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制覇

9.制覇

「鳥や獣は魔物化して狂暴化すると同時に、集団で助け合って襲い掛かるといった知恵も授かるようだからな……結構厄介だぞ。本来ならせいぜいつがいの二頭程度で襲い掛かっているだけの猪が、キジやカモにイタチなどの斥候というか先発部隊を使って陽動作戦を仕掛け、本体は背後から襲ってくるんだからな……。


 だがこれで俺たちがこの森に招かねざる客として受け止められ、排除にかかってきたことが分かった。森の端から端までしらみつぶしに回る必要性もなく、魔物たちは向こうから襲い掛かってくるだろう。こっちは向かい撃てばいいだけだから時短になるし、そう考えると楽な闘いだ……。」


 冒険者は下草をかき分けながら、ずんずんと森の奥へと進んでいく。


「でも……また上級魔物の……特に魔族に先導され囲まれたなら……。」


「ああ……奴らは魔物を使って集団で取り囲むように襲い掛かってくるからな……囲まれたらエミリアは矢が続く限り襲い掛かってくる敵を撃ち続けろ!俺は単騎で突っ込んでいって群れの首領級を撃ち取る。そうすれば指令系統ががたがたで隙が生まれるからな……順に撃ち取って行けばいいだけさ。


 首領級は腕もたつが何より戦闘に長けていて仲間と連携攻撃を仕掛けてくる場合もあるから厄介だが、逆に言うと、こいつさえ仕留めてしまえば残りは烏合の衆ともいえる。尤も……本気の魔族相手では魔道具のない今は戦いようがないけれどな……だから魔族がもし現れたらそれはもう……一目散に逃げるしかない。


 魔族以外でさえあれば……首領級を倒しさえすれば何とかなるはずだ……まあ……ぐずぐずしていると二番手三番手が首領となって指示系統が確立されて行くんだが……首領級を倒したら手を緩めずに一気に仕留めるのがコツだ。


 疲れたなんて言ってはいられない、こっちも死ぬ気でかかるんだ……そうでもしなければ、少人数で魔物の巣窟には立ち向かえないからな。」


 冒険者が、対ボス戦の心得を披露する。


「わかりました……十分肝に銘じておきます。」

 エミリアはいつになく神妙な面持ちで答えた。



「うっ……うー……。」

 ひざ下程度ある下草を監察しながら獣道のような僅かな窪みを辿ってしばらく歩いていくと、先を歩いていたペリルが低く唸って地面を掘り始め、それから後方へ飛びのいて上方を見上げた。


「ちいっ……ハチだ……集団で襲ってくるぞ!逃げたほうがいい……。」

 先頭を行く冒険者は振り返るとエミリアの脇をすり抜け、一目散に来た方向へと逃げ出して行った。


『ブーン……』

 一つ一つは小さな羽音なのだろうが、示し合わせたかのように同じテンポで調子を合わせ、大きな音となって木々の間を反響しながらゆっくりと近づいてくる。


 エミリアは麦わら帽子のつばに両手を当てると、そこから引き出すかのように白い布のようなものを下へ垂らした。それは細かい目で編みこまれた網のようで、肩口から胸元近くまで覆われハチ対策と思われた。


「ペルっ、防御姿勢!」

 後方へ退避していたぺリルはエミリアに促され地面に突っ伏し、両前足で両耳と両眼を覆った。


 エミリアはしゃがみこむと弓を担ぐように肩に引っ掛け肩から下げたショルダーバッグから軍手を取り出すと、すぐさま腰のベルトに挟み込んでおいた先端に布を固く巻きつけた木の棒二本を膝上に並べ、その一方に火打石を叩いて火花を散らし火をつけた。


 すぐさまくすんだ黄色と黒の縞模様が群れとなって現れ、一目散に黒山へと群がり真っ黒な塊が、幾重にも重なった黄褐色の縞模様に埋め尽くされると、すぐさまエミリアが火のついた棒を黒山へと押し当てていく。


 チリチリという音とたんぱく質の焦げる匂いが辺りに立ち込めて行くが、黒山を埋め尽くす黄褐色の縞模様は一向に離れない。エミリアは入念に黒山の周囲からその頂点へと切れ目なく炎を当てて行き、やがて全ての振動が止み辺りが静けさに包まれた。


「ペルっ、もういいわよ。」

「ぷふぅー……」


 エミリアの言葉と同時に黒山が動き出し、大きく息を吐くとブルブルっと体の水けをはじくように勢いよく震わせ、毛に絡みついた半分黒焦げの縞模様を弾き飛ばした。


「パリパリポリポリ……。」

 そうして焦げの少ない個体を器用に前足で選びながら、おいしそうについばみ始めた。


「ペルっ、食べるよりも前に、巣を掘り出して頂戴!」

「わふっ!」

 エミリアに急かされペリルは駆け出すと、少し先で倒木の辺りで振り返った。


「そこにあるのね……いいわ……代わってあげる。」


 エミリアがその場へ到着するとペリルは先ほどの場所に戻り、地面に落ちた半分焦げた死骸をついばみ始める。エミリアは地面に向かって松明の炎を当て、ハチが飛び出して逃げないよう周りの落ち葉にも火を移して、いぶし始めた。


