新たな問題
1.新たな問題
ボーキサイへ入ってからは馬車など使わず巧たちは徒歩で旅を続けたが、それでも一月初には王都へ到着した。
「おおおお……無地に戻ってこられたか……途中巧殿が怪我されたと聞いた時はエミリアの無事も心配したのだが……ケンリッヒ男爵が同行下さったのだな?おかげで無事エールまで辿り着けよかったな。
エールでは国王陛下主催の晩さん会へ出席し、スムープでは大司教様がご出席された宴にまで招待されたようだな。失礼はなかったか?お問いかけに対して粗相など……だからいつも言っておったのじゃ……週末は王都へ出向き社交界で礼儀作法を学べと……男親一人で育てた為かがさつに育ちはては魔物を駆除する冒険者になるなどと……。
おお……ターメル……本当に申し訳ない……わしのしつけが足りぬばかりに……。」
王都へ着き報告がてら王宮へ出向くと、エミリアの父が出迎えてくれた。娘の無事帰還を喜ぶはずの父は旅先での娘の言動を心配し、一人で完結し両手を合わせ空を仰ぎ跪いてしまった。
「おちち……いえ……シュタインベック公爵……大丈夫ですよ。エミリアはハリキルの王様及び各大臣らとも立派に対応していました。俺は不作法であり、エミリアを前に押し出し盾になってもらっていたほどです。」
エミリアに代わって巧が弁護する……珍しく巧は、兜を脱いで脇に抱えていた。
「もうっ……父様ったら……少しは娘を信用なさってください……。」
エミリアは父の余りの言葉に頬を膨らませる。
「そうですよ……エミリアさんは立派に務めを果たされました。しかも冒険者を目指したおかげで、母上様のご遺志を継いで魔王の羊皮紙を無事にエールへ届けることが出来たのですから……ご立派ですよ。」
さらにハルクもやって来てエミリアを援護する。
「おおおお……そうでしたか……エミリアも成長したようですね……おおっ……ターメルよ……娘の成長した姿が見えておるか?」
公爵は今度は目に涙を浮かべ、両手を合わせて天に向かって祈りを捧げる。
「尤も……エールでもスムープでも、お偉いさんへの対応のほとんど全部はこの……ハルクかケンリッヒ男爵が代わってくれたので……我々はほぼ口を開く事はなかったのですがね……本当に……助かった。」
上機嫌の公爵の姿を見て、調子に乗って巧が種明かしをしてしまう……
「なんじゃ……そうだったのか……道理で……おかしいと思ったわ。」
事実を知り跪いて天を仰いでいた公爵は、がっかりした様子で立ち上がり膝の埃を手で叩いて掃い、エミリアはしょんぼりと落ち込む。
「おおっエミリア……無事に戻られたようだな……スムープで羊皮紙の返還式が無事に済んだことも……聞いておるぞ。まあ……伝書バトの文では詳細は伝わってはおらぬが……滞りなく事が済んだことは王様へも報告済だ。
さっ……王様もお待ちかねだ……ハルクも一緒に……旅の無事完結を報告に参ろう……。」
ちょうどその時助け舟とばかりに、商工会会長でエミリアの父と一緒に閣僚復帰したシュトラセン子爵が王宮玄関口へ出てきた。
「小父様……お久しぶりです。サリーヌは元気ですか?
