第2話 アイスクリームジュース!
螺旋階段は、私たちをゆっくりと十一階まで運んだ。だるくなった肩を軽く上下させながら、悠斗のあとについて歩いた。
「悠斗、まだ着かないの?」
「もうすぐ。すぐそこだよ」
顔を上げ、悠斗の指さすほうを見る。部屋のドアには、それぞれ緑色に光るランタンが掛かっていた。
「あの明かりがついてる部屋?」
「うん」
悠斗が手にしたカードを軽くつまむと、部屋のランタンが応えるようにちかちかと光った。
「わあ、すごい!」
足早に悠斗のそばへ行き、その手からカードを一枚取って、何度か押してみた。
「ほんとにちかちかするよ、千晴ちゃん!」
「ほんとだ。蛍みたい」
「もう少しそっと押せよ。壊れたら困るだろ」
「分かってるよ。悠斗じゃないんだから」
「何でそうなるんだよ! もういい、先に荷物を置いてくる」
悠斗はそう言って、カードをドアの取っ手に押し当てた。ドアはエレベーターの扉みたいに、左右に開いた。
私も悠斗のまねをして、カードをドアの取っ手に押し当てた。
ガラッ――。
「千晴ちゃん、私たちも先に荷物を置こう」
「うん」
隣のドアがまた開き、悠斗がちょこんと顔を出した。
「荷物を片づけたら、ご飯を食べに行こう」
「うん」
悠斗が顔を引っ込めると、その隣の部屋では、ちょうど一人の男がカードをドアの取っ手に押し当てていた。男はこちらを見ると、笑顔で手を振った。
一瞬きょとんとしたけれど、私も手を振り返した。
(ここの人たちって、みんな気さくだなあ)
◇
部屋に入ると、ベッドが一つと、木目の見えるテーブルがいくつか置かれていた。
「あー、千晴ちゃん」
リュックをテーブル脇の椅子に放り投げ、ベッドにうつ伏せになって手足を大の字に広げた。
「疲れたあ。肩もすごくだるい」
「まだちょっとしか歩いてないでしょ?」
顔を横に向けると、千晴ちゃんがリュックから荷物をゆっくり取り出し、整理していた。
「千晴ちゃん、画用紙と鉛筆、そんなに持ってきたんだ」
「せっかく七奈ちゃんと魔法の世界に来たんだし、途中の景色を描きたいなって」
「うぅ、今はご飯を食べて、ぐっすり寝たいだけだよ」
「ほら、服を出して掛けておかないと、しわになっちゃうよ」
千晴ちゃんはベッドの端に腰を下ろし、私の肩を軽くもんだ。押されたところがじんとする。
(服、こんなに持ってこなければよかった。私、もっと背を伸ばしたいのに……)
「分かったよー」
コン、コン、コン。
「千晴、七奈、荷物は片づいたか?」
「もうすぐ!」
枕からしぶしぶ頭を上げ、椅子のそばまで歩いていって、ため息をついた。
「もう、悠斗ってどうしてあんなに片づけるのが早いの?」
◇
千晴ちゃんと荷物の整理を終えて部屋を出ると、悠斗は廊下の壁にもたれ、窓の外の景色を眺めていた。
「悠斗、何を見てるの?」
「ここがどうしてこんなに変わったのか、ちょっと気になってただけだよ。行こう」
「うん」
螺旋階段のそばまで来ると、背後でガラッと音がした。振り返ると、悠斗の隣の部屋に泊まっている男が、部屋を出てこちらへ歩いてきた。
「千晴ちゃん、ほら。私たちの近くの部屋の人も出てきたよ」
「今はご飯の時間だし、普通じゃない?」
「そっか!」
悠斗の肩を、とんとんと軽く叩いた。
「悠斗、早く早く! お店が人でいっぱいになっちゃうよ」
「二人の片づけが遅かったからだろ」
下に着くと、悠斗の歩く速さがぐんと上がり、私と千晴ちゃんは後ろに取り残された。急ぎ足の背中を見ながら、うつむいてこっそり笑った。
(悠斗ったら、やっぱり席がなくなるのが心配なんだ)
「悠斗、もう少しゆっくり!」
「さっきは早くって言っただろ!」
「だって、私と千晴ちゃんが追いつけないんだもん」
「もう、知らないからな」
悠斗は振り返って私たちを見ると、外へ歩いていった。千晴ちゃんの手を引き、急いであとを追う。本当に悠斗を怒らせちゃったら困るしね、えへへ。
◇
宿を出ると、夕暮れの光が石畳を黄金色に照らし、通りを歩く人も増えていた。
(涼しくなると、人もけっこう多いんだなあ)
悠斗は私たちを、切り株みたいな形のお店へ連れていった。
ドアを押し開けると、頭の上でリンリンリンと音がした。見上げると、四つ葉のクローバーの飾りがついた風鈴が掛かっていた。
「いらっしゃいませ!」
髪の長いお姉さんに中へ案内され、カウンターに近い席に座った。テーブルは床までひと続きになっていて、下に足を入れる隙間さえなかった。
「悠斗、ここにアイスクリームジュースはあるのかな?」
「大丈夫だよ。前にここで食べたことがあるから。二人は何が食べたい?」
「私は、とんかつみたいなのでいいよ」
「千晴は?」
「うーん、七奈ちゃんと同じので」
「分かった。お姉さん、これを一つと、それから――」
「やったあ!」
目を閉じ、背もたれに軽く寄りかかった。ちょっと硬いけど、もう少しでジュースが飲めるんだ!
リンリンリン――。
同じ服を着た人たちが、お店に入ってきた。
「佐藤さん、今日もいつものを」
その中の男が一人、カウンターに向かって手を振った。
「はーい! お父さん、十人前!」
「はいよ!」
厨房から、よく響く大きな声が返ってきた。
(家族でやってるお店なんだなあ)
リンリンリン。
入口の風鈴がまた鳴った。音のしたほうを見ると、宿で見かけたあの男もお店に入ってきた。
(あれ、どうしてこの人もここで食べるの?)
「拓真、今日は時間があるのか? ほら、座れ座れ」
「時間ができたんだよ。みんなは仕事終わりか?」
「そうなんだよ」
男はその人たちに迎えられ、そちらに腰を下ろした。
「お待たせしました。お料理です」
「ありがとうございます!」
湯気の立つ料理が、何皿かテーブルに並べられた。テーブルの縁に手をかけ、身を乗り出して匂いを嗅いだ。ほんのり焼きりんごの匂いがする。まずくはなさそう。
ほどなく、色とりどりのジュースが入ったグラスも、次々に運ばれてきた。
「「「ありがとうございます!」」」
「千晴ちゃん、千晴ちゃん! これがあの、すごくおいしいジュースだよ」
「えっ、ほんと?」
千晴ちゃんはグラスを手に取り、目の前で眺めていた。
私はグラスを持ち上げ、ごくごくと飲み始めた。ジュースがするすると喉を滑り落ちていく。ぶどうの甘さと、レモンの爽やかさ――最高!
グラスのジュースを飲み干すと、テーブルからもう一杯取り、自分の前に置いた。
「ゆっくり、ゆっくり。まだたくさんあるから」
悠斗はそんな私を見て、仕方なさそうに首を横に振った。
「あと一杯だけ!」
グラスを持ち上げてまた飲み始めると、隣のテーブルの話し声も、ジュースと一緒にするりと入ってきた。
拓真はグラスを高く掲げ、店じゅうの人に聞かせるような声で話していた。
「言わせてもらうけど、翔太はとっくに変わってるんだよ。あと何年かしたら、この町がどうなってるかも分からないぞ!」




