会議の後の宴
13.会議の後の宴
「それでは……我が国で事前準備いたしました河川流域変更工事用資材と人足に関しましては、本日よりメンドー、スーバキ両国へ魚船で発送するよう手配いたします。両国には受け入れ態勢を整えて頂けるようお願いいたします。
ボーキ海水位が復帰し、サメの養殖事業再開となった暁には……稚魚漁の漁獲制限に加え幼魚放流などボーキ海環境保護に関しましては……サメの成魚の水揚げ状況を鑑みながら、三国間にて検討して参りましょう。さらに完全養殖を視野に入れた研究に関しましても、ご検討のほどお願いいたします。
それからターメリア国王様からご提案が御座いました……養殖という缶詰表記……事業再開に当たり忘れずにご検討いただきますようお願いいたします。
この度の非常に複雑で、各国の利害が絡み合う落としどころの見極めが困難な交渉会議開催に当たり、あくまでも中立の立場から会議に立ち会われ貴重なご意見を賜り、どの国も納得できる結論へ導いてくださったターメリア国王様並びにターメリア国代表者の方々に敬意を表し、感謝の言葉を述べたいと思います。本当に有難う御座いました。」
議長であるシュトラセン子爵が第二回交渉会議終結のあいさつを終えた。
「それでは本日も……ささやかながら晩餐の準備をしております。会場はここ一階大ホールで……ご来賓の方々は一旦客室へお戻りになってからご婦人方ご同伴の上、改めてホールへお戻りになられるようお願いいたします。
お疲れさまでした、ごゆっくりと準備なさってくださいませ……。」
非常に困難で解決が難しいと思われた、ボーキ海の水位問題がようやく一区切りついた。
「たたっ……大変なのじゃ……はぁはぁはぁ……。」
王宮内の武道場でゼーンの修行をしている巧とエミリアのもとへシュタインベック公爵が血相を変え、息を切らせながら駆けてきた。
「どうされたのです父様……そんな慌てて……。」
ゼーンの修行に集中していたエミリアが目を開け、ゆっくりとした口調で問いかける。
「そっそれが……じゃ……前回の宴の時にエミリアがメンドー国外務副大臣に手ほどきを受け、華麗なダンスを披露したであろう?その時に次回までにダンスの練習に励むと約束したと副大臣が仰っておられ……ならば……と……ターメリア国王様までもが今回の宴を楽しみにして参られたと……なのにどうしてエミリアがいないのだとおかんむりで……。
今回会議にはさらにメンドー国もスーバキ国も国王様がご来賓としていらっしゃっており、それぞれエミリアとのダンスを所望されておる。このままでは折角まとまりかけたボーキ海水位低下対策が……白紙に戻りかねない状況じゃ。
すまないが……一曲だけ……一曲だけでいいから……宴に出席してダンスをしてはもらえないか?」
公爵はエミリアに対し道場の床に正座し、両手を合わせ拝むかのように願う。
「いっ……一曲だけと仰いますが……三国の王様と……一曲ずつですから都合三曲……しかも……あろうことか王様とですよ……普通の殿方とですら苦手なダンスというのに……どうして王様と踊らねばならないのですか?