あっそうだ……これ……お土産です。えーと……これが小父様で……こっちが父様。それからこれはサリーヌへ……ハリキルで買ってきたチョッコレットという大変甘くておいしいお菓子です。」
「おお……土産など……顔が見られただけで十分なのに……。」
「おお……元気だよ……私が政務に復帰してからは妻もサリーヌもこっちへ呼んで、今は官舎暮らしだ。エミリアのことをずっと心配しておったぞ……いつ帰ってくるのかと心待ちにしておった。
そうかい……私にまで……気を遣わしてしまったようで……申し訳ない。ささっ……まずは王様のところへ……」
「いえいえ……多分お似合いと思いますよ……。」
子爵に促され、巧達一行は王宮内王の謁見室へ向かう。
子爵を見て気づいたが……つぎはぎがないどころか仕立てのいいオーダースーツ……見返してみるとエミリアの父も同様……新調したオーダースーツを着用し、真新しいピカピカの靴を履いていた。エミリアが置いていった金で誂えた物であろうことはまず間違いなく、エミリアも少しうれしくなり頬が緩んだ。
「この度は……誠に大儀であった。
ハリキル国王はじめ内閣閣僚及び国会議員一同、スムープ聖教会大司教様以下全枢機卿及び全司祭からも感謝状が続々と、我が国宛に寄せられておる。事の顛末はスムープ聖教会本部からこの大陸内のみならず世界中の国々の閣僚宛に親書で報じられたから、いずれ各国首脳からもお礼状が届くであろう。
世界の危機と言ってしまっては人間の奢りと言われてしまいそうだが……少なくともこの世界の人間社会存亡の危機であったことは間違いがない。それを事前に防げたこと……誠に幸運だった。
それもひとえに……巧殿及びエミリアの活躍があってのことだ。よくぞ……魔族及び卑劣な眷属らの襲撃に耐え、無事エールまで到達された……その功績を評し、巧殿には男爵位を授ける。加えてエミリアにも男爵位を授ける。
尤も……エミリアはいずれシュタインベック家の公爵位を継ぐこととなるであろうが……それまでの間だけの一代限りの爵位として受理願いたい。エミリアの場合はいうなれば名誉男爵位だな……家柄ではなく個人の業績を評させていただきたいのだ。
二人の旅の支援をして頂いたケンリッヒ男爵は侯爵位へ上がり、メンバーのブル、ボーグル、パステルの三名はそれぞれ男爵位を授ける旨、通達を送っておる。何れ授与式にて顔を合わせるであろう。
当初からたった二人だけで多大な脅威を退け続けた功績には遠く及ばぬと思われるかもしれぬが……我慢してほしい。」
国王は手に持つ巻物に書かれた文書を、ゆっくりと読み上げた。なんと……二人ともに男爵に……
「そんな……私なんて特に何も……すべては巧さんのおかげで……。」
「男爵たちがいなければハリキルまで到達などできなかったでしょうから……爵位も当然でしょうが……おっ……俺なんて……記憶を失いどこの誰かもわからぬのに爵位などとんでもない……。」
王の言葉を聞き、二人とも驚愕の表情を浮かべ固まってしまった。
「ハルク司祭には何ら褒賞も出せぬのだが……位を上げようにも……聖教会人事はボーキサイ国とは完全に独立しておるのでな……褒美を出そうにも……聖教会内の不始末を処理しただけですのでと断られてしまった、済まぬ。」
そうしてハルクには小さく頭を下げた。
「いえいえいえ……とんでも御座いません。私はお二人の冒険の旅に同行でき、お二人の活躍を間近で見られ……尤も魔物の巣窟や街道筋での眷属の襲撃など直接拝見することは叶いませんでしたが……それでも撃退後すぐに様子を拝見し顛末を深く知ることが出来ただけでも……本当に充分と感じております。勿論同行した弟子三名も同じ意見です!
戦闘時には全く役に立たない……どちらかというとお荷物にもなり兼ねない私たちの同行を許して頂いただけでも深く感謝している次第です。彼らの偉大な功績のほんのわずかな一助になれたかもと感じられただけで、本当に恐悦至極……私にとってはご褒美ですので……お気遣いなく願います。」
ハルクはそう言って深く頭を下げた。
「でも……本当に……ハルクさんの結界のおかげで勝てた戦いも数多くありました。途中馬車で移動の際も結界術のおかげで視認しにくく襲われずに済みましたし……また……テントに特殊な結界を施して頂けたおかげで寝込みを襲われたのに、逆に相手を追い詰めたこともありました。ですので何とかその功績に報いるような恩賞を……。」
「そうそう……魔道具を使う眷属や魔法を使う魔物に魔族相手に、強力な魔法結界を防具に施して頂いたおかげで躊躇せず踏み込んでいけましたからね。ハルク殿の助けがなければ男爵ら一行と出会う前に討ち死にしていたでしょうし、今回の旅が成功したのはハルク殿の援助のおかげとも言えます。そんなハルク殿の功績が評されないだなんて……。」
エミリアも巧も他人の功績を評する際は饒舌になるようだ。
「ふうむ……二人の今の言葉をそのまま文書にして、聖教会へ伝えるとしよう。恐らく検討しているとは思うが、より確実に労に報いてくれるであろう。それでいいか?」
