表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、魔法使いを見た!  作者: MorinoNanana
第一部 黄金樹の下の約束
PR
8/26

第7話 小さな魔法使いの始まり

 廊下に足を踏み入れると、赤い絨毯がまっすぐ先まで伸び、窓から差し込む陽の光が静かな廊下を優しく照らしていた。


 床の上で、背の高い影と小さな影がゆっくりと伸びていく。


「教室は六階だ。階段、一人で使えそうかい?」


「まだあんまり自信がなくて……」


「階段も魔法と同じさ。行きたい階を強く思い描けば、ちゃんとそこへ連れて行ってくれる」


 私は頷き、階段の前で一度息を呑むと、手すりに手を添えた。


(六階——)


 ゴゴゴ……と、足元の階段が静かに動き始める。


「わっ!」


 私は魔杖を握りしめたまま、もう片方の手で咄嗟に学院長のローブの裾を掴んだ。


「最初はみんなそんなものだよ」


 学院長が楽しそうに笑うのを見て、私もつられて小さく笑った。六階に着くと、学院長はそのまま廊下を進んでいく。


 天井のシャンデリアが足元の赤い絨毯を柔らかく照らし、耳に届くのは私たち二人の足音だけだった。


 しばらく歩くと、学院長がひとつの扉の前で立ち止まった。


「着いたよ」


 扉がゆっくりと開き、私は後ろからそっと覗き込んだ。教室は想像していたよりもずっと広い。


 大きな教卓の前には机が整然と並び、後ろへ行くほど座席が高くなっていて、まるでテレビで見た大学の講義室のようだった。


「おいで」


「は、はい!」


 教卓に立った学院長が手招きする。私は恐る恐る足を進めた。中へ入り、前方の席をひとつ選んで腰掛けた。


「今日はまず、ポータル魔法からやろうか」


「ポータル……?」


 思わず身を乗り出す。それって、どこへでも行ける魔法の扉のこと……!? もし使えたら、海でも雪山でも海外でもどこへでも行けちゃう。


 それに……朝寝坊しても遅刻しなくて済む!


「七奈?」


 ポン、と学院長が魔杖で教卓を軽く叩いた。びくっと肩を跳ねさせ、仰ぎ見る。


「は、はい!」


「まずは魔杖を呼び出してみよう。頭の中で形をイメージして、最後に——」


「——召喚サモン


 学院長が軽く左手を掲げると、その言葉とともにあの巨大な魔杖がふわりと姿を現した。


「しまう時は、その逆だ。消えていく様子を思い描きながら——」


「——サン


 魔杖は光の粒子となって——


「さあ、七奈もやってごらん」


「はい!」


 私は両手で魔杖を握りしめ、目を閉じた。頭の中で、さっきの学院長の手つきを思い浮かべる。


「……サン


 手の中には、まだ魔杖の重みが残っている。片目を少し開けてみると、魔杖は相変わらずそこにあった。


「あれっ、どうして……」


「焦っちゃダメだ。魔法は焦れば焦るほど失敗するものだよ」


「はい……!」


 大きく深呼吸をし、魔杖が少しずつ光の粒になって消えていく光景を脳裏に描く。


「……サン


 一秒、二秒。手の中の重みがすうっと消えていった。目を開けると、掌には何も残っていない。私は思わず席から跳ね起きた。


「学院長、できました!」


「うん、上出来だ」


 学院長は袖の中から一枚の金色の葉を取り出した。あの日、黄金樹の下で見かけたのと同じ葉っぱだ。光を受けてきらきらと輝いている。


「この葉には強い魔力が宿っている。その魔力を使ってポータルを開くんだ。その前に、もう一度魔杖を出してごらん」


「はい!」


 目を閉じ、魔杖の形を思い描く。……せっかくなら、昨日のようなシンプルなものじゃなくて、もっと可愛いのがいいな。魔法少女の変身ステッキみたいな……そう、ムーンステッキみたいな感じ!


「——召喚サモン!」


 手の中に柔らかい光が集まってくる。目を開けると、思い描いた通りのステッキが収まっていた。先端には小さな月がちょこんとあしらわれている。


「わあっ、本当にそのまま描いた通りだ!」


「これはまた、随分と可愛らしい魔杖だね」


「学院長、どうしてこんな形になるんですか?」


「君の魔力が『水滴』だからさ。水は、器に合わせて形を変えるものだからね。君の魔杖も、君自身の心を映しているんだよ。」


「すごーい!」


「よし、七奈。ポータル魔法の練習に入ろう」


「はい!」


 学院長が教卓から歩み寄り、金色の葉を私の手の中に握らせてくれた。ほんのりと温かく、黄金樹の下にあった枯れ葉よりもずっと柔らかい。


「行きたい場所を細部まで頭に思い描くんだ。そして魔杖を振り、『ポータル』と唱えれば開く」


 私は頷き、静かに目を閉じた。行きたい場所……海? 雪山? 海外? いやいや、そんなところに行ったら絶対お兄ちゃんに怒られる!


