ダンジョン突入
8.ダンジョン突入
「雑草の丈が高く街道からは見えなかったが案外と街道からすぐの場所に、うっそうと木々が生い茂った森があるものだな……これだったら日中は森に潜む魔物どもが、夜になると街道筋迄徘徊してくるというのも納得できる。
こんな生活圏近くの森など……木々を伐採しておけばこうはならなかったのではないのか?それとも精霊が住む……とかで排除できないとか理由があったのか?」
エミリアに誘われてアルミナとテルミの中間地点で街道を外れ、背丈ほどもある草をかき分けながら僅かな獣道の痕跡を辿って行くと、半里も行っていないところから見上げるほどの高い木々が生い茂り、昼間でも日の光を遮るような暗い森が現れた。
「いえ……元はこの辺りも耕作地だったはずです。森は恐らくここから三里か四里は奥にあったはずですが、人々が耕作地を放棄したのち、魔物の侵攻とともに森もその勢いを伸ばしてきたのでしょう。
森は勢力範囲を広げ、恐らく森自身がダンジョンと化していると思われます。少々侮っておりました……これでは日の入り前にテルミへ到着するのは難しいかと……魔物を駆逐した後に森の中で野営することになってしまいますが、よろしいでしょうか?」
エミリアが少し表情を強張らせ冒険者に問いかける。
「ああ……仮に森がここから三,四里奥まで続いているのであれば、森中に巣くう魔物を一掃するのは一日でも足りないかも知れないくらいだ……下手に討ち漏らしたままにしておくと死に物狂いとなり、町の城壁でさえも飛び越えて街中でひと騒動起こすかもしれん。
徹底的に駆逐するとなると……これからかかって……夜も一晩中……明日も恐らく深夜まで……と言った見積もりだが……体力的には大丈夫か?洞窟などの巣窟と違い、森なら脱出先は豊富だから危険だと感じたならすぐに逃げられる。
だから結構踏み込んだところまで追うことは可能だろうが……そこで緩めると逃がしてしまったり、逆に反撃を食らったりする場合もあるからな。途中で寝ている暇など皆無だが……大丈夫か?」
すると今度は冒険者がエミリアに確認してきた……どうやらエミリアの予想よりも遥かに長い戦いになりそうだ。
「問題ありません……試験勉強で二,三日徹夜することはざらでしたし……体を動かしてさえいれば、眠くもならないでしょう。こう見えても体力には自信があります。」
エミリアがペリルの頭を撫でながら明るく答える。
「そうか……では行くぞ。干し肉に煎り米など……携帯食はとりあえず小さめの袋に小分けして、腰からぶら下げておけ。戦いの最中にいちいち食事休憩などできないからな、少しでも魔物の気配が遠のいたら、その瞬間に目一杯頬張るんだ。相棒の分も忘れずにな……。
本来ならリンゴやミカンにバナナなどの果物がいいのだが……アルミナの市場には干からびたようなものしか売っていなかったからな……取り敢えず水分補給用に、俺の携帯食の果実の搾り汁が入った筒を渡しておく。紐がついているからそれを腰に巻いておけばいい……。」
冒険者はそう言いながら一本の竹筒をエミリアに手渡した。
「ありがとうございます。でも……巧様はよろしいのですか?それに……戦闘中は兜を脱ぐ暇などないのでしょう?巧様は食事はどうなさるのでしょうか?」
エミリアが渡された竹筒についた紐を腰に巻き付けながら、冒険者の方へと振り返る。冒険者の兜は上からかぶって首元まで全て覆うタイプのもので、前面の鼻と口部分が格子状に開いてはいるが、とても食べ物など固形物が通りそうにはない。まさか二日近くも何も食べないつもりなのだろうか?
「ああ……この甲冑には色々と仕掛けがあってな、腰部分の内側に竹筒が数本仕込まれていて、果実と野菜の搾り汁と乾燥芋の粉と砂糖を混ぜた飲み物をそれぞれ入れてある。そこからゴムの管を通して口元へ届いていて、戦闘中でも咥えて吸い込めば栄養補給が可能だ。
まだ冒険者の袋の中には以前に入手した新鮮野菜や果物に芋など残っているから、魔物どもを駆逐した後でまた作って仕込んでおけばいい。上級魔物の巣には野菜や果物など豊富に蓄えられている事があるからな……うまくすれば補充も可能だろう……。」
「へえ……便利ですねえ……それに……冒険者の袋……ですか?ダンジョンで手に入れた宝物だけではなく、野菜に果物や家畜肉まで新鮮なままで蓄えておけるのですよね?