『は、はいっ、勿論です!』
巧もエミリアも同時に全く同じ言葉で答え、互いに見合って笑った。
「いえ……私など本当に旅に同行させて頂いただけで……それだけで報われておりますから……。」
それでもあくまでもハルクは褒賞などいらないとかしこまっていた。
「それでだな……その……エミリアの助言通りに昨年夏の二期作目の田植えに際して、ため池の水は一切使わず川の水を引き入れ水田とし、ため池の水は夏野菜や家畜の世話をするために全て用いるようボーキ海へ注ぐ川の流域全部に触れを出した。おかげで二期作目も豊作でしかも夏野菜や家畜肉に鶏卵も豊富に出回り、皆なんとか飢えをしのぐことが出来た。」
王との謁見後、王宮内のエミリアの父の大臣執務室へ案内され、会議用テーブルの席に着き父からエミリア達が旅をしていた間の状況説明を受ける。
「へえ……それは良かったですね、飢えに苦しむ方や餓死される方がいなくなったのであれば幸いです。」
エミリアも満面の笑みを浮かべ喜ぶ。
「しかもエミリアの予想通り、ひと月も経たないうちにどうしたのかと状況を確認する文書がメンドー、スーバキ両国から届けられ、言われたとおりに戦火で苦しみあえぐ国民を救うために、これまで禁止としていたボーキ海へ注ぐ川の水を使うことを解禁したと返事をした。
すると二月目にはボーキサイ国の窮状は十分に理解したから、賠償請求もしないから戦争を終結させようとの申し出と共に、来年以降は夏場に農作物や家畜肉鶏卵など食料一切を援助するから、これまで通りにボーキ海へ注ぐ川の水は使わぬよう願うとの嘆願書が添えられ送られてきた。
どうやらエミリアの予測通りにボーキ海の水位が下がり、メンドー、スーバキ側の大陸棚の浅瀬で行われていたサメの養殖が出来なくなり、昨年秋にはやむを得ず深みに養殖中の稚魚や幼魚は放流したらしい。そのせいかボーキサイ国ではサメ漁が豊漁で、かつてないくらいに魚卵缶詰の出荷が出来潤った。さらにサメ肉を使う蒲鉾生産も好調だったようだ。
おかげで何ら賠償することもなく、不利な状況から五分の講和条約を結ぶことが出来た。」
「そうですか……スムープ到着時に戦争終結の報を頂き、ほっと胸をなでおろしました。」
エミリアも満足げに大きく頷いた。
「さらに……魔王の羊皮紙のことも各国首脳には内密に報じられ……二重三重に感謝の意を、今度はターメリア含め三国から伝えられ、大陸内で不遜な争いを今後は起こさぬ様……恒久なる和平を望まれた。
そう……ここまでは良かったのじゃ……。」
ここまでゆっくりと経過報告を行ってきた公爵の顔が曇る……
「どうなされたのです?」
エミリアが小首をかしげる。
「再びボーキ海へ注ぐ川の水の使用を禁じ……農民ら初め流域の国民らは全て守っておるはずなのだが……それでもボーキ海の水位は回復しないのじゃ。
すでにサメの産卵期はとっくに過ぎ……メンドー、スーバキ両国ともに稚魚を捕獲して沿岸域の養殖場にて飼育する時期が近づいてきておるというのに……水位が回復しないから養殖場再築どころか大型漁船と連絡する小型船すら出せぬ状況と聞く。昨年はともかく今年も養殖が出来ぬと両国ともに大打撃だ。
さらに……だ……両国ともにもともとエビの養殖やアサリやハマグリなどの稚貝の生育もおこなっていたようだが、浅瀬が無くなってしまったことでそれらも出来なくなり……漁業関連で大打撃をこうむっておるらしい。」
「かような嫌がらせが続くのであれば、講和条約など無効と見なし今度こそ徹底抗戦となり、ボーキサイ国を属国として川の水を強制的に使用させぬよう布告させていただくと……メンドー、スーバキ両国とも険悪な状況なのだ。」
公爵の説明の後で外務大臣である子爵が付け足した。
「は……あ……成程……現状の……メンドー、スーバキ両国側のボーキ海の水位はどれほどなのでしょうか?」
「ああ……伝え聞くところでは……沿岸域では砂浜が拡大し……遠浅の大陸棚の切れ間部分では十尺以上は深さはありそうなのだが大半は……せいぜい六から八尺程度で……三割がたは腰くらいまでも水位がないから小型船でも厳しい……長く続く遠浅の海を海水に浸かりながら半里も歩くことなど無理なのに……一里以上もそれだ……。」
外務大臣の子爵が報告のあった通りに伝え、眉を寄せて厳しい表情で首を小さく横に何度も振った。
「そうでしょうね……だって水位が減ったところでボーキ海の表面積はほぼ変わっていないようですから……浅くても海水によって覆われているのですから、同じく毎日水分は蒸発していき、流入する川の水と釣りあっている筈ですわ。
まあそれでも……多少は流入量が勝っている筈ですから……詳しく調べてみないと何とも言えませんけど……雨季の雨の量次第とも言えますが……悪くても年間に一寸から半尺ほどは……水位が上がっていくのではないでしょうか?」
エミリアは至極当然のことのように、驚きもせず告げる。
