本業に戻る
14.本業に戻る
「ふあー……やっぱり外の風景は格別ですね。高い壁に囲まれた人工的な街中ではなく……自然に溢れたのどかな田園風景……気持ちがいいです。」
エミリアが周囲を見回しながら大きく伸びをする。
「ああ……王都から出てターメリア国へも伺ったが、道中は全て馬車と船旅だったからな……やはり旅は徒歩に限る。」
ゆっくり目に歩く巧も、久しぶりの旅にご満悦の様子だ。
王宮を出てからイーストリバーを越え、初日は東側正門を出てから二里ほど先で野営し、二日目はひたすら街道を東進……広大なため池に場所をとられ少ない耕作面積を有効利用するため稲の二期作を行うボーキサイ国では、既に一期目の田植えが始まろうとしている。ため池から順に水を引いて……水を張った水田とまだ乾いている田と両方がみられる。
「そうか……ここの冒険者組合には魔物討伐依頼は一件もないか……王都西側のテルミやアルミナ辺りでは魔物の巣窟が近くにあることは分かっていたが、当時はまだ戦時下で疲弊した国力では礼金も準備できず野放し状態だったと聞いたが、終戦後の今でもこの辺りは苦しい事情があるのか?」
王都から八里先のドルトンの町手前で野営し、よく朝一番でドルトンの冒険者組合へ向かったが魔物駆除の仕事は一件も貼り出されていなく、受付嬢に聞いても魔物関連の仕事は一件もないということだった。
「いえ……そうではなく……戦時中は月に一度は国軍の兵士の入れ替えが行われ、遥か遠くの山脈地帯まで兵士が派遣され、また帰還兵が王都まで戻ってくるのです。そんなことを七年間以上も繰り返していたので、兵士が往復するこの街道筋では夜間でも魔物が出ることはなくなりました。
その為終戦後に兵士の移動がなくなった今でも魔物関連の被害は一件もないのです。」
受付嬢がこの街道筋には魔物はほぼ存在しないようなことを告げる。
「そういえば……メンドー国の外務副大臣も仰っていましたよね……戦争なんて形式だけで実はほとんど戦闘らしきことは行われてはいなかったって……それでも兵士らには知らされていなかったからゲリラ戦を恐れ、山脈の中間点が国境だったのを、ボーキサイ側の平野部ぎりぎりまで戦時中は国境を変えたと……。
つまり戦時中と言いながらもほとんど交戦などなく……ただひたすら毎月兵士の入れ替えが王都と山間部で行われ……その移動費と兵士の給金がただひたすら無駄に浪費されていたという事ですね?
しかも……メンドー、スーバキと違ってボーキサイ国政府中枢は形だけの戦闘とは知らなかったから……兵士らは装備を怠らず、訓練に励んでいたでしょうから整備費や食費も馬鹿にならず……ひたすら国力を削いでいたわけです。
そりゃあ……国も疲弊しますよ……戦わず……なにも生み出さない無駄な移動を繰り返していただけなのですから。
唯一の利点がこれ……常時軍の兵士の移動があった街道筋から魔物がいなくなっただけとはねえ……本当に情けない。」
エミリアが思わずふうっと大きく息を吐いた。
「仕方がないさ……魔族らの深遠なる謀略……ボーキサイ国の国力を落として国家転覆を狙っていたのだからな。
済んだことは悔やんでも仕方がないし……未然に防げたのだから……良かったと考えよう。
そうであればまあ……北か南へ……一路伸ばした先で様子を見るのがいいかもな。
まずはここから一旦北へ向かってみるか……行った先にも依頼がなければ更に北へと向かえば……やがて北部山脈へたどり着くだろうから……北部山脈近辺なら魔物の巣窟も多いはずだ。
まあ……北部山脈では男爵……いや……今は侯爵か……ケンリッヒ侯爵が魔物の巣窟の規模を管理しているとか言っていたから勝手に討伐できないだろうから……その手前の山間部での活動となるだろうな。
それでも山間部へ行けば……麓より田畑も住居も少ないだろうから……魔物の巣窟もそれなりにあるはずだ。」
巧がまずは北へ向かおうと提案する。
