試験結果
15.試験結果
「開始っ!」
審判が模擬戦開始を合図する……が……二人に動きはない。今度の相手の剣士も甲冑の胴巻きだけで兜も手甲も足帯もなしで、下は袴を着用しなんと草鞋を履いているようだ。今回もエミリアが攻撃できる範囲は非常に狭い。
エミリアと対戦相手の剣士の距離はおよそ十間……近距離の剣士の間合いでもなければ遠距離の弓使いの間合いともいえない……どっちつかずの間合いで二人は対峙したままじっと動かない……。
剣士は右手を左腰の剣の柄に当て両足を広げ腰を深く落とし、今にも剣を抜き駆けだしていきそうな構えを見せてはいるが、その姿勢のままじっとしている。
対するエミリアはというと……両脇にアルルとぺリルを従えたまま、弓に矢をつがえるそぶりは見せてはいるものの未だ弓を構えず、更に相棒らに何ら指示も与えずじっと相手の出方を窺っている様子だ。
(ううむ……)
巧は悩んでいた……ここで行けっ!と檄を飛ばすことが、果たして作戦指示に当たらないかという疑念があるため、声をかけるにかけられないのだ……
対戦相手は草鞋履きの利点を生かし、足の指先の動きだけで姿勢を崩さずじりじりとエミリアとの距離を詰めていっている様子……ほんの一寸くらいずつの動き……横から見れば徐々に距離が縮まっていくのは感じられるが、正対しているエミリアはどうか……分かっているのかどうか心配だが、下手にそれを教えてしまったらその時点で巧もエミリアも失格となるからできない。
恐らく対戦相手の狙いは安易に仕掛けずに間合いを取り戦いを長引かせ、蝋燭が燃え尽きる寸前に一本もぎ取ろうという作戦であろう……それまでにある程度まで距離を詰めて置いて、捨て身で遮二無二突っ込んで行くはずだ……蝋燭の炎が四分の一ほど燃えているにもかかわらず、二人に動きは一切感じられず膠着状態が続いている……。
(ううむ……)
蝋燭が半分ほどになった時点でエミリアに動きが……スローモーションというよりコマ送り程度の本当にゆっくりとした動きで矢をつがえ弓を体の正面に持って行きようやく構えた……この間に蝋燭が残り四分の一程になっているのではないかと思えるくらいにゆっくりと……だがその間にも剣士はじりじりとにじり寄っていく……。
「痛っ!」
突然剣士が叫び左足へ視線を落とすと……そこには真っ黒い影がうごめいていた……
「一本っ!」
視線を落とした瞬間にエミリアは矢を射かけて剣士の甲冑の胸元へ……エミリアの一本先取だ。
剣士がじりじりと間を詰めていた間……ようやく弓を構えただけと見えていたエミリアだったが、実はアルルが匍匐前進よろしく身を低くしたままじわじわと距離を詰め、五間ほどの位置まで進んでいたようだ。エミリアの動作に気をとられ、巧ですら全く気が付いていなかった……なぜなら模擬戦開始後エミリアは何ら指示を出してはいなかったからだ。
勝手にアルルが自己判断で行動したとは到底考えられないので、恐らくは模擬戦が始まる前にエミリアが言い聞かせていたのだろうと推察される。
「戻れっ!」
エミリアが命じるとアルルは嬉しそうにエミリアの元へと駆け寄っていく……
「では二本目……開始っ!」
剣士が十間ほどの距離まで戻った時点で、審判が開始の合図を発した。
と、同時に剣士は剣を抜き猛烈ダッシュ……一直線にエミリアの下へと駆け寄っていく。これにはエミリアも予想外だったのか、矢をつがえる間がなく……
「アルっ、右足っ、噛めっ!」「ペルっ、防御!」
すぐさま相棒に指示を出す……だが剣士は左手で魔道具を操作して飛び出すアルルの眼前を狙い火弾を発射……アルルは身がすくんで出足が止まる。
