真実
8.真実
「…………………………………………以上がボーキ海の水位低下問題で……ボーキサイ国側からの事情と水位低下に至った理由及び水位がすぐには戻らない理由であります。
他国に被害を及ぼす環境破壊であろうとの厳しいご指摘を受けておりますが……まずは早急なる戦争の終結を目論見、同時に飢えに苦しむ民を一時的にしろ救済するため、やむを得ない行為であったと主張いたします。」
エミリアが練りに練った事由書をつらつらと読み上げ、ボーキサイ国側からの主張を終えた。
「では次に……メンドー、スーバキ側からの事情説明をお願いいたします。勿論、今のボーキサイ側からの主張に対する反論を交えて頂いて構いません。お互いの主張を聞いたうえで……議論を膨らませてまいりましょう。双方の主張に反対意見が御座いましたら、遠慮せずに発言ごとにご意見願います。よろしいですね?」
中立の立場から議事進行を買って出たターメリア国外務大臣が、エミリアから今度はメンドー国代表者へ視線を移す。
「我が国は……ボーキサイ国の後先考えない愚行のために多大な被害を受け迷惑しております。直ちに水位低下を解消できねば……再び宣戦布告して今度はボーキサイ国内まで攻め込み降伏させ、属国としてボーキサイ国内の全ての川の水の使用を禁じるとの通告を致しました。
それくらい悲惨な状況なのです……ボーキ海は干上がり、遠浅の海はもう人が歩けるほどの浅さで……頑張れば三里先の深淵部手前まで……胸まで浸かる程度で歩いて行けるほどです。
サメの魚卵獲得のための養殖等出来ようもなく……それどころか古くからの伝統事業であった浅瀬で行うエビの養殖やアサリやハマグリなどの稚貝を育てる養殖も出来なくなり漁業関係者が大打撃を受けております。
その上メンドー、スーバキ両国には大型船どころか小型の船すら接岸可能な港も浜もなくなりました。さすがに三里先まで海水に浸かりながら網を担いでいき、収穫した魚介類を担いで帰ってくるほどの体力を持ち合わせている者などいるはずもないのです。つまりボーキ海の水産資源は完全に断たれた訳です。
これを……環境破壊と言わずして……なんというのでしょうか?」
メンドー国の代表者が、現在の被害状況を述べた。
「成程……ですがメンドー、スーバキ両国ともに、広い外海に面していらっしゃいますよね?そこから海産資源は獲得可能ではないのでしょうか?」
エミリアが速攻で反論。
「それは……勿論可能です。魚介類に限っていえば……外海での漁での水揚げ高は、常に内海であるボーキ海を遥かに上回っております。その為ボーキ海で漁が出来なくても海産資源が不足するというようなことは起こりえません。
ですがボーキ海には外貨獲得に有効な……魚卵を得られるサメがおりまして……先ほども申し上げましたように……サメの養殖が出来なくなって大打撃を受けている次第であります。」
すぐさまメンドー国代表が返答する。
「サメの養殖が出来なくなったことにより飢えに苦しむ民が発生し、餓死者が大量に出ているのでしょうか?」
エミリアがとんでもない問いかけをぶつける。
「いっ……いえ……決してそのようなことは……単に諸外国へ輸出する産業の最大の目玉である、魚卵の缶詰の出荷が止まっている程度で……まあ養殖場や缶詰工場で働いていた労働者は失業し食うに困っているでしょうが……現時点で我が国で貧困等による餓死者が出ているといった報告は受けてはおりません。」
「我が国も同様……餓死者が出ているという報告は受けておりません。」
メンドー、スーバキ両国の代表者が答えた。
「ボーキサイ国では……毎年大量の餓死者が発生いたします。特に夏場……夏場は二期作目の稲作を始めるために水田で大量の水を必要とするため他の畑までため池の水だけではとても回せず、野菜だけではなく牧畜の水も不足がちで野菜も肉も高騰し……食料供給が間に合わずに餓死者が出るのです。
ボーキ海のサメ漁による魚卵缶詰の収益の大半は、夏場に不足しがちな野菜や家畜肉の輸入に充てられておりました。ですがメンドー、スーバキ両国が魚卵獲得のために養殖を始め、稚魚を乱獲し始めたために収穫量が激減し、満足に外貨を得られなくなり食料不足となり餓死者が大量に発生する状況に至ったのです。
以前は天候不順の飢饉など起きない限り発生しなかった大量の餓死者が、戦争勃発前から一万人を超える規模で毎年発生するようになりました。これは……メンドー、スーバキ両国との交戦による戦死者をはるかに凌駕しております。
