絶海の孤島
7.絶海の孤島
「そういえばケンリッヒ侯爵の甲冑はところどころ酷い焼け焦げがあったのですが、侯爵自ら表面を磨きへこんだ部分は叩き出しされたので、新たに物理結界と魔法結界を施しておきました。
巧さんの甲冑はより痛みがひどそうですが……いかが致します?次回の交代時に王都の防具屋で本格的に修復いただいてから結界を施しましょうか?傷んだ状態で物理結界を施しては、修復が出来なくなってしまいますからね。」
ハルクが深い切り傷があり所々へこんだ巧の甲冑をまじまじと眺めながら対応を問うてきた。巧が視線を移してみると確かに侯爵の甲冑は、元の様に日の光を反射し綺麗にきらめいているようだ。
「甲冑は……深い刀傷はすぐには直せないのでとりあえず暫定的にろう付けするつもりだ。へこんだ部分は叩き出すから……まだ残っている物理結界を解いてもらえるか?」
「ああ……はいっ、では……」
ハルクが巧の甲冑の胴の辺りへ両手を広げて翳し、何事か呟き始めた。
「これで物理結界も魔法結界も両方解除できました。」
屈んでいたハルクが立ち上がり伸びをした。
「ありがとう……じゃあこれから直すから……また後でお願いする。」
巧は冒険者の袋から金鏝と小さな火鉢を取り出し火を熾し始め、
「了解いたしました。それまで私は大岩に結界を付与させている弟子たちの様子を見守っております。」
ハルクはそう言い残して山影へ回っていった。
「用を足すときは……面倒だけど船をちょっと沖まで出してから船の厠を使わないと……男の人は平気で島のどこででも用を足そうとするけど、それじゃあ狭い島だからすぐ汚染されてしまうわ。ワンちゃんたちにも用を足すときは船の厠を使うよう教えないと、後で大変なことになるわよ。特にブルさんにはしつこく言い寄って……何とか守ってもらっていたわ。
巧さんとハルクさんのお弟子さんたちなら……一度言っておけば大丈夫そうね。
それから飲み水は小さな島だから湧き水なんか期待できないし、雨水を溜めて置くくらいしかできないから雨は貴重よ。
一応洗濯物を干せるように持ち歩いている竹竿を立てて小山の傾斜を使って撥水性の布を広げ、下に置いた壺に雨水が溜まるようにはしておいたから、雨が降ってきたらこまめに壺を切り替えるようしなければいけないわね。風に飛ばされると困るから強い風が吹いてきたらすぐに畳むようにしてね……。
地面が岩でなく土だったら穴掘って溜めれば楽なのだろうけどね……こればっかりは仕方がないわね。
魚の捌き方や干物の作り方は大丈夫よね……あとは……釣り竿や投網は置いていくとして……」
エミリアはパステルから無人島での生活に関して引継ぎをしているようだ。
「いいかい……結界にムラがあるとそこを突かれ破られてしまうから念じる時は極力平滑に……感情の起伏を抱かないよう気を付けながら、淡々と念じなければならないよ……こう……」
「お忙しいところ申し訳ないのだが……甲冑の修復が終わったので結界を施してもらいたいのだが……。」
ハルクが弟子の元へと去ってから一刻ほどして、ハルクが結界術の指南をしている最中に巧が甲冑の修復を終えてやって来た。見たところ装着している甲冑に、傷やへこみなどどこにも見当たらない……。
「ああ……結構きれいに直せましたね。ケンリッヒ侯爵もそうでしたがやはり一流の冒険者は道具を大切に扱い、修復も得意なようですね。じゃあこれから結界を施しましょう。」
「指導しているところ悪いと思ったが……ハルクも侯爵たちと共に王都へ戻ってしまうだろ?その前に結界を施してもらう必要があったから……。」
「ああ……私は王都へ戻りませんよ……ここに残り弟子たちの指導を行います。」
当然ながら侯爵らとともに戻ると思っていたハルクが、巧を立たせたまま両手を甲冑に向け周りをゆっくりと回りながら時折口の中で何事か呟きながら答える。
「そ……そりゃあハルクがどうするか確認してはいなかったから、どうせ侯爵らの帰りの食糧は必要だろうと今回六人分の二ケ月間の食糧を調達してきたのだが……どうして帰らないんだ?家族はどうする?仕事だって……そりゃあ弟子の指導は大切だろうが、司教としての本来業務はどうするんだ?」
巧が心配して自分の背側へ回り込んだハルクを、首だけ曲げて覗こうとしながら問いただす。
「私の家族は……妻と子がおりますが……元々国内の冒険者組合を定期的に回っておりましたからね……以前から留守がちで……決して夫婦仲が悪いということではありませんが……妻は私の仕事を理解して許してくれております。
私の今の仕事は……早急に結界術師を育て上げることなのです。今のボーキサイ国には私のほかに結界術師はもう一人しかおりませんし、その方はもう高齢でして……私の師匠様なのです。今まで後輩指導をかまけていたということはなく、なにせ戦火の下……徴兵により若い人材が確保できず、ハリキル出張時にようやく三人の弟子があてがわれました。
