概ね良好に終了
10.概ね良好に終了
「でっ……ですが……そんな塩混じりの砂浜が……三里から五里も……続くのですよ。恐らく今後何百年間も……草木一本すら生えない砂漠のような環境……塩混じりの砂浜では馬車どころか大八車さえも動けないでしょう?
そうなると……港を建設する大量の資材はどうやって運びます?ボーキサイ国側から海路を使えば港は造成できるかもしれませんが、港で卸した荷はどうやって運ぶのです?三里もの距離を延々と担いで砂浜を歩くだなんて……とても無理ですし馬だってすぐにへばってしまいますよ。港として機能するはずも御座いません。」
すぐにメンドー国代表者がそんな港は使えないと言い切った。
「そうであろう?だったらこれは……ボーキサイ国だけの問題ではなく、メンドー、スーバキ両国も関わっている大問題なのだと……ようやく分かったかな?」
ターメリア王は優しいまなざしで、メンドー国代表者を見つめた。
「わわっ……分かりました。それでは……ボーキサイ国ご提案の第二案を持ち帰り……国王様とともに検討したいと考えます。勿論……第一案も参考までに……再度こちらでも食糧支援が可能かどうかも検討させて頂く所存です。
さらに……こちら側でも更なる良案がないものか……学者など知識人総出で検討いたします。」
「わっ……我が国でも……同様に検討いたしますっ。」
メンドー、スーバキ両国ともに持ち帰って検討することを約束してくれた。
「お持ち帰りいただく際の前提条件としまして……。」
「まっ……まだ何か要求がおありなのでしょうか?」
とりあえずボーキサイ国側の出した提案を検討いただける事にはなったのだが、エミリアには付け加えたいことがある様子だ。
「昨夏からのボーキ海水位低下に伴いまして、メンドー、スーバキ両国によるサメの養殖事業は困難となり大量の稚魚や幼魚を放流する形となりました。そのおかげとも思えませんがボーキサイ国側では昨年度のサメ漁漁獲高は近年まれにみるほどの出だしで御座いましたが……いかんせん近年乱獲によりサメの成魚が激減しておりまして事業規模は三割がたに縮小。
収穫しても加工できないありさまで結局他国への魚卵缶詰の出荷量は平年並みとなりました。それでも今年は事業展開を大幅に拡大する計画で、最盛期の五割程度にまでは加工工場及び缶詰工場の増設を計画しております。
それでようやくかつての夏野菜と家畜肉の不足分を補う半分程度の外貨獲得となり……当たり前ですが今夏も夏場は川の水を農業用水として使用せざるを得ません。
第二案が採用される場合であっても早急なる流域変更工事をお願いしたく……さらに流域変更後水位が上がり養殖再開となるにあたっては、最大でも以前の七割程度に稚魚の収穫を抑えて頂くよう願います。
水位低下前と同様に大量の稚魚を捕獲し続けては環境破壊となり、生態系への影響が大きすぎてサメの成魚が大幅減となってしまいましたから、どの程度まで許されるのか改めて事業規模を見直す必要性があると考えております。
代わりと言っては何ですが……共同出資したボーキサイ国側で受け取ることになっていた三割の配当金は辞退いたします。よろしいですね?国王様!」
エミリアがボーキサイ国王へ視線を向けて問いかける。
「勿論だとも……元々受け取っていたことも知らない配当だからね。請求するつもりなど毛頭ない。」
ボーキサイ王も笑顔で頷いた。
「言ってしまえば……ボーキ海への貢献度……今回水位低下したことによりボーキサイ国の貢献度が著しく高いことが実証されたわけだが、ボーキ海の恵み……すなわちサメの漁獲を欲するのであれば、今後はそれなりに貢献しなければならないということだ。
エミリア殿の提案ではメンドー、スーバキ両国側の河川工事によりおよそ二割五分ほど……残り五割はボーキサイ国の貢献により水位が保たれる環境となるはずだ。つまり……サメの漁獲高もその貢献度に応じて割り当てられるべきであろうと……そういう意味があるのだと思って居る。」
ターメリア国王がエミリアに代わって説明を行う。
