死闘
4.死闘
「どうしてと言われましても……それが我が家の家訓と申しましょうか……主であるヘルム様の忠実な僕として生きることが平和で争いのない、誰もが幸せに暮らせる世界の実現につながるのだと……そう信じておりますからね。
エミリアさんこそ……どうしてそこまで人間などに肩入れするのですか?人間がこれまで行ってきた環境破壊や生き物への虐待等々に関して……心が痛みませんか?全ての生き物たちに平等な……共生関係を築こうとする崇高な考えにどうしてご賛同いただけないのです?」
前に立ち油断なく身構える兄と違い武器を持たず防具すら身に着けていないベルンは堂々と自分の信念を明かし、兄の肩越しにエミリアへ問いかけてきた。
「私もそういった考え方に魅力を感じないわけではありません。ですがその共生は……今回の騒動をとってもそうですが……人間側も魔族側も多くの血が流され……私の母も六年前に魔王の羊皮紙を守るために命を落としましたが……そんな犠牲を払ってまでして成し遂げねばならない事なのでしょうか?
仰っていることは至極まともで納得できるのですが私に言わせていただければ……行動が伴っていないのです。」
エミリアがベルンの主張をバッサリと斬り捨てる。
「互いに幼いころからの家庭環境も受けてきた教育方針も異なりますから……どこまで行っても平行線でしょうね。仕方がありません……兄さん……お願いいたします。」
「よしっ……ヘルム様直々にご指導を承った剣の腕前……しっかりと味わえ……。」
エミリアが弓に矢をつがえるよりも先にベルンの兄が一直線に踏み込んで来た……
「だありゃっ!」「おらおらおらおらっ」
こちらは同じく小山を逆側から回り込んできたパステルたち……二人の眷属相手にボーグルとブルが長槍と大ハンマーを振り回し前衛を務める巨漢の槍使いを攻め立てる……が、槍使いは素早い身のこなしでハンマーをぎりぎりで避け、槍を自身の槍で受け止め撥ね退ける……。
後続の魔道具使いがふわりと浮かせて放物線を描かせたり、左方向から大きく曲げたりあるいは右から曲げたりと……巨体の槍使いの影からこぶし大の火弾を自在に操りブル達を仕留めようとするが、それらは目標に到達する前に後ろに控えるパステルが次々水弾で打ち消していく。
「ちいっ!」
埒が明かないと感じたのか、後衛の魔道具使いは腰の剣を抜きブル達に斬り込んでいく……
「だりゃっ!だっ!だっ!だっ!」「おりゃあっ!どりゃああっ!」
ヘルムが繰り出す剣は実に華麗で、剣速はさほど速くは感じないが流れるかの如く円形の軌跡を描きながら優雅に舞うように繰り出される……侯爵が左から……巧が右から目にもとまらぬ速さで同時に斬り込んで行くがヘルムの剣の円の動きは変わらず優雅に撥ね退けていく……
「フンヌッ!」「ぎゃっ!」「うわっ!」
二人の剣を受け止めヘルムが気合を込めると……ほんの少し両腕の剣を突き出しただけなのに二人の体は後方へ大きく飛ばされ、侯爵は地面を転がり危うく島から海に落ちそうになり、巧は小山の壁に背中から激突した。
「だっりゃあっ!」「どっせっ!」「フンっ!」
それでもめげずに侯爵と巧が再び同時に左右から斬り込んでいく……と、ヘルムは軽く受け流し一歩下がると今度は二人に向けてこぶし大の火弾を至近距離から放ってきた……が、侯爵も巧も腰の剣紐に括り付けてある魔道具から水弾を発射し火弾に当てて打ち消した。
「アルっ右手っ噛みつけっ!ペルっ左足っ噛みつけっ!」「うがあっ」「があっ」
駆けだした前衛の兄を目標に、エミリアがアルルとぺリルに瞬時に指示を出す……
「ちいっ!」
甲冑の小手があるとしてもアルルもぺリルも付け牙付け爪を付けた戦闘態勢……ベルンの兄はすぐさま体を翻し二匹を躱すと、後方へ飛びのいて体勢を立て直した。
