狼と梟
タタールは港町に入るなり妙な視線を感じた。河畔では朝起きるまで敵には気付かなかったが、襲撃を受けてからは常に警戒しながら進むようにしており、尚且つ今は昼間であり周囲に注意を払い易いため視線にはすぐに気付くことができた。
実際剣の国の刺客のうち、サヨにボコボコにされた者は剣の国へと引き上げて行ったが、まだ二十人以上は港町に滞在して情報収集をしている。
タタールは
(完全に敵を誤魔化せるとは思わないけど、何もしないよりはマシかな)
と考え、防具と槍を練兵場から拝借して港町の兵士の格好をしてからダライの屋敷に向かった。
ダライはおよそ一月前に船の国へと向かったため、今は彼の部下の一人グラスが代わりを務めている。
グラスは
(ダライの報告を聞きに来たのだろうか)
と、考えたため
「ダライはまだ帰って来てねーよ、だいたい往復二ヶ月かかるからそろそろ向こうに着く頃じゃねーかな?」
と、言った。
「今回は別件だよ、城の国の協力を得る際に条件みたいなものを出されてね」
「条件?」
「港の一画を貸して欲しいとのことなんだけど大丈夫かな」
「一応、中型船が停泊できるくらいのスペースならすぐにでも確保できると思うわ」
「中型か…」
と、タタールは悩んだ。
船は向こうで用意すると言っていたが、いっそこちらで大型船とその港を用意して戦い終結後も自由に使わせてやろうかという考えが頭の中をよぎった為である。
船を弓の国で用意してやることにより器の大きさをサンドラに見せつける事ができ、港を自由に使わせることにより恩を売る事ができる。重要なのは後者の方で、船の国の技術を得た城の国というものがタタールにはまだ計り知れず、もしかしたら今後大陸最大の国の座が城の国へと移る事があるかもしれないため恩を売っておいた方が良いのではないかという思いがあった。
悩んだ末に
「大型船が停泊できるくらいのスペースをなんとか空けられるかい?」
と、言いさらに
「船もこちらで用意したいんだけど貸し出せる船はあるかい?」
と、言った。
グラスは、
(城の国とは確かに友好関係があるがここまでする必要はないはずだ、タタールは疲れているんだろうか)
と、考えたが後でダライに理由を説明するだろうと思ったため特に何も聞かず
「分かった、なんとかするよ」
と、言った。
一方、タタールは以前の訪問で港町の人間は優秀であると思うようになっていたため
(ちょっと説明不足だったかなと思ったけど、どうやら全部察してくれたみたいだね)
と、グラスを少し過大評価していた。
敵がまだ町にいるためタタールはなるべく早く港町から出たかったが、グラスと会って話をしたり、城の国に貸し出す船の確認をしたりしているうちに日が暮れてしまった。
タタールは
(さっさと町を出て今夜はどこかの部族の世話にでもなろうと思ったけど、今から町を出ると途中で夜になるな)
と、考えて兵士の詰所に泊まることにした。詰所には常に数人の兵が待機しているため、ダライの屋敷程ではないが安全な場所であった。
グラスが
「この屋敷に泊まればいいじゃん」
と、提案したが、もし襲撃を受ければ国王と港町の長代理が同時に危険に晒されることになるため却下した。
タタールが泊まる詰所は一階が五部屋、二階が四部屋あり各部屋に三人ずつ兵を配置して、タタール自身は二階の奥の部屋に泊まった。
タタールは兵達と話がしたかったが、襲撃してくるなら夜中だろうと考えたため早めに眠った。
深夜、タタールは兵の
「敵だ!」
という叫び声で目が覚めた。
刺客は暗闇でも戦えるように訓練されているため、詰所に侵入するとまず明かりを消していき自分達に有利な状況を作った。港町の兵は暗闇で戦うことに慣れていないため次々と殺されていった。
階段のある一階奥の部屋から
「すまんタタール、一階はもう保たない」
と言う声が聞こえたのを最後に一階からの声が途絶えた。
タタールは部屋にいる兵に
「君達は他の部屋の兵を連れて階段の防衛に行ってくれるかい。ただし全員は連れて行かず何人かは部屋に残しておいてくれ。恐らく敵は僕達を逃さないようにする為に外にも何人か配置しているはずだから、その部屋に残った兵と僕で窓から外の敵を狙撃しようと思うんだ」
と、指示を出した。タタール自身も弓を取り外の敵を攻撃しようとしたが、外は暗く周囲の様子が分からなかった。敵からは詰所の様子が見えているらしく先程から矢が飛んできている。
(まずは視界を確保しなければ)
と、考え部屋の明かりを使って火矢を数本作り、窓から微かに見えた倉庫に向かって放った。倉庫にはすぐに火が回り辺りの様子が確認できるようになった。
刺客達は十人以上で詰所を囲んでおり全員クロスボウと剣を装備しているのが見てとれる。クロスボウは練度が低くても比較的正確な射撃ができるため少々厄介だが、威力も連射性能も弓の国の複合弓の方が高く、命中率もタタール達に勝てるはずがなく次々と刺客達を射殺していった。
味方がクロスボウの矢を装填している間に射ち殺されたり、壁を貫通してきた矢で負傷する光景を見て刺客達は
(弓では勝てない)
と、考え剣を抜いて詰所に突入してきた。
タタールは階段を防衛している兵を呼び戻し全員で窓から外に飛び降りた。外に出て気づいたが、この時既にタタールを含めて七人しか残っていなかった。
外に出るなり全員がそれぞれ近くの家屋に入り馬を拝借して騎乗した。弓の国では馬を一戸数頭飼っているのでどこの家に入っても調達する事ができた。
タタールは四人を近くにいくつかある別の詰所に走らせ状況の報告と増援の要請をさせて、自身と残り二人で敵と戦うことにした。自分が残って戦うことにした理由は王が使者の仕事をしていいものかどうか迷った為である。
四人を走らせた直後に詰所から刺客が出て来た。
タタールは刺客達に向けて
「今、僕達は三人で君達はまだ十人以上残っているけど既に馬に乗っている以上君達にたぶん勝ち目はないよ。仲間が別の詰所に行ったからもう少ししたら増援も来るだろうし降伏した方がいいと思うよ」
と、言ったが刺客達は答えずに襲いかかって来た。
刺客達は予想以上に素早かったが、馬に追いつけるはずもなく背面騎射で充分に対応できた。
タタール達は背面騎射と突撃を何回か繰り返して次々と敵を倒していったため、増援が来る頃には残り一人になっていた。
一人になってしまった上に、倉庫の火のせいで夜目が効くというアドバンテージを失ってしまった刺客に最早勝ち目はなかったが剣を振り上げてタタール目掛けて突撃してきた。
タタールは矢を放ち刺客の足を射抜くと、馬を刺客の方向へ走らせて刺客の胸を剣で貫いた。
「見事な弓の腕だ…」
という言葉を遺して最後の刺客は絶命した。
刺客達は夜のうちに町の外に運び出されて草原に埋葬された。
翌朝、死亡した港町の兵を手厚く弔い、グラスと少し話をした後にタタールは港町を後にした。