「あっああ……まあ……そうでしたらば……稚魚の乱獲をやめて事業規模を縮小して……現状の七割とすれば人件費も必要経費も七割になるわけですからね……割増金を払ってまでしての人員確保、稚魚確保の必要性がなくなれば……その上さらに配当金を払わなくて済むようになれば実質利益は変わらないどころか増えるくらいで……。
多分半分くらいになったとしてもやっていけるのではないかと……厳密に試算する必要性は御座いますがね。
承知いたしました……第二案を前面に押し立てて国王様に審議して頂くよう計らうつもりです。」
「わっ……我が国も同様に致します。」
メンドー、スーバキ両国ともにようやく納得がいく提案となった様子だ。
「その上で……だ……一つ提案というか確認したいことがある。」
ターメリア国王がもう一度発言したい様子……
「まだ何か……御座いますでしょうか?」
メンドー国代表者があからさまにいやそうな顔をする。
「貴国から出荷されているボーキ海産のサメの魚卵缶詰の表記に関してだが……産地ボーキ海、メンドー国とだけ記載がある。これでいいのか?」
「はあ……現状の原産国表示ルールにのっとり、最終パック……つまり缶詰に加工した国名と、そのサメを捕獲した海名であるボーキ海を記せば良いことになっておりますが……これのどこがいけないのでしょうか?」
メンドー国代表者が小首をかしげながらターメリア国王の様子を窺う。
「貴国はボーキ海でエビの養殖もおこなっているな?」
「はあ……そうですけど?」
「養殖されたエビは加工されたりあるいは生で氷漬けにされたりして、我が国の市場でも売られておる……ボーキ海産の養殖エビとしてな……どうしてエビには養殖と記載があるのに、同じ養殖であるサメの魚卵には養殖の表記がないのだ?
養殖の産物の場合はその旨の記載が必要というのが国際法上のルールのはずだが?」
「ええっと……ですね……サメの養殖事業開始に当たり……世界的にも珍しいサメの魚卵の缶詰でして……養殖して大増産し大陸内だけではなく世界規模に事業展開しようと……今後は養殖物が主流に変わっていくのだということであえて養殖の記載は必要ないであろうと……天然物の産国であるエラルミント外務大臣も認めたもので……表記は外しました。
勿論公正取引委員会にはその旨を、三国連盟の文書で報告しておりますよ……。」
メンドー国代表が即答する。
「エラルミント伯爵は魔族の眷属でありボーキサイ国の弱体化を目指していたからそのような言動を行ったということは誰の目で見ても明らか……伯爵が退いたのだから本来の表記に戻すべきだ。
なぜなら……養殖で与えているのは天然飼料ではなく合成の飼料なのであろう?」
「それは……勿論でございます。通常より短期間で成長させるべく安くてしかも大量に与えられるよう……マメ科の雑草やイネ科の雑草及び魚の骨などの粉末も合わせ、研究に研究を重ねた配合比で作成しております。おかげで病気の発生もなく九割五分以上の稚魚が成魚となり、メスは卵を産みます。」
メンドー国代表者が胸を張って答えた。
「そうなのだろうな……天然のサメは……小魚などは欲しないと聞くからな……プランクトンや水草などを食べて成長するのだろうと思うが……そういう自然に成長したサメと違いやはり魚卵も臭みがあっておいしくないのだ。
ボーキサイ国の魚卵缶詰のラベルは至ってシンプルでサメの絵と魚卵とだけ書かれているのだが、メンドー、スーバキ両国の缶詰はラベルも金文字で最高級と記載があり、しかも一缶ずつ木箱に入っていて高級感が漂う。そのため養殖であるにもかかわらず他国……ハリキル国などではこちらの方が高値で売られているほどだ。
だが……やはりわしはボーキサイ国の魚卵缶詰の方が断然好みで……戦時中はさすがに敵対国であるから直接輸入などできぬので……ハリキル国へ使いをやってボーキサイ国の魚卵缶詰を購入させておったほどだ。勿論知っている者は知っていて、ハリキル国内でもボーキサイ国の缶詰の方が人気があり入荷したら即売り切れてしまうほどだ。
中身が伴わない装飾をやめろとは言わない……それは購入意欲を煽るための作戦として否定はできないし、止める権限もこちらは持ち合わせておらん。だが……養殖であることを正直に表記するよう進言することは可能なはずだ。
いかがであろうかな?」
