テルミンの森の巣窟
10.テルミンの森の巣窟
「魔物化というのは流行り病のようなものだと言われているようだな……魔物化した家畜や獣と長く一緒に居ると人に飼われていた犬や猫……家畜に至るまで……魔物化することがあるようだ。だが……菌やウイルスの類が伝染するわけではないようだ……魔物肉を食っても人にもペットの犬猫にも感染しない。
魔物化したキツネやタヌキの毛皮を使っても感染することはないから……どうやら生き方……種族を越え魔物の群れとして生き、敵を倒して自分たちの勢力範囲を広げていこうとする……そのような生き方に共感するのではないか……とも言われているが実のところ定かではないようだ。
だが……獣のみならず鳥や家畜……ペットに至るまで、共謀して群れとなって襲い掛かってくる……その標的は……自然を破壊し街を作り森の木々を伐採して田畑を開墾する……人間だ。
君の御母上は……もしかすると魔物化しそうな母犬から二匹の子犬を助けようとしたのではないだろうかな……そうして命を落としてしまった……その後数年経過し……親子が再会……すでに魔物と化してしまった母犬は、わが子を取り返そうと……ただひたすら戦う……母犬は丁重に葬ってやろう……。」
冒険者の袋から大きなスコップを取り出し、ぺリルが寄り添う魔物の亡骸のもとへと歩み寄っていく。
「うー……」
「ペルっ……仕方がないのです……お母さんは……魔物となってしまっていたのです……諦めて下さい。」
冒険者を母親に近づけさせまいと威嚇するぺリルをエミリアがたしなめ、駆けよっていき引き離した。
“パンパンッ”
冒険者は大きな穴を掘りそこへ黒犬魔物の死骸を埋めると、真っすぐな木の枝の皮をナイフで剥ぎ、うずたかく盛り上がった土に墓標のように突き刺し、そこが墓であることを記した。
両手を合わせ合掌し黙とうを捧げ……エミリアもそれに従った。
「大物魔物が結構多く巣食っておりましたわ。ペルはウサギやイタチ……狐など小さくて動きが速い魔物を嚙み殺していましたが……。」
暫しの黙とうの後、エミリアが戦果を打ち明ける。
二人の周囲十数メートル範囲内至る所に鮮血が飛び散り血の匂いが立ち込め、魔物の死骸が転がっているありさまだ。彼女らも凄まじい戦いをしたであろうことは、着衣の裾や袖がすでに泥まみれの上に擦り切れていることが物語っているようだ。
「大物は俺の袋に入れるとして……イタチや狐もそこそこの大きさがあれば毛皮が取れるから売れるだろう……君の袋に入れておいてくれ。ウサギは……毛皮もいいが肉もうまいから……今日の晩飯とするか……辺りの鎮まり具合から……あの黒犬がこの森のボスか……悪くても中ボスだろう。
とりあえず襲撃は一旦収まった様子だから……今のうちに休憩とするか。牛や馬なども血抜きをしておいた方がいいからな……。」
そう言いながら冒険者は牛系魔物や鹿系魔物など大物の死骸の首元にナイフを入れ、血抜きを施していった。
手早く作業した後で今度は茶色い毛並みのウサギを持ち上げ、腹を縦にナイフで斬り込みを入れた。
「ウサギは毛皮も取れるからな……狐とイタチは任せるから、腹からさばいて内臓を取り出してから袋に入れるといい。ウサギは皮を剥いで鍋にして……晩飯だ。」
スコップで小さな穴を掘った後で慣れた手つきで内臓を取り出すとスコップをエミリアの方へと放り投げ、今度は毛皮を剥ぎにかかる……。
エミリアも渋々狐とイタチを捌き始めた。肉を得られる家畜系魔物と違い、毛皮だけを目的として魔物とはいえ屍を傷つけるのは好みではないのだが、旅を続けるための路銀稼ぎと思えば仕方がない……。
周囲から枯れ枝を集めて火をつけ、キノコにゼンマイ……ニラなど野草化した野菜を見つけてウサギ鍋としたが、ウサギの骨とキノコの出汁だけでほとんど味付けはされていなかった。鍋が煮えるまでの間の暇つぶしと言って、冒険者は袋から砥石を取り出すと竹筒の水を少しかけ、剣を研ぎ始めた。
「おお……結構うまいな……犬も一緒に食べる鍋だから薄味にしておいた……味がしないと不満なら自分の皿に盛った後で塩を振ってくれ。」
ぐつぐつと鍋が煮えたぎってきたらエミリアがあくをとり、剣も研ぎ終わってようやく夕餉……
「わふっ……わふっ……」
それでもぺリルに肉を放ってやると、おいしそうにむしゃぶりついた……
「本当に……味付けなどほとんどしなくてもおいしそうに食べるのですね……。」
その様子を見ながらエミリアがしみじみと呟く……
「ああ……犬などのペットは……もともと野生の時は当たり前だが調理などできず、仕留めた獲物の生肉を食べていたはずだ。塩など振らずにな……塩味や甘味などの味付けを覚えたのは人間に飼われてからだ。