それを少しでも軽減するために……夏場でも豊富に野菜や家畜肉が出回るように……夏場だけでもボーキサイ国内を流れる川の水を使用することが……そんなにいけない事なのでしょうか?」
エミリアが当時の切実な状況を打ち明ける。
「でっ……ですが……ボーキ海はあくまでも三国の共有資源であり……そこで我が国がサメの養殖を始めたとしても……それは我が国の国益を上げるための事業であり、他国に干渉されるべきものではない筈です。
それをあたかも自国資源であるかのように主張し……我が国の漁船を拿捕し戦争にまで発展……ようやく終戦したら今度は水位を戻さない……こんな暴挙が許されますか?わが国は断固抗議いたします!」
「わっ……我が国も同意見で御座いますっ!」
両国ともに徹底抗戦の構えだ。
「メンドー、スーバキ両国ともに……ボーキサイ国の切実なる状況を知っておいでだったな?」
「はっ?」「はあっ?」
ここで徐にターメリア国王が口を開いた。両国代表が思わず声を漏らす……
「えっ……ええ……その……。」
ターメリア国王の問いかけにしどろもどろの様子……
「ボーキサイ国内の厳しい状況を十分把握していたうえでサメの養殖を自国内で始めボーキサイ国の収益を圧迫し、耐えきれずにサメ漁の禁漁区を設けようと提案したらそれを無視し……仕方なくボーキサイ近海で平然とサメの稚魚漁を続ける漁船を拿捕したらそれを理由に戦争を仕掛ける……これこそが暴挙というのではあるまいか?
失礼……黙っているつもりであったが、あまりにも八年前に両国の使節団から伺った内容と真実が違い過ぎるようでな……なんだったらその時の議事録を持参してきているから……内容をここで読んで聞かせようか?」
ターメリア王が厳しい口調でメンドー、スーバキ両国の代表を睨み付け詰め寄る。
「ええっ……と……よっ……宜しいのでしょうか?」
「宜しいかとは……如何なことを指すのでしょうか?」
外務大臣の子爵が怪訝そうに眉をひそめながら……首をかしげながら問いかけに問いかけで返す。
「真実を……お話し申し上げてもよろしいのでしょうか?とお尋ねしているのです。」
「勿論そうですよ……この場では真実をお話しください。」
子爵はまたまた首をかしげながら応対……どうやらメンドー国代表が発している言葉の真意がつかめない様子だ。だがそれは……この場にいるボーキサイ、ターメリア国の関係者全員がそうであっただろう。
「では……許可を頂けたということで……我々も真実を語らせて頂きます。まさかこんな公式の場でつるし上げを食らうとは……思ってもみませんでしたからね……これは……ボーキサイ国……あなたたちが招いたことですからね。
私たちはその話に乗っただけで……なのにどうして公の場で責められるのかわかりません。こうなったらもう……極秘扱いの約束事など無効になったと解釈して……真実を述べさせていただきますからね……どうなっても知りませんよ!」
少し間をおいて……その間メンドー国の代表者は交渉テーブル対面に座る出席者の面々の顔をゆっくりと順に見まわしていく……表情を読み取ろうとでもしているのであろうか……それでもなにも掴めなかったのか、ふっと息を吐いてから吸い込み、決心したかの如く切り出した。
「もっ勿論だ……わがボーキサイ国の責任という点は十分承知して居る……なにせ簡単にはボーキ海の水位は戻らないようだからな。だがその切実な背景は十分考慮の必要性があると考えている。」
皆を代表して……原因であると主張するボーキサイ国王が答えた。
「もともとボーキ海でのサメの養殖の話を持ち掛けてきたのはボーキサイ国からです。当時外務大臣になってから日が浅いエラルミント伯爵が、外交特使として我が国へやって来て話を持ち掛けてきたのです。丁度十年程前の事ですかね。」
「まっまた……伯爵が……。」
思わずエミリアが口を滑らす。
「えっ?また……とは、どういう事でしょうかね?」
「いっいえ……その……なんでもありません……話の腰を折ってしまい申し訳ございません。答弁に対する質疑応答は発言が終わってからが礼儀ですので……大変申し訳ございませんが、お話をお続けください。」
メンドー国代表が慌てて問いただすも、すぐに子爵が話を続けるよう促した。
「えー……では……続けさせていただきます。
話を持ち掛けられは致しましたが……確かにサメの魚卵缶詰は外貨獲得の目玉であり独占状態のボーキサイ国をうらやむ気持ちは御座いましたが、我々もボーキサイ国の内情を熟知しておりましたし、同じボーキ海に面する国同士として互いに助け合うのが信条……ボーキサイ国の上前を撥ねるようなことは到底できないとすぐにお断り致しました。
