新たな依頼
7.新たな依頼
「よいか……どうしようもない時以外は、街道筋での野宿は避けるようにな。町から町への距離はどれだけ遠くても、日の出とともに出れば人の足で日の入りまでには到着できる……つまり明るい時間帯に必ず歩いて到着できるはずだ。
早めに用が済んだからと夕方からの出発は避け、必ず夜は町の宿屋で宿泊するのじゃぞ。十分とは言えないだろうが路銀を渡しておく。高級な宿に泊まらなければ、二人で十日は何とかなるじゃろ。以降は冒険者組合で仕事の依頼を探して稼ぐしかないが、頑張るのじゃぞ。
昼間でさえあれば街道筋も定期便など常に動いているから、例え魔物に襲われたとしてもすぐに連絡が入るはずだ。だが夜は……国力の弱まった現在では、街道筋の一里ごとに軍を配置して警戒する事すら叶わなくなっているのだ。王都近郊のこの辺りですらそうなのだから、十分に気を付けるのじゃぞ。」
なけなしの金を娘に渡しながら、町長はなんとしても野宿は避けるよう細心の注意を促す。何せ魔物たちに捕らわれ、危うく殺されかけたばかりなのだ。しかもこれからは行方不明になったとしても、それに気づくまでに時間がかかり、救出部隊を派遣する時点ですでに骨だけになっていることだろう。
「大丈夫ですよ……最悪を考えテントは持っていますけど、野宿なんてしませんわ。シャワー付きの宿に毎晩泊るから心配ご無用です。それに……王都まで行けば、それなりの仕事が組合に溜まっているはずです。王都を回っている間にこなして、路銀を稼ぎますわ。」
心配性の父に対し、エミリアは少しでも安心するよう微笑んで見せた。
厚手の長そでシャツに革製の胸当て……普段は魔物の気配を感じてから装着するのだが、心配性の父の手前、いつでも戦闘態勢に入れるよう心掛けていると見せるために仰々しいが我慢してつけているようだ。そうして背中には寝袋とテントに着替え等を入れた大きなリュックサック……いかにも長旅仕様と言った格好だ。
全身甲冑の巧と違い、冒険者とは言ってもペーパーなエミリアは防具など持ってなく、弓を引くとき用の胸当てだけが、それらしい装備と言えそうだ。鎖帷子に肘膝当て等の防具は、おいおい組合での仕事をこなして稼ぎながら揃えるつもりでいた。
王都近辺の街道筋は昼間でさえあればそれなりに人通りも多く、魔物の大群に襲われる危険性は少ないだろうという判断からだ。
二日かけてこの町の有力者から、巧らしい人物の情報がないか確認したが皆無であった。たった一人だけで行動する凄腕の冒険者であれば、それなりに噂話など流れてくるそうなのだが全くない。
ここ二、三年ほどの間であれば隣国で凄腕の冒険者の活躍の情報はあるようだが、五年以上前となると皆首を横に振った。つまり、巧が記憶を失う前の情報は皆無という事なのだ。
「じゃあ、出発しますわ……。」
エミリアはペリルのリードを引きながら、荒野へ向かって歩き出した。その隣を全身甲冑で身を包んだ巧が歩いていくが、ペリルは威嚇するでもなく平然と歩いている。
町を回った二日間は散歩がてらペリルとアルルも連れて歩き、ペリルのリードは巧がなるべく担当するようにし、巧が見知らぬ危険人物ではないことを理解させておいたのだ。餌をもらうまでになついてはいないが、それでも近くに寄ってもかみつかない程度までは慣れた様子だ。
「くぅぅん……」
残されたアルルは寂しそうに鳴きながら、リードを持つ町長の顔を見上げる。
「これから暫くの間は二人だけで少し寂しいが、仲良くやって行こうじゃないか……。」
町長は優しくアルルの背を軽く叩き、しゃがみ込んで抱き寄せた。
「次の町はテルミと言って、アルミナよりは少し大きな街です。ゆっくり歩いても日が暮れる前までには余裕でつく距離ですが……折角ですから途中のダンジョンを制覇していきませんか?」
歩き出して二刻程で……突然エミリアが口を開いた。まだ太陽は天頂にあり、道半ばと言ったところだろう。
「ダンジョン……魔物が巣くう……巣窟か?」
突然の申し出に、巧が驚いて聞きなおした。
「もちろんそうですよ……街道筋に出現する魔物は、大半が街道筋近くのダンジョンに生息する魔物たちが人を襲うために出てくるものです。
私たちが魔物に囚われたアルミナ郊外の森程度の大きさの森が、この先にあるのです。と、いう事は……この森の魔物を駆逐しておけば、当面アルミナとテルミをつなぐ街道筋は安全となるはずです。
