第6話 七奈、魔法学院へ通います!
黄金樹の下で、私と学院長先生は静かに立っていた。
枝葉がそよ風に揺れ、一枚の金色の葉がふわりと肩に舞い降りた。
「どうやら、黄金樹にずいぶん気に入られたみたいだね」
「え?」
「普通は、認められた証として小枝が一本落ちてくるくらいなんだ。運が悪いと、そのまま頭に直撃することもあるけどね」
「ふふっ」
学院長先生は黄金樹へ歩み寄り、古い友人に触れるように、そっと幹へ手を添えた。
肩に乗った葉を見つめ、それから手の中の杖へ目を落とす。
「……あの、どうして水滴だったんですか?」
「黄金樹に認められた証は、人によって違うんだ。小枝の人もいれば、葉の人もいる。けれど、七奈の水滴はとても特別なんだよ」
「私が……特別なんですか?」
(もしかして、私にも何か特別なところがあるのかな……)
「特別だからといって、ほかの証より強いという意味ではないよ。水滴は黄金樹を潤すもの。そして――黄金樹の記憶でもある」
「記憶……?」
「朝露を知っているかい? 毎朝、葉につく小さな水滴のことだよ。朝に生まれて、太陽が昇る頃には消えてしまう。黄金樹は、そのひんやりとした感触を覚えている。だから、その『記憶』を君に分けてくれたんだ」
「けれどね、七奈」
学院長先生は地面から枯れた金色の葉を何枚か拾い上げ、私の目の前にかざした。
樹にあった頃の輝きは失われていた。触れてみると、葉はカサカサに乾いているのに、表面だけが露に濡れたようにしっとりとしていた。
「朝露は、太陽が昇るまで、自分が消えてしまうことを知らない。だから、その冷たさが残っているうちに、この一瞬をしっかり覚えておくんだ」
小さく頷いたものの、少し考えてから首を横に振り、学院長先生を見上げた。
(魔法世界の人って、みんな謎かけが好きなのかな)
「さて、まずは入学の手続きに行こうか」
「はい」
学院長先生のあとについて、学院へ続く石畳の道を歩き出した。
昼間だからか、花の街灯はまだ光っておらず、その上では小鳥たちが楽しそうにさえずっていた。そばを通ると、ふんわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
足元の小石を蹴りながら、学院長先生を見上げた。
「学院長先生、悠斗くんは……大丈夫でしょうか」
「もう目を覚ましている頃だろうね。あの子は少しおっちょこちょいだけど、一度口にした約束は最後まで守ろうとする子なんだ」
「あのとき……私が外を見て回りたいなんて言わなければ、悠斗くんは……」
言い終わる前に、温かな手がぽんと頭に乗った。
いつの間にか足を止めていた学院長先生が、灰色の目を細めて私を見つめている。
「七奈が誰かを守ろうとしたからこそ、私たちは間に合えたんだよ」
「私……」
学院長先生は口元に人差し指を当てて言葉を制すると、私の前にしゃがみ込み、目元を優しく拭ってくれた。
頬に触れる学院長先生の手は、温かかった。
しばらくして、まだ少ししゃくり上げながらも、学院長先生と一緒に正門へ向かった。
『お帰りなさいませ、学院長。ようこそ、お嬢さん。以前よりも、ずいぶんお元気そうですな』
「よ、よろしくお願いします」
重い鉄の門が「ギィ……」と音を立てて開いた。門をくぐると、見覚えのある学院の広場が目の前に広がっていた。
◇
学院の本館へ入ると、学院長先生は軽く指を鳴らした。
「十二階へ」
「あの日、君と悠斗も乗っただろう?」
「あ……はい」
学院長先生の手を握り、思わず笑った。階段は空中を滑るように上昇し、あっという間に十二階へ到着した。
廊下の突き当たりまで歩くと、学院長先生が扉を開けた。
「失礼するよ」
部屋へ入ると、見覚えのある光景が広がっていた。
藤代先生はあの日と同じ席に座っていたけれど、机の上には、あのときよりも高く本が積み上がっている。窓から差し込む光の下で、羽根ペンを素早く走らせていた。
「藤代」
「はい、学院長」
藤代先生はペンを止めて立ち上がり、学院長先生を見たあと、私へ視線を移した。
「学院長……これは?」
「森野さんが入学することになった」
「ですが学院長、彼女は普通の子どもです。それに――」
「はは、藤代。もう一度、よく見てごらん」
藤代先生は杖を取り出し、自分に向けて軽く振った。
数秒後、その目が大きく見開かれた。
「君……黄金樹に認められたのかい?」
「えっと……た、多分……」
「ですが学院長、いくら何でも急すぎます」
「普通の暮らしを知っているからこそ――自分が大切にしたいものを守るためなら、彼女はきっと努力できる。そう思わないかい?」
つま先へ目を落とし、顔を上げた。杖を握りしめたまま半歩前へ踏み出し、藤代先生をまっすぐ見つめた。
「はい! わ、私……頑張ります!」
藤代先生は小さくため息をつき、肩をすくめた。引き出しから分厚い冊子を取り出すと、私に手渡してくれた。
「こちらは学院案内です。通常なら春に入学するのですが、今年度の授業はすでに半分が終わっています」
(……授業? 授業があるのは分かっていたけれど……もしかして、テストや宿題まであるの!?)
「あの……私、昼間は普通の学校に通っているんですけど」
「ああ、それなら問題ありません。放課後に来ればいいでしょう」
……結局、学校が終わったあとも授業なんだ。
肩を落とし、手の中の学院案内へ目を落とした。それから学院長先生を見上げ、頬を膨らませる。
学院長先生は笑いながら歩み寄り、私の頭を撫でた。
「七奈、それじゃあ今から教室へ向かおうか」
「ええっ!? き、今日からですか!?」
「心配はいらないよ。今日は特別授業だからね」
「特別授業……?」
「今日の授業を受ければ分かるよ」
私たちは執務室をあとにした。




