港町の攻防 ダライの戦い
普段賑やかな港町も嵐の日は眠ったように静かである。
町を囲む城壁と詰所に兵士が少しいるだけで、町中には誰もおらず、港は強風や高波で危険なので誰も近寄らないように柵を設置して閉鎖している。そのため、海を監視するための櫓には誰もいない。
この日はダライも一日中屋敷にいたが、完全に気を抜いていたわけではなく昼間はトレーニングをし、夕方からは剣や斧の手入れをして過ごしていた。
夜になり、一層雨風が強くなってきたため
(やることもねぇしもう寝るか、これ以上雨が強くなったらうるさくて寝れなくなりそうだ)
と思い灯りを消そうとしたところ何者かが屋敷の中へと入ってきた。
ダライは先ほど手入れをしていたファルシオンというタイプの剣を携え玄関へと向かい、そこにいた者に
「誰だ?」
と、尋ねた。
「族長、敵襲にございます」
低い声で返答があった。
辺りが暗かった上に何か被り物を深く被っていたため容姿はよく見えないが性別は男らしい。
「敵襲?」
「そうです」
「どこから?」
「西からです」
ダライは今の短時間の会話に違和感を覚えた。
というのも弓の国の人間は敬語を使う者が少なく、特に港町には皆無といっていい程いない。さらに、目の前にいる男はいささか華美な服を着ているが、港町で派手好きな者はアルトゥぐらいであり彼は今船の国にいる。そもそも、いくら警備が薄い嵐の日を狙ってきたとしてもこれほど短時間で敵が町中に浸入できるわけがないため言っていることも怪しい。
ダライは不審に思い、
「そうか、ところでお前合言葉を覚えているか?」
と、尋ねてみた。
すると目の前の男は突然斧を取り出しダライを斬りつけてきた。
ダライはファルシオンを抜きながら後ろに飛び回避しようとしたが、男が繰り出した二撃目を避けきれず左腕を怪我した。怪我は深いらしく痛みだけでなく少々痺れも感じるため、左腕は使わず右腕だけで八相の構えを取り男の出方を見ることにした。自然、左半身に隙ができる。そこを狙って男はダライの左肩目掛けて袈裟斬りを仕掛けてきたため、ダライは体勢を低くして躱しつつ男の脛を斬りつけた。すかさず倒れた男に飛びつき、喉元に剣を突きつけ
「十秒やる、お前がどこから来たのかとお前のボスについて俺に教えろ」
と、脅迫したが何も答えなかったため殺した。
ダライは血を拭った後ファルシオンを納刀し、
「ちなみに、合言葉は俺への悪口だ。仲間との関係は面と向かって軽い悪口が言えるぐらいが丁度いいと思ってるんでな。まぁ、サンサルにはわけが分からんと言われたが」
と男の死体に向けて言い、腕の応急処置と斧の回収のために自室に戻った。
ダライは応急処置をした後、近くにあった斧を右腕だけで一通り振ってみた。部屋の中には大斧が三つ、片手斧が二つあったが大斧は振れそうになく、片手斧も片方は少し古かったので新しい方だけを持って近くの詰所に向かった。
詰所には既に兵士が集まって来ていた。
詰所にいる者にダライが
「今どういう状況か分かる奴いるか?」
と問いかけたところ
「敵は利の国だ、嵐の中を船で突っ切って来た」
「厩舎が潰されたから馬は出せそうにない」
「西側は戦える者が少なく、診療所があって怪我人も多いだろうにどういうわけか快勝だそうだ」
「港から真っ直ぐ進んで来た連中とは交戦中で押しているらしい」
「東側はかなりまずい状況だ、敵は賊みたいな連中なのになぜか統制が取れている」
と、次々と情報が出て来た。
普段なら時間をかけて話し合い方針を決めるところだが、今回に関しては時間がなかったので、
「俺が途中で戦える者を集めながら東側へと向かい指揮をとる。中央の敵はグラス達で対処してくれ。西側は快勝だそうだが怪我人が多かったり民間人が多かったりする地域だから何人か向かわせて上手く逃げられるように誘導してくれ。あと、以前世話になった薬売りが薬草を届けにこの町に来ているという話を医者のおっさんから聞いている。西側にいると思うから見かけたら負傷した奴の治療を手伝ってくれるように頼んでみてくれ」
と少し早口で指示を出しダライは東側へと向かって行った。
向かっている途中、西側方面では突然竜巻が発生したり、雷とは違う凄まじい音が何度か発生していた。
ダライは東側にある詰所に到着するまでに四百人程集めることができた。
東側の町の様子は昨日とは完全に変わってしまっていた。町には住民の死体が転がり、いくつかの建物は火がつけられたらしく煙が上がっており、詰所には怪我をした兵士しかいない。
一目で負けていると思える光景であったが、このような状況でもまだ抵抗を続けている者はいるらしく町からは雄叫びが聞こえる。
詰所にいた唯一気絶していなかった兵の話では東側を攻めて来た敵は略奪は後回しにして、ひたすら兵士が寝ている所を襲撃して港町側の守りを成り立たなくさせ、港町の兵の抵抗がある程度落ち着いたら略奪を開始するという方法で攻撃してきていたとのことである。
