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ハリベル

5.ハリベル

「はあ……騙されてせっかく貯めた金を盗られた上に、借金まで背負わされた?そりゃ酷い……うーん……エラルミント伯爵が会長になってから、王都の冒険者組合は庶民の味方ではなくなりましたからね。お金を支払わないとコソ泥すら捕まえない……冒険者というのは金を貰って仕事を請け負うのだから、これこそが正しい姿だと言い張っていました。


 王都には警察機構があるのですがこちらは殺人や強盗などの重大犯罪しか扱いません。空き巣にこそ泥や詐欺などのやや軽い罪の場合は王都であっても冒険者組合ということになるのですね。


 そのくせ金持ちの豪商や貴族相手には何十人もの冒険者を護衛としてすぐ派遣したり……依頼金を貰って一割手数料を引いて仕事の礼金とし、仕事が終わって冒険者に支払う時に一割を今度は冒険者への支払手数料として差し引くなんて二重取りを始めたのも伯爵の代になってからですよ。


 戦争で国が疲弊し魔物が増えても掃討依頼もまともに出せなくなっていく中で……王都から東の冒険者組合だけは何とか利益を上げていたというのだから……経営者としての腕は確かだったんでしょうがね……。


 私は役目柄冒険者組合にはしょっちゅう出入りいたしますし、冒険者の方たちとも知り合いが多いのですが、組合と冒険者との間の板挟みになって……かなり辛かったのです。おかげでなるべくまだ環境の良かった王都より西側の冒険者組合にばかり入り浸っておりました。


 ですから……一年前の冒険者組合だったら庶民の訴えなど、はなから調べようともしなかったでしょうね。分かりました……ちょっと当時の住所と名前から……今現在の居所が分からないかどうか調べてみましょう。」

 巧がメリアの事情を打ち明けると、ハルクが笑顔で大きく頷いた。



「巧殿……分かりましたよ……どうやら南区中央の貴族など上流階級が住む山の手のすぐそばに出店して、美容室経営をしているようですよ。ちょうど一年前からのようだから……メリアさんを騙していたというより、彼女には違う店をあたかも契約するように教えて、実は全く別の場所に店を出したという事のようです。


 初めから……メリアさんと共同で店を出すつもりなどなかったのでしょうね。」

 巧が騙した女の名前と住所が書かれた紙を渡してから二日後……巧が王宮内の武道場でゼーンの修行を行っているところへハルクが息せき切ってやって来た。


「はあ……なんと……最初に行った南区の移動美容室があるはずの場所とほど近い……目と鼻の先じゃあないか。そんな近くに……。」

 巧が手渡された紙には住所のほかに王宮からの道順が描かれた略地図が書かれていて、それを見て仰天……


「山の手なんて庶民には近寄りがたいでしょうからね……辻をほんの数本離れた場所でも遥か遠くなのですよ。」

 ハルクも一緒に地図を眺めながら頷く。


「いかが致します?冒険者組合にはメリアさんが提出した訴状は残っている筈ですし……この結果を教えて捕えに行って頂きましょうか?今だったら会長も変わりましたし、ちゃんと対応して頂けるはずですよ。」

 そうしてハルクが組合に任せたらどうかと巧に確認する。


「いや……事情も分からずにいきなりは危険だ。もしかしたら言うに言えない事情があったのかもしれない……その子がとんでもない借金をしていたとか……あるいは病気の家族を呼び寄せるためにどうしても一人で経営したかったとか……込み入った事情があればくみ取ってあげねばまずいだろう。


 だからまずは俺が行って確かめてみる。その上でどうするか……なんだったらもう一度メリアのところへ出向いて状況を聞かせて、彼女に決めさせてもいいだろうしな……まだ昼前だから……これから行ってみるさ。

 ありがとう……手間をかけさせたね。」


「いえいえ……とんでもありません。お役に立てて光栄です。」

 巧はハルクに会釈をし、ゼーンの修行を中断して出ていった。



(ここか……成程……まだ新しめの美容室があるな……)


 王宮を出てから一刻半ほど歩き、貴族らのお屋敷が建ち並ぶ山の手を過ぎてすぐの辺りで……目当ての店はすぐに見つかった。恐らく一階部分が店で二階に居室があるのであろう……二階建ての建物はまだ真新しく、綺麗な印象を受けた。