便利ですよね……母様は冒険者をやっていたけど仕留めた獲物の大半は近隣の人に配っていましたから、冒険者の袋は持っていませんでした……。」
エミリアが至極残念そうにため息をつく。
「うん……?おかしいな……冒険者組合は国に属さない独立団体で、この地域の組合も他の地域と同じなのだろう?だったら持っていたはずだ……冒険者認定試験に合格すると組合が支給してくれるからな。
但し……俺が持っているような大袋ではない……これは特別仕様のもののようでな……甲冑や武器の予備も入るが、獲物として牛五頭程度ならバラせば収納できる容積がある。但し……かなり値が張るらしい。
これも俺が記憶を失って発見されたときに持っていたものだ。冒険者の袋は組合が登録した冒険者以外には開けることは出来ないからな……他人は使えないので基本的には盗まれることはない。
組合から支給される冒険者の袋は、がま口財布を少し大きくしたくらいの袋でな……それでも口の大きさに入るものなら長いものでも収納出来て、剣や弓矢など収納可能だ。口元が小さいので塊肉に切り分ける必要性はあるが、獲物の肉なら数百貫は収納できたはずだ。
御母上は魔物に襲われて命を落とされたという事だったが、もしかするとその時の戦いで紛失したのではないだろうか……いや……それよりも……エミリアも冒険者なのだろう?だったら冒険者認定に合格した後に、冒険者の袋を支給されなかったのかい?」
「ええっ……あの……がま口財布……が冒険者の袋だったのですか?頂きましたが……この子たちに出会った時にアルの首にだけがま口財布が結び付けられていたもので……中身は空でしたし……不公平だから私が認定合格したときにもらったものをペルにもつけてあげていました……これがそうなのですね?」
エミリアが指示するとすぐわきの黒山が寄ってきてエミリアを見上げた。するとその首元にはがま口財布のような袋が紐で結びつけられているのが見えた。
「ああ……それが冒険者の袋だ。恐らく最初からついていたというのは、エミリアの御母上のものだろう。
だが……冒険者の袋についての説明は冒険者認定試験合格後の講習会で受けるはずだぞ……居眠りでもしていたのか?」
冒険者はエミリアの顔を兜の面帯越しにまじまじと眺めながら首をかしげる。
「居眠りだなんて……冒険者認定も……父様を説得して何とか受けることを了承いただいたのです。未成年ですから、親の同意なしでは受けられませんから……。
ですが森へ薬草を積みに行くだけの外出目的のための資格なのだから、冒険者としての手引きなど不要と言われ、講習会は出席できなかったのです。認定試験受けたらすぐに家に連れ戻され、後から合格通知とともに冒険者証とバッジとがま口財布が送付されてきました。
ですからこのお財布は買い物に持ち歩くには少し大きいし、ただの記念品だと……そう考えておりました。」
エミリアは少し不満気味に頬を膨らませた後微笑んで、舌を少し出して見せた。
「ええと……こっちがペリル……だったか?こちら側がエミリアが組合からもらった袋であれば、エミリアが使うことが出来るはずだ。試しに背負っている弓……いや……入れるのは誰でもできるからな……取り出せなくなると困るから、矢を一本だけまず入れてみて……取り出せるか確認してみるといい。」
「はあ……どうやるのですか?まずは矢を一本……がま口を開けて……中に入れてみます。
それで……どうやって取り出すのでしょうか?がま口の中に向かって矢よ出て来い!とでも叫ぶのでしょうか?」
冒険者に促されエミリアがペリルの首から下がった袋の口を開け一本の矢を入れてみると、袋の奥行よりはるかに長い矢だが、そのまま吸い込まれるように入って行った。
「今入れた矢をイメージして……それをつかみ取るつもりで袋の中に手を入れるんだ。すると矢が指先に触れてつかめるからそのまま引き出す……複数本入れてあるときは取り出す本数を頭に描いて手を入れるといい。」
「はあ……あっ……取れた……へえ……ペル……ごめんねエ……これは返してもらうわ。そうだ……テントに寝袋に着替えなど入れたリュック……これらも中に入れられるわよね……。」
エミリアは矢を取り出した後でペリルの首から袋を取り外し背中に担いでいたリュックを下ろすと、まずは寝袋を押し込み次はテント……続いて大きなリュックからいくつか巾着袋に小分けした荷物を取り出して次々納めていき、最後はリュック自体も冒険者の袋の中に納めてしまった。