それでもエミリアはその間に体勢を立て直し矢をつがえ連射……剣士は至近距離をものともせずに右手だけで剣で矢をはらいながら速度を緩めず突っ込んでくる……すかさずぺリルが迎撃体制へと入るがその眼前にも火弾を発射……剣士は視線をエミリアと合わせたままでも、アルルやぺリルの動きを見通せている様子。
間合いを詰め剣士が低い体勢から思い切り大上段に振りかぶった瞬間……エミリアの胸元の魔道具から火弾が発せられ剣士の甲冑の胴巻きの真ん中に命中した。
「一本っ、それまでっ!」
審判が模擬戦終了を告げた。
「それではっ、模擬戦含めた評価点の審査を行いますので、受験者の皆さまは一旦控室へお戻り願います。」
審査員に促され、巧とエミリアは控室へと戻った。
「あれはどうやったんだ?まさかアルルが勝手に相手の下へとじわじわ進んで行ったわけじゃあないだろ?」
「ああ……一本目の事ですか?あれは……恐らく対戦相手は距離をとって対峙してからじっくり戦おうとするのではないかと予想していたのです。七枠の方と同じ冒険者仲間ですからね。
七枠の方は最初から長い棒を振り回して攻めて来て……こちらは胴巻きしか攻撃できなかったのでどうしても守勢となってしまい……一本取られてしまったのですけどそのあとの時間が長かったですからね。次の剣士の方は一本だけ取っての逃げ切りを狙うのではないかと予想したのです。
模擬戦が始まる前にアルルに耳打ちしておいて……敵が間を詰めてきたらこっちも低い姿勢でゆっくりと近づき足首を噛めと指示しておいたのです。開始の号令前でしたが……アルルが開始前から動いたわけではないので、反則にはなりませんよね?」
エミリアは少し不安そうに問いかけて来た。
「ああ……そりゃあ勿論反則じゃあないさ。それどころか立派な作戦勝ちだ。だが凄いな……頼りになる相棒たちだ。」
「本当にそうですよ……彼らは大切な相棒ですからね。」
エミリアが笑顔で返した。
「審査結果がまとまりましたのでお集まりください。」
係員に呼び出され、模擬戦会場のある廊下へと向かう……
「それでは模擬戦の結果を報告させて頂きます。
まずは一戦目の二枠と四枠の模擬戦は二対零で二枠勝利。五枠と六枠の模擬戦は一対一で引き分けでした。
続いての二戦目の二枠と五枠の模擬戦は二対零で二枠勝利。三枠と七枠の模擬戦は二対一で三枠の勝利でした。
最終戦の四枠と七枠の模擬戦は一対一の引き分け。三枠と六枠の模擬戦は二対零で三枠の勝利でした。
今回受験者の実技試験は全員合格であったため模擬戦の結果により合否判定となりましたが、二枠と三枠の受験者は晴れて特級冒険者昇級となりました。なんと……初級からの一気に三段階もの昇給で、冒険者組合始まって以来の快挙となりました。
残念ながら四枠、五枠、六枠、七枠の受験者の方は不合格となりましたが、次点の為受験資格はそのまま残りますのであきらめずに頑張ってください。それでは本日の昇級試験……いえ……今期の昇級試験はこれで全て終了となります。
お疲れさまでした。合格者の方は帰りに組合事務所へ寄って昇級した組合員証とバッジを受け取りお帰り下さい。」
審査員がぺこりと一礼し、昇級試験は終了となった。
「いやあ……あんたたち強いねえ……。」
巧とエミリアが試験会場裏の冒険者組合事務所へ向かおうと長い廊下を歩きだしたら、後ろから声をかけられた。
「ああ……いや……上級冒険者の割に稼ぎが少ないのかまともな装備も揃えられず、思い切り突っ込んでこられなかった心の余裕のなさをつくことが出来た。俺たちはただ単に運がよかっただけだ。」
巧はちらりと振り向いたが、一瞬立ち止まっただけでそのまま前を見て歩き出した。
「実技試験の様子を見てまともじゃあとてもやりあえないと思ったから、せめて的を減らして動揺を誘おうと防具を外してみたんだが逆効果だったな。いやあ……悪かったと思っているよ……だが……とっくに見抜いていたんだろ?
