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交渉開始

9.交渉開始

「実は元外務大臣など政府要職を兼任していたエラルミント伯爵は、魔族の眷属であることが発覚し死罪となりました。

 本人すら気付いていない……」

 シュトラセン子爵が伯爵が眷属であったことをこの場だけとして公表し、続いて巧が眷属の詳細を解説した。


「は……あ……なっなんと……エラルミント伯爵が眷属?成程……これまで公式訪問時や戦争勃発後は非公式に何度も訪問を重ねておりましたが、都度第二王宮と称するこの王宮のお隣で打ち合わせが開催されており、今回第一王宮での開催はターメリア国が間に入ったためであろうと解釈しておりましたが……実は国の乗っ取りを画策していたとは……。


 ですが……我が国やスーバキ国が毎年お支払いしていた配当金は……一体どこへ消えたのでしょうか?まさか多くの餓死者が毎年発生しているという公表結果が現実のものとは……伯爵はこれもターメリア国側に違和感を起こさせないための偽りの公表であると仰っていたのですが……。」


 今度はメンドー国代表者が首をかしげる。


「エラルミント伯爵家は財産没収の上廃籍となりましたが、他にも王都を流れるイーストリバーやウエストリバーの河川敷への魔物浸入を阻むための鉄格子柵工事など……数々の公共事業を偽り不正に利益を上げてきたことが発覚しておりまして、所蔵していた金塊や絵画含め美術品などの資産を売却し、それらの修繕に充てているところです。


 ですが不正に取得した利益を充てて正当な工事を行い正常な形に戻す程度までで……それ以上の財産などこれまでに見つかっておりません。確かに……不思議ですな……。」

 大蔵大臣を兼ねるシュタインベック公爵が代表して答えた。


「可能性として……魔族らの活動費に消えたと考えることはできるでしょうね。」

 巧がおもむろに口を開いた。


『魔族らの活動費?』

 これには全員が驚愕の表情……


「自分が眷属であると気づいていなかった伯爵が、魔族らに資金を直接渡していたとは考えておりません。


 ですが冒険者組合が運営する……我々冒険者が仕事の礼金や倒した魔物らの肉や毛皮の代金を振り込んでもらうための口座……夢のお告げなどで何度も成功体験を続けていくことにより、やがて見知らぬ口座に取得した金を振り込ませるくらいは可能ではないかと考えます。


 当たり前ですが魔族は無職です……過去に人族として共同生活していた時分はともかく今現状は働き口などあるはずも御座いませんし……魔族と行動を共にする眷属も仕事などしておりません。なのに生活しております。食べるものは自分たちで開墾した農園で手に入るかも知れませんが……着ている服や住居はどうでしょう?


 眷属は上等な武器や防具を所持しておりますし、山奥や河川敷など人のいない場所に建てるにしても家を構成する木材や瓦など……どうやって手に入れているのか謎でした。草としての眷属はその役目から商売をしていたり役所など公的機関に勤めたりしておりますが、役目の秘匿性から無関係の者に資金供与する等関係性を疑われる行為は持ってのほかでしょう。


 そうなると魔族とともに行動する眷属は稼ぎ口がありません。近隣の住居を襲ったり旅人を襲ったりして金品を奪うことは可能でしょう……ですがそのような目立つことをしてしまうとすぐに討伐依頼が発生してしまいます。現在の魔族らは目立つことを恐れ人知れずひっそりと暮らすことを心掛けているようです。


 ですが精神感応で操る眷属として格別に出世した伯爵を稼ぎ頭として利用していたのだとしたなら辻褄は合います。眷属を冒険者として登録させて口座を作り、その口座へ夢のお告げとして振り込ませるのです。振り込むことで何らかの見返りがあるようお告げをすればいいわけですね。その金を全国どころか世界中の魔族や眷属の活動費に充てるわけです。


 まあ……俺の勝手な想像ですけれどね……。」

 巧が眷属に関する持論を展開する。


「成程……冒険者組合は世界中どの国にでも存在し、しかも完全独立採算でどの国家にも属さない機関だ。そうして冒険者ならどこの国へも自由に冒険者証を通行証代わりに行き来できるし、稼いだ金は世界中どこの国でも下ろすことが出来るし振り込みも可能だ……十二分に考えられる。