ですから……道中のついでですし森の中の魔物を退治しに参りませんか?」
エミリアは至極当然のように、ダンジョンへ誘う。
「だが……特にこの街道筋の森とやらの魔物討伐の仕事依頼は、冒険者組合には出ていなかったぞ。昨日も念のためにアルミナの冒険者組合へ顔を出したが、これと言ってめぼしい依頼は一つもなかった。
もしかするとテルミの冒険者組合に依頼が出ていることを期待しているのか?もしあればいいが……なければ報酬なしのタダ働きになりかねんぞ……。」
そんなエミリアに対し巧は気乗りしない様子だ。
「今のこの国の現状を鑑みれば……恐らくテルミにも森の魔物駆逐の依頼は出ていないでしょう。疲弊した国力では報奨金を出す余裕などないはずです。ですが……このままにしておけば、ますます国力は落ちて行くばかりです。街道筋に魔物が頻繁に出現するため流通が滞り、経済が回らず産業が停滞しているのです。
今……この国で流通と言えるのは、月に一度国内各都市持ち回りで各町長や商工会会頭などが出席する会議の際に、軍隊警備の下で行われる大量輸送のみです。
僅かな品物を取り合わないように、市場で公平に配布されます。
ですが……これではまるで戦時下の配給ではないですか……自由に各自が好きな商品を手に取れるような生活は……もう何年もこの国ではできておりません。それでも……隣国に支配されて奴隷のような生活を送るよりもましと……微々たる税収の大半は軍事費に当てられ国境を守っているのです。
せめて……軍隊の庇護がなくても流通が回るようにさえなれば……農産物や手織物など流通が可能となり、少しでも経済が回って行くと思うのです。ですので……申し訳ありませんがご協力ください。」
エミリアはそう言って深々と頭を下げた。
「どうやら君の旅の目的は俺の過去を探る手伝いをしてくれるわけでも、御母上の夢をかなえるための冒険の旅でもなく、この国の現状を憂いて少しでも改善するために、各地の魔物の巣窟たるダンジョンを踏破していくことのようだな。
なんともまあ……ご立派な考えだ。考えてみれば君たちが魔物に捕らわれた時だって、お年寄りや子供たちへの薬が不足しているからと薬草を摘みに行ったと聞いた。だが……いくら人助けとはいえ……命をかけてまでやるべきことなのか?
仮に君がそんなことを続けて行く事により、少しずつでも流通状態が良くなったとしても……誰も君に感謝などしないだろうし、ましてや君がどこかの巣窟で不幸にも命を落としたとしても、君の崇高な功績を讃えて国中で祈りを捧げる……なんてことにはならないだろう。
なにせ……困っている誰かに頼まれたことではないのだからな……しかも周りの誰も……君の御父上でさえも現時点では君の崇高な考えを知りはしない……例えばこの国の国王が危機感を持って、各街道筋に出没する魔物どもを駆逐するために全国の巣窟掃討の依頼を組合に行ったとする。
そうなれば立派な仕事だ……こなせば莫大な褒賞が得られるだろうし、成功すれば国民みんなから感謝されるだろう。例え途中で命を落とすようなことがあっても君に続く冒険者は現れるだろうし、いずれ君の銅像が故郷の地に建てられる可能性だってある。
だが今は……そんな依頼はどこにもない。国王は国費の大半を軍事費にかけ、重要な会議の折のみ軍を派遣してその体裁を守っているだけなのだろ?……先のことなど考えてはいない。
なのになぜだ?どうしてそんな何の得にもならんことに命を懸ける?」
冒険者は兜をかぶったまま首を少しかしげてエミリアへ視線を向けた。
「それはもちろん……皆の幸せのためですわ……。当たり前でしょ?」
エミリアは至極当然とばかりに、胸を張ってきっぱりと言い放った。
「あ……当たり前って……???知り合いでもない……出会ったことすらない人々の幸せのために命を懸けることが、当たり前というのか?」
「勿論ですわ……この世に生まれ落ちて……誰かの役に立てて、その為に命を懸けられるのであれば、それは本望と思うのです。ですが闇雲に……と言う訳ではございません。それなりの勝算がなければ、命がいくつあっても足りませんから……その為機会を伺っておりました。
そうして巧様が現れ……魔物たちに捕らわれた私たちを救っていただきました。その時の戦い方は正に鬼神……戦いの神が降臨したかと思ったほどです。
