メリア
4.メリア
早急な事態の修復が必要なエミリア達一向は早々にターメリア国を引き上げ、フルスピードでボーキサイ王都へ戻って来た。そうして矢のような催促が来ていたメンドー、スーバキ両国との会談を十日後に約束して準備に取り掛かった。
「どうだ……なにか分かったかな?」
巧が王宮内聖教会へ出向き、ハルクに状況説明を乞う。
「はあ……確かにメリアという女の子が三年前にあの村から王都に出て来て……美容師の勉強を始めたところまではすぐに突き止めました。王都の美容専門校に入学したので、卒業するまでの住所と就学状況も明確となりました。
ですが卒業後は……住所を転々としたようで……勤め先もちょくちょく変わったのでしょうかね。そうして一年ほど前から確たる住所の届け出がなく……行方不明に……今は必死に最終住所の近隣での登録がないか、住民台帳を当たっているところです。もうしばらくお待ち願います。」
ハルクが申し訳なさそうに、目じりを下げ唇を結び頭を下げた。
「そうか……確かにこんな大都市で、たった一人の女の子の行方を追うのは骨が折れるかもしれないな。申し訳ないがその子の最終住所と最終働き口を教えてくれないか?俺が直接出向いて聞きまわってみる。」
あまり進展のない事態に巧が直接出向くと言い出した。
「はあ……個人情報なのですが、巧殿であれば事情が事情なので……渡すことは構いませんが……ですが大事なメンドー、スーバキ両国との交渉準備に取り掛からなくて大丈夫なのですか?」
「ああ……今エミリアと彼女の御父上、それと外務大臣である子爵の三人で、どうやればうまく相手を説得できるのか、説明の文言一字一句まで練り上げているようだ。俺の出番など全くない。それでも俺が会談に同席しなければエミリアが不貞腐れるからな……会談には出席するつもりだがまだ間があるから、それまでできるだけ探ってみるつもりだ。
ある程度行先の見当がつけば……そちらでも探しやすいだろ?」
「そりゃ勿論です……なんせ住民台帳は地区別ですからね……どの方面へ動いたか目星がつくだけでも随分はかどります。ですが最終住所は……王都内でも貧民窟と言われている場所にほど近く……どうかお気を付けを……。」
「ああ……勿論だ。十分注意するよ……相手に大怪我させないようにな。重々注意して手加減するさ。」
巧はハルクが走り書きしたメモを受け取って、王宮から出ていった。
(ふうむ……この辺りなんだが……)
ハルクに渡されたメモに書かれた住所を頼りに王都南の外れ……城壁がもうすぐそこまで迫ってきているような圧迫感すらある場所へたどり着いた巧だったが、書かれた住所に目当ての美容院など見当たらない。高い城壁に遮られているためか、まだ昼頃のはずなのに冬場の低い日差しは差し込まず薄暗いなか、辺りを見回しそれらしき店を探す。
(仕方がない……住民に聞いて回るか……)
「あのう……すまないが、この辺りに美容院……その……髪を切ったり纏めてくれたりするような店があるはずなのだが知らないか?」
仕方なく兜を脱いで脇に抱え、通りすがりの中年女性に声をかけてみる。
仲間内での食事中に命を狙われて以来、他人と同席する場合は食事中すら外すことがなかった兜だが、団体行動が長かった上に王室や国家を代表する閣僚などと会談する機会が多く、礼儀のために兜を脱ぐ必要性があったため慣れてきたのか、仲間内なら食事中は兜を脱げるようになり、時間も少しずつ伸びてきている。
以前なら甲冑姿で兜をかぶったままで見知らぬ人と応対していた巧だったが、それでは相手を警戒させるだけと気づき、兜を脱いで尋ねてみることにした。
「あっ……ああ……移動の美容室の事かい?今の時期は……えーと……王都の北の外れの方じゃあないのかな?