 ちょっと個人情報法に触れるかもしれないが……魔族の眷属を確かめる方法の一つとして参考にしてみるといいかもしれないですな……。」

 冒険者組合会長を兼ねるシュトラセン子爵が大きく頷いた。


「成程……個人へ大金の振り込みを行なったり、個人から振り込まれた大金を使ったりしている人物を調べてみるわけですね。何ら関係性もないのに金を振り込んだり受け取ったりしていたなら眷属の疑いが生じてくると……そうなれば後はその人物の動向を探ればいいのですね。うまい手かもしれません。」


 ターメリアの外務大臣も頷いた。


「まずはエラルミント伯爵及びその関係者が、個人の冒険者に大金を振り込んだ記録がないか、そこから調べさせてみます。ちょっと……来てくれ。」


 シュトラセン子爵が謁見室奥に詰めていた秘書官を呼び寄せ何事か告げると秘書官は慌てて部屋を出ていき、子爵は魔族の眷属が冒険者に紛れていないか調査すると明言した。



「話は逸れてしまいましたが……エラルミント伯爵が受け取っていたメンドー、スーバキ両国からの配当金は、ボーキサイ国政府には渡っておりません。もしそのような余剰金が政府内に存在すれば夏場の飢餓も抑えることが出来、ボーキサイ側も過激な行動には出なかったはずなのです。


 ですが起きてしまったことは仕方がありません、これからは今後の打開策に関してご説明させてください。

 よろしいでしょうか?」

 暫しの間様子を見て、眷属関連の話題が途切れたことを確認したのちエミリアが切り出した。


「ああ……はい……ようやくお聞かせいただけるのですな……お願いいたします。」

 メンドー国代表が笑顔で頷いた。


「まず一つ目の案として……今年春の一期作目の米作から農業も畜産業もすべて中止とし、ため池の水を川へ送り込んで水量を増して早期にボーキ海の水位を上げる。方策といたしましては…………………………この方法ですと恐らく水位は三年半から五年目には回復する見込みです。


 但し……その間ボーキサイ国民は食べるものがボーキ海での漁以外では一切獲れなくなりますから……メンドー、スーバキ両国からボーキサイ国民一千万人分の食糧支援を行っていただく必要性があります。」

 エミリアが第一案を詳細に説明した。


「いや……まさか……自国民に匹敵する数の一千万人分もの食糧支援を……二国で分割するとしても五割分増えるわけですからね……しかも五年間も……持ち帰って王様に確認するまでもない……まず無理ですな。」


「我が国も同様の意見です。」

 メンドー、スーバキ両国ともにできないと即答。


「第一案は実施自体はさほど難しくはなく現行のまま実施可能ですが確かに被る被害も大きく、しかもこれを成しえたからと言ってボーキサイ国の窮状は変わらないのです。その為……第二案を推奨いたします。


 第二案は……ボーキ海に面していながらボーキ海へ注ぐ川をお持ちでないメンドー、スーバキ両国に運河を造成する手法で河川工事を行って頂き、外界へ注いでいる河川をボーキ海へ注ぐよう方向転換して頂くものです。


 詳細は……勝手ながら両国の河川地図より工事規模が最小となるような参考例をお持ちいたしました。流量計算でおおよそ半分の河川は現状通りメンドー、スーバキ両国内を流れ外海へ注ぐままとし、残り半分を最短距離で工事を行いボーキ海へ注ぐように流域変更するものです。


 メンドー国の河川状況では……………………スーバキ国の河川状況から……………………かような工事で流域変更を行います。


 この方法で両国から河川の流入が今後も継続するならボーキサイ国の負担が軽減され、夏場どころか通常にも河川の水使用がある程度までは許されるはずなのです。そうすることにより、常態的な飢餓状況を脱することが出来ます。」


 エミリアはメンドー、スーバキ両国の地図をテーブル上に広げ、そこを流れる河川の向きをボーキ海に向けて転回する為の最適と考える流域変更の青写真をそれに重ねて示した。


「ななっ……こっ……工事?わが国の河川の向きを変える工事が必要となるわけですか?ですがそんなことをしたなら……流域変更を行った土地の住民は、以降使用する水はどうすればいいのでしょうか?ボーキサイ国の飢餓をなくすために今度はメンドー、スーバキ両国民に飢えろと仰られるのでしょうか?」


 メンドー国代表が焦った感じで早口でまくし立てる。


「決してそのようなことを申し上げているわけではなく、ボーキサイ国と同様に流域変更を行った河川に関わる地域では井戸を掘り、ため池を作って生活用水や農業用水に充てて頂くのです。


 ボーキサイ国では河川の水使用を禁じており、生活用水は全て井戸を掘って汲み上げており、農業に使用する水はため池を作り雨水を溜めております。そのおかげでボーキ海の水位を保てていると、今回誰の目で見ても明らかとなったわけです。


