晩さん会
11.晩さん会
「げっとは何だ……年頃の娘としてあるまじき……いいか……我が国は今回の会議開催のホスト国なのだ。当然ながらお前はそのホスト国の大臣を兼ねる公爵の娘であり、出席は義務ともいえる……わしは妻に先立たれておるでな。
子爵のところはエミリアと共にボーキサイ国代表を務めたから奥さんに加えて娘さんも出席させると……どうにか縋り付いてお願いしたと言って居った。エミリアも……必ず出席するのじゃぞ……。」
エミリアの父の公爵がやって来て、出席は必須と告げた。
「でっ……でも……私には晩さん会に出席するようなドレスもありませんし……」
「うん?うーん……確かに冒険者の防具である革ドレスは公式な場の正装ではあるのだが、ダンスには不向き……」
「大丈夫ですよ……エミリアはハリキルの首都エールの洋品店で、ドレスを何着も購入していましたから。」
すると後ろで話を盗み聞ぎ来ていた巧が告げ口を……
「ああそうか……よしよし……お前は……なんという孝行娘じゃ……このような時のためにちゃんとドレスまで……おおっ……天国のターメル……見ておるか?娘は立派に成長したぞ……。」
公爵は跪き両手を合わせて天を仰いだ。
「どうして俺までこんな場に居なければならないんだ?ゼーンの修行をせねばならんというのに……。」
巧はいつもの甲冑に兜ではなくタキシードに革靴に蝶ネクタイという、晩さん会向けの正装姿で宴の席の壁際に佇んでいた。手に持つ皿には用意された軽食のサンドイッチや鶏もも肉などがてんこ盛りに盛られ、時折頬張りながら不機嫌そうに皆楽しくダンスに興じる様をただじっと眺めている。
なんと……帰国後は厳重に管理されている……当たり前だが王様も召し上がられる、毒の混入などありえない王宮で出される食事は食べられるようになったのだ。
「心配だったメンドー、スーバキ両国との会議が無事終わって、私だってようやくゼーンの修行に励めると思っていたのに、巧さんがドレスを買っておいたことを告げ口するからいけないんですよ。これはパーティとか格式ばった時向けではなく、友人の結婚式とかめでたい祝いの場に出席する時に着て行くものがないなって思って購入したものですからね。
なのに……こんな各国の大臣様とかターメリア国の王様まで……ご出席なさる公式の場に……出席しなければならなくなったのは巧さんのせいですからね!同席するのは当然です!」
エミリアは巧を睨み付けるように恨み言を並べる。当然ながら……エミリアが晩さん会に出席するなら巧も一緒でなければ嫌だと駄々をこねたので……仕方なく巧が折れたのである。
巧はタキシードどころかスーツすら持っていなかったので、急遽王室専属の衣装屋が貸衣装を持ってきたのだ。
「おおっ、エミリア……どうした?いつまでも壁の花ではいかんぞ……サリーヌを見習わんか……スーバキ国の大臣や秘書官らのダンスのお相手を先ほどからずっとしておるぞ……さっ……ほれ……エミリアも……。」
エミリアの父の公爵がやって来て、娘をたきつける。
サリーヌはエミリアの高校の同級生で、少し前に父親の子爵が王都で一緒に暮らしていると言っていたから、恐らく社交界にもデビューしたのであろう。洗練された華やかなドレスを身にまとい華麗なダンスを踊っていた。
「父様……私にはとても無理ですわ……魔物達と戦う方がよほど自分には向いております。諸外国の代表の方たちに無礼な態度をとり、ご機嫌を悪くしかねませんから積極的に地雷を踏むかのような真似はよした方がよろしいかと……」
エミリアは父からの要請をきっぱりと拒否した。
「ふむう……育て方を間違ったのかな……やはり……片親だった期間がそれなりに長いから……ううむ……。」
公爵は娘にダンス参加を拒否られ、がっくりと肩を落とした。
「だっ……だが……最低限の礼儀はわきまえてくれよ……四ケ国が一堂に会して行う会議は終戦後初なのじゃ。親善のための宴も約束して居ったから、どの方達も奥様や娘さんなど家族を帯同していらっしゃっておる。
