結果報告
16.結果報告
「無事に特級昇給試験に合格できました。」
船を乗り継ぎボーキ海の孤島へ到着すると、待ち受けていたケンリッヒ侯爵らにエミリアが真っ先に報告した。勿論心配性の父には受験することさえ知らせていないので、初めて人に打ち明けるのだ。
「一発合格なんてすごいじゃない……やっぱり私の目に狂いはなかったわ。」
「やはりね……エミリア達なら十分特級冒険者たる実力はあると信じていた。どうにもね……この国では特級冒険者は俺の仲間以外はほとんど合格しないから、不正でも働いているのではないかと言った噂がちらほらと流れていてね……だがこれで皆もよく分かっただろう。実力さえあればちゃんと合格できるのだと……。」
パステルも侯爵も満足そうに笑顔を見せた。
「それで……侯爵たちが昇級試験を受けたときに上級に合格したという受験者なのですが……」
巧がトーメン達がゼーンの修行を受けたがっていることを打ち明けた。
「おおっ……そうか……あの時の若者達か……特級昇給試験は受験者が少なかったこともあり上級昇給試験の前に実施された。早朝開始だったから体調を整えるのに苦労したがね。試験が終わった後は上級昇給試験の見学をさせてもらったのだが……確かまだ二十そこそこなのに技術がしっかりしていたな……あれから魔道具も自己流で取得したという事か。
分かった……訪ねてきたら指導してやろう……後進の育成は重要課題だからな。それに……北西部と南西部を拠点としているというのは有り難い……北部山脈で実施している魔物保護活動……北西部と南西部でも活動を展開してくれるとありがたいのだが……まあ本人たちが納得し賛同いただければの話なのだがね……。」
「ああっ……そういえば……報告が遅くなりましたが……実は魔族が残した千年前の新聞広告をもとに過去に人間側が魔王に対して行った恥ずべき事柄を明らかとし、今後の魔物と魔族との対応を検討する会議が開催されました。
ターメリア国王様のご提案で大陸の北東と南西の二ケ所に魔物保護区を作り、さらにそこで魔物化の研究と魔物の家畜化の研究を行うという事に決まり、先日ターメリア国にて南西部に建設する保護区に関する打ち合わせがありまして……。」
すっかり忘れていたエミリアが、急ぎ会議での合議事項を説明した。
「そうか……北東部に建設予定の保護区でも同様な動きとなるだろうな……そちらの会議出席の際は参考までに今聞いた話を報告するとしよう。それではこちらでの引き継ぎ事項から始めるとするかな……。」
まずはパステルが水位の回復状況と島での生活面の報告を行い、エミリアが今後の予定をかいつまんで説明した。
「それでは俺たちは王都を経由してサントスへ戻る、後はよろしく……。」
翌朝には侯爵たちが島を離れていった。また、エミリアと模擬戦闘に明け暮れる日々が始まった。
月日は瞬く間に過ぎ、年を越え冬も去って春の梅雨時となると……順調にボーキ海水位は上昇を続けていった。ボーキサイ国からの越境人足のほかに、徴兵して派兵していた軍人らも転籍させ工事に参加させたメンドー、スーバキ両国での河川流域変更工事は梅雨前には終了し、ボーキ海へ流れ込む水量は格段に増量した。
「如何でしょうか?」
「如何も何も……見ても分かる通りにもはや島とは言えない程……ほんのちょっと小山の天辺が水面から顔を出している程度で……私たちも半月前から船上で生活しているわ。」
エミリア達が交代で王都からやってきたとき島影を見つけるのに苦労したが、それも当然……島などほとんどなくなっていたのだ。
「そうですか……前回引き上げたときにはまだ巨大岩も水面から顔を出していましたが、ハルクさんたちが半年以上も結界を重ねてきたので十分だろうと仰り、戻って正解でしたね。」
「ああ……そうだね……梅雨に入った途端に大岩は水没したからね……残っていても何もやることがなかっただろう。
さて……どうする?おそらくあと数日もすれば小山の山頂も水没してしまうと思っているが……今更魔族がやって来ても水中では何もできないと考えるが……一緒に戻るかい?」