店ったって雨粒避けるためのテント地の屋根だけの……まるっきり外だからね……こんな冬場は昼でも日がささない場所じゃあ寒くて客なんて集まんないから、今の時期はちゃんと日が差し込む北区にいるはずさ。
こんな食い詰めもんばかりが集まるような場所じゃあ……山の手の奥方様たちの様に二週間とか一月で、ちょっと伸びただけの髪を当たってもらうなんてぇことはしないのさ。せいぜい一年に一回……その間どうしてもうざったくなっちまったらまずは自分でちょっと切って……店がやってきたらきちんと整えてもらうのさ。
店は移動式で時計回りに三ケ月ごとに回っているから、四月からは東区へ行くはずさ。ここで待っていたいなら七月にもう一回来な……そうしたらこの辺りで店を出しているはずさ。だけど周りの住民が総出でやってくるからね……かなり伸びているから一人あたりも時間がかかるし……結構待つよ。今すぐ切りたいんなら北区へ行きな。
だけど……基本的にその地区の住民が優先だからね……ここから出向くのなら朝早い時間から待つしかないね。なんだったら……あたしが切ってやろうか?息子のも旦那のもあたしがやってあげているんだよ。」
所々継ぎ当てが当たっているかっぽう着姿の小太りの中年女性は、初対面の相手にでも親切に教えてくれた。手に持つ籠にはニンジンや玉ねぎなどの野菜が入っている……恐らく夕飯の買い出しの途中なのだろう。
「あっ……ああ……いやあ……髪をどうとかしたいわけじゃあなくて……人を探しているんだ。そうか……移動式の美容院なんだね?分かりました、ありがとうございました、それでは……。」
巧は深々と頭を下げ、礼を言った。
「ああ……そうかい……でもどうしても髪を切りたくなったらあたしにいいな。結構うまいもんだからね。じゃあね。」
中年女性は満面の笑みを浮かべ、じっと巧の頭を注視しながら切ってくれると勧めてくれた。巧はいつもはさみで自分で髪を切っているので、きちんと揃って切れていないのではないかと……少々不安を感じ右手で髪の毛をつまんでみた。
さすがに王都反対側の北区へ行くには時間がかかり、夜半になってしまいそうなのでこの日はあきらめ、翌朝早くに今度は北区の外れを目指す。
今度は住所の手掛かりはないので、壁周辺の人通りの多そうな道をぐるりと回ってみる……延々と歩きに歩き回って……夕刻になりようやく街道脇に人だかりができているところを見つけた。
人をかき分け覗いてみると……街道脇の歩道に四本の鉄棒を地中に突き立てテント地の屋根を支えているだけで、四脚の椅子を置きそれぞれ一人ずつ座らせ髪を切っている様子が伺えた。いわゆる簡易テントの移動式美容室だ。
見たところ団子屋の店前の歩道のようだが……待っている客が時折団子を購入するようで、店主も文句を言わずに放置しているようだ。次々と客は尽きることなく替わっていくようで、仕方なく巧は待っていることにした。
「ふあー……今日も頑張ったね……」「お客さん……多かったね。」「ようやく終わったね。」「足が棒だよ……。」
夜も更けたころ、ようやく客足が途切れ店の店員六人だけとなった。恐らく交代で休んだり会計係などしたりするのであろう……どの子も結構若い女の子で、巧にはどの子がメリアかすぐには分からなかった。
「メリアって子はいるかい?以前俺が死にかけて倒れていた時に、看病して命を救ってくれた村から美容師になるため王都へ出てきた子なんだが……。」
兜を脱ぎ巧はゆっくりと彼女らのところへ近づいていく……
「巧?巧だね?久しぶり……元気そうだね……急に……どうしたの?」
奥で折りたたみ椅子を片付けていた女の子が、笑顔を見せ駆けよって来た。確かにあの村にいた女の子だが……若い子の成長は早いようで、面影はあるものの随分と大人の顔立ちになっていた。冬の寒空に屋根だけのテントというのに、薄手の長袖Tシャツとデニム地のズボンにエプロン……見るとどの子もほぼ同じような格好だ。
「ああ……この間用事を済ませた後近くを通ったから村へ寄ってみたのだが……命を救ってくれた礼もきちんとしていなかったからね……土産を買って行ったら喜ばれて俺もうれしかった。
その時に村長さんからメリアが美容師になるために王都に行ったけど、三年目から音信不通だって言われ……どうやら手紙を出しても宛先不明で戻ってくるらしい。親御さんもずいぶんと心配しているようだから……それでも広い王都……来てみたところで簡単には探して回れないだろ?俺が代わりに探すことにした。
まあでも……たったの二日で見つかって運がよかった……。」
巧も笑顔を見せ探すことになったいきさつを説明する。
