第11話 魔法少女の秘密
「悠斗、あの人って学院長なの?」
「うん。昔パパとママによくここに連れてこられたんだ」
「えぇ、なんで?」
「よく分かんないや。でも二人の顔を見る限り、すごく大事な場所だったみたい」
「そうなんだ……」
学院長って、本当はいくつなんだろう? 見た目は藤代先生やお兄ちゃんと同じくらいなのに。もしかして魔法で若返ってるとか!?
自分の頬をぷにっと摘んでみる。痛い。
「何考えてんだ?」
「なんでもないよ! ほら、早く南の森に行こ!」
「それ、俺が言うセリフだろ」
「なによー!」
手を伸ばして悠斗の耳をつかもうとする。でも今度はひょいっと身をかわされてしまった。
「つかまえられなーい、ハハハっ!」
「くそーっ!」
気づけば、私たちは南の森の入り口に立っていた。
巨大な木々が空へ伸び、昼間なのに木陰の下は驚くほど涼しかった。
見上げると、手をかざさなくても枝葉の隙間から陽の光が漏れているのが見えた。
目の前の森を見つめ、私は後ずさりして悠斗の服の裾をギュッと掴んだ。
「あの……ゴブリンとか出ないよね?」
「ここは異世界ラノベじゃないって」
「だって気になるんだもん!」
「じゃ、俺先に行くからな」
悠斗が森へ踏み出そうとする。目の前の少年を見つめる私の足は、まるで鉛でも流し込まれたみたいに動かない。
悠斗は振り向くと、小さくため息をついて戻ってきて、そっと私の手を握ってくれた。
その手はさっきと同じように、ポカポカと温かかった。
「えっ……?」
「怖いなら、俺から離れるな」
「こ、怖がってなんてないもん!」
大きく深呼吸をして、彼の手に引かれながら森へと足を踏み入れた。枝葉が幾重にも重なり、空を完全に覆い隠している。
辺りは黄昏のように昏く、足元では巨木の根がまるで大蛇のようにうねり、地面を這っていた。
木の根を登るとき、表面は近所の古い木の階段みたいにゴツゴツしていた。
「足元、気をつけろよ」
「ハァ……ハァ……もう二度と運動なんてしないから……っ!」
根っこを乗り越えると、私は限界を迎えてそのままペタンとお尻をついた。
額から滑り落ちる汗の粒が頬を濡らし、ムズムズと痒い。
「こっちの木って……なんでこんなに大きいの?」
「俺たちの世界じゃ普通だよ」
「昔、誰かが『魔豆の種』をそっちの世界に持ち出したらしいんだ」
「えっ?」
「そのあと豆のツルが天まで伸びて、大騒ぎになったんだって」
「それって……!」
「そう。お前たちの世界でいう『ジャックと豆の木』の話」
「うそぉ……! 本当にあった出来事なの?」
「まあな。目撃者が多すぎて隠しきれなかったらしい。だからそっちの世界では童話ってことにしたんだってさ」
「すごーい……」
もし本当の話なら、ツルを登っていけば雲の上にいけるのかな。ううん、でも飛行機にぶつかったらどうしよう……。
「ねぇ、ジャックはその後も、本に書かれている通りになったの?」
「教えなーい」
「ケチ!」
「学院長から聞いたけど、昔小さな女の子のために水晶の靴とカボチャの馬車を出してあげた魔法使いもいたらしいぞ」
「待って待って!」私は目を丸くした。「それってシンデレラじゃん!?」
「ってことは、王子様も本当にいたんだ……」
梢から漏れる光を見上げ、目を閉じる。王子様、舞踏会、そして綺麗なドレス。ダンスは踊れないけれど、王子様と踊れたら素敵だな。
◇
少し休んだ後、再び森の奥へ進んだ。やがてサラサラと涼やかな水音が聞こえてくる。数歩進むと、静かに流れる小川が現れた。
「わぁ、小川!」
「橋はないの?」
「そんなの必要ねぇよ。任せとけ」
「——バブル!」
魔杖の先から光が放たれ、大きな泡が私たちの目の前に浮かび上がった。鼻を近づけて嗅いでみたけれど、石鹸の匂いはしない。
「わぁ、かわいい!」