危険を伴う道中……直接戦闘に参加しなくても魔族らとの戦闘の流れ弾を食らうこともないとは言えないので、移動中も常に弟子達への指導を行い、万一の際の跡継ぎを育てながらハリキルへ向かうよう仰せつかったのです。
戦時下にも国内を巡回して冒険者組合の魔物収監用の結界を付与して回りましたし……あれほど異常なまでに魔族を所望していた組合らもエラルドとエールの悲惨な報告を受けてからぴたりと止まりました。当面需要はないでしょう。
だから彼らを育てるなら今なのです。ここに残ってみっちりと鍛え上げる所存であり、彼らの指導が私の司教としての業務の全てですので、問題ありません。」
ハルクは真剣なまなざしで巧の甲冑に注視したままきっぱりと言い切った。
「そうか……だったら俺としてはこれ以上特に言うことはないが……こんな何もないところに長期間いて……不自由はないのか?何も頼まれてはいなかったから……本とか趣味のものとか何も持ってきていないぞ。
弟子たちが気をきかせて持ってきてくれたのかい?
俺だったらそう……小さな島で生き物と言えば我々しかおらず……俺は剣を振るうことが好きで冒険者も趣味を兼ねた仕事であるといえるのだが、まさか海鳥相手に剣を振るうわけにもいかず、戦う相手もいないのでは随分と退屈しそうだ。その分ゼーンの修行を増やそうと考えているが……ハルクは何か趣味のようなものがあったりはしないのかい?」
「そうですねえ……仕事の合間とかお休みの日などは聖教会内の清掃とか……長椅子とか教卓とかをピカピカに磨き上げることが好きでしたが……ここでは手が空いていたら釣り糸を垂らせ食糧調達が大切だと言われ……釣れたら釣れたで手早く捌け、捌けたら干して海鳥にとられないよう見張れと……結構毎日忙しくさせて頂いておりました。
どうやら体を動かしていることが好きな様でして……やっていることは何でもいいみたいですねぇ、毎日楽しくて仕方がありません。ここに一生住めるかと言われたなら無理でしょうけど……一年程度であれば問題なさそうです。」
ハルクは依然として両手を目まぐるしく巧の甲冑に向けて動かしながら、それでも普通に答えた。
「はいっ……これで前回同様十年間分の自己修復の耐魔法結界と、甲冑の胴と背中部分には物理結界も施しておきました。
まあ……あんな強力な魔力をもった魔族と戦ったら一度の戦闘でほぼほぼ消耗してしまうと分かってしまいましたが……今の私の実力ではこれくらいが限界です。ご承知おきください。」
四半刻程でハルクの結界付与は終了した。
「いや……本当に助かるよ。なんだかもう……結界なしじゃあ恐ろしくて魔物相手に思い切って突っ込んで行けないかもしれないと思うくらいだ。これからもよろしくお助け下さい。」
巧が真顔で頭を下げた。
「そんな……とんでもありません……ですが私がお役に立てるということは非常にうれしい限りです。」
ハルクもうれしそうに笑顔を見せた。
「おーい……じゃあもうそろそろ俺たちは島を離れ……一旦王都に寄って王様に報告してからサントスへ戻り北部山脈巡回できる冒険者を探すとするよ。なあに……イーストリバーを商船に乗って遡上すればさほど時間はかからん。
じゃあ行くとするか……。」
「お気遣いありがとうございます。申し訳ございませんが私は弟子の指導が仕事ですので、このままここへ残ります。」
ケンリッヒ侯爵が別れの挨拶をしてハルクを手招きするが、ハルクは軽く頭を下げて残ると告げた。
「おっ……おお……そうか……じゃあ俺たちだけで帰るとして……それじゃあ二ケ月後にまた来るので、それまでお願いする。ではまた……。」
「おまちください……このことなのですが………………」
エミリアが冒険者の袋から革の長財布を取り出して公爵らに見せた。
「うーん……俺たちも王都に寄りはするが北部山脈を任せられる冒険者探しで急ぎサントスへ戻る必要性がある。この件は次にエミリア達が戻る時にじっくりと吟味を重ねたほうがいいと思うぞ。」
侯爵の言葉にエミリアは渋々頷き、侯爵たちは船に乗り島を離れていった……
「え~では、この島での生活について……ハルクさんはご存じのようですが、あらためて説明しておきます。
まずは………………。」
エミリアが島での生活についてパステルに教えてもらったことを順に並べ、徹底させるべく言い含めていく。
「エミリアは秋の昇級試験を受けるだろ?まあどうせ一年間はここを離れられないから来春のでもよいのだが、一発勝負はちょっと怖いから、この秋から受けたほうがいいと思う。どうだ……明日から特訓を兼ねて手合わせしないか?
