河畔での戦い
城を出て数日後、黄昏時にタタールは河畔に到着した。
以前来た時には無かったが河畔には何故かゲルが設置されていたので、タタールは中を覗いてみた。ゲルの中には様々な国の民族衣装が吊るされており、サヨが剣の国で手に入れたという愛刀が一振り置かれていたため
(このゲルはどこから持って来たんだろうか。サヨが使っているみたいだけど)
と、疑問に思った。
サヨは生憎不在だったが、
(流石に夜には戻ってくるかな)
と、考え食事の準備をしながら夜まで待つ事にした。
昼前にマナンの傘下の部族から羊肉の塊を貰っていたため七割は燻製にして保存食とし、残りの三割を蒸して食べる事にした。ちなみに、弓の国は主に森林ステップ周辺でしか木が取れないため木材を城の国から多く輸入しており、今回燻製に使用するチップも城の国から送られて来た物である。そのためタタールは荷物の中からチップを取り出した時にサンドラの顔を思い出し頭を抱えた。
肉が大きいため、肉が蒸しあがる頃には辺りは暗くなっていた。燻製肉はまだ完成していない。タタールは朝食以降何も食べていなかったため燻製肉の火を絶やさないようにしつつ、蒸し肉を食べることにした。肉と焼け石を放り込んだヤギの皮からは先程から良い匂いがしている。
ヤギの皮から蒸し肉を取り出そうとした時、タタールは
「こんばんは」
と、声を掛けられ、振り返ってみるとサヨが立っていた。
「やあ、ちょうど食事にしようと思っていたところだよ。君も食べるかい?」
と、タタールが聞いてみると
「ありがとうございます、頂きます」
とのことだったので、蒸し肉を切り分けてサヨに渡した。
今回の蒸し肉は以前よりも上手くできており、草原の草を食べて育った羊独特の風味と濃厚な肉汁を楽しむことができた。
夕食後、タタールは
「この前はありがとう、知人は結構風邪を拗らせていたみたいだけどあの薬草を飲ませたら数十分で完治したよ」
と、薬の礼を言った。
「そうですか、役に立って何よりです」
「それでお礼にこんな物を買って来たんだけど気に入って貰えるかな」
と、言ってタタールは港町で購入したシノブモヂズリを荷物の中から取り出しサヨに渡した。
「ありがとうございます、黄金の国の衣服はまだ持っていなかったので嬉しいです。あの国の服はデザインが好きだったので、いつか作ってみようと思っていたんですけど生地がちょっと高額だったのでなかなか手が出せなかったんですよねー」
「気に入って貰えたようで嬉しいよ」
サヨは立ち上がり
「生地を幕舎の中に置いてきますね」
と、言ってゲルの中に入って行った。
サヨが戻ってくるとタタールは
「ところで、あのゲルはどこから持って来たの?前来た時は無かったけど」
と、質問した。
「あぁ、あれはですね近くの部族の方から貸して貰っているんですよ。話せば長くなりますけど、ちょっとした森林が北西に少し行くとありまして、そこで薬草を採取している際に毒ヘビに噛まれて倒れている人を見かけたので治療して家まで送り届けたらお礼にと羊の毛皮を頂きました。毛皮は自分で加工するよりもこの国の人の方が上手く加工できると思ったのでその毛皮を港町へ持って行くと、丁度毛皮を切らしている店の店長さんに譲ってくれと頼まれたので渡したら代わりにと老いた馬を一頭頂きまして、その馬を利の国から来ている商人に…」
本当に長くなりそうだったのでタタールは
「分かったよ、交換を繰り返してるうちにゲルを自由に使えるようになったってことだよね」
と、言い話を打ち切らせた。
「はい、気になるようでしたら今日は私の幕舎に泊まっていきます?」
「どうしようかな、一応暗くても進むことができるように訓練はしているからこのまま次の宿駅まで進めないことはないんだけど」
と、タタールが悩んでいたところ
「そうですか、でも今日は進むのはやめておいた方がいいと思います」
と、サヨが近くの丘の方をチラリと見ながら言ったが、この時タタールはサヨの視線には気付いていない。
暗い中進むとなると盗賊や野生生物、場合によっては暗殺者に襲われる危険性があるが、だからと言ってこの河畔は特別安全というわけではない。
結局タタールは
(下手に動くよりはこのまま留まった方が安全かな、仲間がいればこのまま進んでも問題ないだろうけど動きやすさを重視して一人で来ているからね)
と、考えサヨのゲルに泊まらせて貰うことにした。
草木も眠るような時間になったため、タタールはゲルの中に入ろうとしたがサヨはまだ眠る気配がない。
「君は眠らないのかい?」
と、タタールが声をかけてみたところ
「もう少し風にあたってから寝ようと思います」
とのことだったので、タタールはゲルの端の方で眠りについた。
河畔近くの丘の上で、剣の国の刺客は襲撃の機会を窺っていた。