ゆらゆらと揺れる泡の横へ悠斗が身軽に飛び乗った。泡はそのまま水面へと降り立つ——
ぽよん。ぽよん。ぽよん。
まるでトランポリンみたいに水の上を跳ねながら進んでいく。
「すごーい! 私もやる!」
「——【バブル】!」
桜色の綺麗な泡が現れた。悠斗のより少し小さめだけど、飛び乗ってみるとまるで水風船の上に座っているみたい。
「かわいい……! 行くよー!」
悠斗は振り向くと、泡を操ってカエルみたいに水面を跳ね始めた。
「待ちなさいよー!」
「やーだねー!」
悠斗はあっかんべーをして、泡のスピードをぐんと上げた。
「もうっ!」
泡の上でバランスを取りながら、まるで遊園地の遊具に乗っている気分で彼の背中を追う。
「七奈、遅いぞー!」
悠斗が振り返って鬼の首をとったような顔をした。その瞬間、川底に沈んでいた流木の枝が、針のように彼の泡を突き刺した。
パチン!と弾け、悠斗の泡がシャボン玉みたいに消え去る。
少年の体が一瞬空中にとどまり——ドッボーーーン!!と噴水みたいな水しぶきを上げ、小川へ没した。
「えぇっ!? 大丈夫、悠斗!?」
水面から顔を出した悠斗は、髪がワカメみたいに湿っぽく顔にへばりつき、全身びしょ濡れだった。
「ハハハハハ! ざまあみろー!」
私は泡を操ってその枝をひょいっと避けると、水の中の悠斗へ手を差し伸べた。「ほら、手貸して。乗せてあげる!」
悠斗は私の泡と私を交互に見つめ、最後にその手を掴んだ。
彼の手はひんやり冷たくて、なんだかボディソープを塗ったみたいにすべすべしていた。
「くそっ、あの枝め……!」
「あはは、油断するからでしょ」
二人乗りになった泡は、ぽよん、ぽよんと小川を流れていく。
「あそこだ」
後ろから悠斗が岸辺の一角を指差した。泡を岸に寄せて地面へジャンプ。「——【散】」の掛け声とともに、泡は光の粒となって消えた。
振り返ると、悠斗はまだビショビショだ。
「悠斗、あなた……くすっ、大丈夫?」
「笑うなよ」
悠斗はそっぽを向くと、魔杖を構えた。「——【ドライ】!」服から一瞬で白煙が立ち上り、あっという間に乾いていく。
「すごーい……」
悠斗の服を触ってみる。洗った服が一瞬で乾くなら、夜に服を乾かしてお母さんにお洗濯を褒められるミッションも楽勝じゃん。
「行くぞ。キノコ精霊はたぶんあっちの大木の下だ」
「うん、分かった!」
悠斗の後を追って歩く。しばらく進むと、あたり一面がしっとりとした青苔に覆われた場所に出た。歩くたびに靴底がすべすべして、スーパーの床みたいだ。
突然、脇の草むらがガサッと揺れた。
「ひゃっ!?」
肩を跳ねさせ、悠斗の背中に隠れてひょっこり顔を出す。悠斗は息を殺して慎重に草むらに近づき、草をかき分けた。
そこには、丸々とした生き物がぽつんと座っていた。
お腹はポコッと膨らんでいて、尾っぽはリスみたいにフサフサ。体の真ん中には渦巻き模様が描かれている。
ポッチャマ……いや、昔テレビで見たポケモンのニョロゾみたいな雰囲気だけど、見た目はネズミに近く、毛色は茶色だった。
「……かわいい」
悠斗はほっと胸を撫でおろした。
「なんだ、シマモヨウネズミか」
「シマモヨウネズミ?」
「ああ。でも昼間にここにいるなんて珍しいな」
私は悠斗の後ろから出てきて、かがんでシマモヨウネズミを見つめた。つぶらな黒い瞳。
目が合った瞬間、そそくさと草むらの奥へ逃げ去ってしまった。
「あーあ、まだ見足りなかったのに……」
「ほら、急ぐぞ。もうすぐだ」
「はーい」
元の道に戻り、森の深部へ。やがて巨大な古木が現れた。根元にはドーム状に口を開けた、ちょっと薄気味悪い樹洞があった。
「——【スターライト】!」悠斗が魔杖を掲げると、小さな星がふわりと現れてくるくる回り出す。
「わぁ、お星様! 私もやる!」
「——【スターライト】!」
……しーん。
期待に反して何も起こらない。
