魔王の羊皮紙
17.魔王の羊皮紙
「おお……ようやく持ってきたな……しかも五百枚も持ってきおって……羊皮紙は厚いから図書館側でも場所をとって邪魔なのだろう……これ見よがしにまだあと五百枚以上あるので、削り取り次第持って行きますと付け加えおった。」
公爵が頼んでから半刻ほどで……大量の無地の羊皮紙が執務室に運ばれてきた。
「四枚もあれば済む……いや……正確に魔王の事と認識されずに何ら反応しない場合も考えられるから……いくつか話を書き直す必要性があるだろうから……まあ……一人当たり十枚は書く覚悟が必要だろう……さすがに五百枚はいらんだろうが……。」
シュトラセン子爵は魔王の羊皮紙として反応するだけの真実味のある魔王に関する記述が出来るかどうか……幾度かは書き直す必要性はあると主張。
「羽ペンなど使ったことはないですし……しかも紙の表面はなんだかごつごつと荒く毛羽立っている様子ですね。やはりこれでは鉛筆ではちょっと難しそうですね……芯先を尖らせては毛羽立ちが抵抗になるでしょうし、先を太くしたらしたで文字としても線画としても判別が難しくなるでしょう。やはり羽ペンを使うしかなさそうです。」
エミリアが羊皮紙を手に取り表面状態を凝視しながら呟く。
「ああ……書かれてあった公文書の内容は機密事項に値するものが多いから廃棄前に内容を分からなくするために表面を削るのだが……以前はどのような手法が採られておったのか今では分からない為、紙やすりの中程度の粗さのもので表面を極力均一に削っているそうじゃ。
もっと荒いものだと速いそうだが時折破れたり穴が開いたりしてしまうそうで……そうなると破れ目や穴周辺の文字は削り取るのが難しくなってしまうようで……適当な番手を探っているとも言っていたが……どのみち再利用など考えてはおらなんだからな……期待は出来ん。
表面が荒く羽ペンでもインクがにじんだりして書きにくいかもしれぬが、何とかうまい事折り合いをつけて書くしかないであろうな。どうしても無理であればもっと番手の高い……目の細かな紙やすりももらって来ておるので、それで表面を整えるという方法もあるから試してみよう。」
公爵が表面状態の粗さに関しては、紙やすりで表面を削り取っているためと回答した。
「じゃあ俺は……ケンリッヒ侯爵から聞いた、遥かなる太古にはまだ魔族も亜人らと共に人間と一緒に生活していた時代から書いてみようと考える。これだって残せない史実と言っていたからね。」
「じゃあ私は魔王が人間に対して反旗を翻した辺りの下りを書いてみますわ……。」
エミリアと巧は書き記す文章を決めたようだ。
「ではわしは先祖から口伝で伝わる魔王伝説を書こうかの……。」
「私も父から聞いた魔王のお話を書くとしましょう……。
四人がそれぞれ魔王に関して伝えられてきた話を羊皮紙に羽ペンでで書いていく……
「ああっ……もう?」「うん?これだけで?」「わっわっ!」「わわわわっ……」
すぐさま四人が受け持つ羊皮紙が、書き始めてから暫くすると燃えだしてしまった……
「インクのにじみなどがあるけど何とか文字として読める程度ではあったので書き続けていたら……ほぼ終わりかけの頃ふと見上げると書き出しの文字がすでに燃え上がっておりました……急いでコップの水をかけましたが火は燃え広がらず羊皮紙だけ燃え尽きました。」
「俺も……あと少しのところで……書き出し部分から燃え始めていた。」
「わしは少しは羽ペンは使い慣れておったから速く書けて……文章も完結じゃったが……一応一枚全部文字が書き終わったが、それでもすでに最初に書いたほうから火が燃え広がり順に燃え尽きてしまった。」
「私のも同様……一枚すべて燃えてしまった……。」
どうやら四人ともに羊皮紙ごと燃えてしまった様子だ。
「これは……どういう事なんじゃ?羊皮紙も紙と同様……燃えてしまうではないか……これは魔王の呪いとは別物なのではないか?いや……あるいは……もうすでに魔王の体が隠された場所は魔族の手に渡ったから、これ以上魔王の所在を示す羊皮紙の必要性はないということに変わっているのか?ふう……この世の終わりじゃ……」
公爵が深いため息とともに、終末を告げる。
「恐らくそうではないと考えております。」
「うん?だって……燃えずに魔王の所在地を示すはずの羊皮紙が……目の前で燃えてしまっているではないか……。」
