清算
7.清算
「あの日店には、銀貨で百七十二枚、銅貨で四百三十枚あった。間違いないか?」
「あ?あっ……ああ……前日までの売り上げと、あの日の客数から考えるとそんなもんだろう。」
巧の問いかけにハリベルが驚いた様子を見せたが……少し考えて間違いないと返事する。
「つまり銀貨に換算すると百七十六枚と余り銅貨が三十枚あった。そこからメリアから騙し取った銀貨五十枚と、借金した分の二十五枚と一年分の利息……合計銀貨八十枚を冒険者組合の承認を貰って受け取った。
残りが銀貨九十六枚と銅貨三十枚だが……見習い従業員がいただろ?」
「あっ……ああ……。」
「店を閉めるわけだから突然の解雇で困るだろうから……退職金代わりに手当の三月分……銀貨三十枚を渡した。こちらは後出しだったが同じく冒険者組合の了承を得てある。つまり残りは銀貨六十六枚と銅貨三十枚だ。」
「じゃ……じゃあ……残った銀貨六十六枚はあたしのもんだな?一年近くもあたしが働いて稼いだ金だからな!ここを出たら受け取れるんだな?」
ハリベルが初めて格子近くまで寄ってきて目を輝かせた。
「残念ながら……そうはいかないんだ。この国の法律で……詐欺や窃盗などを働いて人から金品を奪った場合……捕らえられれば勿論懲役刑だが、ついでに罰金も科せられる。罰金なんだから奪い取った金を返したうえでさらに科せられるわけだ……しかも奪った金よりもさらに多く……。
銀七十枚より多く八十枚に満たない場合は、銀八十枚を罰金として科すとある。つまり銀貨十三枚と銅貨七十枚分足りない……その分懲役刑が伸びてその間働いて返さなければならない。刑務所内の手当ては一般労働で一日働いて銅貨五枚だから……その分雨風しのげるし朝晩の食事が付くからな……ざっと計算して二百七十四日ほど刑期が伸びる。
さすがにそれではかわいそうだから……用心棒らが置いていった甲冑と剣……冒険者の袋は組合の支給品だから、闇では売れるのだろうが今回は廃業として引き取られた。上級冒険者のものとは言え甲冑も剣も手入れが行き届いてなくて錆びている上に傷やへこみが多く……良品なら一組銀貨二十枚のところ、粘ったが三組で銀貨五枚がやっとだった。
それでもまだ……銀貨八枚と銅貨七十枚足りない分だけ刑期が伸びる。人を騙して金を奪い取るなんて……いかに割が合わないかこれでよくわかっただろ?因みに男の方は過去に別の女を使って他人から金をだまし取っていた余罪が三件ほど浮かび上がり……その罰と賠償金に加え罰金も科せられるから、恐らく一生刑務所から出られないだろうと聞いた。」
巧が抑揚のない口調で淡々と告げ、ハリベルはその場に膝から崩れコンクリートの床に尻を付けあんぐりと口を開けた。
「そこで……だ……預かっている物を持ってきてやってくれ……。」
巧が女性刑務官に目配せをする。
「はっ。」
女性刑務官が奥のドアを開け向こうを窺うと、向こうにも人が居るのか刑務官は木箱を受け取りドアを閉めた。
「開けてみろ……それはお前の商売道具だ……。」
刑務官から縦一尺横二尺厚さが三寸ほどの木箱を受け取り言われるがままにハリベルが開けると、そこにはステンレス製のハサミや柘植の櫛がいくつも並んでいた。
「罰金返済のために売っちまおうとも考えたんだが……予備も含めてハサミも櫛も数も種類も多いし、きちんと手入れされていたから中古でも高値で売れると評価してもらった。
だがお前は美容師だからな……有効利用しようと考えた。ここは比較的刑の軽い受刑者……お前の様な詐欺師やコソ泥などが服役する刑務所で、疲弊したお国の事情で困窮する民が多いためか受刑者の数も多いし、男もいるが大半が女の受刑者だ。その関係もあって刑務官もほとんどが女性だ。
冒険者組合の新会長は俺の知り合いでね……ちょっと職権乱用っぽかったが、貴族の奥様方が通っていた腕のいい美容師の受刑者がいるって紹介したら、刑務所内で受刑者及び刑務官用の美容師として働ける許可を頂けた。お前は一般労働を免除され、美容師として刑務所内で働けるし、見習いの受刑者がいたらお前につけるからそいつの指導も頼まれた。
勿論手当だって一般労働よりも格段にいいぞ……受刑者の客も拒めないが……それでもちゃんと働けば月に銀貨十枚を約束してくれた。すぐに罰金など完済できるし、出所してから店を出す手付金ぐらいは稼げるはずだ。なんせここにはお前を利用しようとする男もいないし、散財する場所もないからそのまま全部が貯金だ。