ところが我々がサメの養殖を行って魚卵缶詰を輸出したとしてもボーキサイ国の収入は変わらないと仰るのですな……魚は卵を産んでその卵が孵化して稚魚となり幼魚となり……やがて成長して成魚となって雌はまた卵を産みますし、雄は卵に精子をかけることで受精し卵が孵化いたします。
まあそんなことは高校辺りの授業で習うので皆さんご承知でしょうが……魚卵もそうですが特に孵化してから……動き回るようになったばかりの稚魚や幼魚の大半は……他の魚やイカやタコなどの餌となって食べられてしまうようですな。
実際に成魚となるまで成長できるのは五分もいないのだと……つまり稚魚のうちから収穫して天敵のいない場所で十分な餌を与え大切に育てる分には……元々大半が餌として食べられてしまう分ですから……稚魚を半分も残しておけば大勢には影響を与えないのだと……だが沿岸からすぐに深みとなるボーキサイ国側では養殖が出来ない。
長く広い遠浅の環境を持つメンドー、スーバキ両国でしかできない事業であり、ボーキサイ国の収益には影響を与えずにサメの魚卵の缶詰をこの大陸以外の諸外国へも輸出して莫大な利益を上げようと持ち掛けてきたのです。
勿論そんな話……すぐには受け入れられなかったですよ……サメの養殖なんてやったことも考えたことすらなかったですから生態も何も知らなかったですし……ですがボーキサイ国としても事業として出資するというのですね。そうしてサメの生態に詳しい学者を連れてくるから……と言われ研究を開始いたしました。
ですが……元々メンドー、スーバキ両国は姉妹国として仲が良かったのですが……ボーキサイ国とターメリア国はどちらかというと国交はあってもさほど親しい関係ではなかった。ここで三国が大事業で結びついてしまうとターメリア国に警戒されてしまうだろうと……ターメリア国は我々に比べたら大国ですからね……敵には回したくありません。
その為……いかなることが起きても三国としてのサメの養殖事業の内情は極秘としようと取り決めました。
ここまでは宜しいでしょうか?」
メンドー国の代表はここで言葉を区切って顔を上げ、周囲を見回す。
「はっ…………はあ……質問もないようですので……お続けください。」
シュトラセン子爵が代表して答えた。
「養殖の研究は順調でした……もともとエビやアサリやハマグリの稚貝の養殖を遠浅の浜で行っておりましたからね……稚魚や幼魚の餌なども研究開発し陸に穴を掘って海水を満たした人工池で育て、成魚は広大な面積を泳ぎ回らなければ弱って死んで仕舞うというので、遠浅の海底深くまで鉄杭を突き刺し杭に網を絡ませて巨大な養殖場を設営いたしました。
一年もかからず養殖技術は完成し、二年目……九年前から本格的なサメの養殖と魚卵缶詰の生産が始まりました。非常に順調に進み……養殖魚は生育も早く三年目には成魚となり魚卵獲得も見込まれ、我が国でも外貨獲得の目玉となり得ると評価されておりました。ですが養殖開始から二年目には早くも稚魚が不漁となり……。
長い柄のついた柄杓の……底を抜いてそこに目の非常に細かいステンレス製の網を付け……小舟に乗り込み海中深くまで入れて網に絡みついてくる稚魚を収穫するのですが……年を重ねるごとに一度に収穫できる量が減っていき……仕方なく遠慮していたボーキサイ国近郊まで稚魚を獲得するために出向かざるを得なくなりました。
その様子を咎められボーキサイ国から通告があったわけです。ボーキサイ国近郊でのサメの稚魚漁はやらないで欲しいと……ここまでは……宜しいでしょうか?」
メンドー国代表者は、またまたここで言葉を区切って辺りを見回した。
「どの魚も稚魚や幼魚のうちは体が小さく泳ぐ速さも遅いですから、より大型の……他の魚の成魚やイカやタコなどの餌となってしまうのでしょうが……それらは決して無ではなく……他の成魚やイカやタコの栄養源となっていた筈ですし、今度はその稚魚や幼魚が食べていたプランクトンなどの餌が食べられることがなくなったはずです。
その栄養源を人為的に取り去ってしまうわけですから……餌が少なくなった成魚やイカやタコらは他の餌を探し回るでしょうし、食べるものが無くなって死んでしまうものも出たでしょう。さらに食べられることがなくなったプランクトンが大量発生して赤潮を発生させた可能性すらあります。
まだ今ほど魔物が多くいなかった遥かなる太古に、とある山で森に棲むカモシカという草食の動物を保護するために、その天敵である狼を一匹残らず駆除したそうです。
