表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、魔法使いを見た!  作者: MorinoNanana
第一部 黄金樹の下の約束
PR
17/30

第16話 秘密を分け合う日

「七奈、起きなさーい」


 階段を上がってくる足音と一緒に、お母さんの声が耳へ届いた。寝返りを打ち、布団を耳まで引き上げる。


 ガラッ――。


「あら、もう起きてるの?」


 お母さんは私の部屋を覗き込んだ。中に誰もいないことに気づくと、今度は隣にあるお兄ちゃんの部屋へ向かう。


「悠真、七奈が……あら?」


 扉の向こうでは、私とお兄ちゃんが一枚の布団に並んで眠っていた。


「七奈、またお兄ちゃんの部屋で寝たの?」


「うぅ……昨日はどうしても眠れなかったんだもん……」


 布団を頭の上まで引き上げ、身体をすっぽりと隠す。


「まったく。早く起きて、朝ご飯を食べなさい」


 お母さんは困ったように笑い、肩をすくめた。


「はーい」


「ふわぁ……七奈、ちゃんと起きろよ。俺は先に歯を磨いてくるからな」


 お兄ちゃんは大きなあくびをしながら布団を勢いよくめくり、部屋を出ていった。朝日が差し込む部屋では、カーテンが風を受けて揺れていた。


 一階から、お父さんが玄関へ向かう足音が聞こえてきた。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 お母さんの優しい声と、玄関の扉が閉まる音が、静かな朝の家に響いた。


(……あと五分だけ寝よう)


 ◇


「行ってきまーす!」


「気をつけてね」


 お母さんの声に送り出され、学校へ向かう道を歩き始めた。


 空を仰ぐ。電線の向こうには、どこまでも続く青空が広がっていた。


 昼間に箒へ乗って、あの空を飛べたら、きっとすっごく気持ちいいよね。でも、日焼け止めはちゃんと塗っておかなくちゃ。へへっ。


「七奈ちゃーん!」


 前方から千晴ちゃんの声が聞こえた。空から目を戻すと、千晴ちゃんがこちらへ大きく手を振っている。


「千晴ちゃん、おはよう! 今日も相変わらず早いね」


「そんなことないよ。朝ご飯を早く食べ終わっただけ」


「ふふっ、それだけ?」


「それだけ!」


 顔を見合わせて笑い、他愛のない話をしながら校門をくぐった。


 ◇


 キーンコーンカーンコーン――。


 昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴った。私と千晴ちゃんはお弁当箱を抱え、階段の踊り場に並んで腰を下ろす。


