火をつけた。
それを吸いながら周囲にあった稲藁をかき集め、集め終わると煙草をそこに放り投げた。
(雨が降っているからそう簡単に燃え広がりはしないだろうが、煙で馬を使い物にならなくするくらいなら問題ないだろう)
そう考え仲間の助太刀に行くなり、食料庫を抑えに行くなり次の行動に移ろうと思ったが、厩舎の火が心配だったので外に出てしばらくの間様子を見ることにした。その五分後、煙が充分に回ったため再度別の場所に向かおうとしたが、やはり心配なのでもう五分監視する時間を追加している。
すると、五分経たないうちに港町の兵が来てしまった。
兵は数人おり、全員弓を構え七海を狙っている。
「貴様、そこで何をしている」
と問われたが七海は答えず近くの物陰に飛び込んだ。大急ぎで呪文を考えつつ腰に数本下げているオリーブの杭を一本抜くと、物陰から飛び出し杭を兵に向け、
〈異星にて 音の速さで 吹く風よ 出でて従え 我が采配に〉
と唱えた。呪文によって音速の風を発生させ操ることができるようになったので、それを使って杭を飛ばした。
杭は数人を巻き込み凄まじい勢いで飛んで行く。
残った兵はその光景を見て呆然としていたため、七海はその隙を突いて燕雀之志の剣と風の魔法で兵を倒した。
その後、剣を雨水で洗っているとシーカがやって来て
「各地域の様子を簡単に報告しに来たよ。東はほぼ制圧したようで今は略奪が始まっているようだ。中央は接戦だけどこのまま統制が取れないままではおそらく負ける可能性がある」
と報告を始めた。
「西側の状況もよろしいでしょうか?」
「ああ、西側に向かった連中なんだけど……、ほぼ壊滅に近い状況だよ。俺が様子を見に行った時に戦っていた連中も既にやられているかもしれないな」
「どういうことでしょうか。西側は商人が多い地域で襲撃に弱そうな印象があったのですが」
「兵はあまり居なかったらしいんだけど、その代わり一人怪物のような強さを持つ正体不明の奴がいて、そいつが俺達が連れて来た賊から民間人や怪我人を守っているんだ」
「分かりました、有難う存じます。私は西側の様子を見に行きますので、引き続き情報収集をお願いします」
洗っていた剣を納め、七海は西へと歩を進めた。
西側は襲撃を受けているとは思えない程静かだった。
辺りには海賊や山賊が気絶して倒れており雨風に晒されている。しかし、近くにいるのは海賊や山賊だけではなくもう一人、人影が立っていた。
「こんばんは、もしかしてあなたもこの盗賊の方達の仲間ですか?」
と、人影は七海に近づきながら弓の国の言葉で話しかけ始めた。近づいて来る人影に灯りを向けて姿を確認したところミディアムヘアの長身の女であり、様々な国の剣を数本腰に差している。
「だったら何です?」
と、七海も弓の国の言葉で返した。彼女は弓の国の言葉など学んだ事はなかったがこの世界の物を食べてから一瞬で相手の話す言語を理解し、使いこなすという能力を身につけている。
「いえ、ただ聞いてみただけですよ。そこで倒れている人たちが襲撃してきた際に町の人達から護衛と治療の手伝いを頼まれましてね。この町には何宿何飯かの恩がありますし、困っている人を放っておくのも心苦しいので快く引き受けてその人達と戦っていたんですよ。あなたもその人達の仲間で、攻撃の意思があるのであれば戦わないといけないかなと思いまして」
「では、ここで倒れている海賊や山賊は全て貴方が倒したのですか?」
「そうですよ。近くの詰所の兵士は未だに来ていませんし、商家や診療所にいる人たちは戦う術を持っていないというのでずっと私が戦っていました。その甲斐あってこの周辺に住んでいる方々は大体町の外まで逃げる事が出来たみたいですね」
その女、サヨの話を聞いて
(悪い奴ではなさそうだが倒すしかないだろうな。オレ達が連れて来た海賊、山賊達に民間人を襲うなと言っても聞かないだろう。こいつ一人の為にこちらの人員をこれ以上減らすわけにはいかないからな)
と七海は彼女を倒すことを決めると、
「申し訳ないが貴方には死んでもらう。一人でこの人数を倒す程の奴を生かしてはおけない」
と言い風の魔法で杭を飛ばした。
サヨは即座に自作の剣を抜刀し、その刀身を使って杭の軌道を逸らしたが、衝撃で剣は折れてしまった。
直後サヨは折れた剣の柄とその鞘を七海に投げつけて来たが、七海は無詠唱で強風を発生させそれを防ぐ。
「妖術ってやつですか。…いいですねぇ、町の人達には申し訳ないですけど少し楽しくなってきました」
そう言うとサヨは散雪凍を抜刀して上段に構え、目にも留まらない速さで七海に接近してきた。
七海は咄嗟に風を纏って攻撃を防ごうとするものの防ぎ切れず五連撃峰打ちをくらった。もう一撃繰り出されたが、六連撃目は風を自分の体にぶつけ後方に吹き飛んで回避した。纏った風によって打撃の威力はかなり削がれたはずだが、それでも撃たれた箇所はかなり痛む。
しかし、止まったままではまた攻撃を受けてしまうため動かなければならない。