俺がしたことが気に食わないんならその道具を売って罰金払って……一般労働に明け暮れてもいいがどうする?」
「ばっ……馬鹿言うなっ!やるっ……やるやる……今度こそちゃんと働いて稼ぐっ!だから……美容師やらしてくれ!いや……やらせてください!」
ハリベルが巧の前まで来て、格子越しに頭を下げた。
「悪かっただな……事情もなんも知らんわちが……勝手に腹ば立てて辛く当たったりして……申し訳ねえ。」
ハリベルと別れ駐車場に戻り馬車に乗り込もうとするときに、それまで無言だったメリアがようやく口を開いた。
「ああ……構わんさ。友達を信じたいという気持ちは……今の俺なら少しは分かるからね。来た時にも言ったが、この施設は出来たばかりで受刑者を収容する雑居房と、給食を調理する給仕室と食堂以外は受刑者が日常生活を送るための娯楽施設など皆無だったから、髪を整えられる美容室に腕のいい職人が入ることは逆に感謝されたぐらいだ。
それに……ハリベルは根っからの悪人ではないと俺も感じている。道具も手入れされていたし、借りていた店はごみ一つなくきれいに清掃し、整髪料などもきちんと整理整頓されていた。勿論賃貸料だって遅れなく毎月きちんきちんと一年間支払われていたし、まあ捕まって突然廃業だから……家主に迷惑をかけてしまい保証金は取り戻せなかったがね。
見習いの子にも給金渡して指導もしていただろうし……まじめに美容師の仕事をしてまっとうな商売をしていたようだ。
ただ……一緒に居た男が悪かっただけだ……自分は働こうともしないで女の稼ぎを当てにし貢がせ、果ては人を騙すよう強要して罪を犯させた……その男こそが悪の元凶なんだ。
彼女はまだ若いからな……心を入れ替えてまじめに働けばいくらでもやり直しがきくさ。今回は……ちょっと寄り道をしただけで……無事に出所すればまた本街道に戻れる。
それで……だ……メリアもちょっと寄り道が過ぎるようだからな……ええと……どこだ……。」
巧は言葉を区切ると……おもむろに客車のドアを開けて座席部分を物色し始めた。
「おお……あったあった、これだ……行きで見つかってしまうと台無しなので隠しておいたから見つかりにくかった。
これは……メリアが本街道へ戻るための大切な道具だ……開けてみろ。」
「うん?なんだべ……。」
メリアが巧に言われるがままに渡された木箱を開ける。先ほどハリベルに渡した木箱よりは幅が一尺ほど小さい。
「こっ……これは……!!!」
箱の中身を見てメリアが目をむいて驚く。
「美容師として営業するために必要な最低限度のハサミと櫛を揃えた……すでに商売を始めていたハリベルの道具程種類は多くはないが、長年商売している美容師に最低限度必要な道具を聞いて揃えてもらった。
刑務所の一般労働では金属加工も作業していてね……冒険者や軍隊用の剣や甲冑も少しは作るが、家庭で使うハサミや包丁なんかが主な仕事だ。勿論美容師用のハサミも作っているし櫛も作っているようで……これまた職権乱用っぽかったんだが……つてを頼ってなんと工場出荷時の元卸への卸値で譲ってもらった上にしかも新品だ。
メリアが自分用として少しずつ集めていた道具を借金の返済のために売った銀貨五枚に利息の銀貨一枚合計銀貨六枚で購入できた。これは間違いなくメリアの金で買ったものだからな……遠慮なく受け取るといい。」
巧が笑顔で説明する。
「ほっ……ほんと……け?ゆっ……ゆめ……みてえだ……これで……村さけえれる……。」
メリアは涙を流しながら木箱をぎゅっと胸に抱きしめた。
「ああ……まあ仲間もいるから今日明日とか……すぐには帰れないかもしれないが……時期を見て故郷の村へ帰るといい。取り戻した銀貨五十枚は……大金だし持ち歩くと危険だから為替にして村のご両親あてに送って置いた。勿論メリアの名前で美容室開業資金と紙を添えてね。無事に生活していることを、早いとこ両親に文を送り安心させてあげるといい。」
「ありがとう……ほんとに……ありがとう……こんな……わちの……ために……ひくっ……。」
メリアは巧に何度も何度も深く頭を下げた。
「いやあ……まだまだだ……俺がメリアの村で受けた恩は……まだまだ全然返せちゃいないさ。まあ……返して欲しいとは思ってくれていないのだろうがね……それでもこっちは少しずつでも……無理やりにでも……何とか返していくつもりさ。さっ……帰ろうか……送るよ。」
巧は笑顔で言い切ると客車へ乗り込んだ。
「んくっ……くっ……んでも……巧はすげえな……そんたば偉いさん……いっぱい知っていて……ひくっ。」