 じゃあ自分の部屋? ……ダメ、帰った瞬間に扉を開けられたら一発でアウトだ。


 神社? ちょっと遠いかな。公園? 家まで歩くのが大変そう。


 そうだ、学校の……体育用具室!


 放課後なら誰もいないし、家からも近い。ここなら絶対大丈夫!


 積み上がった跳び箱のマット、壁際に並んだサッカーボール、鉄棒、それから少し埃っぽい匂い……。


 深く息を吸い込み、手の中の魔杖をひと振りする。光が空中を一筋の線となって描き、やがてドアの形へと凝縮されていく。


 空間がゆらりと揺れ、その中心に夜空のように深い青色の光が広がった。


「これが……ポータル!」


 学院長は頷き、目の前の光の扉にそっと触れた。


「初めてでここまでできれば十分だよ。閉じる時は魔杖で軽く触れ、心の中で『閉鎖クローズ』と唱えればいい」


 学院長は金色の葉を私の掌に戻してくれた。さっきまで輝いていた葉は、少しだけ色あせて見えた。


「ポータル魔法は膨大な魔力を消耗する。扉を開く時だけでなく、開いている間もずっと魔力を使い続けるんだ」


 私は葉っぱをギュッと握りしめた。


「だからその葉は、君だけの『鍵』なんだよ」


 私は大きく頷いた。学院長は左手首の時計をちらりと確認した。


「今日はここまでにしようか」


 手首の時計を見ると、十八時三十三分。大変、急いで帰らなきゃ!


「学院長、今日は本当にありがとうございました!」


「また明日ね」


「はい!」


 返事をしながらポータルの中へ飛び込んだ。視界が揺れ、次の瞬間には見慣れた体育用具室に立っていた。床のサッカーボール、隅のマット、全部記憶のままだ。


「ふぅ、よかった……」


 そっとドアを少しだけ開け、廊下を伺う。誰もいない。胸を撫でおろし、校門を飛び出して夕焼け色の帰り道を駆け抜けた。


 それからの日々は、まるで何事もなかったかのように穏やかに過ぎていった。朝は学校へ行き、放課後になると体育用具室へ滑り込む。


 そんな日常が少しずつ当たり前になっていた。


 ある日の放課後、終業のチャイムが校内に響き渡る。スクールバッグを肩にかけ、教室を出ようとした時、後ろから肩をポンポンと叩かれた。


「七奈ちゃん!」


 振り返ると、千晴が笑顔で立っていた。


「今日、一緒に帰らない?」


「あっ……私、今日はちょっと急ぎの用事があって」


「えー、七奈ちゃん最近ずっと忙しそうだよね」


「えへへ、今度絶対一緒に帰ろうね!」


「そっか、気をつけて帰ってね」


「うん!」


 教室を出た私は、学校近くの細い道を、少し遠回りして歩いた。路地裏を通りかかった時、ゴミ箱の脇から小さく低い唸り声が聞こえてきた。足を止め、下を覗き込んでみる。


 そこには痩せこけた小さな犬が、片足を痛そうに曲げたまま身をすくめていた。


「あれ、ちょっと怖そう……でもケガしてるみたい」


「怖くないよー、怖くないよ。怪しい者じゃないからね」


 手をひらひらさせながら、ゆっくり近づく。ゴミ箱の匂いと小さな犬の湿った毛の匂いが混ざって鼻をついた。


「うわ、結構ひどそう……」


 屈み込み、痛む足を見つめる。一昨日に先生から治癒魔法を教わったばかりだし、もしかしたら試せるかも。


 あたりを見回してみるけれど、聞こえるのは遠くで子供たちが遊ぶ声だけ。


 ……でも、なんだか誰かにこっそり見られているような気がする。


(気のせい……かな)


 心の中で念じると、手の中に魔杖が現れた。小さな犬の前足を持ち上げると、犬が歯を見せ、私の手に噛みつきそうになったが、そのまま「うぅ……」と小さく鳴いて動きを止めた。


「大丈夫大丈夫、ワンちゃん、すぐ痛いの飛んでくからね」


 魔杖を掲げ、「治癒ヒール」と呟く。緑色の光が魔杖の先から溢れ出し、傷ついた足がゆっくりと塞がっていく。抜け落ちていた毛も、みるみる生え揃っていった。


 ——電柱の影から、誰かがスマートフォンのカメラを少女と小さな犬へ静かに向けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