昇級試験
12.昇級試験
「ボーキサイ側でも高さ二十尺の金網柵を山脈に沿って設置予定ですが、ボキタメ川の支流を含むと魔物達が水を飲みに柵まで降りてきてしまう為、安全を考慮してボキタメ川流域は保護区には含めない予定です。それでも南西部山脈は多くの河川が流れボキタメ川へ注がれているため、山脈内にいる魔物達は水源探しに苦慮することはないと判断しております。」
エミリアがボーキサイ国内で打ち合わせて国王承認を得て来た金網柵設置場所に関して報告を行い、
「スーバキ国も南西部山脈に沿って高さ二十尺の金網柵を設置予定です。設置範囲に関しましては、スーバキ国側の平野部端までとさせていただきます。」
スーバキ国も外務大臣が保護区の金網設置場所に関して報告を行った。
「すごいな……南西部だけでも恐らく一万町歩を超えるくらいの広大な保護区になる……これだけの広さがあれば、魔物達も食料に困ることもなくのびのび暮らせるのではないだろうかな。」
「そうですね……ですがあまりに居心地が良すぎて数が増え過ぎますと、すぐに溢れてしまうかもしれません。」
巧の発言に対してエミリアは少々不安気味に、抑揚のない口調で応じた。確かに保護区とはいえ限定空間であり、これ以上大きくなることはないのだ。
「え~では引き続きまして、金網設置後の保護区内への魔物輸送に関しまして……何か提案のある方はいらっしゃいませんか?今のところ如何様にして他の地域にて捕獲した魔物らを保護区まで輸送するのか……その輸送ルートすら明確になっておりません。」
続いてどうやって魔物らを保護区へ運ぶのかの議題へ移った。
「まずは……保護区域内の何ケ所かの木々を伐採し開けた場所と水源を設け、魔物達が居住しやすい環境を整えてあげるのがいいと考えます。そうすることにより近隣に潜む魔物達が集まってくるでしょうから……保護区の外側からでもある程度は魔物を集めることが出来るはずです。」
真っ先にエミリアが保護区内に魔物達の住環境を整えるべきと提案。
「さらに……保護区から離れた場所の捕らえた魔物の輸送に関してだが……冒険者としての意見を述べさせていただく。」
次いで巧が立ち上がって話し始めた。
「理想的には大陸内全ての魔物の巣窟から魔物を保護区へ運んでいきたいところだが……陸路を延々何十日間もかけて暴れる魔物らを運ぶというのは……かなり難しいと考えている。
魔物を殺さずに雷撃などを使って一時的に気を失わせて捕獲するということは、魔道具使いであればさほど難しい事ではないはずだ。だが……意識を取り戻してから暴れる魔物を押さえ、更に食べ物も与えて生かしたまま運ぶのだから……大きくて頑丈な檻が何百も必要となるだろうし、大型馬車でも輸送は難しいかもしれない。
しかも魔道具使用となると捕獲が出来る冒険者は魔道具使いを含まねばならないと限定されてしまう。魔物を捕獲する為に薬か何かを使って眠らせる方法はないかも検討してほしい。眠らせることが出来たら輸送もかなり楽になるはずだ。
幸いながら北西部山脈からボキタメ川は南西部山脈まで達しているから……南西部保護区へ運ぶ魔物は山脈沿いで捕獲した魔物に限定し、大きな檻に収容して貨物船で運ぶのが適当であろうと俺は考えている。
ボーキサイ南側中央部に位置するフーセンからボキタメ川へ続く運河があるから、国内中央部で捕獲した魔物もある程度は運河を使って輸送できるだろうが、陸路しか手段がない地方の魔物はあきらめて殺処分するしかないと考える。
運ぶ魔物はあくまでもボキタメ川流域とボキタメ川へと流れ込む支流及び運河近辺の魔物だけとした方が、分かりやすくていいと考えている。
そもそも……そうでもしなければ……冒険者というのは田畑を荒らしたり人を襲ったりする居住地近くの魔物を駆除して報奨金を頂いて生活しているが、その時に仕留めた魔物の毛皮や肉を売ったりして得る二次収入も馬鹿にはできない。