メリアも客車へ乗り込みながら、呟くように問いかける。
「いやあ……実は俺の冒険者としての相棒が……たまたま大蔵大臣とかえらい役職をたくさん兼任している人の娘で……しかも外務大臣や冒険者組合の会長を兼任している子爵とも知り合いでね……俺は全然大したことないんだけど、相棒の人脈で助かっているだけだ。」
メリアの夢見るような瞳に見つめられ、巧は慌てて両手をぶんぶんと振り、自分自身は全然大したことないと否定した。
「そっ……そうけ……でも……そんでも凄か……国家の偉い人ば知ってるだけで……凄か……。」
メリアはようやく泣き止み笑顔を見せた。
北区の壁際でメリアと別れ王宮へ戻り、巧はようやく一仕事を終えた気がした。だがこれから、より重大でより困難なメンドー、スーバキ両国との交渉が待っているのだ。とはいえ……巧が助言できそうなことは何もなく、案外気楽でいるのかもしれない。王宮へ戻ると聖教会へ寄り、ハルクへ礼を言った後で昇進を祝福した。
そうしていよいよ……メンドー、スーバキ両国との交渉の日がやって来た。両国の使節団が前泊でやって来て、大型馬車を何台も連ねて王宮へ入って来た。ボーキ海から船で、王都を流れる川イーストリバーを遡上してやってきたという使節団は、護衛兵も百人規模で連れてきていた。
「いやあ本当に……ボーキ海が干上がってしまって我が国は困っておりますよ……船に乗ろうにも浜が干上がって小型船すら着岸できないので、なんと膝上まで海水に浸かりながら遠浅の浜を一里も歩かされ……そこから今度は丸太を組んだ筏ですよ……水位が低すぎて小型ボートでも辛いと聞く……ようやく遠浅が途切れて船へ乗り込み着替えました。
すると今度は……ボーキサイ国側の港も干上がり……以前なら直接川へ入り遡上できたのですが河口付近は滝のようになっていて勿論船の往来は禁止……仕方なく木製の階段が下りている岸壁に着岸し、入国したのち港から馬車でおおよそ半里ほど川に沿って北上し、臨時船着場から観光船に乗り換えて王都まで来たのです。大変な目に遭いました……
こんなこと……早急に解決して頂かないと困りますな……。」
「本当にそうですよ……我が国も同様ですからね……ボーキサイ国からは迷惑をこうむっておりますよ。」
交渉を行う王の謁見室に入り特別あつらえの会議用テーブルの席に着くなり、使節団員が愚痴を漏らし始める。赤を基調にしたビロード地で金ボタンの、裾が短いガウンのような上着に太ももから下の線が丸分かりのピッチピチな薄手の真っ白いズボンを穿き黒い革のブーツに長い銀髪を縦にカールしている……。
いかにも上流階級を象徴しているような服装二名が交渉テーブルの入り口側の席で最も玉座よりの真ん前に二人並んで座った。恐らく両国使節団の団長であろう。他はグレーの仕立ての良いスーツで身を固めた中年男性が数名並んで腰かけた。
勿論交渉テーブルの対面側には外務大臣兼任の子爵が一番先頭で、次がエミリアの父の公爵、ついでエミリアでその次に巧が座っている。アルルとぺリルは奥側の壁際に繋がれ、こちらは床におとなしく座っている。
「ボーキサイ王のご入室です……。」
執事が案内し、王が入室して玉座に腰かける。いつもならここから交渉が始まるのだが……
「続きまして、ターメリア王が入室されます。」「えっ?」「なんで?」「どうして?」
ターメリア王という言葉に、来訪者からどよめきが起こる……全く予想もしていなかった様子だ。
ターメリア王はどよめきをものともせずにゆっくりと歩き、ボーキサイ王の横に置かれた玉座に並んで座った。
「さらにターメリア国から外務大臣及び防衛大臣もご出席されます。」
続いてのアナウンスで、先日交渉に行った際のターメリア国外務大臣及び防衛大臣が濃紺のスーツ姿で入室し、今度は開催国側……巧の隣の席から順に並んで座った。
「どどっ……どういう事でしょうか?」
メンドー国の代表者であろう……最前の席に座る男性が、目を大きく見開いて困惑気味に問いかける。
「貴国らとの交渉に先立ち、ターメリア国王様に我が国の弁明を聞いていただこうと訪問したのです。苦労のかいあって何とかこちら側の主張を受け入れ賛同くださいました。そうして今回の交渉の場にご出席下さることとなったのです。
双方の主張を間近で聞いてくださるということで……。」
ボーキサイ外務大臣であるシュトラセン子爵が代表して答える。
「でっですが……そんな話は……聞いてはおりませぬぞ。ターメリア国代表が交渉の場に居合わせるなどと……ましてや国王様まで同席されるとは……そうであればこちら側も国王に帯同願ったはずなのに……。」