エミリアの意見に公爵は即反論する。
「考えても見て下さい……魔王を封印したときにその事実を……魔王と人間社会との関係を誰もが後世へ伝えようとしたはずです。ですができなかった……色々と試して羊皮紙に辿り着いたのか……あるいは当時は紙と共に羊皮紙も記録用紙として一般的だったのか知りませんが……兎も角紙だって全国に配布する分大量に印刷したはずですし羊皮紙も同様です。
全ての羊皮紙が魔王の羊皮紙へ変貌したのだとするなら……さすがに一人の人間が秘密裏に誰にも知られない場所まで運んで隠せるとは到底考えられません。五百枚の羊皮紙だけでこれだけかさばっているのですよ……それが何千枚もあったなら?ほぼ不可能と考えます。つまり……当時も大半の羊皮紙は燃えてなくなり、ごく一部の数枚だけ燃えずに残った。
現に魔王に関する記述は……歴史書含め一切残っておりませんから全て燃えてなくなったのだと考えるのが自然であり、その残った数枚が魔王の羊皮紙なのだと私は考えております。
ここで問題があるのです……魔王の羊皮紙に変貌した羊皮紙自体に何か共通点があったのか……例えば記載した文章と言いますか物語が同じであったのか……あるいはたまたま……一定確率で魔王の呪いの効果が発揮され、所在地が浮かび上がったのか……前者の場合であればその物語を探し当てねばなりません。
後者の場合であるならば……ただひたすら……書いて書いて書きまくるしか……方法はありません。」
エミリアが二つの可能性があることを説明する。
「ふうっ……そうであるならば……知っている限りの魔王に関する話を各自書きまくるしか方法はなさそうじゃな。
だが……どうする?このまま四人で続けるか?それとも王立図書館の館員らも招いて……総出で書いてみるか?
魔王の羊皮紙が出来たとて……そこから数日から下手をすれば半月は完成までにかかってしまうぞ……そうこうするうちに魔族らに先を越されてしまっては大変だ。」
公爵は応援の必要性を解く
「だが……こんな魔王に関わるこの世の危機とも取れる大問題……公務員とはいえ図書館員に知らせてよいものなのか?彼らが家へ帰ってから家族に漏らせばそこから学校や友人関係を通じて広がり……王都の民はパニックを起こしかねんぞ。
攻め込まれそうで危険な王都……以前エラルミント伯爵を操り狙った経緯があるのでね……こんなところにはいられないと皆が王都を逃れようと大騒ぎにでもなったら大変だ。それこそ収拾がつかないことになり兼ねん。
よほど信頼が置ける人物以外には……申し訳ないが 明かさないほうがいいと思うのだが……。」
だが子爵は応援を呼ぶ事には反対の様子。
「ふうむ……そうなると……どうする?たったの四人で続けるのか?」
「今のところ……このような話をしても漏れることなく問題なさそうな人物なら居りますよ……王宮聖教会の今は司教となったハルクと……俺たちと共に羊皮紙を届けたときに同行した彼の弟子たち……彼らは魔王の羊皮紙のことも知らされていたのだから、またまた危機に陥ったと聞いてもさほど驚かないでしょう。」
巧がハルクとその弟子たちなら大丈夫だろうと推薦する。
「成程……彼らだったら確かに大丈夫であろうな……しかもハルクが飼育している伝書バトを使ったので、羊皮紙が奪われた事も既に彼は知っているのだからな……ようし……すぐに呼びに行かせよう。
その間も……わしらは羊皮紙に魔王の物語を書くようにしておかねば……今は少しの時間も惜しいでな……燃えさしを入れるためにブリキで出来たバケツも準備させよう……まずは頼むぞ……。」
そう言い残して公爵は再び部屋を出て行き、巧たちは二枚目の羊皮紙に取り掛かった。
「失礼いたします、お呼びでしょうか?」
しばらくして執務室へハルクと弟子三人がやって来た。勿論呼ばれた訳を知る由もない。
「聖教会本部から魔王の羊皮紙が奪われたことは既に知っていると思うが……実は………………。」
エミリア達は二枚目の羊皮紙に取り掛かっているので公爵が概略説明を行う。
「なんと……魔王の呪いは現在も残っていて……羊皮紙制作が可能であると?ですが……それには何千枚も試す必要性が……成程……その可能性は十分考えられますね。私も……一人の人物が魔王の羊皮紙を隠すことが出来たということは眉唾物と感じていたのですよ……だって世界中で魔王のことを記録に残そうと試みたはずですからね。
