共生検討会議
9.共生検討会議
「では俺たちはこれで……ハルクたちはまだ残るのだろ?」
「はいっ、私たちはこのまま残ってさらに大岩への結界を重ねてより強固なものに致します。同じ結界を何層にも重ねるのは案外難しくて、未熟なものが行うと反発しあって元の結界までもが剥がれ落ちてしまう場合があります。その特性を利用して結界の解除が可能となっているのですけど、結界を重ねていくということはそれほど神経を使う難しい術なのです。
高度な技術が必要ですから弟子たちの修行代わりに丁度良いですからね。手が空いている者たちには大岩だけではなくこの小山全体へ結界を施させております。そのほうが三人一緒に修行できますし、より強固な結界となりますからね。」
「そうか……侯爵たちはハルクたちの分の食料も持ってきてくれたようだが、魚釣りで食べなくて済んだ分の俺たちの携帯食も置いていくから、そちらを優先で食べてくれ。それじゃあ……体に気を付けてな。」
「巧さんたちこそ……昇級試験頑張ってきてください。それではっ!」
侯爵たちとの引継ぎ後、巧とエミリアは王都への帰途についた。
「おおっ……お帰り。ケンリッヒ侯爵から聞いておるだろうが……魔王の体を隠したボーキ海の小島での戦いの際に魔族が教えてくれたという……人類にとって忌まわしい過去について証拠となる新聞広告は持ち帰って来たか?」
港からイーストリバー河口まで歩き川を遡上して王宮までつくと、エミリアの父であるシュタインベック公爵は待ちわびていたかの如くすぐに駆け寄って来て、ヘルムから渡された新聞広告の所在を聞いてきた。
「ああ……はい……これです。」
エミリアは唇をゆがませ少し思案して見せたが、それでもヘルムが対決時に地面に放り投げた長財布を冒険者の袋から取り出して父へ手渡した。
「おおっ……これは……やはり……。」
それは新聞の見開き一面に記された、勇者から魔王への出頭要請だった。
その文面は……魔王が魔物達の擁護に回り人間社会での生活をやめ、人里離れた場所で暮らし始めた後も人間社会に残った全ての魔族のうち、約半数は内側から人間社会を崩壊させるべく陰謀を企てていた疑いがある為これを罰し処刑した。魔王は速やかに一人だけで投降せよ。そうしなければ残りの魔族の命の保証はしかねる……と言った内容だった。
当時の大陸中の主要紙全てに全面広告したようで、下部に広告を掲載した大手新聞社の名前も記載されていた。
「ふうむ……千年前のボーキサイ国の新聞は今でも王立図書館に、王家に関する記事などが掲載されたものがいくつか保存されているから当時のものと同じかどうか、一応比較させては見るが……やはり……間違いはないのだろうな。
残った魔族が内側から人間社会の崩壊を企んでいたと書かれてはいるが、恐らくはそのヘルムとかいう魔族が言った事が正しいのだろう。なぜなら人間社会の崩壊を目指す気持ちがもしあれば、最初から全員が魔王側について人間たちと全面戦争でも始めればよかったのだろうからな。
仮にそうしていたなら……今は魔族か人間か……どちらの社会になっていただろうな……。
魔王率いる魔族も……直接武力を持って人間たちを従えるつもりなど……さらさらなかったという事なのだろう。
なのになぜ……当時は人間社会を肯定してくれる魔族も半数はいたというのに……どうしてこんなことを行ったのか、さっぱり分からんな。」
公爵が新聞記事の内容を読み上げ腕組みし、目をつぶって暫し考え込む。
「恐らく魔王の力……というか魔族の力を恐れたのでしょうね。
人間の何倍、何十倍もの力を持った存在……今はまだ人間に対して友好的な気持ちを持ってくれている魔族も多いが、全員が反旗を翻したなら恐らく勝てないか、たとえ勝ったとしても人間側の被害は甚大なものとなる。そうなる前に……今のうちならだまし討ちが出来そうだから一気に勢力を削いでしまおうと……そう考えたのではないでしょうかね。
仮にもしそうしていなかった場合……未だに魔王が存在していたとして……恐らく仲良く共存などしてはいないでしょうから、魔族側が結束して人間社会に戦いを挑もうと絶対しなかったとは言い切れませんよね?