「ふうん……獣使いもやるのか……弓使いの魔道具使いの……と忙しいことだな……。」
「アルたちは獣じゃありませんっ!仲間ですっ!」
ベルン兄の心ない言葉にエミリアが反発する。
「ああ……いや……その……気を悪くしたなら謝る。ペットなど動物を訓練して戦闘用にするのを獣使いという……いわば冒険者としての区分だからな……ペット使いと呼ぶのは変だろ?決して君の愛犬を獣と評したつもりはない。
逆にその若さで……三つもの冒険者としての職を……しかも上級並みに会得しているとは大したものだと褒めているわけだ……俺は剣技はそこそこなんだろうが魔道具はあまり得意じゃないし、弟は結界術だけなら一級品だが戦えない……あんた凄いよ。」
ベルンの兄は剣を持つ手を緩め、エミリアを称えて拍手した。
「どりゃあっ!」
小柄な体の魔道具使いは巨漢の槍使いの左ふくらはぎを足場に背中を駆け上り、これまた長身のボーグルよりもはるかに高くまで跳躍すると大上段に振りかぶって落下速度を利用しながら思い切り斬りかかって来た。
「どっせっ!」
だがボーグルは両手持ちの槍の柄で兜割気味の一撃を肘のクッションでいなして受け止めると、そのまま体を反らしてから反動を使って剣士を後方へと突き飛ばした……魔道具使いの剣士は何とか足から着地するも目の前には大ハンマーを持ったブルが……
「おらおらおらっ!」
待ってましたとばかりにブルが大ハンマーを振り回し、魔道具使いの剣士はハンマーを受け止めることも出来ず、足さばきを使いかろうじて逃げまどう……が、パステルが弓を足元に威嚇するため打ち込み逃げ場を失い始める……
「ちいっ……うおおおっ」
その様子を目の当たりにした槍使いが槍を思いきり振り回して突っ込んで行ったが、ボーグルが割って入ると冷静に受け止め加勢に行くのを阻止……
「お前たちは確かに強い……我がこれまでの生涯で出会った最高の剣士の中に数えられるくらい……それくらい強い。
だがあくまでもそれは……人間の剣士の中ででの話だ……魔族は力も速さも人間のものとは桁が違うからな……そういった意味では二対一で丁度いいか……受けるばかりではなく、こちらから何度も斬りつけているが二人ともまだ生きておるからな……だが……気配から察すると……ちと眷属らの旗色が悪そうでな……ここからは力を使うぞ!」
先ほどまでと違いヘルムの顔から笑みが消えた……なんと周りの状況を気にしながら巧たちと戦っていたようだ。
「あわわわっ!」「うわあっ!」
ヘルムの体から直径三尺を超える大きな火炎弾が何ら予告なく高速で放たれ侯爵と巧をそれぞれ襲った……二人は水弾を放つ間もなく転がりながらも何とか躱し、火炎弾は遥か遠くまで海の上を飛んでいった……
「一発だけではないぞ……。」
「うわっ、くそっ!」「ちいっ、だっ!」
さらに転がる二人の元へもっと大きな火炎弾が発射される……間一髪……かろうじて避けるも
「うわっ……ちいっ!」
立ち上がろうとする侯爵目がけて瞬時に間を詰めてきたヘルムの剣が上から振り下ろされ、侯爵は拝むかの如く両腕を上げかろうじて剣で受け止めるがぎりぎりで……甲冑に届きそうなところまで上から押し込まれる。
「どりゃあっ」「フンヌッ!」
すかさず巧が後方から斬り込もうとするがヘルムは振り返りもせずに巧目がけ、またもや四寸はありそうな巨大な火炎弾が撃ち込まれ……巧は横っ飛びで回転しながら何とか避け……
転がった巧は膝立ちで体勢を作り、そのまま腰の魔道具から今度は三尺ほどの大きさの火炎を高速でヘルムに向け放った……だがヘルムの体へ到達する前に強力な風魔法により吹き飛ばされてしまう。
それでもその隙に巧は腰の冒険者の袋から二つの魔道具を取り出し、根付を付けた紐を腰の剣紐に挟み込んだ。