「そうですね……そういえば巧さんを介抱した村もサントスから東へ外れたところにありましたけれど……魔物の被害もそれほどではないから、城壁もない木の柵だけの村でしたものね……王都より東側は戦時下の軍の兵士らの移動の影響で、魔物が極端に少ないのかもしれませんね。
まあそれでも……北へ向かえばそこここに高い山はあるので……魔物の巣窟はあるかも知れません。北部山脈まではいかなくても山はそこら中にありますよ。」
エミリアが北へ向かえば山はあると説明……
「よしっじゃあ……まずは北へ向かおう。」
ドルトンから北へ向かうことに……
「サレント近郊の山間部に巣食う魔物の巣窟討伐依頼……よろしくお願いいたします。」
巧たちが魔物の巣窟掃討依頼を冒険者組合で得ることが出来たのは、ドルトンからさらに八日ほど北へ行った先のサレントという城塞都市だった。ここまで約二週間……延々と魔物関連の仕事を探して回ってようやくと言った有様だった。
「まあなあ……考えてみたらサントス近隣や、北部山脈の魔物の巣窟も……魔族が巣食うほどの大きめのところは五ケ月前にあらかた片付けてしまっていたからな。しかもその時…… 侯爵らが北部山脈の魔物の巣窟があらかた空と言っていたから……魔物があの辺りに集中していたはずだった。
そうなると……東を目指したのは失敗だったかもしれない……南の方がよかったかな?」
巧ががっくりと肩を落とし、しょんぼりとしている。
「まあまあ……結果論ですからね……それに……王都西のテルミやアルミナ……アーミンなどの魔物の巣窟は……何年も前から住民を悩ましていて……それでも資金がなくて冒険者組合に多額の礼金をはらって依頼できなかったから、あのあたりに集中して巣窟があっただけで、そうそうどこにでもあるものではないという事ですよ。
王都のウエストリバーとイーストリバーの河川敷は……河川敷を伝って人口の多い王都に流れ着いてくるためでしょうし……しかも王都の外れの区域に関しては、何年間も放置されていたから極端に魔物が多かっただけで……まあ今は二週間でとりあえず仕事にありつけたことを喜びましょう。」
エミリアが予想が外れ申し訳なさそうな巧を励ます。
「そっ……そうだな……まずは目先の巣窟に集中するか……今回はボス戦で……魔族がいなくても……ボス魔物が魔法を使わなくても……それでも魔道具を使用するつもりだ。ゼーンの修行の成果を試す……魔法効果を曲げられるかどうか試すつもりでいるから……エミリアも心づもりをしておいてくれ。」
巧が気を取り直し……そうして今回の魔物退治には魔道具を使うと言い出した。
「成程……この辺りで成果を試してみるという事ですね?いい考えかも知れません。じゃあ私も……手持ちの魔道具を弓矢代わりに使ってみるとします。」
エミリアもうれしそうにほくそ笑む……
「待て待てっ……魔道具のチャージ料……一回銀貨二十枚を忘れないようになっ。決して安くはないのだから……その辺の雑魚相手には使うなよっ!使うならボス戦に限る。大丈夫だ……いくら魔法効果を曲げられようが何だろうがボスはそれなりに強いから、一撃で倒れるなんてことにはならないはずだ。
そこそこの大きさの魔物を倒そうと思ったら魔道具の強度は中以上にする必要性があるから、この間説明したように中では魔力満タンの状態で十発しか打てない。つまり……一発銀貨二枚の消費となるわけだ。
大量の肉が取れて結構な収入になる牛系魔物だったら大型だから強か最強に設定するのだが……最強は魔力が満タンの時でないと打てないし、強だって満タンで1.5発くらいしか打てない。しかも強を至近距離で確実に急所に当てないと仕留められない場合が多いから……魔道具を複数個持って強を数発撃って倒せたとしても大抵の場合は赤字だ……。
魔道具だけで倒そうとするのは結構厳しいというか……倒した魔物の肉や毛皮を売って得られる対価と見合うかどうかで考えると厳しいから、あくまでも魔道具は補助的に……使うのはボス戦に限る。
無駄玉は極力避けて……雑魚相手に使うつもりだったら、練習時に的相手に試すくらいでも同じだろ?
