船の国
弓の国の港町を出港してから一月程かけてダライは船の国の首都に到着した。
船を降りて周囲を見渡すと、そこには、弓の国では見る事が出来ない光景が広がっていた。少し離れた所に巨大な神殿や劇場が聳え立っており、市民が暮らしているであろう街区には街区毎に五、六階建てのアパートが密集して建てられているため、街中に島が点在しているように見える。
(街中に無数の城が建っているようだ)
そんなことを思いながらダライは歩を進めてゆく。向かっている先は船の国の城ではない。
首都には弓の国出身の者が住んでいるエリアがあり、ダライの部下アルトゥがそこを取り仕切っているため、まずはアルトゥの屋敷に向かっていた。
アルトゥの屋敷は弓の国のゲルではなく、船の国の富裕層が住むような一戸建てである。外側に窓はあまりついておらず列柱廊付きの中庭や天窓から日光や外気が入り込むような造りになっており、水路等も設置されているためそこそこ堅固且つ便利であったが、壁に描かれた派手な絵や何の為に設けられたか分からない噴水、弓の国ではまず見ることがない花壇など少々贅沢なところもあり質素倹約をモットーにしているダライはあまり好きになれなかった。
アルトゥの屋敷に到着すると、ダライは応接間に通された。
応接間ではアルトゥが待っており
「君がこっちに来るのも久しぶりだな、今回はどういう要件で来たんだ?」
と、ダライに言った。
「協力要請だ、剣の国との関係が凄まじく悪くなっちまったんだよ。会議に参加してねぇから俺もよく分からねぇんだがタタールの話によれば、剣の国が急激に強くなって槍の国、棍の国との戦いを速攻で終わらせた結果、ビビったエルティンが剣の国に攻撃を仕掛けたんだ。剣の国には魔法使いの将軍がいてそいつがすげぇ強いらしくエルティンは負けて鉄の国は向こうに渡った。それで鉄の国を返さねぇと攻撃するぞって脅しをかけるらしいんだが向こうが拒否することを見越して船の国に支援を頼みに来たんだ」
「そういうことなら大臣に君が王と話せるよう頼んでみよう。ちょうど私もこの後大臣に会う予定があったからな」
「予定?」
「ああ、この国も規模が拡大しすぎて防衛が大変でな、向こうの大臣から少し人員を貸して欲しいと言われていたのだよ」
と、言ってアルトゥは出かける準備を始めた。
「とはいえ君が王に会うまで少なくとも一週間はかかるだろうな。それまでは一緒に来た部下共々ここにいるといい。設備は自由に使ってくれて構わんよ風呂も温水プールもある」
と、言いアルトゥは出かけていった。
船の国は建国当初コンパクトな国だったが、戦いに勝利する度に領土と捕虜が増えていき、それ以外でも国の繁栄や三割程度しかかからない税などに誘われて多くの人々が流入してきた。結果として船の国は国土面積約二九八万平方キロメートル、人口約三八九〇万人までに拡大し、首都も八十万人近くが暮らす巨大なものになっていた。
しかし、繁栄による弊害も数多く発生している。人口増加によって都市では悪臭と騒音、近くの河川の汚染等で病気が流行り、アパートがあちこちで急造されるようになったため崩落事故や火災なども増えていた。さらに、人口増加による治安の悪化や国土面積拡大に伴って軍隊にかかる費用が莫大になっており、税だけでは足りないと判断した船の国国王ハロルド・ノスアーティクルは自らの財産を使ってまで対策を講じていた。富裕層もノスアーティクル家の、民衆を富ませることにより上も相乗して富を得ることができるという方針が浸透しているため、インフラの整備費用や頑丈なアパートの開発等の面でかなり協力しているが焼け石に水であった。
最近では坂の国の兵士が偵察に来ているとの情報も入っているため軍事費だけでも確保しておきたいところであったが、以前税率を上げた時はどういうわけか税収が下がってしまったため不用意に税をいじることはできず、人口増加はもはや制御不能であったためハロルドは
(このまま滅びるしかないのではないか)
とまで考えていた。
そんな中ハロルドは、大臣から弓の国の使者が王と話がしたいと言っているということを聞き、前述のような状況なので会っている余裕がないと断ろうと考えたが、ふと
(弓の国と坂の国は同じ騎馬民族であり少し似ているところがある、もしかしたら使者と話すことで坂の国への対抗策が思いつくかもしれないな)
と、思い弓の国の使者に会うことにした。
数日後、ハロルドはダライを城へ呼んだ。
ダライから見たハロルドの印象は疲れきった好青年というものであり
(これが世界一の国の王なのか?)