この方にご助力いただければこの国どころか大陸中の魔物の巣窟を一掃できる……そう考えることが出来たのです。都合のいいことに巧様はご自身の記憶を無くされて、冒険者として各地を巡りながら自分の手掛かりを探していらっしゃる……これは好都合……ご同行して都度周辺のダンジョンを踏破して参ろうと……。」
エミリアはそう言うと、冒険者に向かってにっこりとほほ笑んで見せた。
「はぁー……そういう事か……そうだよな……こんなきれいなお嬢さんが、こんなむさくるしい冒険者の……しかも記憶探しの旅に付き合うなんて……おかしいと思っていたんだ。
助けてもらったことに恩義を感じて……なんて解釈していたのだが……そう言う訳か……はぁー……。」
冒険者は深く息を吐くと、小さく肩を落とした。
「まあ……きれいだなんて……お上手ですね……。」
エミリアは少しはにかむように手を組み、俯き気味に身をよじって見せた。そうして……
「勿論助けていただいたご恩は感じておりますわ。ですので町についたら私が知りうる限りのつてを頼って、巧様の過去を知る方がいらっしゃらないか調べることに協力いたします。ですが……勝手で申し訳ありませんが、魔物の駆逐もご協力いただけませんか?
周りを見ていただけばわかりますが……街道の左右は雑草が生い茂った草地が延々と続いています。ですが本来ここは耕作地なのです。」
「耕作地……?この身の丈ほどありそうな雑草が生い茂った草原が……か?」
エミリアの言葉に驚いて、冒険者は首を振って左右を何度も確かめる。街道よりはひざ下程度低めの周辺の土地は、延々と背丈の揃っていない雑草がひたすら続く草原だった。
「はい……荒れ果てておりますが少なくとも五年前までは、畑や水田が延々と次の町まで街道筋に続いておりました。さらに奥の丘陵地では牛や羊の放牧を行っておりました。今では大半が朽ちてしまいましたが、一里ごとに休憩用の小屋が建っているのです。
ですが戦争が長引き国力が疲弊し街道の警護もままならなくなると、昼間はまだしも夜は町の城壁の外は魔物たちが闊歩する世界となり農作物や家畜を守れません。農作物は魔物たちの餌となり家畜は魔物化し……次第に荒れ果てて行ったのです。
以前は畑の端の作物を少量かすめ取り森の奥にごく少数だけで潜んで居た魔物たちもやがて大軍勢となり、最早武装した農民達では太刀打ちできないようになり耕作地を放棄したのです。
そうなると今度は餌を求めて夜な夜な街道筋を行く旅人を襲い始め……当初は旅人が持つ弁当や菓子などを狙っていたのが次第に狂暴化し、ついに旅人自体も餌として狩られるようになってしまったのです。
今では年々町の周囲を守る城壁の高さを上げ、厚みを増して防衛するしか手がなくなってしまいました。
なんとしてでも森の奥に巣くう魔物を駆逐して町の郊外も開放しなければ、この地域の明日はありません。
申し訳ありませんが、ご協力いただけないでしょうか。」
そう言ってエミリアは深々と頭を下げた。
「ふうむ……街道筋に夜な夜な出没する魔物たちの影響は、流通を滞らせ経済を回らせなくするだけではなく、根本の農産業にも影響していると言う訳か……。」
「はい……町の人達が食べるだけの農作物は、城壁の中の耕作地で何とか賄えますが、それだけでは食べるだけで精いっぱいで、衣類や食器など生活必需品を購入することもままなりません。
この国ではため池を作りその水を使って農業を行っているのですが、今やため池が魔物達の水飲み場と化しておりますから耕作地ごと放棄せざるを得ない状態となってしまっているのです。
また……養蚕や製糸に繊維業や焼き物などの工場側はというと、流通が滞り商品の販売が出来ない為、食べ物を買う事すら厳しくなってきています。今や国営で行っている配給に頼らなければ、国民たちは日々の生活を送ることすら困難と言えます。
これを打開するには魔物がいない生活環境を、整備していく必要性があるのです。
ですが延々と魔物を駆逐し続けるのではなく、一時的にでも魔物のいない環境さえ整えることができれば……田畑を再開墾し、家畜を放牧して収穫を上げ潤うことが出来れば、以降は自分たちで冒険者を雇うなりして近隣の魔物の駆除ができるようになるはずです。
なので……どうかお願いいたします。」
エミリアは冒険者に対し、またもや頭を下げて願った。
「はあ……そういやあエミリアの御父上は町長職について何年間も無報酬でやられているとか……しかも今回の騒動の俺への依頼は自分一人だけでかぶって報酬も一人で支払われた。
どうにも人助けが好きな……そういう……家系なのか?