お前はホスト国の……しかも本日の会議で中心的な役割を果たしたのだ。だから……各国代表者にダンスを誘われたなら断らんでくれよ……ホスト国代表として断ることは許されん。なあに……一曲だけでもいいのじゃ……それも……うまくなくても……。
ダンスのうまさを誇る場ではないのだからな……あくまでも社交の場……人と人……国家と国家の……友好的なつながりを保つための親交の場なのじゃからな……このことだけは肝に銘じておいてくれ、頼むぞ……。もっ勿論……巧殿もな……奥様方や娘さんたちに……もしも……誘われることがあったなら断らんでくだされ。頼みます!」
公爵は最低限度の礼儀を教え巧には両手を合わせ懇願したのち、その場から立ち去って行った。
「さっ……誘われたなら断れないだなんて……どうしましょう……巧さんっ……わっ……私と……ダンスをしているふりをしてくださいっ!そうすれば他の殿方たちに……誘われずに済みます。」
エミリアがすぐさま巧の手を取り、ダンスをしているふりをするよう願う。
「むっ……無理だ……おおお……俺は……記憶喪失だから……。」
速攻で巧はエミリアの手を振り払う。
「また記憶喪失ですか?便利な言い訳ですねえ……ですが記憶を失っていても剣技は体が覚えているのですから、ダンスだって覚えている筈ですよ。踊ろうとしないからわからないだけで……踊ってみたら自然と体が動きますよ。ほらっ」
エミリアはめげずに巧の手を取り直す。
「だだだっ……だめ……なのだ……その……きっ記憶を失った後に少しの間冒険者仲間とともに仕事をしていた時分があったと話しただろ?男女混成のチームで……仲間の女性冒険者が歌を歌ったり踊ったりするのが好きなやつで……しょっちゅう付き合わされていた……だが……今の俺は歌は音痴でダンスはからっきしだそうだ。だから無理だ。」
巧は既にダンスは踊れないことを実証済みと断る。
「ええっ?じゃ……じゃあ……どうすればいいのですか?」
「どうすればって……何とかして目立たぬよう……気配を消して……後は早くこの会が終わるのを願うしかない。」
祈るしか手はないと巧……
「ダンスのパートナーになっていただけるかしら?」
声がかかり顔を上げるとそこには花柄ドレスに身を包んだ少々小太りの中年女性が、軽食を食べきり背中を壁にもたれかけさせ立っている巧に対して右手を掌を下向きに差し出していた。
「ええっ?いっいやあ……そっ……その……おっ俺は……ダンスはその……からっきしでして……。」
「何を言っているの?あなた……ボーキサイ国の方でしょ?ホスト国はお客のダンスパートナーを務めなくっちゃならないのでしょ?教えて差し上げるから……ほらほらっ……こっちへ来てっ……さあっ……手はこう……ほらっ……こっちは腰っ……リズムに合わせてステップを……ほらっ……しゃんとしてっ背筋伸ばすっ!」
何とエミリアではなく巧の方が、中年女性に連れていかれてしまった……
「お相手をお願いできますか?」
そうして……遂にエミリアをダンスに誘う男性がやって来た。
「えっ……ええ……あの……どうしましょう……その……私はダンスは全くダメでして……。」
エミリアが耳たぶまで真っ赤に染め上げ俯き気味に答えた。
「大丈夫ですよ……誰もがダンスがうまい訳じゃあないのですから……私だって……始めたばかりですからね。」
口ひげを蓄え目が大きな男性は人懐っこい笑顔を見せ、エミリアはどこかで会ったことがあると思い……少し伸びをして極力間近で目線を合わせてみると……
「あっ……ああ……しっ……失礼いたしました……メンドー国の代表者の……えーと……でっ……ですがその……かっ……髪型……。」
見知らぬ男性の顔を間近で注視していた自分に気づき、もしかして大変失礼な態度をとっているのではないかとハッとして思わず後ずさりし俯き慌てふためくエミリア……
「あーあ……あれは我が国の……国際会議などの重要案件の打ち合わせに出席する際の正装で……髪は付け髪です。」
だが男性は機嫌を悪くするどころか更なる満面の笑顔で答えた。
「ああ……成程……。」