 巧は少し離れた路地の影から店の様子を窺っていたが、客の出入りがあるようなのでじっと待っていた。



(今出ていった客で最後だな……これでもう店の中には客はいない……行ってみるか……)

 夕刻を少し過ぎて日も暮れかけたころ、客足が一旦はけたタイミングで巧が兜を脱いで脇に抱え店へ向かう。


「いらっしゃい……お客さん運がいいね、丁度予約で埋まっていたお客が終わったところだから、今ならすぐに掛かれるよ。初めてのお客さんだね……安く済ませたいなら見習いの子を付けるし……銅貨十枚で格安だ。王都で今流行りの髪形にして欲しいんだったら……そうだね……お客さん若いし格好いいから特別に……銅貨五十枚で店長の私がやってあげるよ。


 うちはこう見えても山の手の貴族様方が御贔屓してくださるような店だからね……庶民向けの店よりもちょっとは高いけど……腕は確かだよ。


 どうする?懐は……それなりにあったかそうには見えるんだけどね……。」


 すぐに若いが化粧が濃く金髪で服装が派手な女がやって来て、矢継ぎ早にまくしたてる。店の奥の壁の料金表を見ると散髪・整髪が銀貨一枚と書かれているから確かに市場価格よりは割高で、それでもその半額ならお得だ。新規顧客を取り込もうという気持ちの表れだろうか……。


「お前が店長ということは……ハリベルだな?」


「ああ……そうだけど……それが何だい?客じゃあないのかい?ちょっとあんたっ……なんかやばいやつが入ってきたようだよ!すぐに先生方を呼んでおくれっ!」

 ハリベルは巧の言葉にそれ迄のにこやかな表情が一変……一瞬緊張する様子を見せたが、すぐに奥へ大声で呼びかけた。


「いや……特に何をしようということはないんだ……メリアのことは覚えているな?彼女を騙した事情を聴きたい。その上で……だまし取った銀五十枚と押し付けた借金銀二十五枚……こっちは利子も付けて返してくれたなら、捕まえずに許してやる。まあ……事情次第ではあるがね……明らかな悪意があったなら、やっぱり捕まえて役所に突き出すかな。」


 慌てるハリベルに対し、巧は至極ゆっくりと話す。


「あんたっ……ほらっ……あいつ……あいつめ……まだあきらめていなかったんだあっ……しぶといっ……ほらっ……早く出て来ておくれっ、軍隊を引き連れてきているかもしれないよっ!」


「いや……まさか軍なんて連れてくるはずないだろ?俺一人だけだ……だからまずは話し合いで……事情を聞かせてくれ。」

 慌てて後ろばかり気にするハリベルに対し、巧はあくまでも落ち着いてゆっくりとした口調で話し続ける。


「ふあーあ……なんだい……たった一人来ただけで……ずいぶんと大げさだな……昼からの酒が……酔いが冷めちまったよ……また飲みなおさなきゃあなんねえ……。」


 すると店の奥の扉から着物の帯が緩んでほどけかけた……胸のあばらが丸見えのだらしない男が出て来て店の土間へ降りて草履を履き始めた。


「あんたっ……この店を借りる時にだまし取った金の持ち主がっ……金返せってこいつを雇ったんだっ!このままじゃあ帰せない……痛めつけて二度と来られないようにしてやらなきゃあ……。


 ほれっ……いつまでここにいるんだいっ!さっさと奥へひっこみな!」

 ハリベルはどうしていいのかわからずじっと立ったまま様子を窺っていた店の子を奥へと追いやった。


「ううむ……まずは話し合いだと言っているだろ?人間相手では……加減が難しいからやりたくはないんだ。事情があれば汲んでやるから……どうして彼女を騙したんだ?」


「ふんっ……どうせ……分かってるんだろ?最初から……この男の指図でカモを探していたのさ。田舎にはもう家族なんていない……みいんな飢えて死んじまった。男を食わせていくには店を構えるしかなくて……だったら手っ取り早く人を騙して手付金を稼ごうって魂胆だったさ。丁度立地のいい物件があったからね。


 ここは……山の手からは少し離れているけどそれでも貴族の奥方たちも来てくれるし……社交パーティが開かれるときなんか予約をとれなかった貴族が来て頂けたりで結構繁盛してんだ。そうして……貴族のヒヒジジイなんかは……すうぐ店の子に手を付けようとしやがって……店の子が辞めちゃうから脅しとして用心棒も雇ってる。