ダライは
「敵は今、略奪の真っ最中ということか?」
と、兵士に止血を施しながら聞いた。
「…そう…だ、奴らは…今…油断…している…はずだ、ダライ…お前なら…勝て…る」
「ああ、あとは俺に任せてお前は休んでいろ」
「…すまない…あとは…頼…む」
そう言うと、その兵士は意識を失った。詰所の気絶した兵をこのまま放置するわけにもいかないので近くにいた者を数人呼び、
「こいつらを安全なところに運んでやってくれ、西側はさっき様子がおかしかったから北側から町を抜けてマナンのところまで連れて行くのが一番いいかもしれねぇ」
と頼み、他の者には
「三、四人ずつに別れて町にいる敵を殲滅するぞ。一時間程したら再びここに戻れ」
と指示を出し、自身も三人の兵を連れて敵が潜む町へと向かった。
他の小隊が敵兵の相手をしている間、ダライ達四人はまず敵の指揮官を探すことにした。
(指揮官はこの辺で一番高い建物の中だろうな。その方が周辺の様子を把握し易い)
そう考えて、その建物から死角になるような道を選びそこに接近して行く。実際にロバーはダライ達が目指している建物で指揮をとっている。建物の裏口に回り、音もなく侵入すると途中にいる敵兵をなぎ倒しながら階段を駆け上がった。三階まで登るとロバーが窓から町の様子を見ていた。ロバーの他に二人の山賊がいる。
「大将、お前か?」
とダライは慣れていない利の国の言葉でロバーに問いかけた。
ロバーは弓の国の言葉で
「大将なんて大層なものは俺たちにはいない。荒くれ者なんでな」
と答えつつ斧を構えた。ダライが片手しか使えないことを把握したらしく顔に余裕がある。
(気に入らねぇが、確かに普通に戦ったら勝てねぇかもな)
連れてきた仲間は山賊と戦っているため協力を得ることはできない。
そこで、ダライは片手斧をロバーに向かって投げつけた。ロバーは驚いて躱しバランスを崩す。その隙を狙ってダライはファルシオンを抜きロバーの首を斬りつけた。
ファルシオンの刃は首の三分の二に達したが、ロバーの意識はまだ少し残っており最後の力を振り絞ってダライに斧を振り下ろした。躱し損ねて怪我をしたが、死ぬ間際で力が入っていなかったため軽傷で済んだ。
片手斧を拾い周りを見ると、既に仲間は山賊を倒している。
「さて、次に行くか」
仲間にそう言うと、ダライ達は建物を後にした。
その後指揮する者を失った山賊、海賊達は一時間で総崩れとなり、結果形勢を覆すことができた。
詰所に戻ると中央を守っていた部隊が一部合流しており
「中央も守り切ったぞ、降伏した敵は捕縛してとりあえず練兵場に入れてある」
と、報告を受けた。
劣勢だった東側と接戦だった中央を守り切ったが、ダライはまだ安心できておらず
(西側の様子が気になるな)
と考えていたところ西側を偵察に行っていた兵が戻って来て
「西側は城壁が破壊された上に周囲の建物もいくつか壊された。襲撃された直後はあんたが言っていた薬売りが民間人を守っていてその結果快勝だったそうなんだが、俺が向こうについてすぐヤバそうな奴が現れて、数分後一気に周囲のものが吹っ飛んじまった。その薬売りもどこかに吹っ飛ばされて生死不明だ」
と意外な報告をした。
「ヤバそうな奴?」
「ああ、離れたところから見ただけだから詳しい容姿については良く分からなかったんだが、華奢な奴だった。奴が来た途端に風が強くなって…」
と、説明し始めたところ突然風が強く吹き始め、さらに港の方から灯りが近づいてきた。
ダライとその周辺にいた者が灯りの方を見ると少し離れたところに見覚えのない女が立っており、木製の杭をダライに向けている。
次の瞬間、強風と共に飛来した杭がダライの腹部を貫き、彼は詰所の壁に叩きつけられた。
周りにいた兵の一部は倒れたダライに駆け寄り、他の兵はその女、七海に攻撃を仕掛けた。
ダライは周囲に集まって来た兵に
「…退却…しろ………、今の俺たちでは………勝てねぇ。奴は…剣の国とは…別の…魔法…使いだ…、…マナン…のところに……行け」
と指示を出した。
「ああ、お前も一緒に行くんだ」
「俺は……もう…ダメだ。マナンの…ところに…行くまでは…グラスに…みんなを纏めるよう……」
と、言いダライは死んだ。
ダライの周りにいた兵達は、七海と交戦中の兵達に向かって
「退け」
と合図を出したが、嵐の夜であるため音と暗闇でなかなか気がついてもらえない。
その直後に突然今まで見たこともない程巨大な竜巻が発生したため、七海と交戦中の兵達を呼び戻す事を断念し、その場にいた者だけで退却した。
竜巻は建物、兵士、落ちている武器、遺体など全てを巻き込み海の方へと消えていった。
港町の東側にあったものは何も無くなり、今はただ、七海が一人雨に打たれながら立っている。