魔族側だって文明が浸透して食糧事情が良くなればそれなりに数を増やしているでしょう……人間ほど増えないとしてもなんせ簡単には死にませんからね……そうなると魔族らが一大勢力となりどこかに国というか自治区を作っている可能性すらあり得ます。人間にとっては脅威ですよね……だって終始ご機嫌をとっておかなければ攻められたら大変だ。
そんな未来を予見してとんでもない愚行に手を染めたということは、十二分に考えられます。」
巧が当時の状況と人間側の心境を想像して解説する。
「成程……魔族を恐れる気持ちが渦巻いて……人道的には到底許されん行為に走ったと……考えられるな。
分かった、聞いておるとは思うが……まずはこの大陸内で千年前の新事実について水平展開して意見交換を行う。
その上で各国国民にも事実を打ち明けるべきかどうか相談し……更に魔物や魔族との共生について議論する会議が開催される。悪いがエミリアと巧殿も直接魔族から事実を告げられた本人として出席してほしい。
なあに……主催はボーキサイ国だから移動の必要はない。開催は三日後じゃ。それまでは長旅の疲れをゆっくり癒してくれ。それではな……。」
公爵はそう言い残して王宮廊下を戻って行ってしまった。
「は……あ……またボーキサイが主催国……悪夢が……。」
「ど……どうして……???」
巧もエミリアも会議本体ではなく、主催国という状況に関して深い脅威を覚えていた……。
「魔王の体を隠したとされる羊皮紙が示す場所にて相対した、ヘルムという魔族が保管していたとされる千年前の新聞広告……その真贋について解析を致しました。
ボーキサイ王宮図書館にて保管されていた千年前当時の新聞と比較して、紙質は現在のものに比べてきめが粗く漂白技術も未熟であり保管されていた物と同等、活字はおおよそ九百年前まで使用されていた旧字体によるものでした。
当時、活版印刷技術はまだ発明されておらず木の板に反転した文字を掘って印刷するいわゆる木版印刷でしたが、新聞各社のレタリング技師が文字意匠を取り決めており、魔族が保持していたものと広告を出した新聞社の当時の新聞と見比べましたが合致致しました。更に印刷されているインクもおよそ千年前に使用されていた顔料と分析されております。
つまり……魔族が保存していた新聞広告は千年前のものであると鑑定され、魔族が主張したとされる人間側の非道な行為は事実であろうと結論付けされました。」
シュタインベック公爵が、ヘルムが保管していてエミリアが持ち帰った新聞広告が解析の結果本物であったと告げる。
「おおっ」「なんてことだ……」「信じられん」「どうしてそこまで……」
会場内がどよめきに包まれる……
「一つ質問してもよろしいかな?」
ほぼ満席の会場内の、しかも貴賓席から手を挙げて質問を願う出席者が……金糸に銀糸をふんだんに使った豪華なガウンを身にまとった、口ひげと顎ひげを蓄えた威厳と風格を合わせ持つターメリア国王だ。
「はい……ターメリア王様……如何されましたか?」
「魔王に関する記録を残そうと紙に記すとすぐに燃え灰となる……魔王の呪いと評されるものだが……おかげで魔王に関する歴史上の記録は一切残ってないとされておる。なのになぜ、この新聞広告は燃えずに残っておるのだ?」
「はあ……そういえば……そうですよね……。」
問われてすぐに納得してしまい、公爵も首をかしげる。
「はいっ!……その新聞広告は魔王の呪いの前……つまり魔王の存命中に記されたものであるからと推察されます。
人間側にとっては恥ずべき記録……いわば黒歴史ですから……恐らく魔王の呪いに乗じて人間たちの都合で、残っていた新聞広告は全て破棄されたのではないでしょうか……魔族側で保管していた分だけ除いて……ですが……。」
エミリアが手を挙げ椅子から立ち上がって代わりに答えた。
「成程そうか……そうであればこの黒歴史ともいえる新聞広告の内容であれば、魔王に関する記録でも残せるという事か?」
「恐らくは……と言いますか、ケンリッヒ侯爵らが報告に戻る際にこの記事の内容をメモしてから戻られましたが、その時には燃え上がりませんでした。つまり……この記事の内容に関しては魔王の呪いの対象外と考察されます。」
ターメリア王の問いかけにエミリアが実績を交え答える。
「おおっ……そうか……では早速その記事の写しを貰って帰り印刷配布し、我が国でも千年前の愚挙を知らしめ……そうして魔物や魔族との付き合い方を今一度熟考させよう。」