しかも体重は軽いからな……毛がふさふさで長いから大きく見えるが、洗ってやるとしぼんだように体は細いだろ?人間と同じ味付けでは……腎臓などが持たないそうだ。だから薄い味付けにしてやると長生きするようだぞ……いや……人間だって薄味のほうがいいようだがね。
遥か太古では流通がほとんどなく、内陸部では塩がなかなか手に入らずに高価で貴重なものだったようだが、塩は人間の体に必須の栄養素だ。だが汗や小便などとともに体外へ排出されてしまうから、常に摂取が必要だ。だからなのか……人間は塩味をうまいと感じるようで必要以上に欲してしまう。
普段から薄味を心掛ける方が、健康にはいいようだぞ。」
冒険者にとくとくと諭され、エミリアは取り皿のウサギ鍋に塩を振る手を止めた……
「よしっ……腹も満たされたから……これからこの森の魔物たちの一斉駆除を続けるぞ……だが……先ほどの襲撃が主力だったのか、こちらを襲ってくるような気配がまるでない。それでも魔物が居なくなったわけではないようだ……こちらの気配を伺っている息遣いは感じるからな。
君の相棒はまだ食べ足りない様子だから……もう少しの間鍋をつついてくれ……俺はちょっと用を足してくる。」
そう言って冒険者はゆっくりと立ち上がると、足音を忍ばせて木立の陰へと消えていった……エミリアも食事を終えて立ち上がろうとはしたが、ぺリルはいまだに骨付きウサギもも肉にしゃぶりついているので、もう少しこのまま食べさせてやることにした。
「わっぷ……」
ぺリルがようやくしゃぶり終えた肉の繊維すら残っていない骨をあきらめ、満足そうにげっぷをしてから腹ばいになった時……突然背後から下草をかき分け近づいてくる足音が聞こえてきた……
「うー……」
ぺリルは一瞬で起き上がり前傾し臨戦態勢に入ったが、すぐに緊張を解いた。
「周囲を一周してみたが……小物しかいなかった……斥候なのかもしれんがな……」
冒険者は腰にウサギや狐やらの死骸を結び付け、両手にはキジやハトなどを数羽抱えて下草をかき分けながら戻って来た。見た目には大量なのだが……。
「君たちが平然と食事できていたように……俺が単騎で行動しても襲い掛かってくる様子はまるでなく、君たちの様子に注視していて俺が背後に回り込んでも気づく様子もなかった。
やはり……あの黒犬はこの森の魔物一団のボスで……司令塔が居なくなり、どうしていいのか戸惑っているのかもしれんな……そうなると……ちょっと厄介だぞ。」
冒険者はスコップで穴を掘ると、仕留めてきた獲物の腹を切り内臓を取り出して穴にあけ、キジやハトはその羽をむしり取りながら呟くように話す。
「どうして厄介なのですか?」
「ああ……このまま森中を歩いても、恐らく魔物らは襲ってくることはないだろう……俺たちが強敵だと認識したようだからな。だがこのままにはしておけん……中途半端に魔物を残してしまうと、そのうちに成長してまた勢力を盛り返す恐れがあるからな。
完全駆除は無理でもある程度駆逐して安全に森に入ることが可能となれば……木々を間伐し人が野草やキノコの収穫で出入りするようになれば魔物も住めなくなるだろうが、まだそこそこ残っていそうだ。
敵意があって襲い掛かってくるのであれば迎え撃てばいいだけだが……気配をなるべく消して俺たちが過ぎるのを待っているようだと……こちらから獲物を探し回らねばならず、駆除までにどれだけ日数がかかるか分からんぞ。なんせこっちは二人と一匹だ……遠巻きに逃げ回られたなら手も足も出ん。」
冒険者は小さくため息をついた。襲ってくる気配を全く感じられないので、比較的のんびりと食事しているぺリルとエミリアを残し、一人周囲の様子を確認しに行ったのであろう……
「それならばご安心を……ぺリルは小さな魔物らを追い立てるよう訓練しておりますから……さすがにボス魔物ではぺリルだけでは太刀打ちできませんからおとなしくさせていましたが……そういった状況でしたなら大丈夫でしょう。」
「成程……犬は鼻が利くし耳もいいからな……人が聞こえない周波数の音も聞き分けるようだから、潜んでいる魔物らの所在も容易につかめるかもしれん……悪いがお願いする。」
「ペルっ……いいですか?私たちのところへ魔物らを追い立ててきて頂戴……分かりましたか?」
エミリアは傍らに寝そべる黒い小山を撫でながら、優しく問いかけた。
「わふっ!」
すると小山はすぐさま起き上がり、ダッシュで下草をかき分けながら駆けていった。