刺客は剣の国の大臣オルト・エッジワースの兵の一人であり、普段は弓の国の港町に入り込んで情報収集をしている。彼はタタールが港町に一人で現れたことをオルトに連絡すると、オルトから暗殺と情報収集の訓練を積んだ増援が四十人程派遣され、見つけ次第タタールを始末しろという指示を受けた。しかしタタールはすぐに城に帰ってしまい、仕方ないのでしばらく港町で情報収集しているとタタールが持って来た薬草のことに行き着き、さらにこの河畔に見慣れない薬草売りの女がいるという情報を入手したため、念のため河畔を張り込んでいた。するとタタールが一人で河畔に来たため、周辺に点在させていた仲間を呼び襲撃する準備をした。港町や別の場所を張り込んでいる仲間は呼ぶまで時間がかかるため二十人弱程度しか動員出来ないが、襲撃するのは視界がきかない夜であり相手は二人であるため襲撃には問題ないといえる。しかし、薬売りの女の正体が不明であり名前すら分からなかったため慎重にいこうと刺客は考え、襲撃は二人が寝てからにした。
しばらくして、タタールがゲルに入って行ったため丘の道路側の中腹辺りに隠れている仲間を丘の上に呼びいつでも襲撃できるようにした。
数分後、サヨがゲルに入ったのを確認したため刺客達は音もなく丘の上からゲルに目掛けて駆け下りた。しかし、サヨは寝るためにゲルに入ったわけではなく、ゲルの中に置いてあった剣を持って再度外に出て来た。刺客達はサヨの予定外の行動に少し動揺したが、勢いを止めることの方がまずいと考えて作戦を練り直すことはせず、そのまま駆け下りた。
刺客達は気配も足音も消しているが、サヨには彼等がどこをどう動いているか把握出来ている。サヨは刺客達の方を向き
「動きが盗賊とは違いますし、馬に乗っていないということはライ君の友達ではありませんね。一体誰ですか?」
と、質問したが刺客から応答はなかった。
さらに
「あと五秒以内に答えないと攻撃しますよ」
と、言って一、二、三、四、五と数えたが、これも応答は無かったためサヨは剣の国で買った剣を抜き放った。
サヨの戦い方は一対一の決闘の時以外は出鱈目であった。まず敵の額目掛けて鞘を投げつけて気絶させつつ、クロスボウを持った別の敵に剣を投げつけクロスボウを破壊した。さらに自作の剣を抜き放ち敵目掛けてその鞘を投げつけると、接近してくる別の敵の剣を自分の剣で叩き落として踏み壊した。そこから得物を失った敵を掴み別の敵目掛けて投げ飛ばし、自分はクロスボウを持つ敵に接近してクロスボウを剣で殴って破壊した。この間、僅か五秒程である。
このように常に二人から三人の敵を同時に相手をしつつ、頑丈と評判である剣の国製の武器を片っ端から破壊していくというサヨの戦い方を見て剣の国の刺客は
(ただの薬売りではない、いくらなんでも強すぎる)
と、ドン引きして戦意を喪失しかけていた。
無論、刺客達も攻撃していないわけでは無かったがクロスボウを射掛けても回避されてしまい、剣の腕は刺客達よりもサヨの方が圧倒的に上であったためどうしようもなかった。
一分も経たないうちに武器を破壊され尽くして何も出来なくなった刺客達にサヨは
「今回は私の勝ちですけど音と気配を消せるなんて凄いですよー、鍛練を積んでいけばさらに強くなれると思います。よかったらまた私と闘いましょう」
と、言ったが刺客は何も言わずに去って行った。
刺客が完全にいなくなったことを確認すると、サヨは自作の剣を納め、先程投げつけた剣を回収した後ゲルの中に入って行った。
翌朝、タタールが起床する頃にはサヨは既におらず、ゲルにはまだ少し暖かい薬草茶と置き手紙が置いてあり、置き手紙には
(またお土産お願いしますね)
と、書いてあった。
タタールは
(昨日進ませなかったのは、僕に一泊分の恩を売って土産を頼むためじゃないだろうか)
などと考えながらゲルを出ると河畔には折れた刀身が十数本と壊れたクロスボウがいくつか落ちていた。弓の国の剣は曲刀が一般的であるが落ちていた刀身は真っ直ぐ且つ両刃であった。折れた刀身を使い昨日作った燻製肉を切ってみるとかなり切れ味が良かったためタタールは剣の国の物であると判断した。
昨晩、河畔に剣の国の刺客が来てここで小規模な戦闘があったことは判断できたが、戦闘があれば音で気付くはずであり、落ちていたのは剣やクロスボウの残骸だけで周囲には死体も血痕もないためタタールは混乱した。
タタールは寝ていたため刺客を撃退したのはサヨということになるが、だとすれば音もなく十人以上の刺客を誰も殺さずに一人で戦闘不能にしたことになるためタタールは戦慄しつつ
(昨日寝るのが遅かったのはこういうことか)
と、心の中で感謝した。
タタールは先ほど切った燻製肉を少し食べると、すぐに馬に乗り港を目指した。