ターメリア王は何度も小さく頷くと、満足げに背もたれに寄り掛かった。
「おおっ……それはいい考えですな。早速わが国でも……」「我が国でも……」「我が国でも……」
ターメリア王に続き各国王が頷いた。
ボーキサイ国はもとよりターメリア、メンドー、スーバキ四か国の国王が一堂に集い、更にハリキル国は国家元首とスムープ聖教会からは教皇までもが参加されている、いわば首脳会談ともいえる重要会議は、今回も王宮一階のホールで行われていた。
「さて……それでは……ターメリア国王様からもお話が出ましたが……今後の魔族と魔物との共生に関しまして、我々人間がどのように考え、どのように行っていくべきなのか……それに先立ちまして、各国の魔族及び魔物に対する対応状況などをお聞かせください。」
そうして今回会議の主題となる議題が提示された。
「わがハリキル国では魔物と言えど一つの命……尊厳あるものと考え、基本的には魔物の巣窟を見つけても駆除せずそのままとしております。それでもその巣窟の規模が大きくなりすぎて、群れから離れた個体が人里まで降りて来て田畑を荒らしたり、人や家畜に危害を及ぼしたりする場合はその個体を駆除いたします。
その上で……規模が大きくなりすぎた魔物の巣窟は掃討というような全滅させるのではなく間引きを行い……適正数を確保できるよう調整しております。そういった事情もありハリキル国内には冒険者が職業として成り立たないのか、専業とする冒険者はほぼおらず、魔物の巣窟の間引きの際には他国の有力冒険者へ依頼しております。」
まずはハリキル国の国防大臣が自国の現状を発表した。
「ターメリアでは魔物の巣窟が民家など人間の生活圏より平野部では十里以内、里山含め山間部の場合は三里以内に発見された場合は即刻掃討……山岳地帯では殺さずに追い立てるだけの場合もありますが、基本的には規模の大小に関わらず掃討し、壊滅させております。
その効果もあってか魔物の生息圏は人里から遠く離れた山奥のみに分布しており、ここ十年以上も魔物による人的被害は発生しておりません。」
続いてターメリア国の外務大臣が現況報告を行う。
「ボーキサイ国では……元々国力は豊かではなく、国民の食生活を守るのが精いっぱいで魔物の巣窟掃討へ予算を割くことも出来ず、長きにわたって魔物との好まざる共存が行われてきたと言えます。特に八年前の戦争勃発後は国力が疲弊し魔物への警戒に当たる兵力も全て前線へと駆り出され、魔物への対抗勢力は冒険者のみでした。
しかも国家として報奨金など出せるはずもなく、被害地域からの雀の涙ほどの礼金のみであり……それでもその礼金と獲得した魔物肉や毛皮などで生計を立て職業とする冒険者が最も多く存在する国と言えるでしょう。
基本的には人里へ降りて来て田畑の作物や家畜及び人間に被害を及ぼす魔物を見つけた場合は、その巣窟ごと一掃するというやり方です。
中にはケンリッヒ侯爵の様に魔物達が生き物であり生存する権利があると主張し、魔物の巣窟を監視し規模が大きくならないよう常に気を配り手当を施している冒険者もいらっしゃるようです。」
シュタインベック公爵がボーキサイ国の実情を報告。
「メンドー国でもボーキサイ国と同様、田畑を荒らされたり家畜を殺されたり人が襲われたりと……実際に被害が出てからですね……勿論被害を及ぼした魔物は駆除しますし、魔物の棲み処あろう巣窟も探して一掃いたします。
巣窟の規模に応じて報奨金を出して冒険者に依頼するか、大規模巣窟が見つかった場合などは軍隊を派遣して掃討いたします。ボーキサイ国の北の勇者と評されるケンリッヒ侯爵は我が国でも有名でして、北部山脈を基盤とする冒険者の中には侯爵と同調して、一緒に魔物の保護活動に当たっている冒険者も存在すると報告を受けております。」
メンドー国外務副大臣スワァルテが報告。
「………………………………スーバキ国でもメンドー国同様の対応となっております。」
スーバキ外務大臣はメンドー国と同様と報告を行った。
「各国の現状の対応状況が明らかとなりましたが、それらを踏まえたうえで今後どのように魔族及び魔物らと相対していくのが良いか……それぞれ忌憚のないご意見、お考えをお聞かせください。」
いよいよ議事は本題に入った。
