↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、魔法使いを見た!  作者: MorinoNanana
第一部 黄金樹の下の約束
PR
3/50

第2話 信じられない夜

 夜風が頬を撫でていく。月明かりが静かに降り注ぎ、頬を照らしていた。


 下を覗くと、足元には何もない。足をぶらぶらと揺らす。その下には、生まれ育った町が広がっていた。


(……空から見下ろすと、こんな感じなんだ)


「そういえば、君の名前は?」


「森野七奈。どしたの?」


「いや、別に」


 そんな話をしていると、不意に箒がぐらりと大きく傾いた。


 景色が洗濯機の中みたいにぐるぐる回り始める。月と地面がひっくり返った。


「きゃあああああ――!!」


「だ、大丈夫だ! 俺に任せろ!」


「――【安定(スタビライズ)】!」

「――【減速(スロー)】!」

「――【浮遊(フロート)】!」


 悠斗くんは慌てて杖を引き抜き、一気にいくつもの呪文を唱えた。私は箒の柄をぎゅっと握りしめる。


 ところが箒は、腹を立てたみたいにますます激しく揺れ始めた。


「まずい……魔法を使うときは集中しろって、先生に言われてたのに」


「ど、どうするの!?」


「……魔力、使い切ったみたいだ」


「は?」


「私たち……このまま落ちるんじゃないよね?」


「……落ちる」


 悠斗くんが言い終わるより早く、私たちはまっすぐ地面へ落ちていった。ぎゅっと目を閉じる。


(こうなると思ってたよ!)


 ――ドンッ!


 箒が勢いよく地面に叩きつけられた。


(そんなに高くなくてよかった……)


 お尻を押さえながら身を起こす。そこは、小さい頃によく遊びに来ていた小さな公園だった。


 隣では、悠斗くんがフードを押さえながら立ち上がり、二つに折れた箒を見下ろしている。


「悠斗くん、大丈夫?」


「うん」


「よかった。病院まで運ばなきゃいけないかと思ったよ」


「俺、そんなにやわじゃないって……。でも、魔力も切れたし、修復魔法も使えない。ここからは歩いていくしかなさそうだな」


「えっ? お巡りさんに見つかったらどうするの?」


「大丈夫だって」


 そう言って、悠斗くんはローブの内側から二枚の布を取り出した。


「……パジャマ?」


「着れば分かるって」


 受け取った外套を肩から羽織り、袖口をつまんでみた。すべすべしていて、お兄ちゃんに買ってもらったパジャマみたいだ。


 手足を見下ろすと、すっかり見えなくなっていた。


 脚をつねり、手も引っ張ってみる。


 ……痛い。


「『透明化の外套』だよ。ほら、早く来い」


「うん……」


 袖口から手を出してみる。はみ出した数本の指だけが、何もない空中に浮かんで見えた。


 小走りで悠斗くんのあとを追っていると、向こうから巡回中の警察官が二人歩いてきた。


「か、隠れなきゃ!」


「顔をつかむなよ、七奈!」


 私は慌てて悠斗くんをつかみ、そのまま一気に電柱の陰へ飛び込んだ。


「……あのさ、俺たち、今は透明なんだよな?」


 顔が熱くなり、悠斗くんから手を離した。


 警察官が遠ざかってから、何事もなかったふりをしてフードを外し、目の前の悠斗くんを見た。


「あの……ごめん。ところで、その主任ってどこにいるの?」


「魔法学院の中だ」


「……ってことは、私たち、魔法世界に行くの!?」


「ああ」


 足が止まった。


 お城に、巨大なドラゴン。それに、大勢の魔法使いが集まる神秘的な街並み。頭の中に次々と浮かんでくる。


 悠斗くんはため息をつき、額を押さえた。


「……また主任に怒られるんだろうな」


 しばらく歩いたあと、商店街の突き当たりで、ひっそりとした路地へ曲がった。


 その奥では、一軒の古びた時計屋がぽつんと店を開けていた。紙灯籠の淡い光が、夜道を照らしている。


「時計屋さん?」


「ここだよ」


「魔法世界の入口なら、もっとこう……古い神殿とか、秘密の洞窟とかじゃないの?」


「そんな場所、目立ちすぎるだろ」


 コンコンコン。


「悠斗、今日は女の子も連れてきたのかい?」


 店の奥から、優しい女の人の声が聞こえてきた。


(扉を叩いただけなのに、私がいるって分かったの?)


 扉がゆっくりと開き、穏やかな笑みを浮かべたおばさんが姿を現した。


「夕真さん、今日、買い物に行ったとき、その……」


「まったく、本当にそそっかしい子ねぇ」


 夕真おばさんが片手をひょいと振った。


 すると、私たちの透明化の外套が、布団をめくるみたいにふわりと取り払われた。


「お入りなさい」


「えっ!? どうして私たちが見えるの!?」


「お嬢ちゃん、魔力までは隠せないのよ」


「そうなんだ……」


(魔法って、ほんと複雑)