まあ……古の口伝ですから……尾ひれがつくことは考えられますが……百人力の剛力でもなければあの重い羊皮紙の束を持って出かけられはしない……しかもかさばるから一体どうやって隠し持っていたのかなど……その当時から冒険者の袋があったのであればまだいいのでしょうが……それでも世界中から集めるだけでも大変です。
収集漏れなんて普通に考えられますからね。現代まで残る魔王の羊皮紙なんてそこら中にあってもおかしくはない訳で……ですがそうですか……逆に……ほぼほぼ燃えてなくなってしまうが、極々一部にだけ魔王の体の所在を現したと考えるわけですか……そう考えたほうがより今の状況に合っておりますね。
それで……我々にお声がかかったということは……口が軽い一般公務員にはさせられないから……とりあえず信用できる我々に羊皮紙への記述を手伝えと……そういう事ですね?承知いたしました。我々を信頼頂けたからにはそのお気持ちに報いるべく……寝ずにでも我慢してひたすら羊皮紙への魔王伝説の記述を行いましょう。
皆……良いですか?今こそ聖教会の力をお見せする時です。眠いとかお腹が空いたなどとは言っておられませんよ……何日間でも休憩もなしで昼夜問わず書き続けるのです……宜しいですか?」
『はいっ!』
ハルクの問いかけにまだ若い僧たちは、元気に大きな声で返事をした。
「いやっ……さすがに夜には……家に帰って体を休めたほうがいい……食事もせねばね……とりあえず昼間の……教会での仕事の合間でも構わぬから……手伝って欲しいのじゃ。」
「あっ……ああそうですか……大丈夫です。この世界の危機的状況なのですから……教会の仕事は一旦放っておいて……こちらを最優先で行います。問題ありません、皆っ……寝てよいそうです……有難いっ、だがここでは寝るなっ……ここではひたすら書きまくるのみっ!休むのは仕事を終えて家へ帰ってからです、良いですね?」
『はいっ』皆またもや元気に返事をし、
(ハルクさんって……普段はなにをしていらっしゃるのかしら……)
エミリアはふと首をかしげたのだった。
「ベルンの事……聞いたか?」
夕食休憩時に王宮の給仕室から特別に賄い食を配膳してもらい、執務室のテーブルで羊皮紙を一旦片してから皆で食事を摂っている時に、巧がそれとなくハルクに聞いてみた。
「はあ……まさかベルンが眷属……しかも草という代々続く眷属家系であったとは……本当に驚いたと同時にショックを受けました。彼とは八年前に聖教会本部で毎年行われる結界術短期集中取得コースを受講したときに知り合いました。
既に国の予算の大半は軍事費に回されろくに出張費も出せない状況でしたが、それでも冒険者組合には魔族を収監しているところも多くあり、結界が切れてしまうと大災害となってしまう恐れがあり新人司祭の私が派遣されたのです。
ですがもうすでにエールやスムープの物価は高騰していて、私は仕方なくエールから二里離れた小さな宿場町を見つけて宿泊し、毎朝日の出前から出発して通っておりました。それでも国で支給される出張費では足りず、食事もろくに摂れずひもじい思いをしておりました。
日に日にやつれていく私の姿に気づいたベルンが声をかけてくれて、ちょっと恥ずかしかったのですが私が事情を打ち明けるとベルンはだったらと家へ招待してくれて食事を提供してくれたどころか、宿を引き払って家に来いとまで言ってくれました。
私はちょっと図々しいとは思いましたが、それでもこのままでは到底続かないと感じておりましたので厚意に甘えることにしました。それから三ケ月間……研修が終了するまでベルンの部屋で一緒に寝起きし聖教会へ通うことが出来、結界術師の試験にも合格……私の今日があるのはベルンのおかげと言っても過言ではないのです。
食事まで提供して頂いたので……出張費として受け取っていた全額はベルンに渡しましたが……彼はいらないと固辞しましたが最終日に無理やり彼の部屋の机の上に置いて戻りました。宿代どころかエール内のレストランなどでの食費にすら足りない微々たる金額でしたけれどね……本当にありがたかった……。
あの暖かだったベルンとその家族が全員眷属であったとは……私は果たして本当に……眷属……いえ……魔族と人間が対立している現状が正しいのか?と疑問すら感じているほどです。」
ハルクがしみじみとベルンとの思い出を語った……