ケンリッヒ侯爵がボーキ海孤島の魔王を隠した場所の見張り番は終了したとばかりに、戻るかと聞いてきた。
「そうですね……ですが念のためにあともう二週間か一月ほどは……完全に水位が回復して小舟程度ならこの上をそのまま通り過ぎられるようになってから戻ります。そこまで行けば……羊皮紙の地図を見なければこの島を特定できないでしょう。場所も外観も知っているヘルムさんたちはもういませんからね。そうして初めて安全と言えます。」
それでもエミリアは念のためにもう少し残って様子を見ると主張……
「恐らくヘルムたちは魔族としての驕りが邪魔をして……自分たちが失敗した後のことを他の魔族へ展開できていなかったのでしょう。なにせ魔王直属の上級魔族が二人もいて人間相手に後れを取るなどありえないことだから……。
ボーキ海の孤島に魔王の体が隠されていると知っている魔族自体が……ヘルムたちで最後ではないかと……そうなれば水位が完全に回復さえしてしまえば……たとえ羊皮紙がまた魔族らの手に渡ったとしても安全と言えるでしょう。」
巧がさらに水位が増せばより安全になるはずと付け足す。
「そうか……じゃあ俺たちはこれでこの島の監視業務を終了とする。今度は魔物保護区へ魔物を捕らえて送り込む仕事が待っているからな……トーメン達にゼーンの修行のやり方を教えたときに、北西部と南西部の冒険者の取りまとめをお願いしておいたからな。西側は彼らが主体となって魔物らの収容に当たってくれるはずだ。
確かに彼らは筋がいいぞ……ゼーンの修行はしていないのに自力で身に着けたのだろうな……魔道具操作は必要なようだが狙いは直接魔道具を向けなくても目標に向かって発射できていた。彼らはそれを無意識のうちに行っているようだ。
恐らくすでに半分くらいは無の境地に達しているのだろうな……残り半分だからすぐに取得できるさ。すごい才能を紹介してくれたこと……感謝している。」
侯爵がほんとうにうれしそうに満面の笑みで小さく頭を下げた。
「いやそんな……昇級試験では何とか勝てましたが、下手な小細工をしようとして逆に失敗しただけで……強敵だったから伸びしろはあるはずと見込み、彼らが魔道具の真の使い方を身に着けることが出来れば特級合格なんてたやすいはずと考え紹介しただけです。
こちらこそ……安請け合いしてしまい……面倒なことお引き受けいただき感謝しております。有難う御座いました。」
今度は巧が深々と頭を下げた。
「いやいやいや……有望な若い冒険者を見つけてもらって本当に感謝だよ……じゃあ俺たちはそろそろ行くから……船の上だけじゃあ退屈だろうが頑張ってくれ。ではね……。」
ケンリッヒ侯爵らの船が引き上げていった。これが最後の見張り番となるはずだ。
「食料は二ケ月分持ってきたし、船の上からでも釣りはできるから食べ物の心配はなさそうだな。島が無くなったとなると斜面を使って水が集められなくなってしまったが……まあ船の上に防水の布を張って何とか工夫しよう。大雨の時に船の中に水が溜まらないようにするための取り外し可能な屋根があるから、これをうまい事工夫すれば何とかなるはずだ。
あとはまあ……日中はゼーンの修行をすることとして夜間は交代で見張りを行い……いつも通りだな。船上での長い生活は初めてだが、まあそのうち慣れるだろう。イーストリバーを下って来た時の客船なら暇なときは甲板を走ったりもできたが、さすがにこんな小型船では無理だな……体がなまるのが問題か……。」
侯爵たちの船が見えなくなった時点で巧がおもむろに口を開いた。
「そうですね……ですが私たちであれば柔軟運動を大目にして、後は腕立て伏せに腹筋運動に加え船の梁を使って懸垂運動に腿上げ運動など部位ごとに筋肉を鍛えることは可能です。ですがアルとペルは……柔軟運動すらできませんし……このままでは本当に体がなまってしまいます。しかも退屈を紛らわせなくなるとどうなるか……困りましたね。」
