あとがき
『めぐる季節は麦の道 二 狐の祝言』を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
第一作では、恵子と麦人が一年の季節を歩きながら、家族の温かさや、日々の中にある小さな不思議を見つけていきました。
第二作となる今回は、そこから少しだけ世界を広げました。
テーマに選んだのは、「狐の祝言」です。
夏の晴れた日に、突然雨が降る。
いわゆる「狐の嫁入り」と呼ばれる不思議な現象から、物語を膨らませました。
ただ、この物語で描きたかった「狐の祝言」は、人間の結婚式そのものではありません。
山や森、川、そこに生きるものたちが、これからも共に生きていくための「約束」。
そんなものとして描いてみました。
八歳の麦人にとって、狐の世界はまだ完全には理解できません。
けれど、理解できないからこそ、怖がるのではなく、素直に受け入れることができる。
その姿を、恵子は急いで説明することなく、少し離れたところから見守っています。
恵子は、麦人に何でも教える祖母ではありません。
時には答えを教えず、
「さあ、どうかな」
「自分で考えてごらん」
と、少しだけ先を歩きます。
それは、麦人がいつか自分自身の目で世界を見るためです。
そして、そんな恵子自身も、すべてを知っているわけではありません。
不思議なものを感じ取ることはあっても、その意味までは分からない。
だからこそ、恵子と麦人は似ているのだと思います。
二人とも、分からないものを分からないまま受け止めることができる。
それが、この物語に流れる小さな「魔法」なのかもしれません。
また、賢蔵にも若い頃の記憶を語ってもらいました。
昔の賢蔵が見た狐の祝言。
そして、今の麦人が見た狐の祝言。
同じようでいて、決して同じではありません。
季節が巡るように、人も変わります。
山も変わります。
そして、物語も次の世代へ受け渡されていきます。
麦人はまだ八歳です。
これからたくさんのものを見て、たくさんのことを知っていくでしょう。
狐のことも、いつか忘れてしまうかもしれません。
あるいは、大人になってもずっと覚えているかもしれません。
でも、どちらでもいいのだと思います。
大切なのは、狐を見たという出来事そのものではなく、その夏に感じたもの。
山の匂い。
雨の音。
木漏れ日。
白い花。
鈴の音。
そして、恵子と一緒に歩いた時間。
そういうものが、麦人の中に小さな種として残っていれば、それで十分なのです。
物語の最後で、麦人は狐を追いかけませんでした。
ただ、恵子と一緒に次の季節へ歩き出しました。
これは、第一作から続く『めぐる季節は麦の道』という物語にとって、とても大切なことでした。
不思議なものを追いかけるのではなく。
過ぎていく季節を惜しみながらも、次の季節へ進んでいく。
春から夏へ。
夏から秋へ。
そしてまた冬を越えて、春へ。
人生も、きっと同じなのだと思います。
立ち止まる日があってもいい。
迷う日があってもいい。
それでも、また歩き出せばいい。
麦人の歩く道の先には、まだたくさんの季節があります。
恵子の髪は、これからもメデューサのように風に揺れるでしょう。
麦人は、これからも調子に乗ったり、少し理屈っぽくなったりしながら成長していくでしょう。
そして二人の前には、また新しい出来事が待っているはずです。
もし、いつかまた二人の物語を書くことがあるなら。
その時もきっと、恵子は少し先を歩いていて、
「むーさん、行くよ」
と声をかけるでしょう。
麦人は、
「待ってよ、恵子さん!」
と言いながら、その背中を追いかける。
そんな二人の姿を、これからも見守っていただけたら嬉しく思います。
最後に。
この物語を読んでくださったあなたの毎日にも、ほんの小さな不思議がありますように。
雨上がりの虹。
風に揺れる木の葉。
どこからか聞こえる鳥の声。
夕暮れの匂い。
そして、誰かと並んで歩く道。
そんな何気ないものが、いつか大切な思い出になることを願って。
季節はめぐります。
麦の道も、まだまだ続いていきます。
ありがとうございました。
――『めぐる季節は麦の道 二 狐の祝言』
あとがき