「七奈ちゃん、これあげる」


 千晴ちゃんは自分のお弁当箱からエビの天ぷらを一つつまみ、私のお弁当箱へ入れてくれた。


「えっ? 千晴ちゃんは食べないの?」


「最近ちょっと食べすぎちゃって。少し控えようかなって」


 千晴ちゃんが照れくさそうに笑う。代わりに、私も厚焼き玉子を一つつまみ、千晴ちゃんのお弁当箱へ入れた。


「じゃあ、これあげる」


「ありがとう」


 階段の踊り場に、二人の笑い声が柔らかく響いた。


「七奈ちゃん、今日も放課後は魔法学院に行くの?」


「うん。今日も柚乃先生に飛行術を鍛えてもらうんだ」


「柚乃先生って、どんな人なの?」


「魔法を教えてくれる先生だよ。普段はすっごく可愛いのに、授業が始まると急に厳しくなるんだから」


「ふふっ、可愛らしい先生なんだね」


「可愛いけど、すっごく怖いよ……」


 箸でお弁当箱のご飯をつつき、そのまま一口分をつまんで口へ運ぶ。


 千晴ちゃんは口元を押さえて笑いながら、箸を持っていない方の手で私の肩を軽く叩いた。


「あのね、千晴ちゃん。今度、一緒に魔法の世界を見に行かない?」


「えっ? 先生たちに怒られたりしないの?」


「誰にも迷惑をかけなければ、たぶん大丈夫だよ。へへっ」


「でも、危なくない? この前話してくれた悪い人って、すごく強いんでしょ?」


「学院の近くを見て回るだけなら大丈夫だよ。巡回員さんたちもいるから」


「本当に?」


「本当!」


「それなら、七奈ちゃんが迷子にならないように、私がちゃんとついていかなくちゃね」


「もう、千晴ちゃんの方こそ、私から離れちゃダメなんだから」


 お弁当箱を膝の上へ置き、千晴ちゃんの方へ身を寄せる。そのまま脇腹へ手を伸ばし、指先でくすぐった。


「あははっ! 七奈ちゃん、やめて! お弁当がこぼれちゃう!」


 ◇


 あっという間に土曜日がやってきた。


 朝早く家を出て、今ではほとんど使われていない古い体育用具室へ向かう。到着した頃には、千晴ちゃんがすでに扉の前で待っていた。


 顔を見合わせて笑い、一緒に体育用具室の中へ入る。


 魔杖を取り出し、空中に四角い門の形を描いた。


 ――【転移門ポータル】。


 心の中で唱えると、淡い光をまとった扉が目の前に現れた。


 千晴ちゃんへ顔を向ける。彼女は片手を胸元へ置き、一歩だけ後ずさっていた。


「千晴ちゃん、大丈夫?」


「だ、大丈夫。でも、こんなに近くで見ると、やっぱりちょっと怖いかも……」


「平気だよ。私の手につかまって」


 首を傾げて笑い、手を差し出した。


 千晴ちゃんは私の顔と手を交互に見たあと、一歩前へ出て、そっと握り返してくれた。その手はぽかぽかと温かい。


 手をつないだまま、二人で転移門の中へ足を踏み入れた。


 ◇


「千晴ちゃん、もう着いたよ」


 呼びかけても、千晴ちゃんはまだ私の手を強く握っていた。やがて、おそるおそる片目を開く。


「わぁ……! 本当に果物でできた家がある……!」


 目を大きく見開き、周囲に並ぶ不思議な建物を見回している。


「あれは普通の家だよ。ほら、あっちにあるのが、この町の街灯」


 道の両側に咲く、花の形をした街灯を指差した。


「夜になるとね、花が眠るみたいに頭を下げて、優しい光を放つんだよ」


「すごい……本当に童話の絵本の中みたい」


 千晴ちゃんを連れて広場を歩く。目を輝かせながら辺りを見回す姿がおかしくて、小さく笑った。


 初めてここへ来た時の私も、千晴ちゃんと同じような顔をしてたのかな。


 歩いているうちに、いつの間にかジュース屋の前まで来ていた。


 ◇


「おじさん、おはよう!」


「おお、お嬢ちゃん。また来たのか。おや、隣のお友達は?」


 ジュース屋のおじさんは、千晴ちゃんを見るなり目を丸くした。


「私の親友の千晴ちゃん!」


「おじさん、私、このあと授業があるの。戻ってくるまで、千晴ちゃんをここで待たせてもらってもいい?」


 胸元で両手を合わせ、目を大きく開いておじさんを見上げる。おじさんは私と千晴ちゃんを交互に見た。


「うーん。前にあれだけたくさんのキノコ樽を運んでもらったからな。あの時のお礼ってことにしておくか」


 おじさんは悪戯っぽく片目をつむり、人差し指を左右に振った。


「ただし、店が忙しくなったら面倒を見てやれないからな!」


「大丈夫です。七奈ちゃんは授業に行ってきて。私、ここでおじさんのお店を手伝えるから」


「千晴ちゃん……ありがとう!」


「ほらほら、遅刻しないうちに行った方がいいぞ」


「それじゃあ、行ってくるね! 千晴ちゃん、またあとで! おじさんも、またあとで!」


 学院へ向かって駆け出す。


「行ってきまーす!」


 振り返ると、おじさんと千晴ちゃんが笑顔で大きく手を振ってくれていた。


 私が学院へ走り去ったあと、千晴ちゃんは遠くにそびえる巨木を仰いだ。


「あの、向こうに見える大きな木そのものが、魔法学院なんですか?」


 おじさんも学院を仰ぎ、両手を腰に当てた。


「ああ。あの大樹そのものが魔法学院だ。ここへ植えられてから、もう数え切れないほどの歳月が流れている」


「そうなんですね……」


 千晴ちゃんはもう一度学院を見上げ、小さく息を吐いた。


「……あっ、そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね。私は――」


 その先の言葉は、学院へ向かって走る私の耳には、もう届かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