痛みを堪えながら移動しつつ
〈龍の風 虎を撃つべく 現れて 采に従い 爪牙にかけろ〉
と唱えて竜巻を発生させ、さらに
〈異星にて 音より速く 吹く風よ…〉
と唱え始め、次の魔法の準備をした。
サヨは追尾してくる竜巻を躱しながら
(彼女が腰に帯びている剣が妖術を使い始めてから光っぱなしですね。もしあれが妖力を無尽蔵にしているのであれば、あれを破壊しない限り風の壁を展開され続けこちらの攻撃がいつまで経っても通りませんね)
と考えており、散雪凍を納刀し代わりに剣の国製の剣を抜いた。武器を破壊するのは散雪凍よりこちらの方が向いているためである。
サヨは竜巻を振り切った後、手に持っている剣の鞘を七海目掛けて投げつけつつ凄まじいスピードで彼女に接近した。
七海は飛来してきた鞘を躱すことができず、サヨの接近も許してしまったがこれは作戦の範疇である。帯刀している燕雀之志の剣目掛けてサヨが斬撃を繰り出してきたが気に留めず、
〈出でて従え 我が采配に〉
と、残りの詠唱を終えると音速どころか宇宙速度に近い風速の風をサヨにぶつけた。
サヨは斬撃を中断し咄嗟に剣で受け止めようとするが、これは躱さなければならない魔法である。
(しまっ…)
と思った時には既に遅く、魔法で発生した風はサヨを巻き込みながら直進して行き、城壁を突き破り、草原へと吹き抜けていった。
七海も自身の放った魔法の衝撃でかなり吹き飛ばされたが、放つ寸前に風を纏って防御していたので死にはしなかった。さらに、彼女は気絶している味方からなるべく離れる様に戦っていたため彼等も七海の魔法の影響は受けていない。
「峰打ちと武器破壊にこだわったのが命取りだったな。おかげでオレは助かったが」
城壁に空いた巨大な穴の方を見てそう言うと、七海は倒れた。
(オレもしばらくは動けそうにないな。無尽蔵にあったと思っていた魔力も半分以上使ってしまったようだ。これからどうしようかな)
と思いながらそのままシーカが戦況の報告に来るのを待った。
三十分程経過し、多少動けるくらいには七海の体力が戻った頃シーカが報告に来た。
「穴の空いた城壁に、崩れた建物…。一体どんな戦い方をしたんだ?」
「…本気で戦わないと勝てそうにない相手がいましてね。…まあ、そのことについてはまた後で言いますよ。…それより各地の様子を手短かに説明して頂けますでしょうか」
七海は怪我の応急処置をしながら言った。先程鞘が当たった右腕が骨折しているらしいので、オリーブの杭で固定しその上から包帯を巻いている。
シーカは少し目を伏せた後、
「あぁ、中央で戦っていた連中は既に敗北したよ。ルカ殿は死亡し、捕まった者は練兵場の地下牢の中にいるみたいだ。あれだけ優勢だった東側も形勢を覆され始めた」
と、説明した。
しかし、七海は説明を受けても作戦を考え直す程の気力が湧いてこず、
「…この状況から勝つ方法ってありますかね?」
と自信なさげに質問した。上手くいくと思っていた襲撃に失敗した上に、虎の子の魔法は最終的に勝ったとはいえ剣士一人にほとんど通用しなかったため自信をなくすのも無理はない。
シーカは少し考え、
「俺は作戦の立て方とかは詳しくないから分からないよ。せいぜい東にいるらしい敵の大将を倒すことくらいしか思い浮かばないな」
と、言った。
「…分かりました。…私は東へ向かいますので貴方は隙を見て練兵場に捕らえられている仲間を救出して下さい」
七海はシーカにそう言うと東へ向かい始めた。体力が戻りきっていないため、燕雀之志の剣を杖代わりにして進んでいる。
それから三十分程かけて東側に到着した。到着したのはいいが先ほどの戦いの傷だけでなく、雨風によって身体が冷えきっているため、魔力はまだあっても体力がほとんどない状態である。
(大規模な魔法は撃てて二発が限界だな。それ以上は風を纏っても衝撃に耐えきれなくなるぐらい体力が残っていない)
と思いながら物陰から東側の詰所の様子を観察した。一発目で大将を仕留め、二発目で敵に撤退を決意させなければならない。
すると、西側から兵士がやって来て斧を持った男に何かを報告している様子が目に留まった。
(あいつが大将か)
七海は杭を引き抜いて大将と思われる男に向けながら徐々に接近していく。数人彼女に気がついたようだが注意深く様子を見ているだけである。
ここならば必中する上に射出した後の行動も起こし易いという距離まで接近し亜音速の風を起こし杭を飛ばした。
杭は男の腹部に命中し、彼を詰所の壁に叩きつけた。
数人の兵は倒れた男に駆け寄ったが、他の兵は七海に向かって来たため彼女は自身に風を当てて急速に後退し、兵との距離が充分に取れたところで魔法を使い巨大な竜巻を発生させた。
竜巻は建物や逃げ遅れた兵を巻き込みながら蛇行して進んで行き、それに追い出されるようにして港町の兵は撤退して行った。
七海は竜巻が海に消えたのを確認した直後に気絶したため、自分達が港町を制圧したことを知ったのは一週間後である。