「ああ……そうだった……この美容室……移動式だから住所転々として……定かでねえもんだから手紙っこさかえっちまうべ……忘れてたぁー……ご面倒をかけちまって済まねえだ。」
途端になまりが出てきたメリアが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いやいやいや……全然謝ることなんてない。本当に……思ったよりもずっとずっと簡単に見つかったからね。
それよりも……手紙ぐらいは出してやらないと……親御さん心配するだろ?」
「ああっ……そんだぁー……手紙っこさこんもんだから……すっかり忘れとってぇ……でもその……ちょっと……余裕なくなっちまってな……そんでその……。」
メリアが言いづらそうに後頭部をかく。
「この子友達に騙されて……お店出そうと思っていたお金全部盗られて……その上借金まで背負わされたんだよー……手紙なんて書いたら泣き言ばっかだろうから……書けないというか……書かないほうがよかったんだよー……。」
すると傍らで話を聞いていた別の女の子がメリアに代わって教えてくれた。
「うん?友達に騙された?金をとられて借金まで?とっ……届けたのかい?その……冒険者組合とか警察へ……地方都市には警察機構はないから冒険者組合か軍に頼ることになるが、王都には警察があるはずだろ?」
巧も慌てて確認する。
「うん……すぐに近くの冒険者組合さ行って……貯めていたお金盗られてしかも借金まで背負わされたって届けたけんど……逃げたもんの足取りは全くつかめんって返事が来て……泣き寝入りだ……。
美容学校の同期で最初に勤めた美容室も一緒で……銭貯めて一緒に店ば出すって約束してたんだが……学校さ卒業してから一年必死で働いて夜も遅くまで食堂の皿洗いして銭貯めて……ようやく銀五十枚さなって……でもそいつは家ん仕送りば多いから貯められたの銀二十五枚だけだって……銀二十五枚は借金するってなってわちが保証人さなって銭借りて……銀百枚手付で契約するはずだった。
でも……契約の朝にそいつはいなくなっちまって……銭も荷物も何にもなくて……借金だけ残っちまった。仕方なくハサミや櫛だの……買い溜めていた道具ば売って何とか銀五枚はけえして……残りの返済は待ってもらっただ。
でも……残ったハサミ一つと櫛一枚だけじゃあ普通の店じゃあ働けねえ……櫛なんか歯の間隔違いを何種類も持ってなくっちゃあなんねえしスキ刃のハサミとか……ハサミも幾つも持って切れなくなったらすぐ代えて後で研ぐし……切れ味なんかもいくつか揃える必要あるだ。
仕方なく研修生とかがやる移動美容室で働かせて貰ってっけど……ここだったらハサミ一つでも何とかなるから……だけんど……稼ぎが少なくって一日朝から晩まで働いてっけどなかなか借金返せんでな……。」
メリアは小さく息を吐いた。
「その……借金負わせて逃げた子の名前と当時の住所はわかるかい?俺の方で行方を追えるかもしれないから、調べてみるよ。借金だってその子に返させないといけないからね。」
巧がハルクに頼んで調べてもらうつもりなのだろう……名前を問いかける。
「いまさら……いいんだ……わちが悪かったんだぁー……村長さんもいっとっただ……都会は怖えとこだから気をつけぇって……そうして銭こさあると……人は悪い事ば思いつくから特に注意しろってな。
店出すちゅうて銭さ貯めて……借金もして手付払い行くと決めたとき……そん子が借金保証人までなってもらって悪いから……明日は自分一人で行って契約してくっから休んでおけって……そんで甘えちまった。前の晩も遅くまで働き詰めで……疲れとったでな……じゃあ頼むっちゅうて朝も起きずゆっくり寝とっただ。
ほんで夕方目覚めたら……一緒に住んどったそん子の荷物もなくなっとって……おかしいな思っとったけんど夜まで待ってもけえってこんし……次の朝になっても戻らんからなんかあったかと思って店まで行ってみた。そしたら契約に来とらんどころか……元々店出す契約なんてする話もなかったって言われた……そんで騙された判った。
わちも悪いんだ……疲れとったけど……明日は一緒に行って銭さ払うって言っとけば……騙せねえから正直に打ち明けたかもしんねかったに……銭ば預けて寝とったから魔が差しただ。村長さんの教えば守らんかったわちが悪い……だからいいだ。」
ところがメリアは自分が悪いのだから、今更探さなくてもいいと断った。
「いや……メリアが悪いんじゃあない。仮に金は預けずに一緒に行こうって約束したとしても……最初から騙すつもりだったわけだから……恐らくその子は寝ずにメリアが寝入るのを待って、メリアの荷物から金をとって逃げていたはずだ。持ちなれない大金を持ったから魔が差したなんてことじゃあ決してない。