 その上で……ボーキ海を我が国と同じように利用するのであれば……ボーキ海からの恵みを活用したいのであればそれなりの努力が必要であろうと考えるのです。如何でしょうか?勿論井戸を掘ったりため池を作ったりするための指導を行う技術者の派遣を我が国から行うつもりでおります」


 エミリアが自信満々にメンドー国代表者の顔を見つめる。


「ででっ……ですが……ボーキサイ国で河川の水使用を禁じているのは、遥か太古からの先祖の教えと言いますか戒律を守っていたからであって、何も我々がお頼みしたわけではございません。それを今更……わが国にも同様なことを強いるだなんて……一体どんな権限があっての事でしょうかな?……さすがにこんな要求……承服しかねますな……。」


「我が国も同様の考えです。」

 メンドー、スーバキ両国の代表者はこの案も拒否した。


「ですが……」


「まあまあ……ボーキサイ国の折角のご提案を即刻否定するとはいけませんな……。」

 頑なな二国代表に対してエミリアが反論しようとしかけたときに、またまたターメリア王が口を開いた。


「どど……どういう事でしょうかな?王様……。」

 メンドー国代表者が驚いた様子で目を大きく開け、ターメリア王へと振り返る。


「確かに貴殿が仰るように、ボーキサイ国が自国内の河川の水を使用しないでここまで生活してきたことは、ボーキサイ国民が自ら進んで行ってきたことのようだ。だがそれを可能としていたのは豊かなボーキ海の恵み……世界中どこの海にも生息していない非常に珍しい菜食のサメ……ボーキ海のみに生息するサメの魚卵が珍味としてもてはやされるからだ。


 サメの魚卵を売って獲得した外貨で他の国から肉や野菜を輸入し、それで自国民の食生活を補ってきたわけだ。だからこそ……長い間そんな生活が可能となっていた。


 同じくボーキ海に面するメンドー、スーバキ両国……広大な大陸棚ともいえる浅瀬に面していた両国は大型船が着岸できる港を持たないために本格的なサメ漁はできず、サメの魚卵での貿易はボーキサイ国の独占だった。


 だが……十年前から大きな港を持たない二国は養殖技術を開発し、稚魚のうちからサメを収穫して大きく育て上げてから魚卵を獲得し始めた。この方法なら小型の船でも行えるし遠浅の大陸棚はサメの養殖にうってつけだった。


 そうして始まった養殖によるサメの魚卵輸出が始まり、それまで独占状態であったボーキサイ国の収入は激減、更に稚魚の乱獲によりサメ漁も不漁となりボーキサイ国内では大勢の餓死者まで出る羽目に陥った。まあその間……形だけではあったようだが、戦争まで発生して居った。


 だったら……サメの魚卵による収入が減少し、自国民を食べさせていけなくなったのならば……仕方なく河川の水を使用して農業を振興させて少しでも食糧確保に走ったとしても不思議ではなかろう?その結果が現状であり、ボーキ海の水位が低下しているからと言ってボーキサイ国を責めることは道義に反するということになる……違うかな?」


 ターメリア王は現状を責めることはできないと主張。


「でっ……ですから……昨夏のボーキサイ国内での川の水使用を、我々は責めておりませんよ。ボーキ海水位低下により養殖事業が困難となり稚魚と幼魚は放流、成魚は工場内水槽に移して魚卵を採取しましたが、養殖二年目以降の未成魚は数が多く放流するとボーキ海の生態系破壊の可能性があるため全て殺処分して家畜の餌としました。


 莫大な損害を被りましたがその賠償請求さえしておりません。


 加えて今年の夏からは、夏野菜と家畜肉の援助を申し出ました。今夏以降はボーキサイ国内で河川の水を使用しないで済むようにですね……。


 その上で……ボーキ海の水位を戻して欲しいと申し上げているだけで……決してボーキサイ国内の事情を考慮していないわけではございません。それどころか十分に理解し支援しようとしておりますよ。」

 メンドー国代表者はターメリア王の言葉をきっぱりとはねのけた。


「そうだろうか……考えてみて欲しい。ボーキ海の水位を上げる方法として、ボーキサイ国内のため池の水を全て使用することは農業が出来なくなるので大量の食糧支援が必要となり、メンドー、スーバキ両国は即刻食糧支援を拒否した。つまりこれを実行させるには、ボーキサイ国民に飢えて死ねと言っていることとなる。