特に家畜系の牛系魔物など大型であればそちらの方が報奨金よりも稼ぎが大きい場合もあり得る。だから……捕らえて運ぶとなればその分報奨金も上げねば冒険者側の生活が困窮する恐れすらある。ましてや陸地を半月からひと月ほどもかけての輸送ともなれば、その労力もそうだが魔物の餌代すら馬鹿にはできないだろう。
大型貨物船に巨大な檻を魔物種別に設置し、業者に任せて輸送するという形にしないと成り立たないと感じている。」
巧が大量の魔物を運ぶには専門業者が船で運ぶしかないと主張……それ以外の魔物は駆除すべきと提案。
「成程……貴重なご意見有難く参考にさせていただきます。そのほか……保護区内に魔物達の居住環境を整えるのはいい案として採用したいと考えますが、輸送方法に関するご提案のある方はいらっしゃいませんか?」
ハルフェスが他の意見を募る。
「わがターメリアでも捕獲した魔物輸送に関しまして冒険者の方々に意見を伺いましたが、どなたもこれといったいい考えを提案できない様でした。それくらい暴れる魔物達を長期間連れ回すのは困難という事でしょうか……。」
場がシーンと沈みかかったままなので、議長国であるターメリア国外務大臣が自国状況を発表。
「スーバキでも同様……捕らえるのは可能だが生かしたまま運ぶのは非常に厄介との回答ばかりでした。ボーキサイ国代表の方の提案のように具体性のあるものはほぼ皆無でして……先程のご提案をもとに肉付けをされては如何でしょうか?」
スーバキ国外務大臣は巧の提案を支持する方針のようだ。
「他にご意見やご提案がないようでしたら……ボーキサイ国代表からのご提案をもとに、保護区内の居住環境を整えることとし、捕えた魔物達の輸送に関して仕立てる貨物船の大きさや便数及び檻の大きさと数など詳細を詰めてまいりましょう。ご提案は御座いませんか?」
「流域近辺の魔物の巣窟がある程度の規模となり周辺地域に害を及ぼすようにならなければ駆除依頼は発生しないわけだし、捕獲頻度や捕獲する魔物の総量を想定するのは難しいと考える。
とりあえず流域近辺の大都市に魔物の種別ごとの仮収容檻を設置し捕獲した魔物はそこへ収容することとして、魔物を運搬する檻を積んだ貨物船はまずは一艘だけでボキタメ川を往復させておけばいいのではないか?
北西部山脈の上流から下流までを往復させるのに川の長さから言って下りは八日ほどで遡上は十二、三日はかかりそうだが、遡上の時は空だからもっと速いかもしれない。同様に南西部山脈も遡上させて魔物を運ぶための船を仕立てて運行させる。魔物の数が増えて積めなくなればその時点で船便を増やしていけばいいだろう。
それと……可能かどうかは俺にはわからないが、捕獲した魔物らを収容する檻に関しては、できるだけ冒険者の袋に入る大きさにバラせて組み立てられる仕組みにして欲しい。下部に車輪も付けられればなおいい。
そうでなければ山奥の魔物の巣窟まで檻を運ぶのも一苦労だし、魔物を何とか生け捕りにできたとしても檻を山から降ろすのも大変だ。魔物を集めるといっても結局は平野部か山裾の巣窟の魔物以外は無理ということになってしまう。
何組もの冒険者らが集って捕獲に向かうにしても……適正な道具が揃っていなければ実現は難しいと考えている。」
巧が真っ先に立ち上がってまずは一艘ずつの貨物船を仕立てて、北西部山脈と南西部山脈の魔物の運搬を担って行けばいいと提案。さらに生け捕りにした魔物を運ぶ檻にもひと工夫が必要と提案した。
「おおっ……具体性もあり、いいのではないですか?」
すぐにスーバキ国外務大臣が賛同した。
「他にご意見ご提案がなければ……ボキタメ川流域の都市部の魔物仮収容の為の檻設置に関しましては、各国負担で進めて頂くこととして、北西部山脈から保護区へ魔物を運搬するための貨物船と、南西部山脈で捕獲した魔物を運搬するための貨物船……こちらはターメリア国側とメンドー国側両方に山脈に沿って流れる河川が御座いますから、各一艘ずつ配備する必要性がありますね。合計三艘の貨物船を仕立てるにあたって、見積もりと各国の負担金を次回までに計算しておきます。