「授業真面目に聞いてないからだろ」
「もう、うるさいなぁ……っ!」
頬を膨らませて魔杖を仕舞い、悠斗の服の端を掴んで中へ。樹洞の中は湿っぽく、時折天井から水滴がポトリと落ちてきてひんやりする。
隅っこでは小さなキノコ精霊たちが身を寄せ合っていた。
「お邪魔します。キノコ樽を少し分けてもらえないかな?」
悠斗が丁寧におじぎをする。目の前のキノコ精霊は、子猫くらいの大きさをした、丸々としたシイタケみたいだった。
この子たちが脱ぎ捨てた殻だから、キノコ樽もあんなに美味しかったのかな。
そう考えると、妙に納得できる。
「グゥ……グゥ……グゥ……」
何か話し合っているみたいだけど、一言も分からない。
「なるほど、分かった」
「えっ? 悠斗、あの子たちの言葉わかるの?」
「全然」
「えぇー!?」
「でも傘を作ってやれば大抵解決するんだよ。こういうの慣れてるし」
「そ、そうなの……?」
首を傾げながら見ていると、悠斗は大きな落ち葉を集め始めた。「キノコ精霊は直射日光に弱いんだ。だから日よけの傘がいるんだよ」
「私たちの世界のキノコと一緒だね」
悠斗の腕には葉っぱがどっさり。慌てて手伝う。最初は軽かったけれど、量が増えるにつれて、腕へずっしりと重みがかかった。
文化祭で使う画用紙くらい重いな……
「あの……これどうするの?」
「地面に置け」
悠斗が魔杖を向ける。「——【アンブレラ】!」
葉がふわっと宙に舞い、積木みたいに組み合わさっていく。数秒後、緑色の葉っぱの傘が完成した。
「わぁ……!」
「よし、届けるぞ」
悠斗が傘を運ぶと、キノコ精霊たちは「ググッ!! ググッ!!」と土の上で大跳ね。跳ねた泥粒が脚に当たってチクチク痒い。
奥から十数個のキノコ樽をコロコロと転がしてきてくれた。
「うわぁ……! こんなにいっぱい!」
「ありがとうございます!」
「グゥ……グゥ……」嬉しそうだけど、相変わらず一言も分からないや。
来た道を引き返し、急いで学院へ。今回は悠斗もピンクの泡に同乗している。両手いっぱいに樽キノコを抱えているからだ。
「ねぇ悠斗。そういえばあの時、黄金樹の下にいた変な人って誰だったの?」
「俺もよく知らない。ただ、莫大な魔力を手に入れるために侵入したらしいって院長先生が言ってた」
「そんな魔力集めて、何するつもりなんだろう……」
「さあな。院長先生なら何か知ってるかもだけど」
「そっか……」
「おい七奈!! 前! 前見ろーーっ!!」
「えっ?」
慌てて前を見ると、小川の真ん中に大きな岩がどっしり。泡はそこへ一直線!
「きゃああああああーー!!」
——ドッボーーーーン!!
森に今日一番の水しぶきが上がった。
西日のやわらかな光が黄金樹の広場を包む。樽キノコを抱えた私と悠斗は、ヘトヘトになって屋台へ戻ってきた。
「今度からは……絶対に学院単位稼ぐぞ……」
「おぉ! こんなに採ってきてくれたのか!」
「フッ、当然だろ。なんたってこの俺が——」
「はいはい! これだけあれば十分だ! ご褒美に特製ジュースをご馳走してやるよ!」
おじさんは木製ジューサーをガコンガコンと動かす。ガコンガコンとともに、冷えたジュースが手渡された。
二人で顔を見合わせ、「「いただきます!」」
今回のジュースは前よりずっと甘くて、飲み干したあとコップをガリッとかじった。ソフトクリームのコーンみたいに美味しい!
「「ごちそうさまでした!」」
夕日を見送り、ポータルを開いて体育用具室へ。
「ふぅ……」
ドアノブに手をかける。冷たい触感。
ギィ……。
ドアを開けた瞬間——
「……七奈ちゃん」
「えっ?」
顔を上げると、そこには千晴がぽつんと立っていた。私をじっと見つめている。
「七奈ちゃん……
——本当は『魔法少女』、なんだよね?」
私の肩がピクッと跳ね、手でスカートの裾をギュッと握りしめた。
「——えっ?」