長くカールしていたはずの銀髪が今は黒の短髪で……どおりですぐにはわからなかったはずとエミリア……
「メンドー国外務副大臣のトゥワルブと申します。昼間の会議では大変お世話になりました。ご高説……非常に理路整然としていてわかりやすく、その上誰もが納得できるもので、まだお若いというのに本当に敬服いたしました。
我が国では……ボーキ海の水位問題の全ての元凶はボーキサイ国にあり、我が国は完全なる被害者であり早急な対応を要求するのが当たり前という考えが大勢を占めておりまして、国王様までもが今回の会議はボーキサイ国側の言い訳と可能な限りの善処策を聞いてくるだけと決めつけ、使節団の代表にまだ議員になって間がなく要職に就いたばかりの私を任命したのです。
ところがお話を伺ってびっくり……我が国はボーキ海から多大なる恩恵を受け取っていたにも拘らず、何もその存続に貢献していなかったばかりか傷つけていたのかも知れないという事をつくづく思い知らされました。本当に反省しきりです。
親の愛は失ってから気付くもの……と言った言葉も御座いますが……まさに我々メンドー国民はその母ともいえるボーキ海からの恩恵を受け取るだけで何も返していなかった……同じ大陸に住み同じくボーキ海に接するボーキサイ国の方々は、遥か昔から不自由な生活を続けて来ていたことを知っていたにも拘らずに……本当に恥ずかしくて顔から火が出そうになりました。
今回ご教授頂いたことを真摯に受け止め、メンドー国へ持ち帰り国王様及び重鎮らに丁寧に説明し、理解して頂いたうえで今後のボーキ海への向き合い方を取り決めたいと考えております。」
トゥワルブはエミリアに対し深々と頭を下げた。
「そっ……そんな……お顔を上げてください。私はボーキサイ国の冒険者をしておりますエミリアと申します。ええっとその……ちっ父が……公爵でして大蔵大臣などを兼務している関係から本日の会議に出席いたしました。
本日の発表の内容は交渉の日程が決まってから、父や外務大臣を兼ねるシュトラセン子爵と共に一言一句に至るまで詳細に吟味を重ねた文章なのです。決してあの場で思いついたままに発言したものではございません。」
エミリアは外国の要人が自分に対して敬意の念を抱いていることに対し恐縮しまくりで、どうしていいのかわからず慌てふためくばかりだった。
「それでも……内容的にはあなたのご意見なのでしょ?」
「ええ……その……大筋的と言いましょうか……骨子としては私の考えです。」
「そうでしたか……素晴らしい!あの偏屈……うっ……うんっ……基っ……その……大変な博識で……それ故に人の意見に耳を貸さないといいますか……人の意見を認め取り入れるということが滅多にないという、気難しいと評判なターメリア王があなたにぞっこんで支持していたわけだ。」
「ぞぞ……ぞっ……こん???」
「ぞっこんと言いましても恋心とかではなく、お気に入りという意味とお考え下さい。しかもあなたは頭がいいだけではなくて大変にお美しい……どうか……私と一曲お願いいたします。」
トゥワルブはエミリアの前に片膝を床に着いて願った。
「でっですがその……ほんとうに……ダンスは……。」
「大丈夫です……でしたら私と共にちょっと練習いたしましょう。まずはその……ボックスから練習して……それから円舞曲のステップでも覚えて踊る時の姿勢さえしゃんとしていれば……まあ大抵の場合は何とかなるものです。
さっ……こうして向き合って両手を前に出してください……いいですか?」
トゥワルブによるダンスのレッスンが始まった。
「いいですよ……じゃあ次は……円舞曲のステップで……一、二、三のリズムでステップを舞うように優雅に……回転しながら……いいですよ……丁度曲が流れてきましたから……ほうら……体の動きを曲のリズムに乗せて……ほうら……ここで大きく回って……ステップを忘れずに……いいですよ……。」
“パチパチパチパチパチ”いつの間にかエミリア達はホールの中央で踊っていて、周りの皆はエミリアたちに見とれダンスを中断し、曲が終わると同時に周囲から拍手喝さいが浴びせられた。