まあ……何にしろ……俺がエミリアたちを救ったことに恩を感じてくれているとはいえ……それは既に報酬を支払われているから五分の関係だ。それでいてエミリアにこの国中を案内していただき、商工会や企業に役人や貴族など……信頼出来うる人物を紹介していただき俺の過去を探るのに協力していただく。
つまりその分は俺から何か奉仕する必要性があるわけだな……いいだろう……旅の道中にある魔物の巣窟は全て駆除していこう……但し……」
「但し……???」
言葉を区切る冒険者に対し、エミリアが振り向いて甲冑の面帯越しに目を合わせ問いかける。
「エミリアたちを救う時に用いた障壁等は全て魔道具によって具現化されたものだが、俺が持っている全ての魔道具は使用制限を使い果たしてしまい、攻撃用も防御用も一つも残ってはいない。
報酬を頂いたのでアルミナで魔道具にチャージしたかったのだが、魔道具を取り扱っている店の看板を一つも見ることが出来なかったのであきらめた……王都まで行けば何とかなるだろうと思っていた。
攻撃だけなら俺は剣技で十分戦えるし、どれだけの数の魔物に囲まれても自分の身は自分で守ることは出来る。だがエミリアを守ることは出来そうもない……俺の背にぴったりくっついてきてもらったとしても、背後から迫ってくる敵には対処が出来ないだろう。
だから……エミリアが自分だけで自分の身を守れるという絶対条件があれば……協力しよう。」
「それなら全く問題ありませんわ……二頭の兄弟のうちアルルは身が軽く素早い動きで敵をかく乱し、単騎で飛び込んでいって敵を制圧する能力があるので父様の護衛代わりに残してまいりました。
対するこのペリルはがっしりとした体躯が自慢で、親牛の突進をも受け止める力があります。つまりペリルは防御に長けていて、私の身を守ってくれます。私は弓矢で遠距離の魔物を仕留めることに専念して、ペリルが襲い掛かってくる魔物を蹴散らしてくれますからご安心を……。」
冒険者の条件に対し、エミリアは余裕の表情を見せる。
「そうか……だったらいいだろう……だが……エミリアの身に危険が迫りそうと判断したなら、すぐにでも脱出するからね……そうでないと折角救い出した命が……俺に協力することに渋々ながら同意してくれた御父上にも申し訳が立たん……。」
冒険者は念を押してエミリアに確認をした。
「わかりました……それで……魔道具でしたら扱える店はアルミナにもありましたよ。でも看板は出しておりません。王都の魔道具店は大半の店が常に予約でいっぱいで、順番待ちの冒険者が長い列をなしているそうです。その為テルミやアルミナまでやってきて、魔道具にチャージしようとする冒険者がいるのです。
ですが冒険者というのは大抵が荒くれもので……しかも王都で長く待たされて苛立っているのか、地方の町へきてまでも予約がどうのというと暴れだして、自分のを最優先でチャージしろと剣を突きつけるものまでいるそうです。なので怖ろしくて田舎では、魔道具取り扱いの看板など出せないそうなのです。
だからひっそりと……馴染みの冒険者相手に商売をしているようです。私はテルミでも何軒か取り扱っている店を知っているので、町へ着いたら回ってみましょう。」
そう言ってエミリアは笑顔を見せた。