巧に言われエミリアも腕組みして目を閉じ黙考し始めた……
「ああ……それだったら問題はないぞ……。」
「きゃっ!」
巧はエミリアの目の前でおもむろに甲冑を脱ぎ始めた。
「おいっ……行くぞっ!」
ふんどし一丁になるとアルルとぺリルに目配せした後すぐに船の縁の落下防止柵の上かららダイブ……海へ飛び込んだ。
勿論アルルとぺリルも巧に続く……エミリアは反射的に目を両手で覆ったがちらりと見た感じでは、巧は越中の赤ふんだった……
「それっ……競争だっ!」
巧が勢いよく泳ぎだすとアルルとぺリルも犬かきでついていく……
「今度は潜るぞっ!」
巧とアルル達は四半刻程の間、船の周りをぐるぐると周遊したり潜ったりして遊んだ後舟へ上がって来た。
「ふーい疲れた……。」
「どうするのですか?海水でアルたちがべとべとになってしまいましたよ……」
愛犬らは確かに楽しそうにしてはいたが毛深いアルル達は全身海水に浸され、思い切り体を振って水けを飛ばしてはいるが、乾いてもべとべと感は残るはずだ。そのあとのことを考えていないことにエミリアは腹を立てていた。
「ああ……全く問題はない。アルル……ぺリル……こっちへ来いっ!」
巧は二匹を呼び寄せ船室の向こう側の船尾方向へ向かうと、おもむろに雨水流入防止用の屋根を取り付け始めた。
「エミリア……雨雲が近づいているから船首側の甲板も屋根を付けておいてくれ……。」
巧に言われて空を見上げると、確かに西の空が真っ黒い雲に覆われ始めていたのでエミリアも急ぎ船室に入って、幅二尺ずつに分割された組み立て式の屋根を取り出し船首側に設置し始めた。
「よーしよしよし……落ちるなよ……踏ん張れ……。」
しばらくすると巧の予報通りにバケツをひっくり返したような大雨が降って来た。巧はこの時とばかりにアルルとぺリルを屋根の上に立たせてその体をごしごしと両手で洗い始めた……二匹とも暴れずにされるがままにしている……
「これでおしまいっ!」
二匹の体を洗い終わると巧は自身の頭と体もさっと雨水で長し、そのあとは屋根の上に座り込んだ。
スコール気味の雨は四半刻も降らずにすぐに止み青空が戻り。巧は屋根を取り外し始めた。
「今は梅雨だから、こんなことは二日に一遍は最低でもあるはずだ。勿論夜間だと危険だから泳げないけれどね。
雲の動きに注意していて降りそうだなと思ったらすぐに海に飛び込めばいい……長く降りそうだったら降っている最中でも構わないし……こうやって遊んでやっておけばアルル達も退屈はしないだろう。エミリアも泳げるんだろ?」
「それは……泳げはしますけど……水着を持ってきておりません。」
巧の問いかけにエミリアはうつむき加減で、恥ずかしそうに頬を染めながら答えた。
「水着なんてなくたって……下着で十分だろ?ここには俺とエミリアとアルル達しかいないんだからな……なあに……漁師の船とかが近くを通らないか……エミリアが泳いでいる時は俺が周りを見張っておいてやるから心配するな。
多分侯爵たちだって……半月前から船の上だったって言っていたからな……暇を持て余して体がなまるから……泳いでいたはずだけれどな……パステルだって泳いだだろうと俺は思っているぞ。
船の真下は……元の島があるところに錨を下ろして固定させているからな……岩礁ぎみで危険だが、三つの小山にさえ気を付けたらこの周囲百間以上は知ってる通りに何もない上に浅瀬だから安全に泳げるぞ……海水だから浮きやすいしな……今度雨が降りそうになったら教えるから泳いでみるといい。」
「そ……そうですけど……。」
巧はエミリアに泳ぐよう勧めるが、エミリアは恥ずかしさが先に立ってとても無理と考えていた。巧は全く気にも留めていない様子だが、エミリアはうら若き乙女なのだ……
四日目には一番高かった中央の小山も完全に水没し、そこから十日……魔族どころか周辺海域を通る船影すら見えず、絶海の岩礁付近に巧たち二人だけ……時折のスコール前には巧と愛犬たちは飛び込んで遊んでいたが、エミリアの番の時はエミリアは泳がずに愛犬のみを泳がせて、そのあと雨のシャワーで体を洗ってやるのみだった。