 次の案はメンドー、スーバキ両国の川をボーキ海へ注ぐよう流域変更工事を行うものだが、これも速攻で拒否された。


 では他にどのような方法がある?わしにはメンドー、スーバキ両国が、ボーキサイ国民に飢えて死ねと言っているようにしか聞こえないのだが……どうなのかな?」

 ターメリア国王はじろりとメンドー国代表者を睨み付けた。


「けけっ……決してそのようなことは……ですが……我々も困っておりまして……サメの養殖技術開発のために莫大な投資をしており、更に養殖及び魚卵缶詰生産に携わっている関係者らの雇用まで絶たれるとなると本当に大打撃なのです。それこそ今度は我が国側で飢餓に喘ぐものが出てくるはずです……早急に解決せねば……。」


「だからこそ……じゃ……だからこそ……どうすればいいのか皆で考えねばならんのじゃ。


 決してボーキサイ国だけの問題ではないのだぞ。ボーキサイ国は今回の問題に対して自国側で行える案と、他国に協力いただく案と二案も出して居るではないか……メンドー、スーバキ両国側からは何ら代案も発表されておらぬが……まさかここへ何の案も持たずにボーキサイ国からの提案を聞きに来たわけではあるまいな?


 批判ばかりするのなら、その代案をこの場で披露してくれ。」

 ターメリア王はもう一度メンドー国代表者を睨み付ける。


「もっ……勿論案はお持ちいたしましたよ……ですがボーキサイ国の第一案とほぼ同じ内容でして……。」


「だがその案は即断で否定されたではないか。その案を作成して持ち込むに当たり……メンドー国王はどうご判断なされたのだ?」


「ええっ……と……その……さすがにですね……ボーキサイ国民一千万人もの食糧支援が必要となることまでは想定できていなかったものですから……。」

 メンドー国代表者はハンケチで額の汗をふきふき答える。


「農業用水が無くなるわけだから農業が出来なくなるのは子供にだって分かることだ。にもかかわらず、それによる食糧不足にまで頭が回らなかったという事ですかな?ふうむ……困ったのう……。」

 ターメリア王は大きくため息をついた。


「ででっ……ですが……このままサメの養殖が出来ないとなりますと……わが国内事情も悪化することが予想され、ボーキサイ国にお約束した夏場の野菜や家畜肉などの食糧支援が出来なくなりますよ。


 それは……ボーキサイ国として大打撃となるはずですから……大勢の餓死者をこれ以上出さぬよう早急な打開策を講じる必要性があると……これこそがボーキサイ国内の問題と我々は考えております。」

 メンドー国代表者はボーキサイ国としての問題ときっぱりと言い放った。


「なっ……わ……」


「待て待て……わしが説明してやるから……聞いて居ればいい。必要な場が来たら検討結果を教えてやってくれ。」

 エミリアがすぐに反論しようとするが、ターメリア王が左手を小さく上げて止めた。


「馬鹿を申すな!だったら今年も夏場はボーキサイ国内では川の水を農業用水として使えばよかろう?そうすれば農作物は豊作だろうし家畜も大きく育つ。飢餓の心配はない。


 だがそれでは益々ボーキ海の水位は下がってしまうな……それでも沿岸部からすぐに深い海溝と化しているボーキサイ国は困らんが……せいぜい港で舟の接岸部に階段の増築が必要となる程度か……だがメンドー、スーバキ両国側はどうなるかな?」


 ここでターメリア王は初めて視線をエミリアに移す。


「毎年夏場に川の水を使い続けるとボーキ海水位は下がり続けますが……どこまでも下がり続けやがてボーキ海が消滅するということは御座いません。現状は遠浅で浸かりながら歩ける海岸が完全に干上がりボーキ海全体としての表面積が減少すると、それに伴い蒸発で失われる水量が減少し始めます。


 ある程度のところまで水位が下がると、その時点で流入してくる河川の流量と表面から蒸発する分が釣りあい水位低下は止まります。恐らく現状よりも十五から二十尺ほど低下した処で止まると推計しております。


 現状のメンドー、スーバキ両国側の大陸棚ともいえる砂浜部分は全て干上がり……濃い塩の塊と砂が入り混じった状態となり砂浜の果てに深い接岸部を持つ大型船が寄港可能な港を造成できるようにはなると推察しております。」

 エミリアがすぐに計算結果を披露する。


「ほっほう……メンドー、スーバキ両国側にもいいことがありそうだな。」

 ターメリア王が笑顔を見せる。


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