「ぐっ……ぐおおおおっ!」
ヘルムの気が巧に注がれた瞬間……侯爵が渾身の力を振り絞り体重を乗せて押し込まれていた剣を何とか振り払う。
「はあはあはあはあっ……ふうっ」
息が荒い侯爵は苦しそうに肩を揺らしてあえぐ……
「ほっ……ほう……ここまでとはな……お前たち二人はこれまで出会った人間の剣士の中で、一番と二番……いやどちらも一番だ……どうやら眷属らの心配どころか……魔王を隠した洞窟やこの島の心配などしている場合ではなさそうだな……こっちが危ない……だったら遠慮せず……。」
ヘルムはにやりと不敵に微笑むと……一瞬で巧に詰め寄り長剣二本で巧に斬りつける……
「とりゃあっ、だりゃあっ!」
巧は剣と体さばきで何とか躱すが……段々と後ろの小山へ追い詰められる……その時ヘルムの頭上から巨大な炎の玉が降って来た……侯爵が放った一発だ。
「フンヌッ!」
それでもヘルムは斬りつける動きを止めもせずちらりと目をやっただけで、風魔法で火炎を吹き飛ばす……
「どっ……せえっ!」
何とか反撃に移りたい巧だったが、すきを突いたはずの突きは躱されヘルムの左側の小刀二本にて斬りつけられ思い切り脇へ跳ね飛ばされた……巧の甲冑の胴はハルクの結界が付与されているはずだがそれでも大きな傷がついた。
「あなたたち家族がいなければ、ハルクさんは結界術師になれてはいなかったと仰っていました。今お話ししていてもとても人類社会滅亡を願う凶悪な思想の持主とは思えないほど穏やかで普段は争いを好まない方とお見受けいたしましたが、どうしてこのような恐ろしいことに加担なさっているのでしょうか?」
エミリアは何とか二人を説得して戦わずに済まそうと考えている様子だ。
「だから……うちの家系では……いや……こんな事言い争っていても不毛だ。お互い平行線で交わり合う点などどこにもないさ……犬をけしかけてこないのならこちらから行くよ……だありゃあっ!」
ベルンの兄は腰をかがめ身を低くし、エミリア目がけて一目散に駆け出した……
「アルっ首っ噛みつけっ!ペルっ左足っ噛みつけっ!」
仕方なくエミリアは早口でアルル達に命じると、自分も矢をつがえ弓を構えた。
「はっ……はああ……命がけで攻めてこなくてはな……面白くなってきたわい!」
「ぐうっ……はぁはぁはぁ……」「大丈夫か?」
侯爵が心配そうに問いかけ、巧は返事の代わりに剣を持つ右手を肩まで上げた……
「楽しませてくれるわい……だが……もうこの辺で……終わりとさせて頂くぞ……二人とも跡形もなく消し飛んでしまうのは申し訳ないが……これ以上続けてはおられん……ハーケンのやつも再生させてやらねばならんしな……あまり暴れまわって腕のどちらか飛ばして海にでも沈ませたなら、奴に一生恨まれてしまうからな。フンヌッ!」
ハルクが気合を込めると、彼の体が真っ赤な炎に包まれた……
「どうだ……今度はゴム手袋などと言った小細工は通用せんぞ……。」
侯爵の魔道具からも巧の魔道具からも水流が放出されヘルムの炎とぶつかり水蒸気となっていく……そうしてヘルムの周りは真っ白い水蒸気で姿がかき消されていく……
「うわっ!」「ちいっ!」
しばしの沈黙の後、真っ白な雲の塊から突然三尺ほどの火炎が飛び出て侯爵や巧目がけて飛んで行き……二人とも腹に直撃を食らうが何とかハルクが付与した魔法結界で耐えた。
「水をかけてはだめだ……奴の思うつぼに!」
仕方なくヘルムの体を包む炎の勢いを弱めようと放水するのはあきらめた。
「ふふんっ!」
「うわっ!」
周囲を取り巻く水蒸気の雲が晴れる前に飛び出し巧の眼前に出現したヘルムは、ニヤリと笑むとすぐさま右の剛腕を振るった……巧は何とか両手で剣を支え受けるが両膝を少し曲げて何とかヘルムの重圧に耐えている様子……だがまたもやヘルムの体が紅蓮の炎に包まれる。