「そそっ……そうですぞ……。」
メンドー国代表が聞いてないと主張し、スーバキ国も賛同する。
「まあまあ……今回の交渉は、主にボーキサイ国とメンドー国、スーバキ国間の問題ではあるのだが……先の長い大戦中は我が国もメンドー、スーバキと同盟を結び、ボーキサイに宣戦布告して居った。まあ……もとより攻め込むつもりなど毛頭なかったがな。だから今回の交渉の主たる議題であるボーキ海の問題は、我が国にも関係しているはずだ。
こちらは直接ボーキ海とは地理的には接しておらず、貴国らから請われて巻き込まれた形ではあったがな。それでも関係国であるはずだろ?わが国を抜いた形で交渉を進められては困るな。
それに……わしが出席したからと言って、王の権限など発動せぬから大丈夫だ、安心してくれ。まあ……他国の王がなにを叫ぼうと知らん顔を決め込めば済む話でもあるからのう……わしのことは気にせず話を進めてくれ。」
ターメリア王はターメリア国も今回の問題の関係国であると主張し、その上で自分の事は気にしない様にと付け加えた。
「でっ……ですが……もしターメリア国にこの場に参加いただくのであれば……もう少し詳細な状況説明をターメリア国側に行った上で参加いただけたはずでして……その説明もなくご参加いただくのは少々危険ではないかと……。
ボーキサイ国側だけの偏った弁明だけではなく、こちらからの説明も聞いて頂いた上でご参加いただかねば……。」
それでもメンドー国代表者は、首を縦には振らない。
「我が国が先んじてターメリア国相手に交渉し、虚偽の説明をしているとでも仰せでしょうか?」
おもむろにエミリアが口を開いた。
「めめ……滅相もありません。虚偽の説明だなどと……ですがどうしても事情説明は自国寄りに……抜け駆けの様に一方側だけの主張を聞かれた上で交渉の場に立たれては……どうしても偏見の目で見てしまいがちと考えます。」
メンドー国代表はあくまでもターメリアの出席を拒むつもりのようだ。
「そうとは言えませんねえ……ボーキ海の水位低下の問題では……メンドー、スーバキ側の主張を記した百枚にも上る詳細な説明文書が……両国連名で早々に届けられておりました。
ボーキサイ国側からの訪問を受けたのは、それから随分時間が経ってからでした。既に貴国らからの主張は理解し受け入れており、当初はお話を伺わず追い返そうとしていたほどです。
ですがさすがに国の代表団をそのまま追い返すのは失礼にあたると考え、私個人の判断でお話だけ伺ってからお帰り願おうと席を持ち、メンドー、スーバキ両国の主張とは隔たりがあると感じました。
そのことを王様にお伝えし、正式な会談の場を持ったのです。今現時点でターメリア国はボーキサイ国の主張を受け入れては御座いますが……メンドー、スーバキ両国の主張はきちんと聞きますし、あくまでも中立の立場で参加するだけですから、そう気張らずに楽な気持ちで会議にご参加ください。
元はボーキサイ国とは反対する意見を持っていたのが……ボーキサイ国側へ少し寄っただけで今は中間点にいるとでもお考えいただければよろしいかと思って居ります。」
ターメリア国外務大臣が優しい笑みを浮かべながら真摯に説明する。
「メンドー、スーバキ両国が、八年ほど前にボーキサイ国との関係が悪化した時点で、先行してターメリア国を訪れ味方に引き入れ連合国となったうえでボーキサイ国相手に宣戦布告を受理したときの様に……今度はこちら側が先行してターメリア国相手に交渉を行っただけです。
ですがあくまでもこちら側の主張を御理解頂けただけで、両国のお考えはお考えで聞いて頂きその上で……双方の主張を吟味した上で判断すると仰っていただきました。ですのでこのまま交渉を始めさせてください。」
エミリアが席から立ち上がり頭を下げる。
「まっ……まあ……そこまで仰るのであれば……こちらとしては出席を拒む正当な理由も御座いませんし……会議を続けるしかありませんねえ……。」
「そっ……そうですな……。」
メンドー、スーバキ両国の代表が、額の汗をハンカチで拭いながら渋々了解した。
「では……ずいぶんと時間も経過しておりますので、まずは本会議の出席者の紹介を行った後で、本題に入りたいと考えます。ボーキサイ国王様およびターメリア国王様はご存じと思いますが、加えてご来賓としてターメリア国から……。」
早速交渉開始とばかりに子爵が立ち上がり、まずは出席者の紹介を始める。