「そ……そんな……それでは水位が元通りになるまでに何年……いや……何十年かかるか分からんぞ。
じゃあどうすればいいのだ?このままでは……両国に攻め込まれかねんぞ。講和条約が結べて終戦がかなったといってもまだ国力など到底回復はしておらんのじゃ。一時飢えをしのげただけというのに……これでは本当にボーキサイ国は攻め滅ぼされてしまうぞ!」
エミリアの父の公爵は、なす術もない状況に戸惑い声を荒げる。
「そうならぬよう……あらかじめターメリア国には現状をありのままに伝え、我が国は他国を害するような意志は一切ない事及び、これまで自国を犠牲にして他国のために必死に努力して来たことを伝え、味方になっていただくのです。
ボーキ海の領有権が発端の戦争であったにも関わらず、ボーキ海に面していないターメリアが敵側に付いたのは、我が国が自国の利益のためにボーキ海での利権を欲しがったと見られたためでしょう。
そうではなくボーキ海の水位を維持するために長年国民生活を犠牲にしてまでも貢献していたことが明るみとなった今なら……我が国の犠牲の上に成り立っていたにも関わらず二国が有利な地形を生かしてサメの養殖のために稚魚の乱獲を行い、ボーキサイ国の収益を圧迫していたことを理解していただけるはずです。
本来中立であってもおかしくなかったターメリアが敵となり連合したため、旗色が悪くなったのです。
さらに丁寧に説明すれば、ハリキル国だってボーキサイの主張を理解して支援して頂けるはずです。戦争には加わっていただけないでしょうけど……それでも大きな支えにはなるはずです。
まずはターメリアとハリキルに親書を送付し……それからメンドー、スーバキ両国と交渉に入りましょう。」
エミリアがターメリアとハリキル両国を味方につけてから交渉を始めるよう提案する。状況の説明を受けてからすぐに提案したことから、恐らくこういった事態は予想して打開策を検討していたのであろう……考えてみたら戦争終結の提案を受ける際に、賠償請求されない以外の要求はするなと強く徹底させようとしていたのはエミリアだった。
ボーキサイ国はボーキ海のために長きにわたり犠牲となっていてもそれを甘んじて受けていたと……そう主張できるための布石だったのではないだろうか。
「おおっ……成程……早速王様に提案して……親書をしたためて頂くとしよう。
それで……じゃ……済まぬが……メンドー、スーバキ両国との交渉の席には……エミリアも出席してくれ。そのほうが安心じゃ。頼むぞ!」
エミリアに対応策を提示してもらい安心したのか厳しい表情も緩み、父は娘も交渉のテーブルに着くよう要請した。
「えええっ?私が?だっ……ダメですよ……私なんて……目上の方々に対する言葉遣いもまだまだですし……交渉相手を怒らせてしまうに違いありません。外国の要人のお相手など……今回の旅の終わりの宴だけで……もう満腹です。
無理です……辞退させて頂きます。」
エミリアは顔を真っ赤にして拒否した後、すくっと立ち上がり深々と頭を下げた。
「いやっ……こうなったら頼みはお前だけなのじゃ……頼むっ……我が国を救うために……お願いだっ!」
ところが父である公爵は納得しない……今度は公爵が椅子から立ち上がってから跪き両手を合わせ拝むように願った。
「おやめください……父様……そんなことをされては困ります!」
「いや……エミリア……私からも頼む。元々ボーキサイ国があれだけ不利な状況から講和条約までこぎつけたのは、エミリアの提案のおかげだった。そうして更なる苦境に関しても、またまたエミリアから策を授かった。
我々には到底考えもつかないような高度な外交術をな……。
だが……スーバキもメンドーも本気なのだ……知っての通りボーキ海に生息するサメの魚卵缶詰は、ボーキサイ含め三国にとって外貨を稼ぐための海からの恵みなのだ。だから……余程のことがない限り譲ってはもらえない。
交渉が纏まらねばもう一度戦火が勃発し、無益な争いが始まってしまう。そうならぬよう……エミリアの知恵を貸して欲しい。交渉の場に……出席してくれ……頼む。」
そうして今度は子爵までもが跪き、エミリアに向かって拝み始めた。
「おやめください……そんなこと……。」
「まあまあエミリア……これだけ請われているのだから……期待に応え……会議に出席してあげたらどうだ?」
二人の腕をつかみ立ち上がらせようとするエミリアに対し、巧も会議出席を促す。
「そんなぁ……巧さんまで………………分かりました。会議には出席いたします。」
「おおっそうか……頼むぞ。」「ありがたい……よろしく頼む。」「よしよし。」
渋々とは言えエミリアが引き受け、ようやく場が和んだ。
「それで……どうしてこんな羽目に?」
十人乗りの客車の大きな六頭立て馬車に揺られながら、不満げに顔をしかめる巧に対しエミリアは笑顔を見せる。なんと……巧たちはターメリアを目指して一路西へと向かっているようだ。巧だけではなくアルルとぺリルまで同乗して……。