「ええっ?どど……どうして……?」
「ほらっ……何とかなるものでしょ?ありがとうございました。お疲れさまでした。今の調子で……次の宴までに練習なされば……きっともっともっと良くなると考えますよ……それでは失礼いたします。」
トゥワルブは軽く会釈すると笑顔で手を振り、その場から離れていった。呆然と立ち尽くすエミリア……
「すごいじゃないエミリア……いつの間にダンスなんて覚えたの?パパが言っていたけどエミリアの御父さん……娘は家事も裁縫もダンスも……女の子らしいことは一切せずに冒険者だなんて危ない事ばかりやっているって嘆いているといつも言っているけど……陰じゃあちゃんとしているんだね……見直したわよ。」
すぐに一服しながらワインを飲んでいたサリーヌが、グラス片手に駆け寄ってきて笑顔で褒め称えた。
「いえっ……今のは……パートナーの方がよかっただけで……ダンスは今日が初めてよ。」
エミリアが焦り気味に首を横にぶんぶんと振る。
「えっ?なにその……自分は天才だ見たいな発言……ちょっと引く……まあいいわ……全くの素人が……初めてのダンスであの凄さ……伊達に冒険者やって魔物相手に戦っていないわね……その体幹と身体的能力は認めてあげるわ……。
それに確かに……パートナーに恵まれた感は否めないしね……ちょっとかっこいい人だったわよね……イケてたんじゃあない?」
サリーヌがトゥワルブの行方を目で追った……
「ほらっ……あなたっ……よそ見しないっ!きちんとパートナーと目を合わせてっ!手は腰っ!さっ……次の曲が始まったわよっ……はいっ……ここで大きくステップ……。」
巧はいまだに中年女性にしごかれていた……。
「さて……心配されていたメンドー、スーバキ両国の反応はおおむね良好で、ボーキサイ国の悲惨な状況と、各国が協力して対応しないとボーキ海の水位は戻らないことをご理解いただけたはずだ。
こちらから提示させて頂いた二つの案に決まるかあるいは、他の案を提示され更なる検討が必要になるか分からんが……いずれにしろ一旦は戦争再発の危機は免れたといってよかろう。
さらに会議後に開かれた晩餐会……ホスト国としての務めをしっかり果たされたシュトラセン子爵のご令嬢のサリーヌのダンスはどの国の要人の方々も絶賛しておられたし、ホール中央で華麗に舞ったエミリアのダンスも素晴らしかったが……特に巧殿……各国首脳の奥方様達から大評判で……皆こんな楽しい宴は久しぶりと喜んでおられた。
実はメンドー、スーバキ両国ともに主たる交渉役としては外務副大臣や大蔵副大臣など副大臣クラスのご出席だったようだが……外務大臣と大蔵大臣の奥方様だけ観光目的で帯同していらっしゃっていたようだ。
尤も……奥様方は水位低下のボーキ海の遠浅の砂浜を歩いたのではなく、暫定的に作られた畳一畳ほどの大きさの薄手の鋼板の周囲を丸太で取り囲んだ、筏とも船とも違う試作品の交通手段を用いたようだがな……前方にロープを括り付け一艘ずつ人足三人で引いたのだそうだ……現況長期化する場合に備えて移動手段を試行錯誤しているようだな。
戦火で疲弊し碌な高級食材もないボーキサイ国とは言え……それでも宴は本当に素晴らしかったと、来てよかったと仰っておられた。
巧殿のおかげであろうな……ご苦労様でした。」
ボーキサイ国では本当に久々の……そして盛大な宴が開かれてから一夜明け……夜明け近くにまで宴は盛況で大成功をおさめ、翌日の打ち合わせはゆっくりと午後から始まった。
「わっ私はただその……パートナーに恵まれただけでして……」
うつむき気味にほほを染めるエミリア
「昨晩の話は……もう勘弁……思い出したくもない……。」
いつもの甲冑姿に戻った巧は、酒を飲んでもいないのに二日酔いのような青ざめた顔をしている。
「お客人はそれぞれ帰国の途に就かれたが……次の会議開催日まで三週間……その間何か準備できることがないか、今一度検討したいと考える。」
エミリアの父のシュタインベック公爵が、次の会議までにやって置くべきことを検討したいと提案した。