さらにターメリア王は養殖なのだからその旨を缶詰に記載すべきと忠告した。
「はあ……そうですね……その旨も我が国王にお伝えいたします。」
「我が国もそう致します。」
メンドー、スーバキ両国ともにターメリア王の要求を呑まざるを得ない状況のようだ。
「では……ここまでのようですな……メンドー、スーバキ両国には我が国から提出させて頂きました案をお持ち帰りいただき、十分吟味して頂くようお願いいたします。それで……ですね……次回の会議開催はいかが致しましょうか?」
白熱した議論が一旦収まった時点で、外務大臣であるシュトラセン子爵が辺りを窺いながら発言……
「すぐに春先の農耕開始時期がやってきてしまいます……第一案に決まるのでしたらその前に決定頂けなければ、実現はもう一年先へのびてしまいます。ですので……そうですねえ……遅くとも来月……三月の中旬には決定するつもりで会議を開催せねばならぬことになります。」
子爵は差し当たって残された時間はあまりない事を告げる。
「では……おおよそ三週間先の……三月の十日の開催を目指し、わが国内の意見を固めてまいります。」
「我が国も同様に致します。」
メンドー、スーバキ両国が持ち帰って検討することを約束してくれた。
「それでは……本日の会議はここまでといたしましょう。本当に遠路はるばる……ご足労頂き有難う御座いました。
ではこれにて……。」
「会長……大変です!」
議事進行役も務めている外務大臣のシュトラセン子爵が四国によるボーキ海水位低下問題に対する会議終了を言い渡そうとした瞬間……いつの間に部屋に入って来たのか子爵の席に若い女の子が駆け寄って来た。何事が起きたのかと、謁見室内が急にざわめきだす。
「………………………………………成程……ご苦労様……無理を言って済まなかったね。」
「いえ……これくらい、なんでもありません。では……失礼いたします。」
女の子はそう言い残すと、周りの者の動揺など気にも留めずにすたすたと謁見室を出ていった。
「ごっ……ごほん……エー……お騒がせいたしました。たった今冒険者組合から報告が御座いました。先ほど巧殿が可能性として論じていた、眷属が取得した大金を魔族らの活動資金に回すという件ですが……やはりエラルミント伯爵個人から、一人の冒険者の口座宛になんと十年間にわたって振り込みがあったことが判明いたしました。
しかも総額が……金貨一万枚という……戦火により疲弊したボーキサイ国では月予算にも匹敵する額でした。このような多額の振り込み……組合事務員を通して行われていればさすがに怪しまれたのでしょうが……伯爵は王都より東側の冒険者組合会長も兼ねておりましたので、自ら振り込み操作を行っており誰も気づいておりませんでした。
冒険者個人に一般人が振り込みを行なう行為は普通でもあり得ることでして、ボーキサイ国内では今では当たり前となってしまいましたが、冒険者へ仕事を頼むときに組合へ申し込みを行いますが、仕事内容を受付カウンター後方へ掲示する際に手数料として一割差し引かれます。
以前は成功報酬支払時に手数料として一割差し引くだけでしたが、伯爵が会長になってからこの手数料が追加され、いつの間にか全国展開されました。その為昔から冒険者組合へ仕事を依頼していた人は、仕事依頼を通じて知り合った馴染みの冒険者に直接依頼することが普通に行われるようになりました。
冒険者の義務として報酬は振り込みで組合通じて支払ってもらうか、現金支給の際は組合へ申し出て手数料の一割を支払う義務はありますが、依頼者側は依頼時の一割は節約できるし規定にも反していないので行う人は多いようです。
伯爵はここに目を付け、個人的に専属冒険者に常時調べごとを頼んでいると言って、毎週毎週金貨数枚から十数枚程度を十年間の長きにわたって振り込み作業を行っていたようです。
そうしてこの金貨一万枚ですが……それまでにも金貨十枚とか多い時で五十枚とか下ろされてはおりましたが大半は残っていて……それでも伯爵が眷属と発覚して振り込みも行われなくなった途端に、国内十数ケ所の冒険者組合にて分けて下ろされておりました。