「どうする?そろそろ戻るとするか?もう水位は十分に回復しているし……仮にこの場所を知っている魔族が存在していたとしても目印が全くないからな……海中を確認しながらこの場所を見つけ出すのは容易ではないはずだ。
仮に見つけられたとしても……水中では息が続かないだろうし、ハルクたちが半年かけて付与した結界がそう簡単に破られるとは考えにくい。
ヘルムと相棒だけは魔王直轄部隊と言っていたから彼らだけは協力し合って行動していたのだろうが、他の魔族とも連絡を取り合っていたとは考えにくい。その証拠にあれから半年以上経過しているが、誰もこの場所に近づいた者はいない……魔族はそれぞれ自分が最強と考え仲間意識なんてまるでないと言われているからな。
魔王という絶対の存在がいなければ、彼らが纏まることはないのだろうと思う。
そろそろ戻ってもいいと考えているが……どうだ?」
巧がエミリアに問いかける……梅雨時とはいえ晴れ間の日差しは強く、釣りに興じたり、ほぼ裸で毎日泳ぎまくっていた巧は甲冑を全く脱ごうとしなかった出会ったころには想像できない程健康的に日焼けして真っ黒だ。対するエミリアは全く日焼けせずに白いまま……泳がずにほとんど船室に籠ってばかりいたからだ。
「食料的にはこれから二月は滞在していても問題はないでしょうが……ケンリッヒ侯爵がおしゃっていたように、戻ってから魔物を捕獲して保護区へ送るという重要な仕事が待っておりますものね。
水位は元通りに回復したようですから……戻りましょう。」
エミリアも大きく頷いた。
錨をあげ巧が櫓をこいで港へ向かうと……イーストリバーの船着き場は港内へ移動していて、直接大型の客船に乗り込むことが出来るよう変わっていた。巧は借りていた船を持ち主に返して礼金を支払うと、すぐに客船へと乗り継いだ。
「おおっ……無事戻って来たか……今回は少し早かったの……ボーキ海の水位は無事回復したようじゃな……メンドー国もスーバキ国も今年は養殖が出来ると、貝類やエビの養殖準備と、サメの稚魚漁を始めたと連絡があった。
今年からはボーキ海の中央より北西では漁を行わないとの文言を添えてな……ボーキ海の領有権とまではいかないが、水産資源は沿岸を抱える国側のものであることを互いに認め合おうということで落ち着きそうだ。
さっ……王様がお待ちかねだ……謁見室へ向かおうぞ……。」
イーストリバーを遡上して王都まで船旅し、王宮へ着くと巧たちが戻って来たことを知ったエミリアの父であるシュタインベック公爵が出迎えてくれて、王様の謁見室へ一緒に向かうこととなった。
「おおそうか……保護区へ送る魔物捕獲のためにフーセンへ向かうというのか?」
エミリアがボーキ海での警戒中、魔族らが近づくことすらなかったことを報告し、とりあえず魔王の体を隠した場所の警戒業務は終了と宣言……引き続き魔物捕獲のためにフーセンへ向かうと報告した。
「はい……巧さんと相談した結果なのですが……北東部の保護区へ魔物を送るための活動では北部山脈を活動拠点にされているケンリッヒ侯爵がいらっしゃいますので、周辺の冒険者の方たちと活動をしていらっしゃると考えております。
南西部の保護区へ魔物を送る際は基本的にボキタメ川流域とフーセンからボキタメ川へ続いている運河沿い以外の地域では捕獲した魔物達の運搬方法が御座いません。
王都周辺ではイーストリバーやウエストリバー河川敷に魔物らが生息し、毎年駆除依頼の仕事が冒険者組合から発せられますが、今年からはこれまで放置されていた王都の端部分まで冒険者による駆除が行われるようになったので、拡大生息することはないものと推測しております。
どのみち遥か遠くの保護区まで魔物を生かしたまま輸送することは困難ですので、王都周辺の魔物は捕獲ではなく駆除するしか方法はないものと考えております。