会議に出席すれば宴は出なくて構わないとお許しを頂いたではないですか……絶対に嫌ですっ!」
エミリアはゼーンの胡坐を崩さずに真っ向から拒絶っ!……
「いやっ……そんな……頼むっ!エミリアが会議に出席していたことは全員が承知しているから……体調が悪い訳ではない筈なのにどうして宴に出席しないのだと……ホスト国としての役目を果たさぬつもりかと……このままではボーキサイ国のメンツにかかわる問題となり兼ねないのだ。どうか……お願いだ……この国を助けるためと思って……。」
公爵は今度は両手を床につけ、土下座状態でエミリアに頼み続ける。
「重要会議の心労で会議中は何とか持たせたけど今は体調を崩して寝ているということにすれば……納得頂けませんか?」
「あっ……それ……いい考えですねえ……。」
「それが……じゃ……シュトラセン子爵が気をきかせてそう言い繕ったのだが……ターメリア王がならば主治医を帯同してきているから見てやろうと言い出して……慌てて否定……自分の秘書官と勘違いしたと言い換えた。
つまり……仮病は使えんという事じゃ。」
巧の妙案はあっさりと否定されてしまった。
「だったらまあ……仕方がなさそうだな……ダンスのお相手をしてさしあげるしか他に手はないだろうな……。」
「まっ……巧さんは他人事だと思うからそんな簡単にっ!」
「いや……巧殿もじゃ……前回観光のつもりで帯同して来た大臣の奥方様からの評判が評判を呼び……今回はターメリアの大臣もご家族帯同でいらっしゃった上に、メンドー、スーバキ両国からは主要閣僚の奥方様ほぼ全員がいらっしゃっているようで、ホール内に長蛇の列を作って巧殿を待っている状況じゃ。
だから……巧殿も早くっ……前回同様貸衣装のタキシードはすでに準備済みじゃっ……。」
なんと巧もダンスに参加せねばならない羽目に……
「いっ……いや……おおお俺はっ……絶対に……むりっ!」
「そう言わずにっ頼むっ……後生じゃから……お願いしますっ!」
公爵は二人に対し順に頭を下げ続けた。
「大変永らくお待たせいたしました……エミリア嬢と巧殿が……入場いたします……。」
宴が開かれているホール内にアナウンスが響き渡り、それまでダンスに興じていた面々も一旦踊りをやめ、ホール入り口ドアに注目が集まる……スポットライトに照らされることはなかったが、華やかなドレス姿のエミリアとタキシードを着た巧はゆっくりと正面入り口から会場入りした。
「遅かったじゃない……どうしたの?どこか……具合でも悪いの?」
真っ先にサリーヌが近づいてきてエミリアに声をかける。
「いえ……どこも悪くはないわ。ちょっと休んでいただけ。」
「そう……なんか大人気みたいよ。あれからちゃんとダンスの練習した?」
「ううん……全く……だってダンスなんて好きじゃないもの……。」
「ええっ?あんなにうまく踊れたではないですか……なのにどうして?」
エミリアの答えに反応したのはサリーヌではなく、彼女と一緒に駆け寄って来た口ひげを蓄えた若い男性だった。
「ああっ?トゥワルブ副大臣……あれほど親身になって教えて頂いたのに申し訳ございません。ですが……。」
「お話の途中済まんが……かなり待たされておるのでね……一曲お相手を願えるかな?」
なんとそこにはターメリア王の姿が……王は優し気なまなざしをたたえエミリアの右手をつかもうとする。さすがにこれを拒めば国際問題だ……エミリアは覚悟を決めた。
「おっお待ち願います、ターメリア王さまっ。わっ私はメンドー国外務副大臣のトゥワルブと申しまして……彼女とは先日の宴でダンスを踊った時から、次の会合の後のダンスのお相手はいの一番に私からと約束していたのです。
大変申し訳ありませんが、私はもうすでに三週間も待っておりますので無礼を承知で申し上げます。
エミリアさんとの最初のダンスはまずは私と……お許し願います。」
トゥワルブはそう早口にまくしたてると直立不動の体制から腰を折って、深く深く頭を下げた。
「ああ……そうか……確かに先日君がエミリアとダンスをしておったな……見事なダンスだった。その時に約束を交わしておったか……それでは仕方がない……わしが割り込むわけにはいかん……。よしっ……それでは……彼とのダンスの後にでも……一曲誘わせて頂こう……それまで……申し訳ないがお嬢さん……一曲……願えるかな?」
「わわ……私とっ?でで……ですかっ?はは……はいっ……勿論です。」
ターメリア王に乞われサリーヌは少々面食らった様子だったが、それでも笑顔を取り戻して右手を差し出した。
「ようやくいらっしゃったわ……ホスト国なのですから……ダンスのお誘いは断れないのよ……さっ……ほら……。」
すぐに巧のもとへ先日の中年のご婦人が寄ってきて右手を差し出す。巧は仕方なくその手を取ると……