確かに的は動かないし反撃もしてこないから生きた相手で試してみたい気持ちはよく分かる……だが俺たちは仕事を請け負い魔物の巣窟を掃討して礼金を受け取り、仕留めた魔物肉や毛皮を売って稼ぎとして生活している……つまり職業としているのだから……収入に見合わない戦闘時の浪費は避けるべきだ。」
「はーい……分かりました。」
エミリアは渋々頷き、そうして案外経済観念がしっかりしている巧に驚いた。
「この辺りですかね……アルたちが落ち着きませんから……すぐ近くまで魔物の気配が漂ってきているのだと思います。」
サレントを出てから少し北上した先の……冒険者組合で聞いた話では標高五千尺級の山々が連なっていて、中央部に位置する標高五千五百尺ほどの山の中腹に巣窟があるという事だった。
「ううむ……この辺りは人があまり入ってこない場所なのだろうな……下草が伸び放題だし木立も密集して入り組んでいるから山の斜面の傾斜もあって歩きにくい。」
それほど標高が高くはないので動きの制約はないが、腰の高さ近くまで伸びた下草や、四合目辺りから前方を覆うように入り組んで絡み合っている蔦や木々の枝に阻まれ、うまく先へ進んで行けそうもない。アルルとぺリルも下草に埋もれ、跳ねるように歩く以外は頭と尻尾しか確認できない状況だ。
「仕方がないな……極力自然環境破壊はしたくはないのだが……枝と枝の隙間を跨いで超えたり、下側を潜って進んだりしていると……魔物どもの格好の標的となり兼ねない。鉈で横に伸びた枝や絡み合う蔦を切り落としながら先へ進んで行くぞ。そのほうが帰りも楽だろうし組合職員が結果確認に来るときも助かるだろう……。」
巧は冒険者の袋から一尺ほどの刃先がある鉈と鎌を取り出し、鉈で蔦と横枝を掃い始めた。鎌はエミリアに渡しエミリアは下草を刈り取り道を作っていく。
「ようやく開けた場所へ出たな……。」
「わうわうっ!」「があっ!」
山の中腹付近まで登り、木立が急に途切れ開けた場所へ顔を突き出したと思ったら横から二つの影が飛び出ていく……
「がああっ」「きゃんっ」「がうっ!」「きゅうんっ」
すぐさま目の前で小型魔物との死闘が始まった。
「ちいっ……だりゃあっ!」
巧はすぐさま鉈をしまい込み剣を抜き茂みから飛び出て行き、自分目がけて襲い掛かってくる影を思いきり剣を振り下ろして叩き斬る……足元には狼系魔物の死体が転がった。
「ガアッ!……キュンッ」
すぐさま右側から気配がして身構えるが……巧まで達する前に地に落ちた……巧目がけて飛び掛かってくる狼系魔物を、藪の中からエミリアが放った矢が的確に射抜き仕留めたようだ。
「よーしよしっ……アルっ……ペルっ……もういいよ……相手は死んでる……。」
エミリアが藪から出て来てまだ敵に噛みついたままのアルルとぺリルを引きはがした……そこには巧を襲ってきたものよりも一回り小さな狼系魔物が二匹……横たわっていた。
「親子かな?俺を襲ってきた二匹が夫婦で……アルル達が倒したのが子供だろうな……巣窟の門番と言ったところか。」
巧が死骸を観察して分析する。
「他に魔物はいないみたいですけど……まさか四匹だけの巣窟……なんてことはないですよね?」
エミリアが辺りを見回して、他に襲ってくる魔物がいない事を確認して愕然とする……ここまで仕事を請け負ってから半日以上も歩いてようやくたどり着いたのだ……それがたったの四匹だけでは……
「ああ……それは大丈夫だ……本陣は……そこだ……。」
巧が指す先は山の斜面……エミリアがようく見ると……蔦や周りの木の枝で巧妙に隠されてはいるが……赤茶色の山の斜面と違いそこだけ黒くなっているのが分かる……
「洞窟ですか?」
「そのようだな……高さ六尺、幅一間と言った処か……奥行きが極端に狭くなっていると厄介だが……とりあえず這いつくばって入らなくて済むだけ助かるな。当たり前だが日の光が差し込まないから暗く……松明の灯りだけでは視界はかなり悪いからな……それと……天井の高さには気を付けろよ。下手をすると弓を構えられないこともあり得るからな。
アルルとぺリルたちはいつものように突っ込ませずに……エミリアを守るように動かしたほうがいい。