この島じゃあ魔物なんているはずないし日々の鍛錬だけじゃあ退屈だと思っていたが、よく考えたらエミリア達がいた。
俺は木刀だけで魔法はなし。エミリアは矢じりなしの棒だけの矢と、牙と爪を付けないアルルとぺリルの戦力で、勿論魔法はなしだ……俺の防具もエミリアの防具もアルル達のも……腹周りには物理結界も付与してあるから、思い切り打たれても大けがすることはないだろう。勿論手加減して打ち込むつもりだが……どうだ、やるか?」
日が落ちて夕飯時……最近は面帯を外して携帯食なら一緒に食事するようになった巧が、エミリアを模擬戦闘に誘う。
「ええっ……巧さんと……でしょうか?うーん……魔法は当然なしとして……あの……ハーケンさんを一瞬で葬ったすご技もなしという事でしたら……いい……ですけど……?」
突然申し込まれたエミリアは戸惑いながらも条件を足す……
「ああ……あれもどうやったのか……俺も未だに分かっていないから……もう一度やれと言われてもできないから大丈夫だ。じゃあ早速明日から……早朝の鍛錬後に……お願いする。」
巧が笑顔を見せ、頭を下げた。
「巧さんは根っからの武人と言いますか……本当に剣がお好きなのですね……。」
「そうですよね……まあでもこんな小さな島では散歩も儘ならず、周り中何もない景色も変わらぬ絶海の孤島……まさか魔族たちが大挙して襲ってくることを期待するなんてできるはずもなく……アルとペルが退屈してしまうと心配しておりましたが、体を動かせば満足するでしょう。こちらとしても助かります。」
ハルクの言葉にエミリアが、自分たちも助かると返事した。
「行くぞっ……準備はいいか?」
翌朝早朝……平らな面が少しでも多い場所を選び、エミリアと巧が対峙……勿論エミリアの両脇はアルルとぺリルが固めている。
「いつでもいいですよ……。」
エミリアは既に矢を取り出し弓につがえる体勢で……それでも彼女が答えた瞬間、巧は一瞬で間を詰めエミリアの喉元に木刀の剣先を突き付けた。
「えっ?えっ?」「はっはっはっ」「はっはっ」
エミリアは身じろぎ一つできず目を大きく見開き驚きを隠せない様子、アルルとぺリルも座ったままただ二人を見つめている。
「エミリアの武器は何だ?」
巧が木刀を引きながら問いかける。
「はあ……そりゃあ弓ですよ……最近は魔道具も駆使しますが、模擬戦は魔道具禁止なので……。」
「なのにこの間合いでいつでもいいですよ……とはどういう判断だ?」
「はあ?でっですが……狭い島ですし……私のすぐ後ろはもう丘というか小山で……巧さんだってあまり後ろへ下がると足が濡れてしまうから……。」
エミリアのすぐ後ろ……二間ほどで斜面となっていて、巧の側は海岸線迄十間もない状態だ。
「俺はわざと波打ち際というか……島端ではなく真ん中あたりに立ち位置をとりエミリアと対峙した。そうすると俺とエミリアとの間が約四間ほどで……剣士にとっては二間内なら間合い……つまり一閃で仕留められる距離だ。
四間なら大きく踏みだせばすぐに間合い……そんな距離で対峙していて……いつでもいいですよ……とはいつでもお斬りくださいと言っているのと同じだぞ。しかも折角両脇にアルルとぺリルがいるのに戦闘態勢にすら入らせず……そんなんじゃあ昇級試験は模擬戦だけで不合格だ。」
「は……はあ……そうですか……それは申し訳ございません……。」
いきなりの急襲の上、難点を指摘されてエミリアも不満たらたら様子で、頬を膨らませながら答えた。
「俺は自分は昇級試験を受けるつもりはなかったが、それでも仕事のない時は春と秋の昇級試験時の模擬戦の相手役として一日試験に立ち会ったことが何度もある。基本的には同じ中級への昇級試験を受ける者同士で模擬戦を行うのだが、受験者の傾向により剣士が足りなくなったりする場合は、ある程度実績のある冒険者が代わりに立ち会うのだな。