そうして身軽になってから冒険者の袋を自分の腰辺りに紐で括り付けた。
「わふっ……くーん……。」
ペリルはその様子を少し悲しそうに眺めながら、やがてその場に腹ばいに寝そべった。
「もしかすると御母上の形見とか最後の言葉……などが、残されていた袋の中に入っているかもしれないな。」
冒険者がぽつりとつぶやく。
「ええっ?ですから……アルの首につけられていたのは、中身は空でしたよ?」
「だから……登録された本人にしか使えないんだ……登録されていなくても中にものを入れることは出来る……だけど入れたものは登録されたものにしか取り出せない……だから普通のがま口財布としても登録されていなければ使えないんだ。
だが……御母上の形見の品なのだろ?そうだ……冒険者の袋には副使用者を定められるはずだ。」
「副使用者……ですか?」
「ああ……冒険者は危険な職業だからな、いつ命を落とすかもしれない。冒険者の袋は耐火性も施してあるし強靭だから魔族の業火で焼かれても……あるいは雷撃を受けて冒険者が黒焦げとなったとしても袋だけは無事に回収される場合が多い。
だが所有者以外は開けられないから、遺品として受け取った後で開けられるよう考慮してもらいたいとの遺族らの願いで、副使用者たるものを追加できるよう改善されたと聞いた。
勿論冒険者が生きているうちに個々に設定しなければならないのだが……もしかすると君の御父上が副使用者として設定されているかもしれないぞ。
袋の中では時の流れは止まっていて生肉でも腐ることはないし……手紙とか入っている可能性だってあるだろうな。」
「へえ……じゃあテルミの町についたら父様に手紙をしたためて、中身を確認していただきましょう。ありがとうございます……母様との思い出の品とか……この弓以外ではほとんどなかったので……楽しみです。」
エミリアは嬉しそうに満面の笑顔で寄って来た。
「ああ……これで何も入っていなかったら、下手に期待させてしまったのがまずいことになってしまうな……ううむ……参ったな……。」
余りの大きな反応に、冒険者は困り顔だ。
「では……参りましょう。」
「あっ……ああ……。」
エミリアは冒険者の脇をすり抜け、そのままうっそうと茂った森の中へと足を踏み入れて行った。いつの間にか肩口ほどもある大きな庇のついた麦わら帽子を被っている……つい今しがたまで日差しの中を歩いていたというのに……昼なお暗い森の中へ……少し首をかしげながら冒険者も急いで後を追う……
森の中の方が下草の丈は低めで視界はかえって良い方ではあったが、広葉樹の高い木々に阻まれ昼間でもなお薄暗い空間に湿った空気は、少し背中に寒さをも感じさせるほどだ。
入り口辺りからそうであったが時折朽ちて倒れたのであろう倒木が行く手を阻み、都度回り道せざるを得なくなる。倒木は跨いで通れるほど細くはない上に腐っているのでその上を越えて通るのは危険すぎるからだ。
さらにところどころに小さな湿地帯があり、ただでさえ厚く降り積もった落ち葉や枯草で足場がふかふかして歩きにくいのが、湿地で足をとられバランスを崩しそうになる。
木立に反響しているのか四方からギャアギャアと鳥か獣か判らない鳴き声が聞こえてきて、より一層薄気味悪さを引き立たせている。
「湿地と倒木の位置は常に頭に入れておけよ……大型の猛獣系魔物に襲われて逃げるときは倒木に阻まれては命の危機だし、逆に魔物を追いかける時は先にある倒木方向へ追い詰めるのが最良だからな。
湿地は相手の体重を考慮して……熊など大型の魔物の際は足が湿地にめり込む可能性があるし、狼など足の速い魔物も足をとられ本来の速さで走れない……湿地を使って動きを制限するのも策の一つだ。
それから常に矢は数本矢袋から取り出しておき、咥える等していつでも放てるようにしておけ……。」
ペリルとともに先を行くエミリアに背後から冒険者は囁くように声をかけ、言われてエミリアは矢を引き抜いて臨戦態勢となった。
「来るぞっ!右肩口斜め上方二体!左斜め前方目線高さから一体!」
言われてエミリアは麦わら帽子を後方へ跳ねのけると、一本だけ残して残りの矢を矢羽根の手前部分を口に咥え、矢をつがえて右斜め上に視線を移して目標目がけて矢を発射……