「あら?」


 夕真おばさんは私の腕に目を落とし、私が抱いているうさぎさんを優しく撫でた。


 その瞬間、彼女の手がほんのわずかに止まる。


 けれど、すぐに先ほどまでの笑顔に戻り、うさぎさんの小さな手をそっと握った。


「かわいいわね」


 うさぎさんを抱く腕に少し力を込め、夕真おばさんのあとについて店の奥へ進んだ。


 廊下の壁には、たくさんの油絵が飾られていた。城や森、海岸――どれも精緻に描かれている。


 けれど、その中に一枚だけ特別な絵があった。


 空を覆い尽くすほどの巨木。その枝には、果実のような家々が鈴なりにぶら下がっていた。


「七奈」


「ん?」


「俺の手をつかめ」


 悠斗くんが杖の先で、空中に奇妙な模様を描いた。


 次の瞬間、身体がふわりと宙に浮かび上がる。


「きゃっ!?」


 周りの景色がぐにゃりと歪んだ。掃除機に吸い込まれるみたいに、身体が絵の中へ引っ張られていく。


 外から、夕真おばさんの声がかすかに聞こえた。


「まったく……また面倒をかけて……」


 ◇


 次の瞬間、私たちは絵の中から放り出され、勢いよく地面に叩きつけられた。


「いたたたた……」


「ご、ごめん……」


 私は腰をさすりながら立ち上がる。悠斗くんも帽子を斜めにずらしたまま起き上がった。


「なんでまた落ちるの――!?」


「まあ……着いたんだから成功だろ」


「全然成功じゃないよ!?」


(この人、絶対また失敗したじゃん!)


 辺りには、見たこともない奇妙な小ぶりの木がいくつも植えられていた。木のそばに寄り、背伸びをして手を伸ばしてみる。私の三、四倍くらいの高さはありそうだ。


 赤に青、黄色に紫。木々には色とりどりの果実が実っていた。


 でも……いくらなんでも大きすぎない!?


 果実は、木の幹よりもずっと大きい。


 枝はその重さに耐えきれず、地面すれすれまでしなっていた。そこから巨大な提灯みたいな果実が、いくつもぶら下がっている。


「悠斗くん」


「ん?」


「魔法使いって、普段こんなに大きな果物を育ててるの……?」


 すぐそばで、ガチャリと音がした。


 巨大な果実の側面にあるドアが滑り開き、買い物袋を提げたおばさんが中から出てきた。そのまま、ゴミ袋を隣に置かれた提灯のような容器へ放り込む。


 鼻をつく嫌な臭いがした。


(……ゴミ箱?)


 おばさんは手をぱんぱんと払うと、再び果実の中へ戻った。ぱたん、とドアが閉まる。


「今……果物の中から人が出てきたよね……!?」


「あれは家だよ」


(私が想像してたお城は!? ドラゴンは!? 中世みたいな街並みは!? 想像してた魔法世界と全っ然違うんだけど――!!)


「おかしいな。今回は住宅街に直接転移したのか」


「今回?」


「……えっ? い、いや、何でもない」


 悠斗くんをじっと見た。


 絶対、嘘ついてる。


「ほ、ほら、あっち見ろよ!」


 悠斗くんが慌てて私の背後を指差した。


 振り返ると――雲を突き抜けるほどの巨木がそびえ立っていた。


 幹は山みたいに太く、枝は雲の彼方まで伸びている。果実のような家々が鈴なりにぶら下がり、蔓と枝が複雑に絡み合って、まるで空に浮かぶ城みたいだった。


「……あれは?」


「魔法学院だ。先に主任のところへ行こう」


「その前に、ここを見て回りたい!」


 私は住宅街の小道へ駆け出した。背後から、悠斗くんの「だめだって!」という声が追いかけてくる。


 道の両側には、長い茎を伸ばした植物が並んでいた。その先に咲いた巨大な花が柔らかな光を放ち、夜道を照らしている。


 悠斗くんは諦めたように、仕方なさそうに後ろからついてきた。


「これ、街灯なの? すごくきれい……」


「ああ」


 魔法世界って、果実と花に包まれてるんだ。


「もう気が済んだか? そろそろ学院へ行くぞ」


「はーい」


 悠斗くんに連れられて広場へ出ると、中央には金色の光を放つ黄金樹が立っていた。


 散歩をする親子、屋台を引く商人、ベンチでお喋りする人たち。賑やかな声が夜風に乗って届いてくる。


(魔法世界って、こういうところなんだ……。私たちの町と、そんなに変わらないんだね)


 少し離れたところから、小さなボールがころころと足元へ転がってきた。


 拾い上げ、屈んで小さな男の子に手渡す。ついでに頭も撫でてあげた。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


「どういたしまして!」


「ほら、もう行くぞ」


 ようやく、私たちは魔法学院のある巨木の根元に辿り着いた。


 見上げた瞬間、思わず息を呑む。


 生い茂った枝葉が空の大半を覆い尽くし、太い蔓が橋のように枝と枝をつないでいた。ときおり、生徒たちが箒に乗って飛び交っている。


「ここが魔法学院……どうやって上るの?」


「見てろって」


 悠斗くんはにやりと笑い、杖を取り出すと、巨木の幹をこつこつと二度叩いた。


 ――ドン。


 上空から、一本の太い蔓が蛇のようにゆっくりと降りてきた。


 私たちの足元まで届くと、大きな葉が幾重にも重なり、天然の緑のエレベーターみたいに広がった。


「すごい……!」


 悠斗くんが先に腰を下ろし、私へ手を差し伸べた。風が吹くたび、葉がさらさらと擦れ合っている。


「魔法学院へようこそ、七奈」


 ごくりと唾を飲み込み、その手を握って葉の上へ足を踏み出した。


 足の裏に柔らかな感触が伝わってきた。やがて、葉はゆっくりと上昇し始めた。


 見上げると、蔓は雲の彼方まで、どこまでも続いている。


「あの……もし今、『家に帰りたい』って言ったら……」


「だーめ」


 悠斗くんが言い終わると同時に、地面がものすごい速さで遠ざかっていく!


「もう少しゆっくり、悠斗くん!」


 蔓のエレベーターは、私の叫ぶ声を乗せて夜空の果てへと駆け上がっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。