「さっ……手はこう……こっちは腰っ!姿勢を正して……ステップは軽やかに……」
またもや中年女性によるダンスの特訓が始まった。しかも今度は……彼女の後にも列をなして大勢のご婦人らが待ち受けている様子……
「いけませんねえ……あれほど練習をお勧めしたというのに……ホスト国の代表の方なのですからダンスは必須ですよ。」
「はぁ……そうなのでしょうが……本当に助かりました。ありがとうございます。」
エミリアはターメリア王のお相手を免れたことに対し、素直に礼を言った。
「何を仰っているのです、ターメリア王さまは決して諦めておられませんよ。私の次は間違いなくエミリアさんを誘いにいらっしぃます。それどころか……わがメンドー国王様にスーバキ国王様もエミリアさんとのダンスを熱望されていらっしゃいました。順に申し込まれるはずですから……決して断らないで下さいよ。ホスト国の務めですからね。」
「どっ……どうしましょう……。」
エミリアはすぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちで一杯だった。
「先日の会議でもそうでしたが……直接報告されることはなかった本日の会議でもエミリアさんの聡明さは本当に光っておいででした。あれだけ先を見通せるお力がおありなのですから……特に……我が国とスーバキ国の人手不足の実情をズバリ当てられた時は本当に驚きました。
あれほどの洞察力をお持ちなのですから……宴でのかような事態くらいは予想できたはずでしょう?」
トゥワルブはどうしてエミリアがダンスの練習をしてこなかったのか……納得できない様子だ。
「いえ……貴国の人手不足の状況を予想したのは巧さん……私の冒険者の相棒の巧さんです。先ほど一緒に会場入りしたタキシード姿の男性……です。私はどちらかと言いますと資料を精査し緻密に計算して全体像を把握し、そこから結論付ける極めて理論派なのですが……巧さんはその……人の行動や会話などからその裏側を探り当てるのが得意なのです。」
「ほっほう……行動や会話の内容からその裏側を……どうやっているのでしょうかね?」
「さあ……私にはわかりませんが……エラルミント伯爵が魔族の眷属であるということを……最初に指摘したのも巧さんでした。
眷属の疑いがあるということで大規模な家宅捜索なども可能となり次々と悪事が暴かれていきましたが……あの時点でまさかそんな……相手はまだ国家の重鎮中の重鎮で……滅多なことをいえば自分の首が飛ぶような状況で……それでも眷属の可能性が高いことを迷わず主張されました。
汚職程度であれば強欲な政治家という程度で、疲弊しきったボーキサイ国ではよくみられた光景ですから、どこまで責任を追求し法的措置をとることができたかどうか……その上御自身でも気が付いていらっしゃらなかったエラルミント伯爵を巧さんが直に聴取を行い……眷属であったことを認めさせました。
そのおかげで我が国の存亡の危機を免れたといっても過言ではございません。」
「成程……その後エミリアさんの発案で、ボーキサイ国内を流れる河川の水を農業転換……と進んだわけですね?
ボーキサイ国がうらやましい……博識で聡明……才色兼備なエミリアさんに加え……特殊能力かどうかわかりませんが……人の会話の裏側を見通せるような優れた洞察力をお持ちの冒険者まで抱えて……。
さっ……とはいえ今は目の前の……重大な危機を乗り越えねばなりません……また……ボックスから改めて練習いたしましょう。それから円舞曲のステップを思い出せば……私とのダンスの後に楽団員には当面円舞曲だけを演奏するよう伝えておきますから……王様たちとのダンスの間くらいは何とかなるでしょう。
さっ……ほら……両手を前に出してください……。」
エミリアのダンスの特訓も始まった。
その後サリーヌとエミリアは各国王様とのダンスを順にこなし、巧に至っては長い列をなした各国首脳の奥方様のお相手を延々と続けたのだった。
そうして……長く苦しい一夜が明けた……
「いやあ……本当にご苦労さん……昨日の会議はエミリアが描いた予想通りに本当に進み驚きの展開だったが、事前準備が功を奏し、メンドー、スーバキ両国からも大変感謝された。両国ともに王様自らおいでになり、その意気込みが伝わってくるほどであったが、王様たちも我が国の対応にいたく喜ばれていたようだ。
さらにその後の宴では……当初宴は免除と伝えておったのだが各国首脳や奥方様からのご要望で……エミリアと巧殿には無理を言って本当に申し訳なかった。だが参加頂けたおかげでホスト国としての務めをきちんと果たすことが出来……しかもサリーヌとエミリアは各国王様とダンスのお相手までこなし……王様方も至極喜ばれていたご様子。