それでもウエストリバーやイーストリバー―河川敷を伝って王都までやってくる魔物の多くは北部山脈から辿ってくるものと想定されますので、ケンリッヒ侯爵らの保護活動が活発化すれば今後は減少するものと予想しております。
そうして北西部山脈にも南西部山脈にも有力な冒険者の方たちがいらっしゃいますので……巧さんと私はフーセンから運河沿いに活動していこうと決めました。」
エミリアが北西部及び南西部山脈にはトーメン達有力冒険者がいるので、自分たちの出番はないとフーセンから運河沿いを活動範囲とすることを申告した。
「そうか……魔物達を捕獲して保護区へ運び入れるということは、言うのは簡単だが実際に行うとなると非常に難しいということだな。相手は生き物でしかも凶暴だからな……。分かった……くれぐれも体に気を付けて冒険者業務に励んでもらいたい。よろしく頼むぞ……。」
王様のお許しを頂いて、巧たちはフーセンへ向かうことになった。
「母様……母様が美玲様と共に命がけで守り抜いた魔王の羊皮紙は、一度は魔族に奪われましたが魔族を倒したうえに取り返し、また魔王の体もなんとか守り抜くことが出来ました。今この世界がこんなに平和で豊かなのは、母様たちの命を懸けた闘いのおかげと思って居ります。本当に有難う御座いました。
聖教会本部へ羊皮紙返還後すぐに参るべきでしたが、その後も色々と様々な問題が起こり続け対応に追われていたのと、聖教会からまたもや今度は魔族らに羊皮紙を奪われるなど惨事が発生し、報告が遅れましたことお許しください。
今後の憂いはもうなくなりましたので、永遠に安らかにお眠りください。」
王都からフーセンへ向かう道中、アルミナへ立ち寄りシュタインベック家代々の墓所で、エミリアはターメルの墓前に手を合わせる。
「父様に魔族の方からお聞きした巧さんの過去についてお話したら、母様の亡骸はアルミナとテルミの中間点の街道脇にて発見されたのですが、一緒に身元不明の女性のご遺体もあったのだそうです。しかも右腕がなかったという事ですから、恐らく巧さんと共に護衛団から離れて魔王の羊皮紙を追った美玲様ではないかと思われます。
胸程も高さのあるやぶの中で、眼が開いたばかりのアル達が母様の遺体から離れずにピーピー泣いていたから見つかったようなのですが、身分証もなく左腕の指紋を照合しても登録されていないにも拘らず、外国から入国したときの通関証も冒険者証もなく、無縁仏として葬られるところだったところを……何かのご縁ということで父様が引き取り人となりここに埋葬したそうです。
通関証や身分証などは……恐らく魔族の方が冒険者の袋と共に持ち去ったのでしょうね。」
エミリアが、ちょっとした小屋ほどの大きさもある石造りで屋根付きの立派なシュタインベック家の墓所の隣にある、高さ五十センチほどの丸石で作られた小さな墓石を指さす。墓石には名前が不明な為か、何も刻まれてはいないようだ。
「これが……美玲の……墓?……そうか……わざわざありがとう。あとで墓石屋に寄って、美玲と墓碑銘を掘ってもらうとしよう。漢字で書くと幾通りもの文字の組み合わせでそう読めるから……とりあえずボーキサイ語でミレイと掘ってもらうさ。」
巧が墓石に向けて手を合わせ冥福を祈り、エミリアに向けても頭を下げた。
「それはいい考えですね、美玲様も喜ばれると思います。
報告が遅れていて、私もつい先日知ったのです。だから……どうしても巧さんにはここまではご一緒して頂きたかった。
ですが宜しいのですか?ボーキ海の孤島での監視業務が終了し、とりあえず魔王の羊皮紙に関する魔族との戦いは終焉となりました。ボーキ海の真ん中で周囲に何も目印になるものがない状態では……海上からあの場所を特定することは例え知っていたとしてもほぼ不可能でしょう。
分かったところで海中作業などいかな魔族と言えどできないでしょうから……完全に一区切りついたと言えます。
私は羊皮紙問題が収まったらすぐに巧さんは故郷へ帰るものと考えていたのですが……帰るのはフーセンから運河沿いの魔物らを保護区へ送ってからとするおつもりでしょうか?