「既にボーキサイ北部山脈で保護活動が行われているというのであれば、その活動を国家行事としては如何か?メンドー国の一部冒険者は参加しているというし……ハリキル国も加わって三国の境界辺りの山岳地帯に保護区を作って、そこを魔族と魔物達の楽園としてはどうだろうか……。
最終的には金網柵などを設けて隔絶させねば、そこから漏れ出てきた魔物が人里に降りて来て被害を及ぼす場合も出てくるだろうが、できれば狭くとも平野部もある程度は確保してやりたい。
勿論我が国とスーバキ国との国境山脈できればボーキサイ国も加わっていただき三国の国境辺りにも保護区を設けて、同様に金網柵を設けて魔物と魔族らの楽園とする……共生とは到底言えんが、それでも魔物の数が増えても駆除されずに生き続けられる保護区としては成り立つのではないだろうか。
区域が制限されていれば採取できる食物にも限りがあるだろうから、いずれその区域内で生存できる個体数は淘汰されるであろうから、わざわざ人間側が手を下さずとも済むようになるはずだ。
ボーキサイ国だけ北東部と南西部の二ケ所に保護区を抱えるが、その分平地は提供しなくても良いことにすればそこそこ平等と考える。如何だろうか?」
すぐにターメリア王が大陸内に二ケ所保護区を作ってはどうかと提案する。
「おおっ……」「成程……」「さすがターメリア王……」
すぐさまその考えに同調する声が囁かれ始める……
「ただ今のターメリア国王様のご提案に対して、ご意見のある方はいらっしゃいませんか?」
議事進行上、反対意見が出なければ可決とはなり得ない為、主催国の大臣であるシュタインベック公爵が意見を促す。
「魔族と魔物の保護区を作り、それを大々的に宣伝したところで……当然ながら魔物達に通じる訳はなく、魔物達を捕獲してその場所まで運ぶのは当然ながら俺たち冒険者となるはずで……そりゃあ仕事として依頼されれば魔物を殺さずに捕獲して運ぶこともやぶさかではないが……恐らく言葉が通じるはずの魔族は従わんでしょう。
なぜなら未だに千年前の裏切られた当初から生存する魔族は少なからず存在するはずで、今回もまた集められて処刑されるのではと疑念を抱いて絶対に行かないでしょう。保護区の周囲から一斉に火を放たれでもしたなら、いかな魔族でも逃げ切れず死んでしまうでしょうからね。
まあそれでも魔物だけでも保護区を作ってそこで自由に生活させること自体には魅力を感じますし、そうすることでもしかして獣の魔物化現象が収まる可能性すらあると考えます。
あくまでも周囲と隔絶した区域とする必要性はあるでしょうが、例えば無人島一つを与えられた場合でもその島の食糧事情に見合った数しか生息できませんし、島ではなく大陸をあてがわれたとしても行きつく先は同じはずです。あくまでも同じ大陸内で生活していくために必要な措置であり、区画分けすることを人間側のエゴと一概には言えないでしょう。
千年前の黒歴史を人間側も事実として認識し、更に保護区を設けて魔物の虐殺を少しでも減らすことが継続すれば……この先何世代か先には魔族側もわだかまりを捨てて、保護区での生活に甘んじてくれるかもしれません。」
巧が立ち上がってターメリア国王の案は完ぺきとは言えないが、それでも行う価値はあると賛成意見を述べた。
「ボーキサイ国としては反対する理由もありませんから、賛同させて頂きます。」
巧の意見を取り入れたのか、ボーキサイ国王が早々に賛成を表明した。
「メンドー国では戦時下でも山岳地帯の魔物の巣窟に関しまして、ボーキサイ国のケンリッヒ侯爵にご指導いただいて魔物の保護に努めてまいりました。魔物の生息域を金網柵で限定する方法は少々乱暴にも思えますが、それでも柵内は魔物の生息数に関わらず人手が入らないのであれば、それはそれで魔物達の楽園となり得るのではないかと考察いたします。
ターメリア国王様のご発案通りに、大陸内に二ケ所試験的に運用するという形が望ましいかと考えます。」
ついでメンドー国外務副大臣スワァルテも賛成した。
「おお……そうじゃな……メンドー国はターメリア王のご意向に沿うとする。」
「では……スーバキも同様に……。」
なんとメンドー国王とスーバキ国王が即決で同意した。
「ハリキル国もターメリア国王のお考えに同意いたします。」
ハリキルの元首も同意。
「魔物とはいえ生き物ですから、保護活動を本格的に実施されることは大変にうれしい事です。ありがとうございます。」
最後にスムープ聖教会の教皇が立ち上がって頭を下げた。




