第1話 はじめての町
「悠斗、千晴ちゃん、見て!」
私は列車の窓に顔をくっつけた。氷みたいにひんやりしたガラスの向こうを、色とりどりの雲が流れていく。
(綿あめみたい。甘いのかな……)
「えっ!」
いつの間にか、吐息でガラスがうっすら曇っていた。手のひらで拭って隣を見ると、千晴ちゃんが悠斗の肩に手を置き、窓の外を眺めていた。
「前にテレビで見たアニメみたいだね」
千晴ちゃんはそばのリュックから画用紙を数枚取り出し、窓の外を見ながら、何やら手振りをしていた。
「そろそろアイスクリームの町に着きそうだな」
「悠斗はよく来るの?」
「いや、昔はお祝いの日になると、飲み物を買いに来てただけだよ」
悠斗は片腕を窓辺に預け、指先でテーブルをリズミカルに叩いていた。
(悠斗ったら、きっとまた何か思い出してるんだろうな)
窓の外では雲がゆっくりと上へ流れ、その下から小さな滝の輪郭が見えてきた。
「七奈、千晴、忘れ物しないようにな」
「「うん!」」
やがて列車はゆっくりと高度を下げていった。軽くひと揺れして停まると、ドアが開いた。
◇
そばの手すりにつかまり、列車からひょいと飛び降りて、深く息を吸った。
ホームには時折、かぼちゃの列車が風を巻き起こしながら入ってくる。風にあおられた髪が目元にかかってくすぐったくなり、手で前髪を押さえた。
「ここは小さいころと変わらず、にぎやかだな」
悠斗は片手を腰に当て、少し先を見ていた。その視線を追うと、小さな柱に、ペロペロキャンディーみたいな緑色の円盤がぶら下がっている。
ゴトン、ゴトン、ゴトン。
背後から、また列車がホームに入ってくる音が聞こえた。柱の円盤が、突然赤く変わった。
(あれ、信号みたいだなあ)
「七奈ちゃん、何を見てるの?」
千晴ちゃんが顔を寄せてきた。ほんのりと桃の香りがする髪が、私の頬に触れる。手を上げ、あの赤いペロペロキャンディーを指さした。
「あれ、さっき急に赤くなったの!」
「ええっ、私、そっち見てなかったよ」
千晴ちゃんは私の手をつかみ、ちょっぴりすねたように、とん、とんと小さく足踏みした。私の身体も、千晴ちゃんにつられて軽く弾んだ。
「まずは今夜泊まるところを探そうか」
悠斗は背中のリュックを軽く揺すり、少し先にある出口らしき場所へ足早に歩いていった。
「今行く!」
私は千晴ちゃんの手をつかみ、急いであとを追った。
ゴトン、ゴトン、ゴトン。
背後で、列車が動き出す音が聞こえた。振り返ってあの小さな柱を見ると、大きな円盤はまた緑色のペロペロキャンディーに戻っていた。青りんご味なのかもしれない。
◇
駅を出ると、足元には石畳の道が続いていた。歩くたびに靴がコツコツと音を立て、時折、まばらな通行人とすれ違った。
「悠斗、ここの家はどうして果物の形じゃないの?」
「うーん」
悠斗は顎に手を当てて目を閉じた。
「よく分からないな」
「えっ!? 前に来たことがあるんじゃないの?」
「それもずいぶん昔のことだからな……。うーん……確か、前はここも学院のある町と似たような感じだったと思う」
路地の出口にいた男は、その会話を耳にすると、新聞を持つ手をかすかに震わせた。
三人が目の前を通り過ぎてから、男は新聞を下ろし、遠ざかっていく後ろ姿をじっと見つめた。
「それだけ時間がたってるなら、変わっててもおかしくないよね」
千晴ちゃんが遠くにある大きな建物を指さした。屋上には、大きな時計がついている。
「ちょっとビッグ・ベンに似てるね……千晴ちゃんはどう思う?」
「うん。来る前は、ここも学院の周りみたいな感じだと思ってた」
「町と町がずいぶん離れてるから、雰囲気も違うのかもな。こっちだよ」
悠斗はそう言って私たちを引っ張り、すぐそばの建物へ入った。
「宿屋『四季』へようこそ。ご宿泊ですか?」
「はい。一部屋……いえ、二部屋で、五日間お願いします」
「少々お待ちください」
頭上では、三段になったクリスタルのシャンデリアがロビーの床を照らしていた。足元へ目を落とすと、つるつるとした床に自分の顔がくっきり映っている。
床に映った自分へこっそり手を振り、髪も少し揺らしてみた。
「合計で五千コインになります」
「ねえねえ、悠斗。私たち、お金持ってないよね」
悠斗に身を寄せ、耳元に手を添えて小声で尋ねた。
「大丈夫だよ」
悠斗はそう言って、リュックから自分の学院の徽章を取り出した。
「学院ポイントでお願いします」
「かしこまりました。学院ポイントでしたら、五百ポイントになります」
悠斗は受付の人が差し出した箱に、徽章を軽く押し当てた。
「はい、これで大丈夫です。どうぞごゆっくりお過ごしください」
「悠斗、そんなにたくさんの学院ポイント、どこで手に入れたの?」
「まず上に行こう。上に行ってから話すよ」
悠斗はそう言いながら、私の背中をぐいぐい押し始めた。
「じゃあ、ジュースは!?」
「あとでご飯を食べる時に飲めばいいだろ」
(ああもう、また押してくる! もうすぐアイスクリームジュースが飲めるんだから、我慢してあげるけど。ふん)
「分かった、分かったってば」
千晴ちゃんも笑いながら悠斗の隣に並び、私を押し始めた。
「千晴ちゃんまで……もう!」
「「あははは」」
悠斗と千晴ちゃんは私を押して螺旋階段に乗せると、そばのボタンを軽く押した。
◇
一人の男が、外からロビーへ入ってきた。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「一部屋お願いします。できれば、先ほどの子どもたちの部屋の隣を」
「お客様、当館のスイートルームは、お部屋の割り当てがランダムになっておりまして……」
「あの子たちの保護者なんです。学院が夏休みに入って、遊びに行きたいってずっと騒いでましてね……。それで、こっそりついてきたんです」
男は人のよさそうな笑みを浮かべて頭をかき、受付の人を見た。
「そうでしたか。少々お待ちください……こちらがカードです」
「本当にありがとうございます!」
男は受付に背を向けた。その顔から、笑みがすっと消えた。そばのボタンを押すと、螺旋階段はゆっくりと上がっていった。