そもそも運だけで初級冒険者が俺たちみたいな上級冒険者を十年もやっている者たちに勝って合格なんてできやしないさ。別に文句を付けようってわけじゃあない、本当にあんたたちの強さに感動しているんだ。
特に魔道具……あんたたちは二人とも魔道具の操作をしなくても火弾でも水弾でも発射できていた。あれは……どんな仕組みなんだ?特殊な魔道具なのか?いや……どうせ企業秘密って奴なんだろうから、詮索はしないさ。
だが本当にすごかった……魔道具だけじゃあない剣技も素晴らしかったし、弓の腕前だって超一流でその上あんなすごい相棒まで従えて……どんだけ欲張りなんだってうらやましく思ってしまったよ。
特に……俺が発した火弾を……なんと木刀で掃っただろ?どうしてあんなことが出来るんだ?」
四枠の剣士がごつい顔に似合わず人懐っこい笑顔を見せながら、急ぎ足で追いかけて来た。
「ああ……あれは、ごく最近対決した凄腕の魔族が……全身に灼熱の火炎をまとって戦ったのだが……そいつが炎耐性があるわけではないが、風魔法を衣のように全身にまとわせてから炎を巻き付けていると言っていたから、それを真似て木刀に風魔法をまとわせてみただけだ。案外うまくいってすごく気に入った。」
木刀で炎をはらったことについて巧が解説する。
「は……あ……そんなことが出来るのか……」
四枠の剣士は絶句……
「皆さんの剣術や槍術だって素晴らしいものでした。魔道具の使いこなし方だって……私たちはちょっと特殊な修業をしているだけでして……扱い方だけでしたらとても敵いません。」
エミリアが恐縮至極と言った表情で、俯き気味に応対する。
「特殊な修業って……どんな修行なんだい?失礼っ……そういえば自己紹介もまだだったね……試験中はずっと枠番で呼ばれていたし……俺は北西部山脈周辺で活動しているトーメンという剣士だ。上級冒険者となって十年となる。」
「私も北西部山脈で活動しているメンタル……弓使いよ。私もトーメンと一緒に昇級試験受けたけど、その時は落ちて次の試験に合格したわ……だからかれこれ九年半かしらね。」
「俺は南西部山脈で活動しているフセホド……剣士だ。上級試験は十一年前から受験して三回目にようやく合格だった。だからトーメンとは同期だ。」
「俺も南西部山脈で活動しているキーメン……槍使いだ。俺は十一年半前から受験し続けて四回目にようやく合格した。だから俺もトーメンとは同期だ。」
四人がそれぞれ自己紹介してくれた。皆十年以上のベテラン冒険者のようだ。
「俺は巧……活動地域は……そうだな王都周辺と北部山脈かな。剣士だ。事情があって冒険者を何年やっているかも分かっていない。」
「私はエミリア……活動地域は巧さんと同じです。初級冒険者合格は高一の秋ですので三年前です。」
巧とエミリアも自己紹介をした。
「なっ……なんと……若いだろうとは予想していたが……今年高校を卒業したばかりのお嬢さんという事か?
ううむ……なんだか冒険者やめたくなってきた……。」
トーメンがエミリアの方へと向き直り目を大きく見開いて愕然とする。
「まあそう落ち込むな……若かろうが何だろうが実力世界の冒険者稼業だからな……強いから特級に合格できるんだ。
だがなあ……俺たちだって十五で初級冒険者となり、二十をちょっと超えた時点で上級冒険者だ……近所では天才とか神童だとか騒がれたもんだ。
当時は特級冒険者なんてこの国にはいなかったから頂点だからな……上級冒険者は地元住民の安全と生活確保のために兵役も免除されていたし、結構天狗になっていたな。そうして数年経ってから……その頃は十年以上経験のある上級冒険者四名の推薦があれば特級昇級試験が受けられたから、俺たち四人が受験したというか、その時に出会った訳だな。
ほぼ同じ時期に上級合格していたのだが上級昇給試験受験者はそこそこ人数が多かったから、他の受験者と親交なんてほとんどなかった。ところが特級ともなるとほぼ毎回俺たちだけ……だから仲良くなっていったな。
ところが俺たちが上級に上がった頃に北部山脈を活動拠点にしている北の勇者たちが受験していて……上級も特級も試験は王都でしか行われないからな……後で聞いただけだが、魔道具は持ってはいたが主武器である剣に弓、大ハンマーだけでも他の受験者を圧倒して特級に合格していたと知った。
それ以来……北の勇者の仲間引退後、弟子二名が受験して合格した以外はボーキサイ国内では四名が合格しただけで、俺たちはずっと不合格が続いていた。
特級合格者が十人を超えてからは受験資格が改訂されてな……特級冒険者か元特級冒険者二名の推薦がなければ受験できなくなったから……それでも俺たちは常に次点で受験資格は失わないでいたから、途中から受験者は俺たちだけとなっていた。
毎回同じ対戦相手で引き分けだけでは互角以上と評価できないし、戦闘自体にも特出した戦いぶりは見られないから合格できず……そのうちに受験料がもったいないから受験を取りやめていた。