契約の約束もしていないのに手付金を払うなんて言っていた時点で……最初から騙すつもりだったと分かる。
信じていた友達に裏切られて、もう忘れたいという気持ちも分からんでもないが……このまま放置することはその子の為にもならないと俺は思う。今回メリアを騙してうまく金を稼ぐことが出来て……捕まるどころか手配もされなければ図に乗って……今後も同じ手口で人をだまし続けるかもしれない。
そうやって何人もの人をだまし続けていたら……そのうちに気づかれて捕まるくらいならまだいいけど、相手によってはその場で斬られてしまうかもしれないからね。何件も罪を重ねて人をだまし続けて捕まれば一生刑務所から出られないか下手すれば死罪だってあり得るわけだ。そうなる前に初犯で捕まえて罪を償わせるべきだと俺は思う。」
それでも巧はその子の為にも捕まえるべきと主張する。
「んでもな……そん子も……苦しかったはずだぁ……だってぇ……銭さあんまり貯めらんねえくらい仕送りばして……故郷にたくさん兄弟居っただろ?別に……命まで取られた訳じゃあねえから……わちはいいだ……。」
巧の説得にもメリアは頑として譲らない。
「そうか……じゃあ……銀二十枚の借金が残っているんだったな?丁度いい……これ……命を救ってもらった礼だ。」
仕方なく巧は懐から銀貨二十枚を取り出してメリアに手渡そうとする。金に困っていたら渡そうと……口座から金を銀貨や銅貨に両替して持ってきていたのだ。もっと渡してもいいのだろうが、受け取ってもらえる自信がないからか借金分だけ渡そうとする。
「銭ば欲しくて助けたわけじゃあねえだ……こんなもん……すぐ引っ込めてくれ!それにわちだけ……一晩しか看病してねえのに……そんでもわちだけ受け取っとるけぇな。そんで王都ば出て来ただ。だから受け取るいわれももうねえ!」
ところがメリアはきっぱりと両手で突き返した。
「ふうっ……分かった……じゃあ俺は一旦帰るけど、もし気が代わったら王宮分かるだろ?王宮の門のところに詰めている衛兵誰でもいいから巧を呼んでくれって声をかけてくれればすぐ出ていくし、面倒だったら文に書いて巧に渡してくれって言えばいい。盗られた金を取り戻すことだけじゃあなく、他の相談でもなんでもいい……頼ってくれ。じゃあな……。」
これ以上話しても彼女の気持ちは変わりそうもなく……仕方なく巧はあきらめてこの場は立ち去ることとした。
「ちょっと……。」
巧があきらめて帰ろうとしたときに、路地を曲がった先で後ろから声をかけられた。先ほどメリアが騙されたと教えてくれた子だ。路地から向こうを覗いて見るとメリアたちは皆で協力してテントを畳んでいるところのようだ。
「うん?なんだい?メリアの友達なら何か相談にも乗るよ。」
巧はかぶった兜をとらずに、そのまま応対する。
「これ……メリアを騙した子の名前と、その時住んでた住所……私も美容学校メリアたちと同期だったから……私はどんくさいから未だに研修生用のここで働かされているけどね。でも……それだけで分かるの?」
肩まで長い髪で細面の子は、後方を伺いながらそっと一枚の紙を巧に手渡してくれた。
「おおっ……有難い……すぐ分かるかどうかはやってみないと分からないけど……調べるだけ調べてみるさ。まあその……田舎に帰ってしまったなら無理だろうけど……王都にいるんだったらわかると思っている、ありがとう。」
巧が兜を脱ぎ笑顔を晒す。
「ちょっと乱暴で片付けもよくさぼるし、あたしはその子の事……あまり好きじゃあなかったけど、メリアはねえ……お互い地方出身だからって……一緒に頑張ろうって仲良くしていたみたい。だからその子も本当は悪い子じゃあないのかもしれない。だったら早いうちに捕まえて、改心させてあげたほうがいいだろうからね。じゃあね……頼んだよ。」
「ああ……任せてくれ。」
巧は軽く会釈をして、その子とは別れた。
「ええっ?見つかった……はあ……すごいですね。やっぱり何事も現場ですかねえ……事務所に籠って台帳とにらめっこしているよりも、現地へ行ってあちこち調べて回って、聞いて回るほうが早いのでしょうかね。」
王宮に戻った巧は早速聖教会へ行き、ハルクに報告。
「いやあ……たまたま移動美容室のことをよく知っている人が通りかかって……たまたま俺がその人に尋ねたから……本当にたまたま……だな……三ケ月ごとに王都の端をぐるぐると移動して回っている美容室で働いているから、しょっちゅう住所が変わるし文を送ってもそこに住んでいないから戻ってきてしまったわけだ。
分かってしまえばどうという事でもないのだが……ところが……だ……実は……。」
巧がメリアが騙されていたことをゆっくりとハルクに打ち明けた。