それと……夜の闇と違い月明りさえない洞窟内では松明の灯りだけが頼りだが……向こうはじっと暗闇に潜んでいて目が慣れているのに対し、こちらは松明の灯り頼りに歩いているから、最初に向こうにこちらは見えるがこちらからは相手が見えない上に狭い洞窟内では逃げ場がほぼない……さらに戦闘時には松明など持ってはいられないから最悪だ……。
夜使う太い松明のほかに細いものも準備しておくように言っておいただろ?細い松明をこう……数本束ねて持って火をつけて……戦闘開始時には火が付いたままの松明を扇状に放り投げるんだ。そうすればある程度視界は確保されるし魔物の方が地面に近いから、今度は逆にこちらから視認しやすくなるからね。
まあ……アーミンの時の様に平地に地続きの丘に開いた穴のような……地面が濡れていたら使えないのだが、ここは岩山の中腹だから地面も岩で恐らく乾いているのではないかと……あの洞窟は規模がでかかったからな……逆に周囲に潜まれて回り込まれて背後を突かれるのを恐れていた。この洞窟は狭いから回り込まれる心配はなさそうだがな……。」
巧が洞窟内の注意点を簡単に告げる。
「分かりました……アルっ、ペルっ……ここ……離れずにね。」
エミリアがアルルとぺリルの間に立ち、両ひざの辺りを両手でパンパンと叩き、そこから離れないよう指示を出し、細い松明を数本冒険者の袋から取り出し纏めて持って火をつけた。
「じゃあ……入っていくぞ……。」
巧が洞窟入り口をカムフラージュしていた蔦や木の枝を鉈で叩き落し、洞窟入り口を顕わにしてから中へ入っていく……
中は……入口よりは天井も幅も少し広く高く……人が一列で悠々歩いて進める広さはあった。だが……よどんだ空気と湿った環境が……松明の揺れる灯りとマッチして息苦しさを感じさせる。
「きゃっ!」
羽音で驚き悲鳴を上げるエミリアに……左手で松明を掲げながら右手で剣を抜き中空を飛ぶ影を叩き落す巧……地べたには両前足と脇の間に薄い膜のような翼をもつ蝙蝠の死骸が落ちた……。
「こんなとこ……中型以上の魔物に突進されられたらひとたまりもないな……だが地面は乾いているようだな……」
巧が松明でどうにか先の見通しがきかないか、手を伸ばしたり傾けたり覗き込んだりしながらゆっくりと進んで行く。
「ここっ……蝙蝠みたいな小動物系魔物程度しか生息していないのではないでしょうかね……。」
エミリアが少々腰を引き気味に……ビビりながら問いかける。
「いや……仮にも麓の町で討伐依頼がかかっているんだ。たまには麓まで降りて田畑を荒らしたり、稀には人を襲ったりするのだろう……確かにさっきの狼親子だけでもその可能性はなくはないが……まだまだいるさ……あまり想像したくはないが……田畑を荒らすとなれば一番手は猪系……エミリア……突進してきたら撃ち漏らすなよ。」
「えええええっ……いっ……猪系ですか?この狭く逃げ場のない洞窟内を突進されでもしたなら……。」
「だから……撃ち漏らさないでくれ……剣では間に合いそうもない、二人揃って十間は突き飛ばされてしまうぞ。」
「ひぃええええ…………」
エミリアはビビりまくりながら弓を冒険者の袋から取り出した。
その後も時折蝙蝠の襲撃に悩ませながらも二人は洞窟内を進んで行く……と……やがて遠くから地響きが……
「来たっ……」
「屈んでくださいっ!」
巧はすぐさま屈んで松明の束を少し前に放り投げ、剣を鞘に納めると冒険者の袋の中から円形の盾を取り出し片膝ついて身構え……エミリアは弓に矢をつがえじっと時を待つ……
「はっ……はっ……はっ!」
エミリアは矢継ぎ早に三射……放った……爆音ともとれる豪快な音が地響きとともに洞窟内に反響すると、玉突きの様にあちこちの壁や地面に黒い塊がぶつかったり転がっては跳ねたりを繰り返し……巧が構える盾に当たって止まった。
「やはり猪系……それも巨大で……しかも三頭か……みな眉間を一撃……エミリア……見事だ。」
巧が振り返りざまにエミリアを称賛する……目の前には三頭の……体長六尺を超える猪系魔物が転がっていた。矢は的がぶつかりまくったおかげで既に折れているが、それでも的確に目と目の間を射抜いていた。
「じゃあ……先へ進むか……こいつらがボスではないとなると……こいつらよりも大物相手だろうから……苦戦が予想されるな……。」
巧は小さく首を左右に振ると、それでもすたすたと歩き始めた。