さらに捕獲した魔物を収容する檻に関してですね……組み立て式でしかも頑丈な檻が作成できるかどうか……職人らに見積もりをしていただきます。それと……魔物を眠らせる薬の開発に関してですが……今でも大怪我をした場合や大病を患った病人の手術の際には、眠らせてから治療する場合があります。
その為の麻酔薬を魔物にも使用可能かどうか……魔物用の麻酔薬があるのかどうか……こちらに関しても確認するよう手配しておきます。
では……次回会議は四ケ月後にこの場所にて行いますので……よろしくお願いいたします。」
大陸南西部魔物保護区に関する第一回会議はつつがなく終了した。
「あ~……緊張いたします……。」
試験会場で革ドレスを着用して魔道具を首からぶら下げ弓を手にし、待合室で椅子に腰かけているエミリアは心なしか体が小刻みに震え、顔も青ざめて落ち着かない様子……どうやら緊張しまくりのようだ。いつもと違うご主人の様子に、アルルとぺリルも心配そうにお座りして尻尾を振りながら、じっとエミリアの様子を窺っている。
ターメリアでの会議出席後すぐに帰国し、疲れをとった後でいよいよ特級冒険者試験に挑戦。冒険者組合へ申し込みに出向くと、今回の昇級試験には特級も含まれると受付嬢が笑顔で告げた。つまりは特級が含まれない試験もあるという事。
実技試験は受験者同士で模擬戦闘が行われるため、一定数以上の受験者がいなければ試験は実施できないそうで、しかもエミリアと巧の様に同じチームの受験者同士はやらせ防止のために模擬戦はできない。つまり、全く利害関係のない別チームの受験者が一定人数いなければ試験自体が行われないそうだ。
今回は既に四人の受験者が申し込みを行っているようで、他の受験者を募るために最終日まで試験を伸ばしていたという事だった。つまり……特級への昇格試験は毎回開催されるかどうかわからず、しかも試験期間中に一度しか行われない場合もある。この事実を知ってエミリアはますます緊張して体がガチガチに固くなってしまった。
「模擬戦は戦法の異なる相手二組と行うから……四人の受験者だと最低数だな。俺たちが加わって六人となったということは……恐らく最近では稀な事なのかもしれないな。それだけ特級冒険者となるほどの実績を積んだものは少ないという事なのだろうな。
冒険者同士で便宜を図らう談合などを防ぐ目的もあるのだろう……待合室も組ごとに別のようでここには俺たちだけ……どんな手合いが相手になるかどうかもこのままではわからないな。まあでも……模擬戦の前に技の審査があるようだから……そこで相手の様子を窺えるかもしれんな。じっくりと他の受験者の得意戦術など観察しておけよ。」
「…………………………」
巧がガチガチに緊張しているエミリアに声をかけるが、エミリアは反応すらしない。じっと目の前の白壁の一点を見つめたまま、ガチガチ震える度に歯が当たって音がする以外応答がない。
「おいっ……そんなんじゃあパステルやボーグル達……推薦してくれた人に申し訳ないぞ!受かるかどうかはともかくとして、今のエミリアの実力を発揮できずに終わってしまったら……がっかりするだろうな。
いいか……エミリア……今の自分の実力をきちんと出せたなら受かるはずだけど緊張して無理……とか勘違いするなよ……上級冒険者として何年間も実績を積んできた人がようやく特級への昇級試験を受けられるのだからな。
エミリアはたった一年ほどの実戦経験だけで……まあそれ迄にも訓練は積んでいたのだろうが……それでも実戦経験はさほどでもなくしかも初級冒険者だ。この一年間でボス戦も何度も行い倒せたし、魔族とも戦い眷属も何人も倒してきた。更に修行して魔道具も自在に操れるようにもなれた。
だからと言って特級試験に合格できる実力があるとは限らない……あくまでも今回は試しに受けてみるだけだ。落ちたからと言って恥ずかしい事なんて全くないし、どちらかと言えば落ちて当たり前……俺としてもちょっと……エミリアに特級試験に挑戦させようとして持ち上げすぎたと少し反省はしている。
それでも特級試験は特級冒険者の推薦が必要で、受験資格すら得られない冒険者が多数いるということを忘れるな!
