第6話 見つけた
「ここは作業場だぞ。入口の看板が見えなかったのか!」
先頭のおじさんの怒鳴り声に気づいた女の人が、メガホンを持って、作業場から早足でこちらへ向かってきた。
(しまった、見つかっちゃった)
私たちは岩にぴったりと背中をつけて、目の前のおじさんを見ていた。背中に当たる岩は硬くて、少し熱かった。
先頭のおじさんは私たちを見てから、松本さんに目を向けた。
「松本君、どうしてこんな危ないところに子供たちを連れてきたんだ?」
「すみません。ちょっと見学したかっただけで……」
松本さんは先頭のおじさんに近づき、その胸元へ何かを押し込んだ。
「まったく、気をつけてくれよ」
男の人は胸元のものをポケットへ入れると、さらに奥へ押し込んだ。
「何があったんですか?」
女の人が先頭のおじさんの前まで来た。ときどき、私たちのほうへ目を向けている。
「松本君が、この子たちを見学に連れてきたんです」
女の人は私たちのほうを向いて、眼鏡を押し上げた。
「工事現場は遊園地ではありません。松本さん、子供たちを連れて、ここから出てください」
「すぐ連れて出ます。すぐ連れて出ますから」
松本さんは私たちを手招きしながら、外へ歩き出した。私は作業場を振り返った。
カン、カン、カン――
作業場から、つるはしの音が坑道いっぱいに響き渡っていた。
「でも、あの人たち……」
「七奈、いったん戻ろう」
悠斗は岩の後ろへ向けて魔杖をひと振りすると、私の手を引いて松本さんについていった。
◇
「もう少しで、翔太さんの事務所の近くまで行けたのに」
滝のそばへ戻ると、私はうなだれて、千晴ちゃんの肩に寄りかかった。
「よしよし。また機会があったら、見に行こうね」
千晴ちゃんは私の頭をなでてから、自分のショルダーバッグをぽんぽんとたたいた。
「それに、収穫がなかったわけじゃないでしょ」
「うーん……」
「みんな、もうすぐお昼だし、よかったらご飯をごちそうしようか」
松本さんは悠斗の隣に腰を下ろした。ときどき、私と悠斗の手をじっと見ていた。
「はい……」
松本さんに返事をしようとしたところで、千晴が肩を軽く私に寄せ、松本さんに向かって手を振った。
「七奈、ちょっとお腹が痛いから、先に戻るね」
「えっ、じゃあ、私たちは先に戻りますね、松本さん」
「そうか……それは残念だね」
私は千晴が立ち上がるのを支えた。それから悠斗と二人で千晴を支えながら、宿のほうへ歩き出した。
◇
通りを歩いている間、千晴はときどき、今来たほうを振り返っていた。私も振り返ってみた。通りの敷石が何枚か、少し出っ張っていて、雑貨屋さんからボールが一つ転がり出てきた。
「千晴ちゃん、何を見てるの?」
千晴は、それまでお腹を押さえていた手を離した。
「七奈ちゃん、二人とも、松本さんってちょっと変だと思わない?」
「えっ? いい人だと思うけどな。ご飯もごちそうしてくれようとしてたし」
「七奈、知らない人を簡単に信用しちゃだめって、先生に教わらなかった?」
「それはそうだけど……松本さんは悪い人じゃないと思うよ。悠斗はどう思う?」
「うーん……わからない。でも、あの作業員の人たちをすごく助けたがってるみたいだったね」
「私の考えすぎかな……先にお昼を食べに行こう」
「千晴ちゃん、お腹はもう痛くないの?」
千晴は私の頬を軽くつまんで、目を閉じて笑った。
「もう痛くないよ」
◇
お昼を食べたあと、私たちは午後もずっと町を見て回った。宿に戻るころには、お日さまがもうすぐ沈みそうだった。
部屋のドアを押し開けて、私はソファに座った。手にはまだ、町で買ったアイスクリームを持っていた。
「千晴ちゃんも食べる?」
「いいよ、私も持ってるから」
「でも、私のはいちご味だよ?」
私は手元のアイスクリームを見て、ぺろりとなめた。
「うーん、じゃあ、ちょっとだけ」
千晴はアイスクリームを持ったまま、私の隣に座った。
「こっちはまだなめてないよ」
「うん、いただきます」
千晴ちゃんは、丸いアイスをひと口で全部食べてしまうふりをした。
「少しは残してよ、千晴ちゃん」
「あーん」
千晴はほんの少しだけかじって、笑った。
「もう!」
私たちは二人でソファにもたれ、アイスクリームをなめながら天井を見上げた。
「千晴ちゃん」
「どうしたの?」
「今ごろ、お父さんとお母さんたち、何してるのかな……」
千晴は私を見て、手に持っていたアイスクリームを置いた。
「大変。千晴ちゃん、私たち、まだ家に電話してない!」
「えええっ! どうしよう」
「悠斗に聞いてくる」
私は丸いアイスを一口でぱくっと頬張り、部屋を飛び出した。口の中のアイスは冷たくて、ときどき冷気が外へ漏れた。
(冷たい! 冷たい! 冷たい!)
◇
コン、コン、コン。
「悠斗、悠斗!」
「えっ、えっ、何!?」
「ちょっと用があるの」
「待って!」
部屋の中から、ガタン、ガタンという音がドアの隙間を通して聞こえてきた。ドアが開くと、悠斗は真っ白なTシャツを着ていた。
「どうした、七奈」
「あのね、私と千晴、まだ家に連絡してないんだけど……」
「ああ、そのことか」
悠斗は私の手を引いて、部屋に入った。悠斗の手は熱くて、手のひらは少し湿っていた。
(こんなふうに男の子の部屋に入るなんて……悠斗のばか!)