すると絶滅が危ぶまれていたカモシカは天敵がいなくなり数を増やし続けたのですが……やがてあまりにも数が増え過ぎ山の下草は全て食べられ若木の新芽迄食べつくし、ついには山は丸裸となりカモシカも餌が無くなり全滅したと聞いたことがあります。
人為的にサメの稚魚を大量に収穫して他へ移したがために……ボーキ海の生態系が崩れサメの成魚の数も減り、稚魚の不漁につながった可能性が高いですね。」
エミリアが手を挙げ、過去事例をもとに稚魚を大量に捕獲しても影響はないとする主張を真っ向から否定した。
「はっ……そうでしたか……魚の生態には疎いものでして……ですがエラルミント伯爵は……通告はあくまでも三国での事業の詳細を知らされていないボーキサイ国漁民が上申してきたからおこなったもので、あくまでも形式上……漁民の顔を立てているだけで無視しても構わないと仰ったので、その通りに致しました。
そのうちに我が国の漁船も……スーバキの漁船もボーキサイ国領海外ではございましたが近海で稚魚漁を行っている際に拿捕されてしまい……その時はさすがに驚きましたが、また今度もエラルミント伯爵はあくまでも形だけだと……三国間での密約を表には出せない為宣戦布告するから、その前に形だけでも抗議してくれと仰いました。
その証拠に……抗議前に先立ちターメリア国を訪問した際に、ターメリア国の心証を心配してメンドー、スーバキ側についていただけるよう、エラルミント伯爵もご協力して頂けました。
勿論ボーキサイ国とまともに戦火を交えるつもりなど毛頭御座いませんから……それでも軍の兵士たちは事情を知らず……国境である山脈中央から出ていくな、あくまでも国境線だけを守れと指示を出していたにも関わらず……山中では隠れる場所が多すぎてゲリラ戦が恐ろしいと……国境を越えて進軍し山脈のふもとに陣を構えてしまいました。
それでも決してボーキサイ国の平野部にまでは攻め込むなと厳命を下し、戦火拡大はしないよう守っておりました。
ところが今回の仕打ち……事前に外務大臣はじめ主要人事が変更になったとの通達は御座いましたが……それでも裏ではエラルミント伯爵が糸を引いているのであろうと……長く続いた戦争終結の為の……ターメリア国に勘ぐられないためのうまい事由なのだろうと、すぐに終戦を申し出たのです。
なのにどうして……水位が回復しないのです?すぐに回復できないことが分かっていて……どうしてこのような恐ろしいことが出来るのでしょうか?こちらだって莫大な投資を行い始めた事業なのです……今更やめるわけには参りません。」
メンドー国代表者は、最後の言葉は吐き捨てるかの如く強く言い放った。
「ですから……長く続く戦火で疲弊したわが国では毎年多くの餓死者が出ておりまして……人々を救うためにやむを得ず川の水を使ったのです。それのどこがいけないのでしょうか?」
エミリアがまた同じ言葉を繰り返し述べる……どうして通じないのか不思議でならないかのように、今度はじっと目を合わせて言い切った。
「毎年十分なお金を支払っているではないですか……。」『はあ?』
メンドー国代表の言葉に……ボーキサイ、ターメリア両国の出席者全員が口をあんぐりと明けた。
「毎年毎年……サメの魚卵缶詰の利益から配当として……もともとサメの養殖技術を開発するための事業として、ボーキサイ国側が二割、残り四割ずつをメンドー、スーバキ両国にて出資して事業開始いたしました。ボーキサイ国側にはサメの生態に詳しい学者さんの派遣もしていただき……技術が確立し二国側で養殖を始めました。
勿論メンドー、スーバキそれぞれの国の漁民と養殖業者及び缶詰工場が作業し、ボーキサイ国は魚卵缶詰生産には一切携わっておりませんが、それでも事業の発案者であり学者の派遣もしていただいておりますからね……純利益の三割をボーキサイ国へ配当し、残り三割五分ずつがメンドー、スーバキの取り分です。
今年度分は水位が下がって養殖事業が立ち行かなくなりましたので、魚卵採集が出来た分の売り上げの大半は養殖事業含めた従業員や漁業関係者らの休業手当に充てられますから利益もなく配当も出ませんよ。ですが昨年度分までは毎年欠かさずお支払いしておりました。なのにどうしてでしょうか?
二割しか出資していなくてしかも作業もしていないのに三割もの配当を受けているのですよ……これ以上配当を吊り上げるおつもりでしょうか?いくらなんでもそれはあまりにもひどい……。」
メンドー国代表は目じりを下げ今にも泣きだしそうな表情で、切実に語った。
『なんと……』
ボーキサイ、ターメリア出席者たちからため息が漏れ出た。