 もちろん貴族連中に直接手は出せないけど……いるだけでも結構役には立っているよ……繁盛しているとやっかみから嫌がらせを仕掛けてくる他の店もあるからね……あんたも悪いとこへ来ちまったみたいだね、ただの美容室と思ったら大間違いさ……あたしの旦那も元は冒険者だからね……そのつてを頼って雇っているのさ。」


 ハリベルが言い始めるとほぼ同時に、奥の扉からぞろぞろと甲冑姿の冒険者が出てきた。その数三人。


「話し合うつもりはなさそうだな……。」


「あったり前さ……逃げるんなら今のうちだよっ!だけど……相当逃げ足が速くなけりゃあ……捕まってぼこぼこにされちまうよ。すぐさま謝って……有り金全部出して命乞いでもするなら……助けてやってもいいけど……。」

 応援がようやく出て来てハリベルも気が大きくなったのか、強気に出てきた。


「なんだ……一人だけというからどんな大男が来たのかと思っていたら……中背で……しかもバッジを見たら初級冒険者だとよ……いくら何でも慌てすぎだろ……こんな奴……俺たちが出るまでもない。」


 面帯のない頭だけをガードする兜から白髪の襟足が覗く、顔面中髭と言った感じの丸顔で中年太りの冒険者が、飛び出た腹で甲冑もきつきつのようで前後の合わせ目の紐が限界まで伸びているような……いかにも引退して長いですといった体の体型にも関わらず案外と自信満々で、土間への小上がりにゆっくりと腰を掛けた。


「そんな……困りますよ……もう一年も……毎日食べさせてあげているんですからね……食い逃げはいけませんよ!ちゃんと働いていただかないと……。」

 ハリベルの旦那が後ろへ振り返りながら手招きをする。


「ちいっ……こんな奴……元中級のお前で十分だろ……上級の俺たちが本当に必要か?」

 それでも雇われの身……ぶちぶち文句を言いながらも右手に抱えていた剣を左腰に差し替え、前に出てきた。同時に他の二人も後に続く……どうやら白髪髭面がリーダーの様子だ。


「おいっ……ここじゃあ店が壊れるから……表に出ろ!」

 先頭の白髪髭面が、巧の目の前までやって来て外へ出ろと命じる。


「構わんが……こんな奴らに加担をして……あんたたちも同罪になるぞ、それでもいいのか?」

 巧はあくまでも話し合いで、かたを付けたい様子だ。


「まさか……お前……勝つつもりでいるんじゃあないだろうな。殺されるぞ!」

 白髪髭面がドスの効いた低い声で、睨み付け耳元で囁くように巧に話しかける。


「仕方がないな……だりゃっ!」

 巧はすぐさま男の右わきへステップして、鞘を持ち左手だけで腰の剣の柄を男の脇腹に思い切りめり込ませた。甲冑は着ていても側帯が出過ぎたお腹のために機能しておらず、その隙間の脂肪太りの横腹に剣の柄は深々と突き刺さった。


「ぐっ!」

 白髪髭面の男は悲鳴を上げる間もなく白目をむき、その場に膝から崩れ落ちた。


「あんたたちは……どうする?広い外で互いに剣を抜きやりあったら……斬り捨てねばならなくなる……こっちも命は惜しいからね……加減などしてはいられない……なんせ元上級冒険者様ということだからね……。これまでもらっていた用心棒代……全部置いてこの場を去るというなら……今回は見逃してやってもいいけど……どうだ?」


 巧は突き出た剣を戻して脇に抱えていた兜を装着……そうしてから後ろの二人に問いかけた。


「おおっ……俺たちは……もう何年も剣など振ってはいない……実質とっくに引退していたんだ。斬りあいなどしたくはないっ!用心棒代などほんの小遣い程度で……それでも毎日腹一杯食わせてくれるというので雇われていた!だが……その手当だって……半分以上は既に使い込んで……」


 男たちはすぐに剣を右手に持ち替え武装解除し、懐から財布を取り出して中身を見せる。


「残りは……銀貨で十枚ほどか……少しは残してやらないと困るな……だったら……用心棒代の代わりとして……その刀と甲冑に……冒険者の袋……置いていってくれたら許してやらんでもないが……だが……冒険者の命ともいえる剣と防具だからな……やっぱり斬りあって果てるか?」