故郷には同胞の方やご家族も待っていらっしゃるかも知れないというのに……遅くなっても大丈夫ですか?」
美玲の墓前で、突然エミリアが巧に問いかけた。この旅の目的は純粋な冒険者活動であり、大臣の護衛業務も緊急性も特にはないため、馬車など使わず街道を徒歩にて二人と二匹の旅である。頬に風を受けながら景色を堪能できる旅は本当に久しぶりで……巧が常に歩き旅を主張する気持ちがエミリアにも少しわかった気がした。
これまでと違う点と言えば……常に面帯を付けた兜を着用して食事時も外そうとはしなかった巧が、兜を外して素顔を晒したまま街道を歩いているということぐらいだ。それでもいつでも装着可能なように兜を脇に抱えてはいるが……。
「うん?ああ……故郷というか……ケンリッヒ侯爵が言っていた、ゼーンの修行僧らが住むという大陸北東端の隠れ里へ帰らないのかという質問か?
当面行くつもりはないぞ……記憶が戻っていないから、今戻ったところでそこは異国でしかないからな。今やボーキサイ国が俺の故郷のようなものだ。戦争で疲弊して自分達が食べるに困っていたにも関わらず見ず知らずの俺を介抱してくれた暖かな国だからな。まだまだその恩返しができたとは思っていないから、もっとこの国のために貢献したいと考えている。
だからこそ……エミリアと共に特級冒険者への昇級試験を受けたのだからな。
どうせ……すでに六年以上も行方不明となっているわけだからな……無事生きていることは伝えたい気持ちはあるのだが、美玲という俺の相棒だった女性のことは全く覚えていないどころか、彼女が戦い敗れて散ったいきさつも……魔族が言っていたこと以外分かっていない。こんな状態で戻って報告したところで、彼女の遺族を尚更悲しませるだけだ。
せめてもう少し……記憶が戻ってくれたらいいのだがな……記憶が戻らなくても一度は行ってみるつもりだが今ではない……もう少し経って……いや……冒険者家業を引退してからだろうな。
その時は……この墓の土を掘り返して一部を貰って行って……彼女は命を賭してこの世界を救ったのだと報告してから美玲の墓を改めて現地に祀ったらまた戻ってくるつもりだ。」
巧が当面戻るつもりはないと宣言……
「魔族との戦闘で痛めた防具は……剣で切り裂かれた部分は修復のしようがなかったからな……魔王の墓の見張り番で王都へ交替で戻った際に宮廷ご用達の防具屋を紹介してもらって、胴巻きの腹部分だけ採寸して特注でステンレス板から叩き出して新作して貰っていた。
結構高くついたがまあ……命を預けている防具だからな……元通りに体型に合っているし着心地は抜群だ。王都へ帰ってから受け取ったらすぐにハルクに物理結界と魔法結界を施してもらったから……これでまた気兼ねなく魔物達の群れに突っ込んで行けるさ。」
「そっ……そうですか……それは助かります……私も相棒を探す必要がなくなりましたので……。」
先ほどまで少し強張っていたエミリアの表情が緩んだ。
完
ご愛読ありがとうございました。