と、少々困惑した。
「お初にお目にかかります、弓の国の使者ダライと申します」
「大臣から聞いているよ、君は弓の国の港町の長をやっているみたいだな。今回はどんな用件でここに来たんだ?」
「単刀直入に申し上げますと有事の際に協力して頂けますようお願いしに参りました」
「有事の際とは?」
「実は弓の国と剣の国との関係が悪化しておりまして、このままいくと剣の国と戦うことになるかもしれません。剣の国の軍隊など本来なら取るに足らないのですが、彼の国の将軍には異世界から来たという魔法使いがおりまして一騎当千の力を持っているとの噂です。そこで、もし開戦した際には世界最強と名高い船の国の協力を得て勝利を確実なものにできればと思いまして」
と、言っているうちにダライは
(しくじったな…)
と、思った。槍の国、棍の国が既に敗戦した事や鉄の国を切り取られたこと等は上手く隠せたが、話の流れでつい魔法使いのことを洩らしてしまったことである。
案の定ハロルドは
(一騎当千の力を持つというのが本当であれば、反乱された際にどうすることもできなくなるという危険性もあるが研究して兵士に魔法を覚えさせれば軍事費を抑えられるのではないか)
と、考えて
「魔法使いの情報を詳しく教えてもらえないか?例えば、その将軍以外にも他に使える者が出てきているとか、魔法の威力の情報とかそういったものはないかな?一騎当千と言われるのにも何か根拠があるんだろう」
と、言った。
ダライは返答に困ったが
「我々もまだ魔法がどういうものかまだよく分かっておりません。剣の国に放った間者が現地の住民から聞いた情報ですので」
と、言った。
ダライはこれ以上話しているとまずいと感じたため
「ところで、弓の国への協力を考えて頂けますでしょうか」
と、話を畳み掛けた。
「あぁ、協力か…」
ハロルドは情報を聞き出すことに集中していたので協力するか否か考えがまとまっていなかった。
協力すれば今よりも費用がさらにかかってしまうがメリットもあった。
一つ目のメリットは城の国の存在である。船の国には坂の国の偵察兵が頻繁に来ており、このままいくと数年以内に攻撃を受けるかもしれないとハロルドは考えている。その際に坂の国も技術を欲していると考えられるため、実際に技術を駆使して仕事をしている平民は重宝されるであろうが、パッと見何もできない富裕層や賢者は殺される可能があった。城の国の国王は船の国の技術に目をつけているということをハロルドは聞いており、平民はもちろん富裕層や賢者も技術の詳細な情報を持っているため有事の際に保護してもらえるのではないかと考えた。
二つ目のメリットは魔法使いのことである。弓の国へ支援に行くという名目で兵を向こうの大陸に派遣して、ある程度協力したら戦線から外れさせ魔法使いのことを徹底的に調査させることができる。
(どっちにしろ弓の国を助けるのは二の次になってしまって申し訳ないが、俺は国と国民を守らなければならない)
と、ハロルドは考えをまとめ
「分かった、物資と兵を送ろう。だがこちらにも余裕がないからそれ程多くは送れない。あまり期待しないでくれ」
と、言った。
「ご協力感謝いたします」
と、ダライは言い王の間から退室した。
慣れない言葉遣いや自分の失態等によってダライは疲れ切っていたためその日はアルトゥの屋敷に泊まり、翌日に弓の国へ向けて出港した。