すると幾許もしないうちにバサバサっと羽音がしたかと思うと、黒い影が幾つもこちら目がけて飛び上がり、更に姿は見えないが下草を泡立て一筋の線が何本もこちら目がけて突進してきた……飛び立つ鳥は冒険者がクナイですぐさま仕留め、突進してくる群れはエミリアが順に矢で射かけていく……
「おおっ……なかなかいい連携だな……カラスは食えんが……ハトが二羽いるか……」
すぐさま冒険者は仕留めた獲物の方へと駆け寄っていった。
「こちらはイノシシが三頭のようですわ……。」
エミリアは自信満々でゆっくりと獲物へと歩み寄っていく。
「……。」
一番活躍したぺリルはウサギを二羽、咥えて戻って来た。
「じゃあ……まだまだ続けるぞ……。」
ハトなどはすぐさま内臓を抜いて羽をむしり取り、ウサギは皮を剥いで肉を採取、イノシシは皮を剥いで肉と太ももの骨を収穫とした。
冒険者一行はぺリルに潜んでいる魔物らを追い立てさせ、一昼夜駆けて森中の魔物を駆除して回った。
「これで魔物の気配は完全に感じなくなった……冒険者の袋もパンパンで……最後の獲物は持って行けずに残念だが……まあいいだろう。この辺りで終わりとし、まだ日は傾いたばかりだし町へ向かうとするか……。
だがその前に……剣だけは研がせてくれ……いつまた魔物どもに襲い掛かられるか分からんからな。
刃こぼれも心配だが魔物の体の脂が刃にこびりつくと切れ味が悪くなってしまうから、その都度研がねばとても戦えないのでね……。」
冒険者は戦闘が一時休止するたびに砥石を取り出し、剣を研ぐを繰り返していた。
「分かりました……さすがに……疲れましたわね……町までは、ここからなら二刻もかかりませんから、すぐですわ……。」
袋に入り切れない分の毛皮はぺリルの背に括り付け、手に持てるだけの肉や骨を抱えながら、冒険者たちは人通りの絶えた街道を歩き出した。
元は人の往来が盛んで馬車の重みで削れた轍が、四本分くっきりと石畳に刻まれていたであろう街道も、石の隙間からしぶとく伸び上がる雑草と、轍などのくぼみに溜まる砂ぼこりのおかげで見る影もなく、唯一元々の耕作地よりも一段高く土を盛られているがために、何とか街道と認識でき通行できているようなものだ。
それでも見通しのきかない高い城壁で囲まれた城塞都市と違い、はるか向こうの山並みが伺える景色と開放感は素晴らしく、エミリアは自然とほほが緩むのを抑えきれずにいた。
最初のダンジョンともいえるテルミ直前の大きな森の魔物討伐を思案していたがために、アルミナの町を出てからも周囲の様子を気遣っている余裕など全くなかった。
だが今は違う……テルミとの往来を阻むかの如く出現したダンジョンは、冒険者の助力のおかげで攻略できたのだ。長年の胸のつかえがとれたとも思えるこの快挙に、エミリアの足取りはステップを踏むがごとく自然と速足でテルミへと向かった。だが……
「城塞都市テルミ冒険者組合へようこそ。
アルミナからの冒険者様御一行ですか……ご苦労様です。ですがこんな遅い時間にご到着とは……道中魔物らの襲撃に出会いませんでしたか?………………………………
ええっ?アルミナ、テルミ間の往来を妨げていたテルミンの森へ侵入し、そこに巣食う魔物を駆逐してきたですって?それは……どこの冒険者組合からの依頼でしたか?依頼票及び組合の受付証はございますか?
………………………………………………
はあ?ありませんって……冒険者がダンジョンへ入る際は組合からの依頼が必須で、依頼もなしに勝手にダンジョンへ入ることは厳禁と……組合規則第一条十項目に記載されていることをご存じないのでしょうか?
合同討伐隊編成時以外、複数の冒険者チームによる無益な競合及び討伐時の功績評価など報奨金の分配で揉めぬよう……さらに組合からの正規の依頼を受けた冒険者を保護する目的で、仕事を横取りして荒稼ぎする輩が出ないよう、厳しく取り決められているのですよ!
しかもダンジョンは常に死と隣り合わせ……もし消息を絶った場合は捜索隊を繰り出さねばなりません。その費用を賄うために依頼を申し込む際に冒険者が支払う預託金が積み立てられていて、捜索隊費用が賄われるというのに……万一の際の対応もできないではないですか……。
しかもあなた……防具も付けていない……ほぼ普段着で……はっ……エミリア・シュタインベック……もしかするとアルミナ郊外の森へ女学生らと一緒に入り込み、戻ってこないからと町長が捜索隊派遣を国軍に依頼したという……あのエミリア嬢でしょうか?」
冒険者の味方であるはずの冒険者組合受付嬢が、なぜかエミリア達一行に敵意をあらわにする。




