第15話 花火大会
私はほうきを操って、果汁の柱のそばまで飛んだ。夕暮れの中、果汁の柱はまぶしい光を放っていた。千晴が私の肩を軽くつついた。
「いい方法を思いついたよ、七奈ちゃん」
「えっ、どうするの?」
「時間がないの。七奈が、飛び散ってる果汁のそばまで連れていってくれればいいから」
「うん。千晴ちゃんを信じる!」
私はほうきを操り、落ちていく果汁の塊のそばへ飛んだ。千晴ちゃんは画杖を取り出すと、空中に大きな泡をいくつか描いた。泡は果汁をすっぽりと包み込み、静かに空中に浮かんでいた。
「そういうことか……でも、千晴ちゃん、魔力は足りるの?」
「はあ、はあ……大丈夫。そのときは、七奈ちゃんが私をしっかりつかまえてくれればいいから」
後ろの千晴ちゃんを見ると、額の汗を手で拭い、私を見て微笑んだ。
「じゃあ……千晴ちゃん、あまり無理しないでね」
「うん。早く行こう」
◇
月がゆっくりと町の空へ昇り、空中には小さな泡がどんどん増えていった。息を切らしながら目の前を見ると、もう空に飛び散る果汁はなかった。
振り返って千晴ちゃんを見ると、千晴ちゃんも荒い息をしていた。私たちは息を合わせてハイタッチをした。千晴ちゃんは、そのまま私の背中に体を預けた。
夜風が千晴ちゃんの髪の桃の香りを鼻先へ運んできた。さっきの果汁よりも甘かった。
胸元で、悠斗にもらったバッジが淡く光った。
「七奈、千晴、すごいよ」
「そんなことないよ。でも、千晴ちゃんはもうへとへと。今回は千晴ちゃんのおかげだよ」
「ほら、二人とも早く下りてきて」
「うん」
返事をした途端、坑道の入口の上空に、突然果汁が噴き上がった。果汁は空高く漂っていたけれど、もう柱のようにはつながっていなかった。どうやら……これが最後の一回みたいだね。
「二人とも、まだ魔力は残ってる?」
バッジから、悠斗の焦った声が聞こえてきた。振り返ると、千晴ちゃんはもう顔を上げていた。手が少し震えている。私を抱いているその手に触れると、ひんやりしていた。
「千晴ちゃんはもう魔力がないよ。どうしよう」
「待ってて」
「七奈、わ、私たち、先に……」
「だめ。もう描いちゃだめだよ」
私は首を強く横に振った。千晴は私の肩に頭を乗せ、私の手に自分の手を重ねた。
「私も、いやだ」
千晴は私の手を引き、飛び散る果汁のそばへほうきを飛ばした。千晴の手を見たけれど、強く押しのけることはできなかった。私だったら、きっと同じことをするだろうな。
「千晴、七奈」
少し離れたところから、悠斗がほうきに乗って私たちのそばへ飛んできた。私たちは目の前の果汁を見て、顔を見合わせた。
「転送魔法!」
私と悠斗は、体の中の魔力を千晴の画杖へと集めた。画杖の軸がほのかに光り、私たちに応えてくれているみたいだった。
「七奈、悠斗、いくよ!」
千晴は画杖を手に、果汁を囲む大きな泡を一つ描いた。
「よ、よ……よかった」
千晴ちゃんはそう言うと、私の背中に寄りかかった。月明かりの下、町の上空には色とりどりの泡が浮かんでいた。
「そうだね、よかった」
そう言った途端、ほうきがかすかに揺れ、それから地面へと落ちていった。私は目を閉じ、千晴ちゃんを両腕でぎゅっと抱きしめた。私も、もう魔力がなくなっちゃったみたいだね……。
予想していた痛みは来なかった。私たちは、エアクッションに受け止められたみたいだった。目を開けると、体の下には柔らかなエアクッションがあった。そばには、もう何人かの住民が立っていた。
私たちが落ちてきたのを見ると、みんなが次々にエアクッションのそばへ寄ってきた。その中には、佐藤さんの姿もあった。
千晴も目を開けた。私たちはそのまま横になって、町の空を見上げた。
「七奈ちゃん」
「うん?」
「泡がはじけるよ」
千晴ちゃんがそう言うと、空に浮かぶ一番大きな泡が、ぽん、と音を立ててはじけた。そこから飛び散ったしぶきは、花火大会の花火とそっくりだった。
悠斗もエアクッションのそばへ飛んできて、私たちが無事なのを見ると、腰を下ろした。私の顔に果汁が数滴落ちてきた。ひんやりと冷たくて、舌でぺろっとなめてみると、ほんのり甘かった。
空では、大きな泡がはじけたあと、ほかの泡も次々にはじけ始めた。無数のしぶきが、夏の花火大会みたいにまぶしく輝いていた。
千晴ちゃんは空の花火を見つめながら私に寄り添い、私の手をぎゅっと握りしめた。