こんな機会はめったにないから勧めたのだが……落ちて当たり前だから気にせず相手の胸を借りるつもりでやってこい。
分かったか?」
最後はエミリアの耳元で大声で激励した。
「そっ……そんな……落ちる落ちるって……連呼しないでください!縁起でもない。ですがそうですよね……落ちて当たり前のつもりで受けることを決めたのでしたよね……忘れておりました。ダメもとで頑張ってみます。」
エミリアはすくっと立ち上がり弓を握る手に力を込めた。
「わふっ」「わんっ」
ご主人が元気になり愛犬たちもうれしそうにエミリアの周りをぐるぐると回った。
「ではそろそろ試験会場に集合してください。」
係員が巧たちの控室にやって来て会場へ向かうよう促した。
カツンコツンとヒールの音が鳴り響くコンクリート製の建物の中の長い廊下をゆっくりと会場へと向かう……身の丈ほどもある雑草の茂みをかき分け魔物達の巣窟へ向かう時と今は、環境は全く異なるが状況的にはほぼ変わらないとエミリアは気を引き締めていた。
「それでは今年度秋の冒険者昇級試験最終日となりましたが、今回久々に特級への昇級試験を行いたいと思います。昇級資格の判定の大半は模擬戦闘で決まりますが、これから行う実技試験は各々が扱う武器に関して適正に扱えているかどうか判定するものです。特級にふさわしくない技術的に劣っている武器は、模擬戦闘時は使用不可となります。
なぜなら少しでも模擬戦闘を有利にできればと普段使い慣れていない魔道具やクナイ、投げナイフなどの飛び道具を使用すると、かえって危険です。あくまでも模擬戦闘であり狙いは正確に相手の防具がある部位でなければなりません。
その為……まずは実技試験として各人が使用する武器の扱いが基準に達しているかどうか判定いたします。
六名の受験者がいらっしゃいますがどうやら全員が魔道具をご使用なさるようです。その為魔道具に関しては全員が同時に実技試験を受けることになります。その他の武器として剣士が三名、槍使いが一名、弓使いが二名で、弓使いのうち一名は獣使いでもあるようです。主たる武器に関しましては最後にそれぞれの競技場で同時審査を行います。
まずは獣使いの方の実技試験を行いますから……その他の方たちは少々お待ちください。よろしいですね?では獣使いの方……相棒を連れてこちらへ……。」
審査員に呼ばれアルルとぺリルを引き連れエミリアが一歩前に出て、係員に誘導されて長い廊下をさらに奥へと進んで行くと……廊下の右手ドアの向こうは外で広い草地が見えた。
ドッグランのようで草地の中には花が植えられた花壇に砂場、水を張った水豪や十尺ほどの高さの木の柵が立てられていて、その横には案山子のような藁で形作られた人型が二体立てられている。奥行きは百間以上はありそうな広い空間だ。
「では……この実技場を使って相棒の愛犬らにそこに立ててある人形を攻撃させてください。攻撃時には当然ながら相手の反撃を考慮して単純に真正面から向かわせるのではなく、壁や木の柵などを使って多方面から攻撃させるようにしてください。当然ながら向こうからもボールを使って攻撃してきますから、それを避けながら攻撃させてください。
いいですか?始めますよ……。」
「すいませんっ!あまりに緊張しすぎて厠へ行くのを忘れておりましたっ。他の受験者の試験を見学しておく必要性がないのであれば今のうちに行っておきたいのですが宜しいでしょうか?今にも漏れそうで困っています。」
するとここで、甲冑姿の剣士の男が手を挙げてトイレへ行きたいと言い出した。
「すいません……俺もです……もう我慢の限界を越えそうで……。」
するともう一人……髭面で大柄な槍使いの男も手を挙げる。
「だから……控室にいるうちに済ませるようにとあれほど……とはいえ……そのままではまともに試験を受けられませんよね。仕方がありません……速やかに済ませて来て下さい。他に行きたい方はいらっしゃいませんか?
では……今度こそ……エミリアさん、お願いいたします。」
審査員は仕方がないといった風でため息をつくと二人をトイレへ向かわせ、エミリアには実技を開始するよう促した。
「はいっ。アルっ敵っ……頭噛みつけっ!ペルっ敵っ……左足噛みつけっ!」
すぐさまエミリアが指さしながら指示を出すと二匹がダッシュで一直線に駆け出していく……だが慣れたもので……
「がああっ!」
アルルは左へ方向転換し木の柵を駆け上りそこから横へジャンプ……ダミー人形の真横から頭部へ噛みついた。
「がっ!」
ぺリルは右へ方向転換すると側面の壁を使って三角飛び……もう一体のダミー人形の左側面から足元へ噛みついた。恐らくどちらに対しても照準を合わせてタイミングを狙っていたのだろうが……あまりに速すぎて発射されたペイント弾は二発共に標的に噛みついてから、それぞれ空を切った。
「は……はいっ……えー……補助武器としての獣使いは……十分上級職以上の実力ありと見なします。その為模擬戦での使用は可能と判断いたします。
えー……では……厠へ向かったお二人が戻って来たようですので、引き続き補助武器として今度は魔道具に関して実技試験を行います。では……皆さま振り返っていただき、廊下の反対側を見て下さい。」
審査員に促され廊下の反対側の壁を見ると開いたドアの先には……弓道場のように遥か先に白丸に幾つもの円が描かれたいわゆる的が置かれており、それぞれ幅が二間ほどずつ木枠にて仕切られている。そんな枠が八枠あるようだ。