ところがなんと今回……北の勇者たちが凄い才能を見つけたから自分たちのチーム所属ではないが推薦するということで……その上なんと初級冒険者をいきなり……これなら俺たちも実力を見せつけられるだろうと、久しぶりに受験したのだが北の勇者たちの目は確かだったな。」
槍使いのキーメンは満面の笑顔を見せ、今回の結果に納得しているといった表情に映る。
「まあそうだな……魔道具の実技試験の時、隣のエミリアの魔道具の扱いを盗み見て……これはまずいと思いすぐに防具を外すことに決めたが……小細工を労せず完全装備で戦うべきだったと反省はしているよ。結果は変わらなかっただろうが、それでもやはり防具を外した部位が気になって……思い切り踏み込んだり斬り込んでいけなかった。」
トーメンも頷く。
「私もそうよ……トーメンが耳打ちしたから防具をほとんど外したけど……巧さんが思い切り振りかぶってきたときは本当にもう……死んだ……と覚悟したわ。さすがに模擬戦途中から装備追加もできないからあきらめたけど……本当に後悔していたわ。でもね……強い人は違うわね……寸止めなんて余程の実力差がなければとてもできないから……。
本当に強い……特級合格も当たり前って思えたわ。」
メンタルが巧の強さを絶賛する。
「俺たちは最初から巧たちと戦う時には防具を胴巻き以外は外すと決めていた……初級冒険者ということもあり動揺を誘う為にもな……木刀や矢じりのない矢であれば食らったところで大した怪我もしないと自信もあったしね。
だが……確かにエミリアの矢速にはビビらせられた……しかもあんな相棒まで連れて……こっちは一人だけで三人の上級冒険者と戦わされていると、途中で審判にクレームを付けたいと思ったほどだ。やはり防具をきちんと装備して戦うべきだったと後悔しきりだった。」
「本当だぞ……キーメンが絶対うまく行くっていうから俺も従ったというのに……まっ……結果は変わらなかっただろうから、今更だけどな……。」
キーメンもフセホドも作戦失敗を認めている様子。
「その……北の勇者とは面識はあるのかな?」
巧がおもむろに尋ねる。
「いやあ……面識と言っても一緒に昇給試験を受けた程度で……試験時間も違ったから直接会ったことはないと言っていい。せいぜいすれ違った程度だろう。弟子たちの受験の時は試験会場は同じだったが対戦はなかったし……なんだか追い越された気がして……だから顔だけは知っているけど話したことは一度もない。活動地域も異なるしな……。」
トーメンが代表で答えた。
「そうか……恐らく魔道具操作自体だけでいえば、俺たちよりもはるかに手慣れているというか……しかも標的を見もせずに狙いは正確で……すごいと感じたよ。先ほどエミリアが言った通りに俺たちは特殊な修業をしているだけで、魔道具に関してはその点が有利に働いたようだ。
かなり辛い修行で……俺たちはたまたまうまく段階を進めたが、途中で投げ出すものがほとんどといったくらい過酷な修業となるのだが……もしやる気があれば紹介してあげるがいかがかな?」
巧がゼーンの修行の紹介をしてもいいと言い出した。
「やっ……やり方を教えてくれるのかい?」
「ああ……だが俺たちはこれから急ぎの仕事が入っていて、すぐに出発しなければならない。手順だけパパっと説明してできるような修行ではないのでね……だけど俺たちの代わりに北の通者であるケンリッヒ侯爵が戻ってくる。
後一月後くらいには戻ってくるはずだから、ここ王都なら王宮か侯爵らの拠点であるサントスを訪ねてみるといい。やる気があるのであれば侯爵に話しておくから……修行方法を教えてくれて、数日間は面倒を見てもらえるはずだ。」
「なっ……なんと……うまく修行して成果を出せたなら……今度こそ特級合格できるかもしれない。
辛い修行なんて……これまでの苦渋に満ちた数年間に比べたら何ともない……やるっ……やるともっ……だから侯爵を紹介してくれっ!」
「私にも……紹介してくださいっ!」「俺もっ」「俺にもっ」
すぐに全員が修行をしたいと願い出した。
「分かった……じゃあ侯爵にはその旨伝えておくから……一月後……侯爵を訪ねてみてくれ。それじゃあね……。」
トーメン達と別れ、組合事務所へと向かう……
「いいのですか?侯爵らの意向も伺わずに安請け合いしてしまって……。」
エミリアが巧の後ろから肩越しに声をかけて来た。
「構わんだろ……彼らは剣技も弓術も槍術も一級品だったし……侯爵は後進の育成をしたいと言っていたからな。
喜ばれると俺は思っているけれど……。」
「まあそうですかね……結構いい人たちばかりでしたしね……。」
エミリアも満足げに笑みを見せ頷いた。二人は更新された冒険者証とバッジを受け取ると、そのままイーストリバーの船着き場へ向かった。