続けてもう一本吐き飛ばすようにした矢を右手で受け取り、すかさずつがえて右上の目標目がけて撃ちだすと視線を変え、再度吐き出した矢をつがえて左前方目がけて発射。全ての目標は一撃で地面に叩き落とされ動かなくなった。
いつの間にか背後の冒険者はいなくなり、足元ではペリルが二匹のイタチ系魔物を前足と口で捕まえていた。
エミリアは首元のひもで背中に吊られている麦わら帽子を、手を回してかぶりなおした。
「射撃するところを初めて見たが、なかなかいい動きをしている……連射も完璧だ。何より狙いが正確で一撃で仕留められるのはいいね……動体視力がいいのかな?」
エミリアが仕留めた獲物の方へ歩を進めていると、後方から冒険者が声をかけてきた。彼は人の体ほどもありそうな丸々と太った猪系魔物を仕留めたようで、獲物を引きずって表れた。
「血抜きや解体をしている暇はなさそうだから仕方がない……このまま袋に入れておく。
そっちの獲物は?おお……カモ系魔物一羽とキジ系二羽か……そいつは運がいいな……カラスなんかだと食えないからな……後で首を落として羽をむしって血抜きするとして……取り敢えずそのまま袋に入れておくといい……口の大きさよりは小さいだろう?」
冒険者に言われエミリアはがま口を開けて三羽の鳥を中へ収納した。
「これは……?」
エミリアがペリルが仕留めた獲物について尋ねて来た。
「うん?イタチ系か……食用にはちょっとな……犬なら食うんじゃあないかな?そいつの餌として……。」
「ペルはイタチなんか食べません!私と同じものしか食べませんよ!」
冒険者の言葉に、エミリアがくってかかる。
「ああそうか……だったら人間用の味付けは犬とかには濃すぎるから……少し味付けは薄めにしてやるんだな……そうじゃないと塩分とり過ぎで早死にするぞ……あと……甘いものも過剰に与え過ぎないようにね……病気になったり歯を磨けないから虫歯になったりするからね。
……こいつらは仕方がない……毛皮とるにも小さすぎて面倒だ……穴を掘って……。」
そう言いながら冒険者は袋から大きめのシャベルを取り出して、地面に穴を掘り始めた。
「ほれ……埋めておくから……寄こしてくれ!」
掘った穴の脇から冒険者が手を伸ばしてきた。
「ペル……こっちへ渡しなさい。」
「うー……」
しかしペリルは仕留めた獲物を咥えたまま唸って渡そうとしない。
「ペリル!」
仕方なくエミリアが声を荒げて命令すると、
「くーん……」
ペリルは二匹の拘束をやめ、しぶしぶ立ち上がった。すかさずエミリアが二匹の死骸を拾い上げ冒険者へと手渡し、冒険者は穴に入れてその上に土をかぶせ始めた。
「こいつにも狩りの喜びを味あわせてやった方がいいから、次の獲物は食えるものだといいな……モグラとかネズミとか……トカゲなんかもいいかな……。」
穴を埋めながら冒険者がつぶやく……
「ペルはモグラもネズミも……ましてやトカゲなんか絶対に食べません!」
しかしエミリアは頑なだ。
「うん?モグラだってうまいんだぞ……肉が少ないけどスープにするといい出汁が出るし……トカゲなんかは鶏肉に近い味で結構いけるぞ……自分で仕留めた獲物を調理して食べさせてやると……こいつもますます張り切って戦うようになるはずだ。
そうやって訓練しておかないと……いずれ自分より大きくて強そうな魔物に出会った時に身がすくんで動けなくなっちまうからな……食うために……生きるために戦うんだと……覚えこませておいた方がいいんだぞ。何せそいつはペットとしての犬ではなく、大切な冒険の相棒なんだからな……」
「へえ……わかりました……次に仕留めた獲物は……極力ペルに食べさせるようしてみます。ですが……調理の際は協力してくださいね……私はあまり……。
それと……戦闘時ですが、襲ってくる方向などの指示は不要です。私も視野は広い方ですし、飛来する魔物に関しては耳もよいペルが教えてくれるので、そのほうが間違いがありません。」
納得したのかエミリアは次回の獲物はペリルに食べさせることを約束すると同時に、指示は不要と申し出た。
「ああそうだったか……ペーパー冒険者と聞いたものでな……考えてみれば前回の森でも前半は魔物を次々と射殺していたんだったな……分かった、余計な指示をはさむのはやめる。
ようし……じゃあ進むか……急がないとな……。」
今度は冒険者が先頭に立って歩き始めた。まだまだ森に入って幾ばくも経っていないのだ……