「へえ……かなり大きな巣ね……大収穫だわ……。」


 エミリアは嬉しそうな笑顔で、それでも慎重にゆっくりと地面から白い平版が幾重にも重なった塊を掘り出して切り分けると、布袋に包んでショルダーバッグに納めていく。


「おっ……おお……無事だったか……というより……仕留めたのか?かなり大きな群れのようだったが……。」

 暫くすると冒険者が戻ってきて二人の様子を窺うと、信じられないといった風で地面に落ちた焼け焦げた死骸と掘り出された白い平版を何度も眺めなおした。


「大スズメバチでしたね……魔物化しようがしまいが彼らの領分に足を踏み入れると襲い掛かってきますから、森へ入る時にはいつも警戒しておりますよ……。」

 エミリアはそう言いながらハチよけの防護網をめくり上げ、麦わら帽子のつばの上に畳んで収めた。


「そうだったか……だが……どうやって?俺もいつもは防護網を周囲に張ってから火炎魔法を使って、飛んでくる集団を一気に燃やしてしまうのだが……今はすべて使い果たしているので剣では太刀打ちできないと思い逃げた。甲冑も通気性を優先しているので関節部分には隙間があり、そこから侵入されたら堪らんからな。


 その帽子からハチよけの網は下ろせるようだが、その程度では集団で襲い掛かられでもしたら耐えられんはずだ。なのにどうやった?」

 冒険者はまじまじとエミリアの様子を眺め、不思議そうに首をかしげる。


「ハチは習性として黒いものに群がります……なのでペルをおとりにしたのです。ペルの毛は真っ黒で剛毛で毛足が長いですから、どうやっても針は体に届きません。そうして細かく縮れているので、群がったハチはやがて毛が絡まって動けなくなってしまうので、そこに松明で火をつけて焼き殺していくのです。


 ペルも多少は熱いのでしょうが、皮膚にまで炎が達することはないので我慢させています。ペルは焼いたハチが大好物なので喜んで協力しますよ。


 スズメバチの巣は幼虫が高値で売れますから、いい稼ぎになるので、たまに森へ獲りに行っているのです。


 いつもの森はもう入り口付近の巣は掘り起こしてしまい早々に来シーズン待ちと思っておりましたが、この森でずいぶんと稼げそうですね。」

 エミリアが笑顔でポンッとショルダーバッグを叩いて見せ、それから冒険者の袋にバッグごと納めた。


「そ……そうか……それは頼もしいな……じゃあ次もまた……悪いがお願いする……。」

 冒険者は小さく頭を下げた。


「私たちの救出のために全ての魔道具を使い切ってしまったのですから、仕方がありませんですよ……ですが……百戦錬磨に見える巧様にも苦手なものがあると分かって少し安心いたしました。」

 エミリアが今度は歯を見せて笑った。


「いや……あの……甲冑の中に入られたときの大変さは一言では言い表せぬのでな……なにせ巣窟のある森の中で甲冑を脱いで一旦裸にならねばならんのだからな……魔物に襲われる恐怖も重なり、生きた心地がしない……あんなことは二度と御免だ!」


 余程つらかったのだろう、冒険者は何度も首を横に振り叫んだ。


「大丈夫ですよ……私たちはパートナーなのですから……苦手なことがあれば互いに補い合って、戦えばいいのです。」

 二人と一匹は更に森の奥へと進んでいった。



 その後も二つのスズメバチの巣をつぶし、エミリアのショルダーバッグに収納しきれずに冒険者が持っていた巾着袋迄使い始めたころ、ほっとしたように冒険者が呟いた。


「どうやら魔物たちもスズメバチは敬遠している様子だな……ダンジョン内にもスズメバチエリアというものが存在していると見える……だがこの先は魔物たちの瘴気が濃い様子だな……用心しろよ……。」

 ようやく自分の出番とばかりに冒険者は腰の剣を抜き、身を低めにゆっくりと前進し始めた。


 ふいに甲高く乾いた音が冒険者の右前方で鳴り響き、そのまま冒険者に向かって下草がなぎ倒されていき冒険者の五間ほど前で止まった。


「あ……アル?いえ……違う……。」


「グー……ギュルギュルギュル……」

 真っ赤に光る目を血走らせたそれは、真っ黒い四つ足の……アルルやぺリルに見間違うほどそっくりの犬だった。


「まてっ……魔物化している、近づくな!」

 無警戒な面持ちで思わず数歩歩みだしてしまったエミリアを、冒険者が急いで制する。


「グアッ……」

 ……が、時すでに遅く、魔物は後方へ体重を移動させたかと思うと次の瞬間……ヘエミリア目がけて宙を飛んでいた。


「ちいっ!」

 冒険者は駆けだしながらもクナイを魔物に向けて放ち、更に右前方の木立に右足をかけて左足を大きく蹴ると、そのまま木の幹を駆けあがるようにして二歩進み、背面状態で魔物に向かって飛びあがった。