「炎をまとっているのにどうして平気なのか不思議か?炎耐性を持っている訳ではない……火炎弾など魔法攻撃を受ければダメージを食らうからな……風魔法を併用していてな……まずは風魔法で体の周りに薄いベールを羽織るかのごとく空気の膜を作るのだな……その周りを炎で取り囲むから直接炎の熱は体には接しないのだ。
魔力を持たず魔法の具現化に魔道具を使わねばならん人間には到底なせる業ではないのだが……それにしても凄い耐性を付与しておるな……甲冑の作りも立派だが魔法耐性と物理耐性迄……やはり人間にもそこそこの術者がおるようだな。
だが……それもいつまで持つかな……こちらの魔力はまだまだ尽きることはないぞ……。」
段々と巧の甲冑が赤熱化していく……
「こんなやり方は好まんのだがっ!」
ヘルムの言葉を聞いた侯爵が、自分の足元近くに転がっていたハーケンの頭を思いきり海へ向けて蹴り飛ばした……
「ちいっ……なんということをっ」
ヘルムはまとっていた炎を速攻で消し四本の腕に持つ剣も捨て大跳躍っ……何とか手を伸ばして髪の毛をつかむと、ようやく島の端にぎりぎり着地した……
「だりゃあっ!」
すかさず侯爵が剣を振りかぶり態勢の整わないヘルム目がけて斬り込んでいく……
「フンっ」だが次の瞬間……ヘルムの体は業火に包まれ、
「うわっちっちっ!」
その高温に……思わず後方へ飛びのいた……
「頼むから……確かにお前たちにとって……仲間を殺した悪党かも知れんが俺にとっては大切な友なんだ。その頭を蹴り飛ばすなどと言った死者を愚弄するような真似はよしてくれ……。」
紅蓮の炎に包まれたままヘルムは抱えていた首を、大事そうに傍らの岩の上にそっと置いた。
「もとよりこっちはなりふり構っちゃあいられないんだ……無礼な作法は申し訳ないが……今の状態なら再生可能なわけだから死者を愚弄してはいないはずだ……勿論俺たちが万に一つでも勝ったなら、絶対再生できぬよう首と胴体はできるだけ離して埋めるがね。その時は丁寧に……髪だって整えてから埋めてやるさ……。」
意外と冷静なヘルムに対し、侯爵はなおも突っかかる。
「おらおらおらおらっ……うわっちちっ」
ブルが大ハンマーを振り回して迫ると魔道具使いの剣士の目線はブルに向いたまま、腰ひもにつけた魔道具から高出力の火炎を放射……溜まらずブルが飛びのいた。
「はっはっはっはっ」
それでも攻撃の手を緩めたくはないパステルが剣士目がけて矢を連射……剣士は横転しながら矢を避けると今度はパステル目がけて高出力の火炎を放射……が、パステルの胸元の魔道具から勢いよく放水され剣士の魔道具にまで到達……魔道具の炎は鎮火した。
「おらおらおらおらおらっ」
すかさずブルが大ハンマーを振り回し、剣士は何とかぎりぎりで躱して見せるが体をひねって躱そうとした先に今度はパステルが放った矢の軌跡が……慌てて前にかけた体重を戻そうとするが……
「ぐわあっ……」
ブルのハンマーが左わき腹を直撃……それでも甲冑には物理結界が施されているのか、体ごと跳ね飛ばされはしたが甲冑のダメージはさほどでもなく、魔道具使いの剣士はよろよろと立ち上がる……
「はっはっはっはっ」
再びパステルが矢を連射……剣士は何とか剣で払うが一本が左太ももに突き刺さる……
「ぐあっ!」
「おらおらおらおらおらおらっ」
ブルが大ハンマーを振り回して襲い掛かると、左足を引きずる剣士に逃げ場はなく左から右から上からと……ブルのぶん回すハンマーの直撃を受け……やがてその場に崩れるようにして沈んだ。
「だありゃっ!」
ちょうどその時、数合交えていたボーグルの長槍が槍使いの持つ槍を上側に跳ね除け開いた胴に一突き……
「ぐおっ……」
槍使いもボーグルの前に力尽きた……。