中級へ昇給するには同じ初級冒険者を倒すことはできなくても互角以上で戦えなければ不合格だ。まあそれだけではなく、弓使いなら射的の正確性や連射がきくかなど基本的な面も採点対象だが、何より同じ昇級試験を受ける冒険者よりも戦闘能力が劣っていては、技術的には完璧でも試験に落ちる。
しかも弓使いなら昇級試験を受けられる実力を持つ初級剣士と初級弓使い、両方とそれぞれ蝋燭一本が燃え尽きるまでの時間制限で三本勝負を行い、互角以上に戦えねばならない。
エミリアの場合は弓使いであり獣使いであり魔道具使いでもあるから、どのような相手となるか俺にも想像つかんが、剣士となった場合も想定しておく必要性はあるぞ。やはり接近戦では剣士に分があるからな。
もう一度やるぞ……どうすれば良かったか……分かるか?」
「はあ……いいですよ……アルっ前っ構えっ……ペルっ防御。」「ぎゅるぎゅるぎゅる」「うー……」
巧が先ほどの立ち位置に戻って再戦開始……今度はアルルを前面に出し……ぺリルを身構えさせた。
二匹の大型犬に臨戦態勢に入られ、巧は仕方なく後方へ数歩下がる……
「ふうっ」「があああっ!」
巧が一歩踏み出そうとした瞬間を見定め、アルルがすぐさま跳躍して飛び掛かっていく……だが巧は前に移した体重をすぐ後方へと移し、上体を思いきり反らせて飛び掛かるアルルを躱すと、その戻る反動を使い低い姿勢で駆けだした。
「があっ!」「だりゃあっ!」
エミリアを守っていたぺリルが反応して飛び掛かっていくが、巧は半身になって何とか避けエミリアへ斬りかかる。
それでもエミリアは素早い身のこなしで背面の小山の向こう側へと回り込み、追って来た巧目がけで至近距離から矢を射かける……が、またもや巧は体さばきだけで矢を避けるとなおもエミリアを追う……
「アルっ左、ペルっ右っ!」
アルルとぺリルは小山の両側から回り込んで巧の姿を追い……
「があああっ!」
左から大きく駆け込んできたアルルが山の斜面を使って大跳躍……エミリアの頭上を飛び越え巧目がけて急降下……
「ちいっ」堪らず巧は前転し乍ら辛くも避けるも……
「があああっ」
アルルに噛みつかれ何とか木刀を盾に切り抜ける……
「があっ!」
だがそこにぺリルが参戦……
「ふっ!」
巧は体を起こして木刀に噛みついているアルルの耳に息を吹きかけ、驚いたアルルの噛む力が緩むとすぐさま立ち上がり後方へ跳ねのいた……
「はっはっはっはっはっ」
そこへエミリアが矢継ぎ早に連射……体さばきでは避けられないと悟った巧は木刀で払い避けるも……
「がああっ!」「がっ!」
左右から同時にアルルとぺリルに飛び掛かられ……右手首と左ひじにそれぞれ噛みつかれ……
「わっわっ……」
そのまま二匹の圧で仰向けに押し倒される……
「参った!」「アルっ、ペルっ……戻れっ……。」
巧の敗北宣言で、エミリアが両太ももを叩きながら二匹を呼び寄せ模擬戦終了……
「どうしてアル達も矢も避けるだけで剣を使おうとしなかったのですか?木刀なら……お腹を突かれても物理結界があるから平気だろうと……ご自分で仰っていたではないですか……。」
エミリアが巧の下へ寄って来て、巧の戦い方に疑問を呈する。
「ああ……まずは体さばきの訓練だからな……模擬戦なのだから……毎回毎回……どういう展開に持って行くと有利に運べるかを考え、どういう展開は自分にとって不利なのかも考え、色々と試してみることが必要だぞ。
ただ試合うだけならいつも同じ展開になって……まあそれでも技能は向上していくから動きも良くなっていき展開が変わる可能性もあるのだが……それを待つのではなく自分で起こすわけだ。
まあいいさ……体さばきだけでは到底かなわんと……途中でわかったからな……次は作戦を変えるぞ……。」
巧は小山を回り込み先ほどの立ち位置へ戻り、エミリア達も駆け足で戻っていく……
「準備はいいか?」
「なんだか激しいですねえ。」
「ああ……そうですね……大丈夫、ここは戦場にならないよう配慮してくれているさ……。」
小山の中腹ではハルクと弟子たちが、相変わらず結界を重ねる作業を続けていた。