「ううっ……うっ……うっ……」
「どっ……どうした?」
「だ……だって……ベルンさんのことが……本当に残念で……。」
尋ねた巧ではなくその話を横で聞いていたエミリアが号泣していた……
「眷属の中でも特に草は……組織の中枢に入っていくために人付き合いに長けていて、人の心に入り込み人の心をつかんで魅了する術を取得していると聞いたことがある。
その一環としてハルクを親切にもてなしたとも考えられなくはないが……他国の……しかも戦争に入りかけのボーキサイ国の者を親切にしたところで……中立国であるハリキル内での評価は高くはないだろうから……ベルンの純粋な気持ちだったのだろうと考えられる。
そんないい奴でも……心酔する魔族の為ならばと……罪もない人たちの大量虐殺に平気で加担するのだから……考えてみれば恐ろしい。ふうっ……」
巧が大きなため息をついた。
「もう……誰を信じていいのか……人間不信になってしまいますよね?」
ハルクも両手で顔を覆い、暫し俯いていた。
「どうだ?何か変化はあったか?わしは知っている魔王の話は二つだけだから繰り返し書いて居るがすべて焼失。」
「俺はケンリッヒ侯爵から聞いた話を三分割して、それぞれ書きまくっていますが全部燃えています。」
「私は同じく侯爵から聞いた話と幼いころに母様から聞いた話に父様から聞いた話を含め……合計六話を繰り返し書いておりますがすべてが燃えております。」
「私は三話知っているが繰り返し書いてもすべて燃えた。」
「私の場合は聖教会から伝わっている話含めて全七話……繰り返しておりますが……」
『我々も……知っている限りに逸話を繰り返し書いておりますが全部燃えてしまいました……』
二日目も昼時になり、未だに羊皮紙に魔王伝説を書いては焼失を繰り返していた。八人が囲う執務室内テーブルの上や周りには燃えカスや燃えてしまった灰などが散乱する有様に……ブリキのバケツはすぐに灰で満タンになり何度も空けかえることに……
「しかし……見事に燃えてしまうものだな……どれもこれもほぼほぼ跡形もなく……。」
一日半かけて当初五百枚あった羊皮紙は百枚ほど減ったが、事態に何ら進展は感じられなかった。
「そうですね……一部分だけでも燃え残ったりしたならその文章というか表現は魔王と全く関係ないと言えるでしょうし、一部分だけでも変化すればその文章の前後を正確に記入できればいいことになるのでしょうが……今のところ手掛かりが皆無と言ってもいい状況です。
このまま続けることが正しいのかどうか皆目見当もつきませんが……魔族に先に見つけられてしまうと世界の危機ですので時間はありません。できることはやっておくべきです。」
エミリアが続けるしかないと説明する。
「えーと……朗報と言っていいのかどうか……魔王の羊皮紙を封印した水晶柱には、先代遺物の失敗を繰り返さない為、最高級の結界を施してあるはずです。物理結界が三重の上に魔法結界も三重で……さらにその結界間には魔族が認識できなくなる特殊結界が施してあるはずです。
つまり……いかな強力な魔力を持っている魔族でも認識不能な為、力技で壊すことは不可能です。これは古より魔族を魔力の貯蔵庫として収監しておくために発達した結界術の最高奥義ともいえる技なので、私もベルンも設定することはできるのですが、解除呪文は教えられておらず簡単には解除できませんし恐らくベルンも知らないでしょう。
地道に一般結界の解除呪文を浴びせ続け、少しずつ弱めていくしか方法はありません。ベルン程の術師が解除を試みたとしても恐らくは……ひと月半か二月はかかるのではないかと予想しております。」
ハルクが水晶柱の結界は簡単には破れないと解説する。
「おおっ……そうか……聖教会の地下金庫が破られたのは確か三週間ほど前だったから……残り三週間から最大でも五週間か……。」
公爵がうれしそうな笑みを見せ頷く。
「羊皮紙が取り出せたとしてもその場所が判明するまでにも日数はかかるはずです。開拓や宅地造成などが進み、千年前と今では地形が変わっている可能性が高いですし、地名が書かれているとしても地名すら変わっている場合も多いです。
その為……古文書など手に入れる必要性もあるでしょうし……その時間も考慮すれば……恐らく猶予は一月程かと。
まあ……都合よくは考えておりますけれどね……。」
エミリアが右手で後頭部を掻いた。