私は目を覆って、悠斗の部屋に入った。指の隙間からのぞくと、悠斗の服がベッドの上に適当に置かれていて、靴も片方しか見当たらなかった。
「何を見てるの?」
「えっ! な、何も」
悠斗は指の隙間からのぞく私の目を見て、笑った。
「大丈夫だって」
悠斗の後ろには、学院でもらった魔法使いのローブが、丁寧にハンガーに掛けてあった。
(悠斗……学院のこと、大事に思ってるみたいだね)
「これ、二人にあげる」
悠斗はローブから、大きなピンク色の巻き貝を二つ取り出した。中には、音を拾う機械みたいなものが入っていた。
「これ……何?」
「巻き貝の通話器だよ。これがあれば、連絡したい人に電話できるんだ。その人の近くにある電話に、自動でつながるんだよ」
「へえ、不思議……」
悠斗は私の手から巻き貝を一つ取って、中に向かって「森野七奈につないで」と言った。
手元の巻き貝を見下ろすと、中から次々と泡が浮かんできていた。その上には、『風祭悠斗』という文字が浮かんでいた。
「よし。もしもし」
泡がはじけるのと一緒に、悠斗の声が聞こえてきた。
「ほら、こうやって使うんだ」
そう言うと、悠斗は巻き貝をぽんぽんとたたいて、私に渡した。
「すごい。悠斗って、どうして何でも持ってるの? ロボット猫なの?」
「ふふん、もちろん。……って、ロボット猫って何だよ!」
「何でもないよ。えへへ」
学院の院長室で、白川院長が大きなくしゃみをした。
「おかしいな。誰かが私のことを思っているのかな?」
院長は首を振り、魔杖をひと振りして、暖炉の中の寒木を少し減らした。
◇
部屋に戻ると、私と千晴は家に電話をかけた。電話の向こうでは、相変わらずお母さんがあれこれ言っていて、お父さんは「気をつけるんだよ」と言っていた。
でも、お母さんの話では、お兄ちゃんが朝のうちに家へ電話してくれていたらしい。
(お兄ちゃんが、もううまくやってくれてたみたい……)
私は手元の巻き貝を見下ろして、こっそりお兄ちゃんにも電話をかけた。電話の向こうで、お兄ちゃんは、どうして私が電話をかけられるのか不思議がっていた。
その声を聞いて、私は口元を押さえて笑った。
(我慢……お兄ちゃんに聞こえないようにしなくちゃ。あはは)
結局、私は笑い声を漏らしてしまった。私の笑い声を聞いて、お兄ちゃんもつられて笑った。
電話を切ったあと、私たちはお風呂に入って、ベッドに横になった。寝返りを打って見ると、千晴ちゃんはもう眠っているみたいだった。
私は千晴ちゃんの髪に触れて、顔を寄せ、くんと匂いを嗅いだ。
(千晴ちゃんは、やっぱり桃の香りのシャンプーが好きなんだね)
ベッド脇の棚に置いた巻き貝から、悠斗の泡が浮かんできた。
私は巻き貝を持って、そっと洗面所へ入った。
「悠斗、どうしたの?」
「ちょっと俺の部屋に来て」
「えっ? 悠斗、エッチ!」
「違うって。鉱山で動きがあったんだ」
「そういうこと……ちょっと待ってて!」
私はそっと着替えて、悠斗の部屋へ向かった。
◇
「悠斗、何かわかったの?」
悠斗はベッドに座っていた。魔杖の上には、小さな映像が映し出されていた。
私は悠斗の隣に座った。映像の中では、作業員たちがまだつるはしを振るっていて、トロッコには鉱石が山積みになっていた。
「どうやったの?」
「追跡魔法だよ。前に七奈を捜したときも、これを使ったんだ。まさか、あの葉っぱを七奈のお兄さんに捨てられるとは思わなかったけど」
「そういえば、そんなこともあったような……」
「あの……あんまり近づかないで」
悠斗が魔杖を振ると、映像がぱっと大きくなった。
私は右へ少しずれた。映像の中で、作業員の一人が突然地面に倒れた。離れた休憩場所には、何人かの作業員が横になっていた。
「悠斗、あのおじさんたち、危ないよ」
「うん。だから七奈を呼んだんだ。このあと、様子を見に行こう」
「えっ、じゃあ、千晴ちゃんは?」
「千晴は魔法を使えないから、危ないよ。それに、俺たちは魔法使いなんだから」
「それはそうだけど、千晴ちゃんに何も言わないで行くなんてだめだよ。あのときみたいに」
悠斗が私を縛ったまま部屋に残して、一人で飛んでいったときの光景が、また頭に浮かんだ。あんなこと……私は絶対にしないんだから!
でも、千晴は眠ったばかりだし……それに、もし危ないことになったら……。
「千晴には書き置きを残しておけばいいよ。すぐに戻ってくるんだから」
「うん……わ、わかった」
私はそっと部屋へ戻り、バッグから付箋を一枚取り出した。書き終えた付箋を枕に貼ってから、静かに部屋のドアを閉めた。
真っ暗な部屋には、布団の中で小さく丸まった千晴だけが残り、規則正しい寝息が続いていた。