振込先の冒険者名はヘルムゾクとなっておりましたが、今現在どこで活動しているのか所在は不明です。」
子爵が先ほどの女の子から手渡されたメモ紙を読みながら解説する。
「金貨一万枚となりますと……我が国とスーバキ両国から送っていた魚卵缶詰の利益配当八年分の、おおよそ四割に相当いたしますな……まさか送金の一部が魔族らに使われていたとは……恐ろしい……。」
メンドー国代表者の顔が青ざめる。
「やはり……魔族らの活動資金は個人からの冒険者組合を通じて行われていることが発覚いたしましたな。我が国としましても……個人からの一冒険者への不正な送金がなされていないか、早急に調査いたします。それにより……夢などにて操られている眷属や、魔族につき従って行動する眷属らを焙りだすことが出来れば……奴らの陰謀を阻止できます。」
ターメリア国外務大臣が何度も小さく頷きながら、決意を口にした。
「ふうむ……難しいと思いますよ……。エラルミント伯爵は大成功をおさめ国の中枢を担う要職の大半を兼務していたから莫大な富を得ることが出来ましたが、誰もがここまで出世できるはずもない。夢で操れる眷属としてはもっと低レベルの……せいぜい管理職程度の役人が大半なのではないでしょうかね。
元々さほど実力もないのに自分の努力が足りないのを人のせいにして妬んだり、人を陥れることばかりを考えている心の隙を突かれるわけですからね。
そんな程度の奴らは不正を行って金を集めたとしてもせいぜい月に銀貨十枚から二十枚とかの振り込みで……この程度だったらちょっと稼ぐ冒険者であれば一回の仕事料としてはかえって少ないほどです。
それでも年間で金貨一から二枚で十年で金貨十数枚となり、そんな眷属が百人もいれば巨額の活動資金となり得ます。
夢で操る眷属は量産がきくため魔族にとっては捨て駒で……ちょっと無理をさせる場合もありますから、個人で高額の振り込みを繰り返している来歴を見つけたら、実際に仕事が行われていたのかどうか、どのように冒険者と知り合い仕事を直接依頼する間柄になり得たのかなど……詳細を調査して判断することは可能と考えます。
実際の仕事の形跡がないのに……しかも会ったこともない冒険者宛に多額の振り込みを行なうのは絶対におかしいですからね。まあそれでも……眷属かどうかの判定はどうか慎重に願います。」
巧が調査に際してはくれぐれも慎重に願うと釘を指す。
「はっ……はあ……成程……分かりました、ご教授頂いたことを念頭に調査手順詳細を詰めたいと考えます。ありがとうございました。」
ターメリア国外務大臣が巧に対して深々と頭を下げた。
「いえいえ……そんな礼などと……冒険者という仕事柄……魔族や眷属に対してちょっと詳しいだけですからね。
それよりも……ヘルムゾク……という冒険者名……確か北部山脈で捕らえた魔族がヘルムという、魔王直属の配下と自己紹介していた。その眷属ということでヘルムゾクという冒険者登録名は十分にあり得る。確かに眷属を従えていて……だが眷属は全員……強敵だったから黒焦げか顔や手足は焼けてしまい身元確認はできなかったはず。申し訳ない。」
あの時の眷属が……と言った気持ちが巧にはあるようで……身元を隠したことがちょっと失敗したと思っているのかもしれない。眷属を捕らえて組合に引き渡していたなら……大金を下ろしたばかりと分かり隠し場所くらい白状させていた可能性もあったのだ。
「まあまあ……相手も強かったのですから……過ぎたことを悔やんでも仕方がありませんよ。さっ……議事は終わったのですから……。」
エミリアが巧を優しく励ました。
「おおっ……そうでしたな……ちょっと横道にそれまして申し訳ございません。会議もなんとか無事に終了いたしましたから……それでは一階ホールに……ささやかながらお酒と軽食と……楽団の準備をして御座います。
旅のお疲れを癒すことも兼ねまして……王家主催の晩さん会を開催したいと考えますので、一旦お部屋へお戻り頂きお着替えの後にでも……皆様方のご出席をお願いいたします。」
子爵が忘れていたことを不意に思い出したがごとく、早口でまくし立てる。
「げっ……」
会議後の宴のことをすっかり失念していたエミリアが、思わず声を漏らす……