「いやっ……滅相もない……置いていきます剣でもなんでも……こっ……こいつの分も……。」

 男たちはすぐさま甲冑を脱いで下着姿となり、倒れた男の分も脱がせると……二人がかりで抱えて逃げていった。


「さて……あんたたちは……全く反省の色も見せなかったしな……どうする?この場で俺に斬られるか……一緒に冒険者組合まで行って裁かれるか……どっちがいい?」

 巧が今度は茫然と店内で立ちすくむ二人へ視線を移した。


「あっ……あたしはっ……この男が悪いんだよっ!田舎から出て来て……身寄りどころか知り合いも何にもないあたしに近づいてきてっ……全部この男のせいっ!あたしは悪くないっ!」

 するとハリベルが旦那の着物の襟をつかんで、巧の目の前に差し出した。


「じゃあ……捕まえて組合まで同行する……裁きの席で弁明すればいいさ。跪いて……手を後ろへ回せ。」

 巧は二人を跪かせ一本のロープで後ろ手に縛り上げた。


「さて……この店は賃貸だな?契約書と……ここまで稼いだ金はどこに置いてある?」

「おかっ……お金はっ……ちゃんと働いて稼いだ金だからっ……あたしのもんだよっ!」


「ああ……こっちは騙されて盗られた分と借金を背負わされた分を回収できればそれでいい。残りは返してやるさ。だが……当面出ては来られないと思うぞ……反省の色なしで用心棒をけしかけてきやがったからな。ほれっ……ちゃんと答えろ!」


「ちいっ!」

 巧はハリベルに聞きだした契約書と貯め込んだ金を回収し、


「悪いが……ここは店じまいだ。君はここで働いていたんだろ?」

「はっ……はい……そうです……。」


「給料はいくらだった?じゃあ三月分渡すから……頑張って次の働き先を見つけてくれ。どうしても見つからなければ今の時期は王都北区の壁の近くで営業している移動美容室を訪ねると良い。それで……店の戸締りを全部してくれるか?」


「はいっ。」

 店員に戸締りさせて休業の札を入り口に掛けると、巧は二人を先に歩かせて南区の冒険者組合を目指した。



「こいつらは一年ほど前に訴状が出ている筈の……メリアという美容師見習いを騙して開店資金用に貯めた金を奪って逃げた奴らだ。王都内の全く別の場所で店を借りて商売してやがった。あくどいことをやっていた気持ちがあったのだろう……用心棒まで雇っていた。騙した金を返すよう説得しに行ったのだが用心棒までけしかけてきやがった。


 全く反省の色が見えなかった。用心棒の男たちはすぐに改心し、防具も剣も冒険者の袋も何もかも置いて、冒険者を完全廃業するつもりのようだから見逃してやった。食うに困って強盗にでも変わられると面倒だから……武装解除は必要だと考えた。そいつらの甲冑や剣など店に置きっぱなしだから後で行って回収してくれ。


 これがこいつらが貯め込んでいた金で……実は店に雇われていた見習の子がいて……勿論こいつらの悪事に加担など一切していないはずで……店を畳むからと退職金代わりにこの中から少しとって持たせた。

 それでこれが店の賃貸契約書と店の鍵だ……。」


「ははっ……はい……少々お待ち願います。」

 巧は縄でつながれたハリベルと旦那を南区の冒険者組合へ連行し、受付嬢に仔細を告げると受付嬢は慌ててカウンター奥のドアから事務所へ入っていった。



「お待たせいたしました……確かに昨年の二月四日にメリアという美容師から、詐欺被害の訴状が出ておりますね。ですが当時詐欺の疑いでハリベルの行方を追いましたが、二月四日に行方知れず……との結果報告書が提出されております。」

 受付嬢が事務所から書類の束を持って再び現れ当時の状況説明を行った。


「二月四日に届け出てその日に結果報告じゃあ……全くなにも調べようともしないで……終了させたのが丸分かりだ。まあいい……当時の冒険者組合の不手際を責めに来たわけじゃあないからな。


 こいつらを牢へぶち込んで……正式な裁判を実施して裁いてくれ。俺の見立てでは……男の方はまだほかに余罪があってもおかしくはなさそうだから注意してくれ。」


「かしこまりました……王都冒険者組合は、新しく生まれ変わろうと致しております。どうか……ご期待ください。」

 受付嬢はキラキラした瞳で、笑顔で答えた。


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