第10話 町の秘密
夜の通りはしんと静まり返っていた。私たちは坑道のほうへ、こっそり忍び寄った。近くまで来ると、一本の木の後ろに隠れた。坑道から漏れる明かりが、いくつかのテントを照らしていた。
入口では、規制線の後ろにまだ何人かの作業員が集まり、カップを手に何かを飲んでいた。
「えっ、まだここにいたの!?」
千晴ちゃんは手にした画杖を握りしめ、坑道の入口を見ていた。夜風と一緒に千晴ちゃんの髪が頬に触れて、少しひんやりした。
「一日ずっと、ここにいるの? 千晴ちゃん」
「うん。朝なんて、私、追い出されちゃったんだから」
私たちは木の後ろに座り直した。千晴が小さく、ふんっと声を漏らした。
「じゃあ、横から回り込んで入ろう」
悠斗はそう言って立ち上がり、腕を軽く回して、坑道の脇の岩壁を見た。その視線を追うと、そちらの岩壁の辺りは真っ暗だった。魔法を使っても、簡単には見つからなさそうだ。
「それじゃ、行こう。千晴ちゃん、悠斗」
「うん」
◇
私たちは空き地の縁の草むらに沿って、こっそり進んだ。空き地を通り過ぎるとき、草むらがさわさわと鳴った。模様ネズミだと思ってくれたからよかったけど、もう少しで見つかるところだった。
私たちは岩壁に張りついて、小さく息をついていた。岩壁は触るとざらざらしていて、少し手がちくちくした。
「はあ……はあ……危うく見つかるところだった」
悠斗は額の汗を拭いた。さっき草むらに触れてしまったとき、悠斗も私と同じように息を止めていたんだろうな。
「よし、透過で入ろう」
悠斗が魔杖を持ち上げたところで、私はその手を押し下げた。
「えっ、七奈、どうしたの?」
「ここで透過を使ったら、明るすぎて見つかっちゃうよ!」
「うーん……たしかにそうかも」
悠斗は目の前の岩壁を見上げ、また顎に手を添えた。
「あの、私がやってみるね」
千晴は画杖を手に、岩壁にゆっくりと扉の形を描いた。ドアノブを描き終えると、画杖の宝石がほのかに光った。
私はドアノブを回した。石だから重いかと思ったのに、軽く押しただけで扉が開いた。
「えっ! 千晴ちゃん、呪文なしでできるんだ! すごい!」
「そんなことないよ。早く入ろう」
悠斗が最初に飛び込んだ。左右を確かめると、私たちに手招きした。
私は千晴の手を引いて、中へ飛び込んだ。周りの坑道はがらんとしていて、誰もいなかった。深く息を吸うと、前に来たときと同じように、空気が熱かった。
「悠斗、ここには誰もいないのに、どうしてあの人たちは入ってこないの?」
私の言葉を聞くと、悠斗が目の前に来た。
「どうしたの?」
私が尋ねると、悠斗は魔杖で私の頭をこつんとたたいた。
「七奈のところじゃ、人の家に勝手に入ってもいいの?」
「いたたたっ。もちろんだめだよ。そんなことしたら、おまわりさんを呼ぶもん」
「じゃあ、そういうことだよ。ほら、行こう」
私は頭をさすった。悠斗にたたかれても痛くはなかったけど……やっぱり、なんだか悔しい。次は絶対、私がたたき返すんだから!
坑道の入口のほうをちらりと見てから、私は千晴と一緒に悠斗についていった。
◇
前に通った道を進み、また大きな岩の後ろまで来た。作業場では、お父さんと同じくらいの年に見える作業員が何人か、まだ鉄のつるはしを振るっていた。坑道の中には、ガン、ガンという音が響いていた。そばの事務所も、まだ明かりがこうこうとついていた。
「悠斗、先に翔太さんの事務所に入ってみようよ」
「うん」
悠斗はそう言うと、ローブから透明化マントを取り出した。目の前のマントを見て、私はうつむいた。初めて悠斗に会ったあの夜のことが、また頭に浮かんだ……悠斗ったら。
「ん? 七奈は着ないの?」
「着る、着る、着るよ」
透明化マントを着ると、私はつま先立ちで事務所へ向かった。壁にぴったりと身を寄せて、私たちは窓から中をのぞき込んだ。
一人の男の人が、ペンを持って紙に何かを書いていた。男の人は紙を丸めると、脇へ放り投げた。紙くずはちょうどごみ箱の縁に当たり、外へ跳ね返った。
男の人は外に落ちた紙くずを見て、拾い上げると、今度はごみ箱の中へ力いっぱい投げ込んだ。
「どうしてみんな、私の邪魔ばかりするんだ! くそっ!」
男の人の声は、少し離れたところから聞こえるつるはしの音より大きかった。机の上の葉巻をつかむと、勢いよくドアを閉めて出ていった。
「悠斗、今のうちに入ろう」
「うん。千晴、またお願い」
千晴はうなずいて、壁に小さな扉を描いた。
扉を押し開けて中へ入ると、部屋には葉巻の匂いがこもっていた。私は鼻を押さえて、机のそばへ行った。上には、何枚かの白い紙と、買い物リストみたいなものが一枚あるだけだった。
「悠斗、悠斗、これ何?」
悠斗は私のそばへ来ると、買い物リストを手に取って読み始めた。
「ええと――魔法陣、6000コイン。安全ゲート――1000……待って。1、2、3、4……10000000000コイン!?」
「ゼロ、いくつ? 学院ポイントだと、いくらになるの?」
(5000コインで500学院ポイントだから……10000……うう、数えきれない!)
私は頭を振って、もう一度辺りを見回した。机の後ろの隅に、目立たない金庫が置かれていた。
「千晴ちゃん、開けられる?」
「やってみる」
千晴ちゃんはしゃがみ込んで、画杖で小さな窓を描いた。ガラス越しに見ると、金庫の中には古びたノートが一冊あるだけだった。
私は窓を開けて、中からそのノートを取り出した。触ると少しざらざらしていた。何度も開かれてきたみたいで、表紙のつるつるした感じは、少しも残っていなかった。
開いてみて初めて、日記帳だとわかった。千晴と悠斗が私のそばへ寄り、手元の日記帳をのぞき込んだ。
「悠斗、狭いよ」
「先に最後まで読もうよ」
「もう!」
結局、私たちはくっついたまま読み始めた。
(1999年7月11日 いつか絶対にお金をたくさん稼ぐんだ。そうすれば、みんなの力になれる!)
(2003年9月23日 佐藤ちゃんのおばあちゃんが病気になった……病院がすごく遠い)
(2003年12月5日 村の入口には、もうほとんど人がいない……)
……
最後までめくると、そのページには短い言葉がいくつか書かれているだけだった。
(お金を稼ぐ。坑道を整備する。安全扉をつけて、みんなを守る)
最後の言葉を見つめてから、私は窓の外の作業場を見た。
作業員たちは、まだ必死につるはしを振るっていた。作業場から響く一打、一打が、私の心臓をたたいているみたいだった……。
事務所の外の廊下から、たっ、たっ、と足音が聞こえてきた。
「七奈、戻ってきた。早く行こう」
私はうなずいて、日記帳を金庫の中へ戻した。千晴が金庫を軽くたたくと、窓になっていた部分が元どおりに戻った。
私たちが壁際まで来たところで、事務所のドアがゆっくりと開いた。
「悠斗!」
「しっ」