巧殿は長蛇の列をなした各国首脳の奥様方のダンスのお相手を明け方近くまで続け……宴は大盛況のうちに終了した。既に夕刻の時間ではあるが……各国代表者の方々は順次ご帰国されるご様子……皆様方共にサリーヌとエミリアと巧殿には感謝の言葉を残されているようだ。本当に有難う……そうしてご苦労様でした。」
翌日夕方……大臣執務室で前日の会議及び宴の反省会というか報告会が執り行われ、シュタインベック公爵が満面の笑顔でエミリアと巧を褒め称えた。確かに二人の功績が光った一日であった。
「もっ……もう……ダンスはこりごりだ……国際会議にも一切出席は致しません……。」
「私も……同感です……。」
しかし巧もエミリアもテーブルに突っ伏した状態で起き上がれない……ダメージというか……体よりも心労が大きかった様子だ。
「エミリアは王都まで来るのも初めてと言っていたから、当然王都から東側へは行ったことがないのだろ?まずは東へ行ってみないか?国境の山脈まで行けば魔物の巣窟も多いと思うし……戦争は終結したのだから国境線まで行っても軍隊に出くわす心配もないはずだ。
本当ならハリキルへ行ってみたいところなのだが……冬期間は雪に閉ざされしかも冬が早い上に高地ゆえに体を慣らす期間が必要と忠告されただろ?そうなると……二月には国境付近に待機していて、三月の雪解けとともに入国する位でないと、ハリキル内で十分な活動は望めそうもない。
もうすでに三月中旬……国境までの行程を考慮すると二ケ月は遅れているからハリキル行きは来年以降だ。まずはまだ行ったことがないボーキサイ東側と……その後は南側で活動してみたいのだが……エミリアも一緒にどうだ?」
悪夢の様な宴から二晩が明け、ようやく元気を取り戻した巧が朝食後に王宮前庭で柔軟運動をしていたエミリアに声をかけて来た。
「勿論ですっ!私は巧さんの冒険者活動の相棒ですからねっ!ご一緒致しますよっ。」「わんっ」「わおんっ」
エミリアは即答で快諾。
「勿論アルもペルも私の大切な相棒だよっ。この子達もいい加減退屈な日々に飽きて来たようですから丁度いいですね。いつ出発しますか?」
「ああ……出発前に携帯食も準備しなければならないからな……一応自分の分は会議前に特にやることもなかったから干し肉に干し芋、煎り米、絞った果実水など作ってあるのだが……エミリアの分をこれから用意するとして……。」
「大丈夫ですっ、私も会議前にやることがなかったので、携帯食は既に作って冒険者の袋に入れてあります。加えて……テントや調理器具など……ほころびや痛みがないか一旦冒険者の袋から取り出して確認済みです。」
エミリアは満面の笑顔で答えた。
「そうか……じゃあ今日すぐにでも出発できそうだね?じゃあどうする?エミリアの御父上に挨拶して……すぐに出発できそうかい?」
「勿論ですっ……最初の会議前には準備で忙しくすっかり体がなまっておりましたからね……それでも二回目の会議までの期間で随分鍛えなおすことが出来ました。どうせだからすぐ出発しちゃいましょう。」
エミリアも冒険の出発を心待ちにしていた様子だ。
「おっ……エミリア……それから巧殿まで……如何したのかな?
メンドー、スーバキ両国へ送る資材や人足に関してはあれから船便でボーキ海の港へ通達を出して居るから……二、三日中には出発するはずだ。資材関係はターメリア国からも原価で提供があるということで……追加生産の発注は見送っておるが……人足に関しては五万人まで募集をかけておる。すべて順調に進んでおるから、安心してよいぞ。」
王宮内大臣執務室にエミリアの父である公爵を訪ねると、政務中であった公爵が顔を上げ満面の笑顔で迎えてくれた。
「父様……ボーキ海の水位低下問題は依然解消には至っておりませんが、それでも解決に向けて動き始めております。このまま順調に進めば今年中か遅くとも来年には水位回復が見込めるでしょう。国家間の紛争に繋がりかねない重要案件であり、解決のための一助になればと王宮に残り父様たちと協議を続けて参りましたが、それももう一区切りがつきました。
そろそろ本業の冒険者活動に戻りたいと考えております。既に準備は整っておりますので……すぐに出発致します。」
エミリアがゆっくりと旅立つことを打ち明けた。
「そっ……そうか……また冒険の旅に出るという事じゃな?二人ともそれが本業なのだから引き留めるわけにはいかんじゃろう。分かった……だが十分健康には気を使って……それから決して危ない真似をするでないぞ!危険と感じたならすぐに逃げればよいのじゃ……逃げたとしても恥ではないのじゃからな……生きていてこそなのじゃ……。
くれぐれも……行動は慎重に……それでは元気でな……。」
公爵は少し悲し気に眉を寄せ目じりを下げたが……それでも気を取り直したのか最後は笑顔で送った。