 魔物はクナイを避けるよう宙で身を一回転させ、エミリアの右前方で着地……


「だありゃあっ……」

 丁度そこへ冒険者が右手だけで剣をふり高所から斬りつけていく……が……すぐさま魔物は左後方へジャンプ。どうやら素早さでは冒険者の遥か上を行く魔物のようだ……


「ペルっ……」

「ううう……くーん……」

 犬系には犬をと……エミリアは指示を出したが、ぺリルは魔物を見つめたまま全く動こうともしない。


「もおっ……」

 仕方なく矢を弓につがえるが……目標へ構える前にすでに黒山は飛んでいた。


「だありゃあっ…………ちいっ!」

 またもやエミリア目当ての魔物目がけ、冒険者が剣を振りかぶり大上段で斬りつけていくがすぐさま身を翻して後方へと戻っていってしまう……


「わふっ……わっ……」

 するとぺリルは一頭だけで左背面から向かってくる別の一団へ飛び込んで行った。


「奴の素早さでは矢で射かけることは出来そうもないから、エミリアもぺリル同様後方の別動隊を攻撃してくれ。十分背後にも気を配ってな……俺はあの黒い魔物に専念する……。」


 冒険者はそういうと魔物とエミリアの間に割って入っていくが……魔物は冒険者越しにその後方を伺うように伸びをした後、助走もなしに宙へと飛んだ……


「だりゃあっ……」


 冒険者は数歩助走した後跳躍し、頭上を飛び越えようとする黒い影目がけて斬りつけていく。いくら跳躍力がすごいと言っても、人間が跳躍しながら大上段に振りかぶって斬りつける高さをさすがに越えることはできない……魔物はまたもや空中で身をよじり方向転換を余儀なくされた。


 だがその動きを呼んでいたとばかりに、冒険者は右足で着地すると同時にもう一度跳ね上がり、魔物を追うように左方向へ方向転換し、更に左手に剣を持ち換えて水平にふるった……


「キャインッ!」

 遂に切っ先が魔物の左わき腹をとらえた……


「どぉりゃあっ……だあぁっ……どっせっ!」

 この機を逃さじとばかりに冒険者は剣を振り回しながら、魔物目がけて突っ込んでいく。魔物はそれでも逃げようとはせず、遠くを見つめるような仕草を交えながら何とか剣を躱していく……が……


「せいやっ!」

「キャンッ!」


 冒険者の全身を伸ばしながら捨て身で放った突きが……跳躍して逃れようとした魔物の下腹部をとらえると……「キュゥウーン……」


 冒険者は手首だけで剣を翻し、魔物を地面に落とすとそのまま全体重をかけて魔物の体を貫いた……魔物は悲鳴を上げる余裕もなく、四つの足で暫しもがいていたがすぐに動かなくなった。


「ふうっ……すぅー……」

 冒険者は息を吐いてからゆっくりと吸い込み、振り向いてからもう一度駆けだした……。



「はっ……はっ……はっ……」

 数十メートルほど駆けていった先では、エミリアが矢継ぎ早に周囲の動くもの目がけて矢を放っていた。


「だりゃあっ!」

 冒険者はエミリアの横を駆け抜けると左へ方向転換し、大木の陰へと回り込み潜んでいた小動物系魔物に斬りつけていく……。


 エミリアの注意を引き付けるために、たまに顔を出すだけで襲い掛かろうとしていなかった狐系魔物は驚き目をむいて身構えようとしたがすでに遅かった……二匹は左から袈裟懸け右から突き上げられ地に伏した……。


「ふうっ……もう大丈夫だ……辺りから魔物たちの気配が消えた……。」

 冒険者は体ごと回転しながら周囲の気配を探り、安全を宣言する。


「牛系魔物を二頭倒した後は馬系魔物一頭に……鹿系が二頭と猪系が三体……ウサギが四羽まで仕留めましたが……狐だけは……体も小さくてちょこまか動き回って……木の陰に身を隠してこちらを伺うものですから……放置もできず弱っておりました。ご助力感謝いたします……。ペルっ!」


 エミリアは矢を矢袋にしまうと巧の方へと歩みながら周囲を見回しぺリルを呼んだ……が……返事がない。


「ペルっ!」

 もう一度……


「相棒はあそこだ……もしかしたら……母親なのかもしれないな……同系の犬だししかもメスのようだ。


 強敵だったが戦っていても心ここにあらずというか……君を攻撃しようとするだけで、俺に向かってこようとはしなかった。もし俺を倒そうと本気で向かってきていたなら……やられていたのはこっちかも知れなかったくらいだ。君に子供を盗られたと勘違いしていたのかもしれないな……。」


 冒険者は数十メートル先の黒山……犬の魔物の死骸を指さした。


「くーん……きゅーん……。」

 そこではぺリルが悲しそうに、魔物の死骸を舐めていた。



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